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2017年7月

47歳になりました

2017年7月1日(土)

立川シネマシティ 『セールスマン
アカデミー賞外国語作品部門を受賞したイラン映画。「セールスマン」というのは主人公が演じる劇中劇の題目。劇中劇のある作品というのは,映画に関するメタ映画的省察が含まれるという意味でも秀作が多いが,本作も非常に洗練された印象を与える。しかし,同時に性犯罪を扱ったサスペンスドラマとしては,その性に関する価値観の異なる国が舞台ということもあり,ラストは若干すっきりとは理解できない。アスガー・ファルハディ監督の作品はいくつか観ていますが,シンプルに映画の魅力を伝える作品を作り続けていますね。今後とも日本での公開が続くと嬉しいです。

 

7月4日(火)

新宿テアトル 『海辺のリア
『春との旅』に続く,小林政広監督と仲代達也の組み合わせ。今回,仲代さんの相手役をするのは,黒木 華。この2人の海辺でのやりとりは面白い。他にも,阿部 寛,原田美枝子,小林 薫と名だたる俳優を使っていますが,イマイチ。リアとはシェイクスピア作品の『リア王』からきています。海辺での仲代さんの一人芝居が上映時間のかなりを占めています。かつて俳優だった少し痴ほう症の進んだ老人。この一人芝居が本作の見どころであるがゆえに,阿部 寛による一人芝居がどうしても比較されてしまう。しかも,ここでいう芝居とは映画的なそれではなく,明らかに演劇的なそれ。どちらも経験豊富な仲代氏に,テレビや映画主体の阿部氏がかなうはずはありません。全体的に,そういう意味で芝居かかった演劇的な作りになっている映画で,個人的には退屈してしまいました。

 

7月23日(日)

新宿武蔵野館 『彼女の人生は間違いじゃない
妻が薦めるので観に行った廣木隆一監督作品。福島を舞台にし,母を亡くし,父は仕事を失い,役所で働きながら週末は東京でデリヘル嬢をするという女性が主人公。確かに,福島の現在の映像もふんだんに用いられ,主人公が暮らす仮設住宅もおそらく実在するものでのロケだと思う。ノンフィクションではなく,あくまでもフィクションとして現在の福島を描くという試みは評価しなくてはならないが,それがゆえの難しさも露呈している作品のようにも思う。確かに,久しぶりに廣木作品を観て,しかも高良健吾君も出ていて,最後にはキタキマユさんを見ることができるという廣木さんらしい作品ではありますが,個人的にはあまり好きになれない作品でした。こういう形で光石 研を使うのもあまり効果的ではないかと。柄本時生君のシーンは個人的に好きです。
 

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イタリア紀行Ⅰ(サド)

マルキ・ド・サド著,谷口 勇訳 1995. 『イタリア紀行Ⅰ 17751776フィレンツェ・ローマ』ユー・シー・プランニング,322p.2600円.

 

ヨーロッパの近代旅行記を読む,第三弾。マルキ・ド・サドの旅行記が翻訳されていたんですね。訳者の「解題」によれば,この旅行は《少女たちとの事件》を引き起こして,逮捕から逃れるための逃避行だったという。また,訳者の解釈によると(というか,原題によると),本書は架空の伯爵夫人に宛てた手紙の体をした哲学的論考だったという。訳者がいうところの「哲学的」というのが,出版当時サドが自書につけた意図も含めてどのようなものであるかは,サドの小説作品も併せて読まないと理解はできないが,素直に読む限り,とても哲学的論考には読めない。目次に示すように,ごく普通の旅行記に思える。

 

ラ・コストからフィレンツェまでの旅程
フィレンツェ
フィレンツェからローマへの旅程
ローマ 第一部
ローマ 第二部

 

まず,移動中の記述は非常に詳しい。どこに向けて,どのくらい進み,宿泊する場合にはどのような経緯で宿泊場所が決まり,どのような宿だったのか,などが詳しく説明されている。当時の旅行だから,フランスからイタリアへの旅でも移動中に何度も宿泊を要するのだが,何のための記録なのかよくわからないほど詳しい。
イタリア都市での滞在記は目次にあるように,フィレンツェとローマ。こちらも一つ一つ訪れた場所について建築物や美術品など非常に詳しく解説がなされている。それどころではない。個人が見た物以上が非常に詳しく書かれているのだ。つまり,単純な旅行記ではなく,地誌書,歴史書の類だと思われるほどだ。誰か現地で解説員がついて解説していたのか,あるいはサド自身が調べたのか。しかも,それをどうやって調べたのか。誰かに聞いたのか,書かれた文書を読んだのか。ともかく,補足的な資料がないと書きようがない詳しいことが書き込まれている。
いかにも,現代の旅行記とは違うが,そういえば,マルコ・ポーロの『東方見聞録』も,トマス・モアの『ユートピア』も,旅行者の主観というよりは,客観的な記述になっている。それがいかにも不自然だと思っていたけど,意外に歴史的にはそれが自然なのかもしれない。

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