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イタリア紀行(スタンダール)

スタンダール著,臼田 紘訳 1990. 『イタリア紀行――1817年のローマ,ナポリ,フィレンツェ』新評論,296p.3600円.

旅行記およびユートピア小説を題材とした,某大学での授業で中間レポートの課題図書として選んだ一冊。以前,このレポートでは「現代の旅行記」として受講者に自由に作品を選んでもらっていたが,今年度は思い立って「近代期の旅行記」と題し,こちらから課題図書を選んだ。
課題図書の選択には全面的に石川美子『旅のエクリチュール』に依拠している。サイード『オリエンタリズム』からも同様の作品が追加できるかと思ったが,やはり再読しないと選べないし,再読するのもしんどいので,5作品にとどまった。

本書には目次はないが,「ベルリン 1816年10月4日」といった具合に,日記調に構成されている。しかし,『旅のエクリチュール』が出版される旅行記の必然と主張するように,自分だけが読む日記として書き留められたものではない。この辺りは,本書の訳者による注釈や解説にも書かれているように,実際の旅程とは合わないだけでなく,数々の矛盾が存在し,本書そのものが当初から読者を想定した創作であるといえる。
まあ,そのことは地理学者である私にはあまり関心がなく,むしろフランス人である作者アンリ・ベールが,ドイツ人騎兵士官ド・スタンダールというペンネームでイタリアを訪れ,それをフランスとイギリスの読者に対して出版するということの意味を考えたい。まず,著者本人アンリ・ベールにとってのイタリアとは,17歳の時にナポレオンのイタリア遠征に参加したところから,その魅力にとりつかれたという。それから何度かのイタリア訪問があっての1817年ということになっている。
しかし,その異国の魅力とは,現代の私たちの観光旅行としてのそれとは異なっている。本書には風景に関する記述などほとんどないのだ。また,イタリアといえば古代の建築物なども魅力の一つだが,そういうことにも著者はほとんど関心がない様子。冒頭から毎日のように続くのは劇場通い。ほとんどがオペラの作品批評,そこで会った人の話という社交の問題である。しかし,当時としてはイタリアでしか鑑賞することができない文化作品というのもあったのだから,それを人間の移動の目的とすることは十分に理解できる。ルネサンス期には多くの画家が絵画に関する知識や経験を得るためにイタリアに旅行に出たのだから。それに,著者はイタリアにおいて魅力のあるものは音楽だけであり,絵画は大したことはないなどと書いている。また,本書の表題にあるローマ,ナポリ,フィレンツェ以外にもミラノ,ヴェネツィア,ボローニャなど他の都市も多く訪れており,イタリアの多様性(当時,まだイタリアは政治的に統一されていない)を著者も意識して移動しているし,読者に対してもそれを訴える旅行記だともいえる。しかし,その多様性を表現する言葉として「文化」という概念は用いられていないし,そもそも「多様性」に対する「統一性」や「全体性」という観点もない。何かに照らし合わせて多様と考えるのではなく,違っているのが当たり前なのだ。

この手の本は読むこと自体に刺激はほとんどないが,歴史的文脈に照らし合わせて書かれていることについて施行をめぐらすことは非常に刺激的である。

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