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2017年9月

保育・子育て支援の地理学

久木元美琴 2016. 『保育・子育て支援の地理学――福祉サービス需給の「地域差」に着目して』明石書店,220p.2800円.

 

先日,三輪律江・尾木まり編『まち保育のススメ』という本を読んだ。この本はクレヨンハウス発行の雑誌『クーヨン』で紹介されていたもの。育児をしている身としてはとても勉強になったし,地理学的にも興味深かったので,書評を書こうと思っている。しかし,一方で地理学にも最近保育に関する研究書が出版されているので,それを無視して書評を書くこともできない,ということで読んでみた次第。とはいえ,著者の研究論文は身近にあって読むこともできたのに,なぜか読んでこなかった。著者は私よりかなり年下で,本書が明石書店から出ていることもあり,多少の嫉妬心も含めて読んでみた。

はじめに
1
章 子育て支援と地域
2章 保育をめぐる地理的諸相
3章 都心は「子育ての場」となりうるか?①――都心大企業による企業内保育所の意義と限界
4章 都心は「子育ての場」となりうるか?②――湾岸部タワーマンション居住者の「保活」
5章 保育サービス不足地域における行政の役割
6章 大都市圏郊外における子育てNPOの役割――「ジェンダー化された空間」の保育資源
7章 ローカルなニーズ,ローカルなサービス①――地方温泉観光地の長時間保育事業の取り組み
8章 ローカルなニーズ,ローカルなサービス②――工業都市川崎の地域変容と学童保育
9章 地域に即した子育て支援に向けて。

目次の通り,全9章からなる博士論文がベースとなっている。そして,事例研究である3章から8章まではすでに発表されている学術論文がある。なのに総ページ数が220ページということで,書籍としての書き直しをかなりしているということが分かる。確かに,1,2章は学術的な読み応えがあり,3~8章はそれに沿った事例がコンパクトに並べられていて読みやすくなっている。9章はある種の提言ではあるが,事例では分からないような大風呂敷を広げることもなくまとめられている。

保育に関する研究や一般書はそれこそ非常に多いので,そういう意味においても「地理学」という観点を分かりやすく提示するという点において,本書はとても成功していると思う。著者は東京大学の地理学教室で学んであり,本書で提示されている地理学的な視点や方法は非常にオーソドックスなものである。保育や子育てに関してナショナルな視点,すなわち日本全国と都道府県における違い,場合によっては市町村レベルでの違いを示し,それを分類する。都市と農村や大都市と地方都市など。大都市は都心と郊外などに分類し,それぞれが抱える問題を居住者の年齢構成,家族構成,就業状況,その時間的推移などの「地域的背景」を確認し,本書のテーマである保育・子育てに関する指標である,待機児童数や保育施設の分布などと関連させて分析する。その総論を受け,論じる事例をいくつか抜き出し各論として論じていく。

各論として選ばれたのは東京都心,東京23区のなかでも保育サービスが不足しているといわれるいわゆる「下町」,名古屋都市圏郊外のニュータウン,地方温泉観光地,工業都市としての川崎と,多岐にわたる。しかし,これらの事例は,東京都市圏郊外で子育てをしている私のような読者にはいずれもなじみのないものである。一方で,『まち保育のススメ』は横浜市を中心になっていて,私のような読者にはなじみのあるものだが,ある意味ではこれも特殊の事例を一般化しているといえる。まあ,本書の後半の章タイトルが占めるように,保育や子育てに関してもローカルなニーズに対応するローカルなサービスが提供されているというのが実情であろう。

本書の事例は選ばれた地域についても気になるは気になるのだが,さらに指摘しておかなければならないのは年次の違いである。各章の調査は,著者がこれまでのキャリアで積んできたものであり,発表された論文は一番古いもので2006年である。そして,各調査ではアンケート調査がなされており,基本的にやり直して再新時点に合わせることは難しい。しかし,アンケート実施年が2003年7月と書かれているものを目にすると「えっ」と思ってしまう。保育・子育ての環境は刻々と変化しており10年前となると,それこそ保育園児だった子が中学生になってしまう。また,7章までは基本的に未就学児を対象とした「保育」だったのに対し,8章のみは「学童」が対象になっている。私の住んでいる自治体では,学童に関しては「保育」という言葉を使わずに「育成」という言葉を使う。まあ,この言葉にはしっくりはこないが,やはり言葉の使い分けは必要だと思う。

本書を読んで,残念だった気持ちと安心した気持ちが共存した。日本の地理学では福祉分野の研究がけっこう盛んのようにみえる。本書もその流れに位置づけられるのだが,まだ保育や子育てというテーマに関してはまだまだだということが確認できた。というのも,介護や障がい者というテーマとなると実感がないので,研究から知ることの方が大きく進んでいる感じがするのだが,保育に関しては自分の経験があるため,その経験外で本書から学んだことはもちろん多いのだが,まだまだこんなことも調査・研究,考察できるのではと思ってしまう。ともかく,書評を考えている『まち保育のススメ』とは対照的だということが分かったので,書評する意義は十分に感じた読書でした。

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グローバル・シティ

サッセン, S.著、大井由紀・高橋華生子訳 2008. 『グローバル・シティ――ニューヨーク・ロンドン・東京から世界を読む』筑摩書房,477p.,円.

 

仲の良い地理学者、荒又美陽さんの科研費メンバーに「協力研究者」として加えてもらった。課題は「ポスト成長期のオリンピックに関する地理学的研究―メガイベントを通じた都市変容分析」というものであり、私の担当として、とりあえず近年の都市論の推移を把握することが要求されている。ということで、サッセンのグローバル・シティ論をきちんと読んでおこうと思い、読み始めた。

その前に、手元にあった『現代思想』のサッセン特集をきちんと読んでみた。サッセンは思いの外、地理学研究に精通していて、『労働と資本の国際移動』という翻訳もされた著書があるように、移民研究も手がけている。今年翻訳が出た『グローバル資本主義と〈放逐〉の論理』を読む前に本書を読んでいこうと思った次第。

 第1章 本書について
1部 グローバル化の地理学と構図を読み解く
 第2章 分散と新しい形の集中
 第3章 対外直接投資の新しいパターン
 第4章 金融業の国際化と拡大
2部 グローバル・シティの経済秩序
 第5章 生産者サービス
 第6章 グローバル・シティ――脱工業化時代の生産の場
 第7章 グローバルとシステムをつくるもの――ネットワークと階層
3部 グローバル・シティの社会秩序
 第8章 雇用と所得
 第9章 経済再編――階級と空間の二極化
むすびに
 第10章 新しい都市のレジーム?
エピローグ
別表A-D

目次を見ても驚くのは,彼女がかなり「地理学」という語を多用していることだ。もちろん,ハーヴェイやソジャ,スミス,スコットといった地理学者の文献が登場するだけでなく,なんとクリスタラーの名前も出てくることに驚く。特にクリスタラーを意識して,第7章のテーマは「都市システムの階層」となっている。しかし,それより驚いたのが,彼女の夫がリチャード・セネットだということ。世代的にはだいぶ離れているような気もしますが。

さて,前半は,というか後半までけっこう私には読みにくい。とはいっても,翻訳は素晴らしく,読みにくいというのは内容のこと。第3章が「投資」で第4章が「金融」ということで,私の苦手分野なのです。しかも,これまで私が馴染んできた都市論といえば,難しい思想書を駆使して論を組み立てる類のものが多かったのに対し,本書はきちんとしたデータを整理,提示し論を組み立てるということです。文献を参照するのはそうした経験的な研究成果であって,都市思想ではないという点は,ある意味新鮮で,だからこそ都市社会学の人に非常に評価されているのかもしれません。ただ,もちろん「投資」や「金融」がグローバル・シティにとって最重要の要素であることは私もわかります。本書の初版は1991年であり,翻訳書は2001年に出された第二版である。その10年間のデータが更新されていることは当たり前だが,初版に寄せられた批判に対する回答も巻末に収められている。そこでも述べられているが,投資や金融という,グローバル化に特有の場所によらない社会関係の在り方を,著者はあえて都市に埋め込もうとしているところに特徴がある。それが第1部である。

第2部の中心は「生産者サービス」である。サービス業というのは小売業を代表とする消費者を相手にした商売であるが,生産者を相手にしたサービスがグローバル・シティには顕著だという。これも,やはり場所を強く意識していることが分かる。多国籍企業の本社などが集中する大都市にはそういう生産者が経済活動を行う際に必要なサービスを提供する企業も集中するということだ。まあ,なんか私が書くと当たり前のことを書いているだけのような気もします。ちなみに,期待した第7章は,それほど地理学研究的な都市システムの話には展開していなくて残念。

読み応えがあったのは第9章です。ここは,彼女の得意分野でもある移民の話を含んでいるということもありますが,その前段というか,この議論を効果的にするために,投資や金融,生産者サービスに関する長々とした説明があったような気もします。そして,移民だけではなく自国の下層労働者についても,これまで論じられてきた両者の単純な関係だけではなく,詳しく議論がされています。日本の日雇い労働についても調査しているようで,詳しいエスノグラフィックな記述もあります。

「エピローグ」における初版に寄せられた批判に対する応答も非常に読み応えがあります。そこでちょっと気になったのは,本書ではグローバル・シティをとりあえず,ニューヨーク,ロンドン,東京の三都市としています。そして,この三都市に関するデータの比較をしているわけですが,それ以外のグローバル・シティ候補都市について同じようなデータの比較をした上で三都市が選ばれたのか,あらかじめ決め打ち的にデータがそろえられたのかということです。地理学者がやりそうなのは前者でありますが,作業としてはかなり膨大になると思います。まあ,本書は量的なデータでグローバル・シティの条件を探すような研究ではないので,そういう必要はないとは思いますが。

 

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沖縄とベトナム

2017年8月19日(土)

新宿テアトル 『海辺の生と死

満島ひかり主演ということでチェックしていたが,それ以外にも観たい要素はあった。原作者である島尾ミホは島尾マホの祖父である。島尾マホは自身が高校生の頃に漫画家としてデビューした後,さまざまな雑誌でエッセイを書くなどの活動をしている女性。その父親が写真家の島尾伸三。彼女が娘マホを幼い頃に撮影した『まほちゃん』という写真集が印象的で,随分以前から所有していた。島尾伸三の奥さんも潮田登久子として写真家である。以前,水戸の茨城県立美術館まで,家族展を観に行ったことがある。トークショーに合わせていったのだが,その際の司会というかゲストがホンマタカシだった。

さて,作品だが,舞台は沖縄の離島ということになっている。モデルとされているのは加計呂麻島ということだが,さすがの私も知らない。撮影は奄美大島を中心に行われたらしい。満島ひかり自身沖縄県出身だが,作品ウェブサイトのプロフィールにそのことは示されていない。方言や歌において,出身地は活きているのでしょうか。まあ,ともかく彼女ならではの存在感のある配役でした。地元の子どもたちを使ったと思いますが,その生き生きとした姿もいいですね。

 

2017年8月26日(土)

新宿武蔵野館 『草原に黄色い花を見つける

米国アカデミー賞の外国語映画部門でベトナム代表として選ばれた作品とのこと。1980年代後半が舞台となっています。比較的貧しい農村に住む子どもたちを中心とした映画。前半は子どもたちの生活を淡々と描いていて,ちょっと退屈しますが,後半からは物語が展開していって,なかなかの脚本。子どもたちの想像と,大人社会が作り上げる差別と隠ぺい,ちょっと『ギルバート・ブレイク』などの作品を思い起こさせる雰囲気があります。タイトルも直訳に近いですが,なかなかいいですね。

 

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