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イタリア紀行Ⅰ(サド)

マルキ・ド・サド著,谷口 勇訳 1995. 『イタリア紀行Ⅰ 17751776フィレンツェ・ローマ』ユー・シー・プランニング,322p.2600円.

 

ヨーロッパの近代旅行記を読む,第三弾。マルキ・ド・サドの旅行記が翻訳されていたんですね。訳者の「解題」によれば,この旅行は《少女たちとの事件》を引き起こして,逮捕から逃れるための逃避行だったという。また,訳者の解釈によると(というか,原題によると),本書は架空の伯爵夫人に宛てた手紙の体をした哲学的論考だったという。訳者がいうところの「哲学的」というのが,出版当時サドが自書につけた意図も含めてどのようなものであるかは,サドの小説作品も併せて読まないと理解はできないが,素直に読む限り,とても哲学的論考には読めない。目次に示すように,ごく普通の旅行記に思える。

 

ラ・コストからフィレンツェまでの旅程
フィレンツェ
フィレンツェからローマへの旅程
ローマ 第一部
ローマ 第二部

 

まず,移動中の記述は非常に詳しい。どこに向けて,どのくらい進み,宿泊する場合にはどのような経緯で宿泊場所が決まり,どのような宿だったのか,などが詳しく説明されている。当時の旅行だから,フランスからイタリアへの旅でも移動中に何度も宿泊を要するのだが,何のための記録なのかよくわからないほど詳しい。
イタリア都市での滞在記は目次にあるように,フィレンツェとローマ。こちらも一つ一つ訪れた場所について建築物や美術品など非常に詳しく解説がなされている。それどころではない。個人が見た物以上が非常に詳しく書かれているのだ。つまり,単純な旅行記ではなく,地誌書,歴史書の類だと思われるほどだ。誰か現地で解説員がついて解説していたのか,あるいはサド自身が調べたのか。しかも,それをどうやって調べたのか。誰かに聞いたのか,書かれた文書を読んだのか。ともかく,補足的な資料がないと書きようがない詳しいことが書き込まれている。
いかにも,現代の旅行記とは違うが,そういえば,マルコ・ポーロの『東方見聞録』も,トマス・モアの『ユートピア』も,旅行者の主観というよりは,客観的な記述になっている。それがいかにも不自然だと思っていたけど,意外に歴史的にはそれが自然なのかもしれない。

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