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2017年6月

フロベールのエジプト

ギュスターヴ・フロベール著,斎藤昌三訳 1998. 『フロベールのエジプト』法政大学出版局,333p.3500円.

スタンダールの『イタリア紀行』に続いての近代旅行記。しかし,スタンダールが1817年だったのに対し,フロベールの旅行は1849-1850年。旅行先もタイトル通りエジプト。スタンダールの小説作品は読んでいないが,フロベールは『ボヴァリー夫人』と『感情教育』を読んだことがある。

訳者あとがきによれば,本書は「オリエント旅行記」と題して出版されていたが,姪の手によって改変がなされていたという。それが,20世紀に入って原文が発見され,フロベールが書いたままの形で出版されたものの翻訳だという。下記の通り,非常に詳しい旅程に従った目次で構成されている。

1 出発――クロワッセからパリへ
2
 ナイルの川船――パリからマルセイユへ
3
 海を越えて――マルセイユからアレキサンドリアへ
4
 ナイルのデルタ地帯――アレクサンドリアとロゼッタ
5
 カイロ
6
 ピラミッド群,サッカーラ,メンフィス
7
 カイロ
8
 ナイル川を行く――ブーラックからルクソールへ
9
 ナイル川を行く――エスナからアスワンへ
10
 ヌビア――第一急湍(第一カタラクト)からワディ・ハルファへ,ナイル川を上る
11
 ヌビア――ワディ・ハルファからアスワンへ,ナイル川を下る
12
 上エジプト――アスワンからルクソールへ,ナイル川を下る
13
 テーベ
14
 クセールの砂漠――ケナから紅海へ
15
 ナイル川を下る――ケナからブーラックへ
16
 カイロ,アレキサンドリア――エジプトを離れる

正直,私はエジプトについての知識はほとんど皆無だった。アフリカでありながら古代文明があって,黒人は思い浮かばないという程度だったが,パレスティナ問題についての知識を得るにしたがって,隣国エジプトも大きくかかわっていること。また,アブー=ルゴド『ヨーロッパ派遣以前』でもイスラム勢力の一部として過去に大きな発展の一部を担っていたことを知る。

しかし,本書でさらにエジプトの内部について知ることとなった。スタンダールのイタリア紀行がイタリアの様々な都市を,その風景や都市構造については全く語らずともその風俗の多様さを語っていたように,フロベールのエジプトも旅程としてはエジプト全土に及ぶものではないが多くの知識を読者に与えてくれる。
また,本書は当時の観光旅行の状況,観光地としてのエジプトの状況についても知らせてくれる。もちろん,当時はまだマス・ツーリズムというのは登場していないし,大陸をまたいだ旅行が完全に安全だとはいえないことは分かる。ともかく本書には,フランスを立つ際に主要な人物と別れを告げ,そのシーンが非常に大げさだと思うほどしばしの別れを嘆き悲しむのだ。それは帰路に就く際も同じである。まあ,往路の場合は無事に帰還すれば再開できるわけだが,帰路の場合には二度と会うことはない。しかし,それほど現地でかかわった人との関係も深いということだ。
この旅行は友人のマキシム・デュ・カンが同行している。また,身の回りの世話をする人や,現地では通訳やガイドも雇っていたりする。マルセイユからアレキサンドリアに船で地中海を渡り,カイロからナイル川を上ってヌビアへというルートは当時のヨーロッパからの旅行者にとっては一般的なルートだったのだろうか。恥ずかしながらアレキサンドリアの位置も今回初めて知った。古代の天文学者であり地理学者であるプトレマイオスが活躍した地だということになっているが,当時からエジプトは地中海世界の一部であったということか。
もちろん,ピラミッド観光もルートに含まれている。そして,いたるところでピラミッドを訪れた先人たちの書名(まあ,落書きだ)がなされていたというから,すでに観光名所としての歴史もあるということもわかる。同行者も含め,体調を崩すということもあるので,現代よりは安全な移動とはいえないが,移動手段や宿泊先がなくて困るという記述はあまりない。かといって,いわゆるホテルのような宿泊先は特定の場所に限られているということでもあったようだ。
本書の特徴の一つは,姪が出版に際して削除してしまったという性的な記述の多さである。行く先々でフロベールは女性を買っている。というよりは,行く先々でヨーロッパ旅行者に対して性を売るシステムが確立しているというべきか。フロベールの文学という観点では,『ボヴァリー夫人』で描かれる性的描写がここで養われたという見方もできるようだ。ともかく,やはりこうした旅行記から学ぶことは多い。

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イタリア紀行(スタンダール)

スタンダール著,臼田 紘訳 1990. 『イタリア紀行――1817年のローマ,ナポリ,フィレンツェ』新評論,296p.3600円.

旅行記およびユートピア小説を題材とした,某大学での授業で中間レポートの課題図書として選んだ一冊。以前,このレポートでは「現代の旅行記」として受講者に自由に作品を選んでもらっていたが,今年度は思い立って「近代期の旅行記」と題し,こちらから課題図書を選んだ。
課題図書の選択には全面的に石川美子『旅のエクリチュール』に依拠している。サイード『オリエンタリズム』からも同様の作品が追加できるかと思ったが,やはり再読しないと選べないし,再読するのもしんどいので,5作品にとどまった。

本書には目次はないが,「ベルリン 1816年10月4日」といった具合に,日記調に構成されている。しかし,『旅のエクリチュール』が出版される旅行記の必然と主張するように,自分だけが読む日記として書き留められたものではない。この辺りは,本書の訳者による注釈や解説にも書かれているように,実際の旅程とは合わないだけでなく,数々の矛盾が存在し,本書そのものが当初から読者を想定した創作であるといえる。
まあ,そのことは地理学者である私にはあまり関心がなく,むしろフランス人である作者アンリ・ベールが,ドイツ人騎兵士官ド・スタンダールというペンネームでイタリアを訪れ,それをフランスとイギリスの読者に対して出版するということの意味を考えたい。まず,著者本人アンリ・ベールにとってのイタリアとは,17歳の時にナポレオンのイタリア遠征に参加したところから,その魅力にとりつかれたという。それから何度かのイタリア訪問があっての1817年ということになっている。
しかし,その異国の魅力とは,現代の私たちの観光旅行としてのそれとは異なっている。本書には風景に関する記述などほとんどないのだ。また,イタリアといえば古代の建築物なども魅力の一つだが,そういうことにも著者はほとんど関心がない様子。冒頭から毎日のように続くのは劇場通い。ほとんどがオペラの作品批評,そこで会った人の話という社交の問題である。しかし,当時としてはイタリアでしか鑑賞することができない文化作品というのもあったのだから,それを人間の移動の目的とすることは十分に理解できる。ルネサンス期には多くの画家が絵画に関する知識や経験を得るためにイタリアに旅行に出たのだから。それに,著者はイタリアにおいて魅力のあるものは音楽だけであり,絵画は大したことはないなどと書いている。また,本書の表題にあるローマ,ナポリ,フィレンツェ以外にもミラノ,ヴェネツィア,ボローニャなど他の都市も多く訪れており,イタリアの多様性(当時,まだイタリアは政治的に統一されていない)を著者も意識して移動しているし,読者に対してもそれを訴える旅行記だともいえる。しかし,その多様性を表現する言葉として「文化」という概念は用いられていないし,そもそも「多様性」に対する「統一性」や「全体性」という観点もない。何かに照らし合わせて多様と考えるのではなく,違っているのが当たり前なのだ。

この手の本は読むこと自体に刺激はほとんどないが,歴史的文脈に照らし合わせて書かれていることについて施行をめぐらすことは非常に刺激的である。

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地名学入門

鏡味明克 1984. 『地名学入門』大修館書店,279p.1800円.

 

鏡味完二『日本の地名』それを改訂した鏡味完二・鏡味明克『地名の語源』に続いて,明克氏の単著である本書を読んだ。内容の印象はだいぶ違うが,こうして目次を書くと似通っていて,記憶の中で内容を混同してしまう。
著者の父親である完二氏は地理学者だが,息子の明克氏は言語学者。立場を違えて同じ「地名」を研究している。父親の影響がどの程度かはわからないが,地名研究における地理学の限界を感じて,息子を言語学の道に歩ませたのだとしたらすごいことだ。そして,本書を読むとそれは成功していて,親子で日本の地名研究の一時代を築いたともいえる。

まえがき
第一章 地名とは何か
第二章 地名の調べ方
第三章 地名研究の歴史
第四章 地名の分布図の見方
第五章 地名の文字
第六章 世界の地名研究
第七章 現代の地名研究
付章

本書の第三章でも整理されているように,地名は今も昔も政治的な命名であり,『万葉集』や『古事記』,『和名抄』などの公的な文書でも地名が扱われているし,もちろん近代以降にもそれは変わらない。一方で,学術分野においては柳田国男の民俗学,地理学,金田一京介の言語学などの他分野で扱われてきた。
本書では,これまで私が紹介してきたような本と共通する内容もあるが,言語学の観点から特徴的なのが第五章である。単に地名の文字ということに関しては山口恵一郎の地形図における誤植のような議論もあったが,本書は鏡味完二氏が「分布論」という独特な方法で地名にアプローチしたのに対し,言語学の古語研究という立場からアプローチする。これこそが,地理学者である私が気づきもしない点であった。
まず,「国字」。日本語は漢字が多くを構成しているが,狭義の漢字は中国から輸入されたもので,そうではなく日本で作られた広義の漢字を「国字」という。「凪」や「峠」は日本で作られた字だとのこと。また,第四章の分布論は,単なる完二氏の研究の紹介ではなく,言語学的観点からの解釈が加わっているし,第二章の「語源研究の方法」にもある。すなわち,日本語と一口に言っても,歴史的な変遷があり,また同時に機内を中心とする社会階級の上層部が使う言葉と,地方の民衆が使う方言とは同じ時代でも異なっている。そういう観点から,特定の地名表現の時空間的な特定を行うというのはなかなか興味深い。しかし,そういう言語学的な素養がなければ自身でそういう判断ができるわけではない。
第五章後半は当用漢字や常用漢字と地名との関係,それを行政上・教育上どうしていくべきかという提言になっていて,私の関心からは外れてくる。まあ,それも地名と政治権力というテーマとしては関連するともいえるが。第六章は「世界の地名研究」と題しているが,中心は国際的な地名研究の組織(国際名称科学会議)に著者が日本人として出席してきた経緯の記録である。第七章「現代の地名研究」も新しい研究方法の提言かと思いきや,これまでの地名研究がもっぱら語源のような過去の地名を扱うのに対して,「現代の地名」の研究ということだった。もっぱら今日の地名変更の批判といってよい。
言語学というと私にとってはやはりソシュールの印象が強く,言語地理学からより哲学に近い分野に接近しているのが現代の言語学かと思っていましたが,歴史言語学と名付けえるような具体的な知識を蓄積していく分野があることを本書から学んだ。まあ,考えれば当たり前ではあるが,まだまだ他分野のすそ野は広いことを再認識した。

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日本の地名

鏡味完二 1964. 『日本の地名――付・日本地名小辞典』角川書店,162+64p.160円.

 

本書の改訂版ともいえる鏡味完二・鏡味明克『地名の語源』については,すでにこの読書日記でも書いているが,本書は角川新書の1冊。角川新書を購入するのは初めてだが,地理学者による新書執筆というのは比較的珍しいので,貴重な一冊。しかし,「おわりに」を明克氏が執筆していて,著者は本書の完成を待たずに亡くなってしまったとのこと。

はじめに
第一章 地名学とはどんな学問か
第二章 どうして研究したらよいか
第三章 むずかしい地名の意味をどうして解くか
第四章 地名にはどんなタイプがあるか
第五章 地名はどんな形で分布するか
第六章 地名の発生年代は決められるか
第七章 地名の正しい書き方
第八章 郷土の地名の調べ方
第九章 地名研究の参考書
おわりに

〔附録〕日本地名小辞典

著者の地名研究は,日本地図スケールの分布図を作成するという方法論が特徴だが,その作業の際に資料とされるのが,国土地理院の地形図であるという前提がある。すなわち国の機関が発行する地図に掲載される地名=公的な地名ということだ。そこに記載されなくなる地名というのは,ある意味で喪失であり,記載されるものは格上げということになるのか。なので,その選択が正しいのかという議論へとつながる。そしてある意味では,科学的に地名について研究することが,より正しい地名を公的に保存し,後世に残すという使命ともなる。今となっては懐かしい科学観だともいえようか。

そういう意味でも,地名の問題は難しい。駅名などは地図に載るものではあるが,私的企業の決定によって決まるものであると同時に,公的地名から消滅したものが駅名として残されるということもある。地形図に掲載される地名は行政地名だけではなく,集落名は重要な存在である。しかし,集落名のようなものは私の地名への関心においてはほとんど対象外である。集落名はその土地に関わりがある人にとってのみ意味を成すものだが,私の場合には基本的に不特定多数の人にとって意味を成す地名に関心があり,それは公的地名に限定されない。そういう意味でも,本書は地理学における地名研究の一時代を築いた研究者の成果としては学ぶことが多いが,著者が示した方法に従った研究を私自身がするわけではない。

 

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朝晩は涼しくて過ごしやすい

2017521日(日)

新宿シネマカリテ 『スウィート17モンスター

いわゆる米国の学園ものだといわれればそのとおりだし,17歳少女の葛藤を描く作品も少なくない。でも,この作品はなかなか独特の雰囲気を放っている。主演のヘイリー・スタンフェルドは今回初めて観たがすでに若手の期待の星で音楽活動もしているとのこと。いわゆる美人ではないが,メイクや服装によって雰囲気がガラッと変わるのはまさに女優という感じ。「モンスター」という邦題は現代にはないものだが,いわゆる日本の「モンスター・ペアレンツ」などに使われる語義として採用されている。自分で勝手に被害者意識が妄想しちゃって周りを困らせるという意味ではなかなかいい邦題。私も子育てをしているが,なかなか自分がこうなってほしい,こういうことはしてもらいたくないというのは言ってもきかないもので,自発的な気づきに任せるしかないというのはよく思うこと。要は年齢には関係ないということですね。これからが楽しみであると同時に不安です。

2017年5月28日(日)

立川シネマシティ 『マンチェスター・バイ・ザ・シー

主演のケイシー・アフレックがアカデミー賞を受賞したという作品。アカデミー賞作品にしては地味な雰囲気で,ミシェル・ウィリアムズも出演していたので,観に行った。いやあ,観てよかった作品。アカデミー賞では脚本賞も受賞しているんですね。マンチェスターというのは英国の都市名しか知らなかったけど,米国にもあるんですね。まさに海のそばにある小さな町ということらしいです。
いきなりネタバレをしてしまうと,主人公は3人の子どもと幸せに暮らしていたが,ある日酔っぱらった夜の日の後始末で自宅を全焼させてしまい,子どもたちを亡くしてしまう。もちろん,離婚し別の町で他人に心を開くこともなく過ごしている,という設定。この設定はちょっと単純だが,その後の話が丁寧に組み立てられていて,主人公の甥,パトリックを演じるルーカス・ヘッジズの存在もこの映画では大きい。人生のマイナス面を強調したり過度な演出をするのではなく,淡々と描きさりげなく希望の光を感じさせる作品。

2017年6月17日(土)

渋谷シアター・イメージフォーラム 『

河瀨直美の最新作。今回もカンヌ国際映画祭に出品した作品。映画祭のニュースで作品の存在を知った。しかも,すでに公開は開始されていて,なんとか映画館で観ることができた。冒頭で近鉄奈良駅が出てきて,嬉しくなる。『2つ目の窓』は鹿児島県の奄美,『あん』は東京が舞台だったが,河瀨監督は奈良県をベースとした作品制作をする日本では珍しい監督だったが,久しぶりに奈良に戻ってきた。
視覚障がい者のための映画の音声ガイドをつけるという仕事をしている主人公。優れた映画監督は,自分がやっている映画制作ということ自体を映画に盛り込むことがよくあるが,本作も映画とは何か,観る者にとって映画とは何かというテーマに向き合った作品といえる。しかも,視覚障がい者にとっての映画ということで,音に敏感になる。河瀨作品は映像だけでなく,音響にもこだわりがあるので,その辺も際立っている作品。さらに,タイトルもそうだし,永瀬正敏演じる男は視覚を徐々に失っていくカメラマンという設定で,光=人生の希望的なところでそれを失うのか取り戻すのかという結末。
主人公の女性の父親が失踪するということとか,残された母親が行方不明になって森の中をさまようシーンとか,河瀨監督の過去の作品のモティーフがいくつか使われていますね。ちょっと後半に盛り上がりの欠ける感じもありますが,それが逆にいいのかもしれません。仰々しくなくさらっと終わっていく。

 

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全航海の報告

コロンブス著,林屋永吉訳 2011. 『全航海の報告』岩波書店,322p.840円.

 

コロンブスの航海日誌は第一次航海のものしか残されておらず,しかもそれはラス・カサス神父が自著のなかで再現したものが現在まで伝わっている。日本語では,それは単独に『コロンブス航海誌』として岩波文庫に収められている。それを使って長らく講義をしていたが,ある年次の学生のレポートで,第二次から第四次航海についても資料があるというレポートがあったことをずっと気にしていた。

たまたま,外出先で持参した本を読了してしまい,帰りに読む本を書店で探していたところ見つけたのが本書。コロンブスの航海日誌自体は第二次から第四次のものは見つかっていないが,いくつかの記録は残されているとのこと。本書の内容は岩波書店の大航海時代叢書に1965年に収録されていたということだが,新しく岩波文庫版としても出版された。

解説
第一次航海の報告
 第一次航海について
 計理官ルイス・デ・サンタンヘルへの書簡
第二次航海の報告
 第二次航海について
 チャンカ博士がセビリャ市へ送った書簡
 ドン・クリストーバル・コロン提督がカトリック両王への伝言としてイザベル市において1494130日,アントニオ・デ・トーレスに与えた,インディアスへの第二次航海中の出来事に関する覚書
第三次航海の報告
 第三次航海について
 ドン・クリストーバル・コロン提督が大陸を発見した際の,その第三回目のインディアスへの航海の経緯について,彼がエスパニョーラ島より国王に送った書簡
 1500年末に,提督がカスティリャ王国のドン・フワン王子の保育女官へインディアスより送った書簡
第四次航海の報告
 第四次航海について
 インディアスの副王兼提督ドン・クリストーバル・コロンが,まことに真摯なるキリスト教徒であり,かつまことに偉大なる我らが主君たるエスパニャの国王並びに女王陛下に,その航海中に起こったことどもや,航海中に発見された土地,諸地方,町,川及びその他驚嘆すべきことども,並びにこの地方には多数の金鉱をはじめ著しい富と価値ある事物のあることを書き認めた書簡
 ドン・クリストーバル・コロンの最後の航海中に起こった出来事について,ディエゴ・メンデスが認めた記録

 

目次がやたらと長いが,正式な航海の報告書というよりは書簡である。コロンブス本人によるものは航海の状況を報告し,補充物資を送ってほしいとか,待遇を改善してほしいなどの要望が多い。また,第二次航海はチャンカ博士という人物が,第四次航海についてはディエゴ。メンデスなる人物による記録である。

書簡とはいえ,本書は,『コロンブス航海誌』よりもコロンブスの現地での苦労や苦悩が伝わってくる。第一次航海の日誌である『コロンブス航海誌』はある意味淡々と書かれた記録であり,あまりコロンブス本人が何を感じたのかという主観が伝わってこない。それはラス・カサスが編集したともいわれるように,「私」という一人称ではなく「提督が」という三人称で書かれていることにもよる。

コロンブスは第一次航海の成功により,富と名声を手に入れたが,その後それが維持されるわけではなかった。いつの時代にもあるように,成功には妬みがあり,またさらなる期待があり,その期待に応えなければすぐに信用は落ちてしまうもの。コロンブスもそうだったようである。しかも,彼の場合弟たちを第二次航海以降同行させ,現地の支配も行わせたり,最後の航海では息子を連れて行ったり,スペインでも自分の息子を王宮に住まわせたりと家族も巻き込んでいた。自分の立場が危うくなるとその影響は家族にまで及ぶのだ。

実際第二次以降の航海では死に迫った状況もあったようである。第一次航海をめぐってはトドロフの『他者の記号論』やヒュームの『征服の修辞学』,グリーンブラットの『驚異と占有』などの解釈があるが,本書を読むと,少し違った見方もできるかなあと思ったりもする。最近は植民地支配の内実についてももう少し勉強する必要性を感じています。

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地名を考える

山口恵一郎 1977. 『地名を考える』日本放送出版協会,226p.600円.

 

地名研究では地理学側から名前の出てくる山口恵一郎。著名な地理学者に山口弥一郎がいたりして,混同していました。山口恵一郎は『地理』に「地名のエコロジー」などの文章を書いていて,アカデミックな地理学者だと思っていましたが,本書で著者の経歴を読んだら,国土地理院から日本地図センターなどでさまざまな役職を務めている人で,どちらかというと地図の専門家ということのようです。

序 地名への誘い
Ⅰ 地名のフィロソフィー
Ⅱ 地名分布と地名群落
Ⅲ 地名の諸問題

しかし,鏡味完二のようなアカデミックな地理学の場で地名研究を行っている人とは一線を画したい,でも地名研究における地理学の重要性は主張したいというところが本書から見え隠れしています。

地名研究はそもそもどちらかというと郷土史的な仕事が多く,理論を体系化しようという試みはあまりない,というか煩雑すぎて類型化とかで精いっぱいという気がしますが,本書は素朴なところから,まさに書名どおり地名とは何かを考えているところが新鮮です。とかく,本書は地図との関係で地名を考えていて,地図という印刷物に掲載するが故に,常用漢字と地名の関係は興味深い。特に面白かったのは地図を編集する上での誤植などが引き継がれ,場合によっては誤植が正式な地名になってしまうこともあるとのこと。

もちろん,地図は縮尺によって掲載する地名が選択されます。この件については,最近の地図学の成果も含め,私自身も今後論じていきたいテーマですが,素朴な問いは本書の中にもあります。

本書が一番強調しているのが,地名を個別に考えるのではなく,まとまりをもって考えること。この件についてはすでに鏡味完二による地名の分布というのがその先駆ではありますが,山口恵一郎はそことは一線を画したいこともあり,「地名群落」と表現します。日本地図で分布を考える鏡味氏とはスケールが異なるといえます。もちろん「群落」というのは彼が地名を生態学との隠喩で捉えようとしているところからきます。スケールに関しても,生態学特有の地理学的(geographical)スケール,地誌学的(chorological)スケール,地勢学的(topological)スケールという三つのスケールです(訳語は私のものですが)。これは一般的な地勢図・地形図のスケールに対応しています。

確かに,山口氏の発想は面白く,またそれなりに徹底して生態学の概念で説明しようという試みは非常に興味深いと思います。本書には生態学の生みの親ヘッケルの名前も出てきますし,ある程度徹底しているとは思うのですが,そもそもヘッケルはドイツにおけるダーウィン学説の紹介者であり,進化論者です。そういう意味でいうと,地名についても自然選択のような考えかたから捉えることはできるのか否かという議論もあってよかったと思う。

でも,ともかく地名に関する私の関心にはそれなりに近く,一気に読み終えることができた。山口氏の地名本はもう一冊買っているので,そちらも楽しみにしたい。

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アメリゴ・ヴェスプッチ(中公新書)

色麻力夫 1993. 『アメリゴ・ヴェスプッチ――謎の航海者の軌跡』中央公論社,228p.740円.

 

私は講義でヨーロッパにおける旅行記およびユートピア小説の歴史なんてテーマで教えている。このテーマでの講義は久しぶりだが,コロンブスの話をする際に,いつもアメリゴ・ヴェスプッチの名前だけ紹介する。その次の授業がトマス・モアの『ユートピア』についてなのだが,こちらにもアメリゴの名前が出てくるので,一度きちんと学ばなくてはと思い,探した次第。実は,アメリゴ・ヴェスプッチに関する日本語の書物は,現在入手できるものは2冊しかない。アメリゴの文書が,岩波書店の「大航海時代叢書」のⅠ巻に収録されていることは知っていたが,手に取ったことはない。

ともかく,中公新書の1冊なら手軽だしいいと思って読んでみた。目次は簡単なので詳細目次まで示したいところだが,まあいいか。

1章 航海者アメリゴ・ヴェスプッチ
2章 近代の予兆
3章 ヴェスプッチ家の人々
4章 アメリゴの航海
インテルメッゾ

あまりにも知らない事実が多かったので,読んでおいてよかったとは思うが,多少疑問の残る読書だった。著者は東大出身の外交官を務めた人物で,オルテガに関する著書もあるとのこと。まあ,新書なのでこれで十分だとは思うのだが,歴史の解釈など鋭い記述もあって,戸惑う。ともかく,巻末に文献がいくつか示されているものの,どういう史料に基づいて話が組み立てられているのかよく分からない。以前,廃藩置県関係の新書を読んだ時にも思ったが,その場に居合わせたような書き方というのはやはり学術的な歴史書ではなく,歴史小説だと思ってしまう。また,第2章と第3章はアメリゴの出身地フィレンツェの当時の状況を説明しているのだが,確かに彼がメディチ家と関係があったことは分かったが,冗長な記述が多く,私自身がこういう家系の話が苦手なこともあり,読み進むのが大変だった。

ともかく,アメリゴが4回の航海を行い,しかしコロンブスのように提督や船長という立場ではなかったということ。アメリゴは公式な報告書を残しておらず,私的な書簡が6つほど残されていて,そのうち2つに関しては同時代的に出版されたが,その他については後の時代になって写本のみが発見されたということ。私的な書簡ということもあり,地名などが明確に示されておらず(航海の情報は機密情報だった)旅程が復元しにくいということ。復元された旅程では,彼は北米には一度行っただけで,彼が乗った航海の主な業績は,南米大陸のかなり南まで達していたということ。そして,その事実から彼がこの大陸はアジアの一部ではなく,「新世界」であると判断したこと。などは基礎的事実として本書から学べた。また,中南米の植民地化はスペインが中心で,現在ポルトガル語が話されているのはブラジルだけだが,なぜ,スペインとポルトガルとの植民地境界線がブラジルにあるのか,という件についても本書に記述があった。これは非常にわかりやすく,納得できるものであった。

アメリゴ・ヴェスプッチに関する2冊目の本は,清水書店の「CenturyBooks人と思想」シリーズの一冊で,刊行年も2016年と新しいので,来年度までに読んでおきたい。

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地名の語源

鏡味完二・鏡味明克 1977. 『地名の語源』角川書店,390p.1300円.

 

とりあえず,手当たり次第な感じで,入手しやすい地名関係の図書を購入しています。この手の本は1970年代後半から1980年代前半に集中しています。ちなみに本書は「角川小辞典」の一冊ということになっています。角川書店は『日本地名大辞典』の出版も行っている。

なお,こういうことは実際に手に取ってみないとわからないことですが,鏡味完二は1964年に角川新書から『日本の地名――付・日本地名小辞典』を出している。本書は鏡味完二の死後,息子であると思われる鏡味明克がここでは付録であった「日本地名小辞典」を採録し,本文からもいくつか流用しながら版を改めた感じで出版されたのが本書。もちろん『日本の地名』も手元にあるのだが,中身はかなりダブっているようです。


Ⅰ どのように研究したらよいか
Ⅱ 地名にはどんなタイプがあるか
Ⅲ 地名の発生年代は決められるか
Ⅳ 郷土の地名の調べ方
Ⅴ 地名の語源の調べ方
地名の語源
地名の読み方
旧国名地図
囲み記事

ということで,本書の本文は72ページまでで,「地名の語源」が約100ページ分。こちらは具体的な地名ということではなく,地名によく使われる語句の解説です。鏡味完二は地理学で地名研究を展開した一人で,地名の分布を武器にしていました(詳しくはこれから勉強しなくてはいけませんが)。つまり,鏡味完二にとって地名は唯一無二の固有名詞というよりは,ある一定の範囲に限定されて分布するもので,そこからその地名を理解する鍵を見出すという方法を確立した人物です。なので,地名辞典がこういう形になるんですね。

ちなみに,個人的には「Ⅳ 郷土の地名の調べ方」は難しかった。基本的にはある地名の語源を調べるということは郷土史の一環であり,その地名にまつわる大小さまざまな地名に関する情報を収集するところから始まり,その地図を作成するという手順なのだが,その具体例が分かりにくい。

ちなみに,全390ページ中,本文は72ページで,辞書部分も前に紹介した山中襄太『地名語源辞典』のように,読み物のような辞書ではないのでなんとなく消化不良な1冊。

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