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保育・子育て支援の地理学

久木元美琴 2016. 『保育・子育て支援の地理学――福祉サービス需給の「地域差」に着目して』明石書店,220p.2800円.

 

先日,三輪律江・尾木まり編『まち保育のススメ』という本を読んだ。この本はクレヨンハウス発行の雑誌『クーヨン』で紹介されていたもの。育児をしている身としてはとても勉強になったし,地理学的にも興味深かったので,書評を書こうと思っている。しかし,一方で地理学にも最近保育に関する研究書が出版されているので,それを無視して書評を書くこともできない,ということで読んでみた次第。とはいえ,著者の研究論文は身近にあって読むこともできたのに,なぜか読んでこなかった。著者は私よりかなり年下で,本書が明石書店から出ていることもあり,多少の嫉妬心も含めて読んでみた。

はじめに
1
章 子育て支援と地域
2章 保育をめぐる地理的諸相
3章 都心は「子育ての場」となりうるか?①――都心大企業による企業内保育所の意義と限界
4章 都心は「子育ての場」となりうるか?②――湾岸部タワーマンション居住者の「保活」
5章 保育サービス不足地域における行政の役割
6章 大都市圏郊外における子育てNPOの役割――「ジェンダー化された空間」の保育資源
7章 ローカルなニーズ,ローカルなサービス①――地方温泉観光地の長時間保育事業の取り組み
8章 ローカルなニーズ,ローカルなサービス②――工業都市川崎の地域変容と学童保育
9章 地域に即した子育て支援に向けて。

目次の通り,全9章からなる博士論文がベースとなっている。そして,事例研究である3章から8章まではすでに発表されている学術論文がある。なのに総ページ数が220ページということで,書籍としての書き直しをかなりしているということが分かる。確かに,1,2章は学術的な読み応えがあり,3~8章はそれに沿った事例がコンパクトに並べられていて読みやすくなっている。9章はある種の提言ではあるが,事例では分からないような大風呂敷を広げることもなくまとめられている。

保育に関する研究や一般書はそれこそ非常に多いので,そういう意味においても「地理学」という観点を分かりやすく提示するという点において,本書はとても成功していると思う。著者は東京大学の地理学教室で学んであり,本書で提示されている地理学的な視点や方法は非常にオーソドックスなものである。保育や子育てに関してナショナルな視点,すなわち日本全国と都道府県における違い,場合によっては市町村レベルでの違いを示し,それを分類する。都市と農村や大都市と地方都市など。大都市は都心と郊外などに分類し,それぞれが抱える問題を居住者の年齢構成,家族構成,就業状況,その時間的推移などの「地域的背景」を確認し,本書のテーマである保育・子育てに関する指標である,待機児童数や保育施設の分布などと関連させて分析する。その総論を受け,論じる事例をいくつか抜き出し各論として論じていく。

各論として選ばれたのは東京都心,東京23区のなかでも保育サービスが不足しているといわれるいわゆる「下町」,名古屋都市圏郊外のニュータウン,地方温泉観光地,工業都市としての川崎と,多岐にわたる。しかし,これらの事例は,東京都市圏郊外で子育てをしている私のような読者にはいずれもなじみのないものである。一方で,『まち保育のススメ』は横浜市を中心になっていて,私のような読者にはなじみのあるものだが,ある意味ではこれも特殊の事例を一般化しているといえる。まあ,本書の後半の章タイトルが占めるように,保育や子育てに関してもローカルなニーズに対応するローカルなサービスが提供されているというのが実情であろう。

本書の事例は選ばれた地域についても気になるは気になるのだが,さらに指摘しておかなければならないのは年次の違いである。各章の調査は,著者がこれまでのキャリアで積んできたものであり,発表された論文は一番古いもので2006年である。そして,各調査ではアンケート調査がなされており,基本的にやり直して再新時点に合わせることは難しい。しかし,アンケート実施年が2003年7月と書かれているものを目にすると「えっ」と思ってしまう。保育・子育ての環境は刻々と変化しており10年前となると,それこそ保育園児だった子が中学生になってしまう。また,7章までは基本的に未就学児を対象とした「保育」だったのに対し,8章のみは「学童」が対象になっている。私の住んでいる自治体では,学童に関しては「保育」という言葉を使わずに「育成」という言葉を使う。まあ,この言葉にはしっくりはこないが,やはり言葉の使い分けは必要だと思う。

本書を読んで,残念だった気持ちと安心した気持ちが共存した。日本の地理学では福祉分野の研究がけっこう盛んのようにみえる。本書もその流れに位置づけられるのだが,まだ保育や子育てというテーマに関してはまだまだだということが確認できた。というのも,介護や障がい者というテーマとなると実感がないので,研究から知ることの方が大きく進んでいる感じがするのだが,保育に関しては自分の経験があるため,その経験外で本書から学んだことはもちろん多いのだが,まだまだこんなことも調査・研究,考察できるのではと思ってしまう。ともかく,書評を考えている『まち保育のススメ』とは対照的だということが分かったので,書評する意義は十分に感じた読書でした。

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