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フロベールのエジプト

ギュスターヴ・フロベール著,斎藤昌三訳 1998. 『フロベールのエジプト』法政大学出版局,333p.3500円.

スタンダールの『イタリア紀行』に続いての近代旅行記。しかし,スタンダールが1817年だったのに対し,フロベールの旅行は1849-1850年。旅行先もタイトル通りエジプト。スタンダールの小説作品は読んでいないが,フロベールは『ボヴァリー夫人』と『感情教育』を読んだことがある。

訳者あとがきによれば,本書は「オリエント旅行記」と題して出版されていたが,姪の手によって改変がなされていたという。それが,20世紀に入って原文が発見され,フロベールが書いたままの形で出版されたものの翻訳だという。下記の通り,非常に詳しい旅程に従った目次で構成されている。

1 出発――クロワッセからパリへ
2
 ナイルの川船――パリからマルセイユへ
3
 海を越えて――マルセイユからアレキサンドリアへ
4
 ナイルのデルタ地帯――アレクサンドリアとロゼッタ
5
 カイロ
6
 ピラミッド群,サッカーラ,メンフィス
7
 カイロ
8
 ナイル川を行く――ブーラックからルクソールへ
9
 ナイル川を行く――エスナからアスワンへ
10
 ヌビア――第一急湍(第一カタラクト)からワディ・ハルファへ,ナイル川を上る
11
 ヌビア――ワディ・ハルファからアスワンへ,ナイル川を下る
12
 上エジプト――アスワンからルクソールへ,ナイル川を下る
13
 テーベ
14
 クセールの砂漠――ケナから紅海へ
15
 ナイル川を下る――ケナからブーラックへ
16
 カイロ,アレキサンドリア――エジプトを離れる

正直,私はエジプトについての知識はほとんど皆無だった。アフリカでありながら古代文明があって,黒人は思い浮かばないという程度だったが,パレスティナ問題についての知識を得るにしたがって,隣国エジプトも大きくかかわっていること。また,アブー=ルゴド『ヨーロッパ派遣以前』でもイスラム勢力の一部として過去に大きな発展の一部を担っていたことを知る。

しかし,本書でさらにエジプトの内部について知ることとなった。スタンダールのイタリア紀行がイタリアの様々な都市を,その風景や都市構造については全く語らずともその風俗の多様さを語っていたように,フロベールのエジプトも旅程としてはエジプト全土に及ぶものではないが多くの知識を読者に与えてくれる。
また,本書は当時の観光旅行の状況,観光地としてのエジプトの状況についても知らせてくれる。もちろん,当時はまだマス・ツーリズムというのは登場していないし,大陸をまたいだ旅行が完全に安全だとはいえないことは分かる。ともかく本書には,フランスを立つ際に主要な人物と別れを告げ,そのシーンが非常に大げさだと思うほどしばしの別れを嘆き悲しむのだ。それは帰路に就く際も同じである。まあ,往路の場合は無事に帰還すれば再開できるわけだが,帰路の場合には二度と会うことはない。しかし,それほど現地でかかわった人との関係も深いということだ。
この旅行は友人のマキシム・デュ・カンが同行している。また,身の回りの世話をする人や,現地では通訳やガイドも雇っていたりする。マルセイユからアレキサンドリアに船で地中海を渡り,カイロからナイル川を上ってヌビアへというルートは当時のヨーロッパからの旅行者にとっては一般的なルートだったのだろうか。恥ずかしながらアレキサンドリアの位置も今回初めて知った。古代の天文学者であり地理学者であるプトレマイオスが活躍した地だということになっているが,当時からエジプトは地中海世界の一部であったということか。
もちろん,ピラミッド観光もルートに含まれている。そして,いたるところでピラミッドを訪れた先人たちの書名(まあ,落書きだ)がなされていたというから,すでに観光名所としての歴史もあるということもわかる。同行者も含め,体調を崩すということもあるので,現代よりは安全な移動とはいえないが,移動手段や宿泊先がなくて困るという記述はあまりない。かといって,いわゆるホテルのような宿泊先は特定の場所に限られているということでもあったようだ。
本書の特徴の一つは,姪が出版に際して削除してしまったという性的な記述の多さである。行く先々でフロベールは女性を買っている。というよりは,行く先々でヨーロッパ旅行者に対して性を売るシステムが確立しているというべきか。フロベールの文学という観点では,『ボヴァリー夫人』で描かれる性的描写がここで養われたという見方もできるようだ。ともかく,やはりこうした旅行記から学ぶことは多い。

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