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2018年2月

日本映画3本

2018210(土)

新宿武蔵野館 『巫女っちゃけん。
前売り券を購入して楽しみにしていた広瀬アリス主演作。福岡県に実在する神社を舞台に繰り広げられるコメディ。リリー・フランキーが演じる宮司の娘として,就職活動の傍ら家業を手伝っているという設定。相手役の子役山口太幹がとてもいい味を出していて,その母親役としてMEGUMIが,主人公の母親役として飯島直子が出演していたりして,面白い。主人公の同僚としての巫女4人組も魅力的。
こういうこじんまりとした映画好きですね。広瀬アリスの魅力も堪能できます。監督のグ・スーヨンという人はCM界で有名な人物らしいですが,監督業は着目していきたいと思います。

2018216(金)

府中TOHOシネマズ 『嘘を愛する女
こちらは長澤まさみ主演作。高橋一生が共演ということで妻が先に観ていました。この日は娘の保育園の保護者会が午後からあるということで,会社を休んで午前中に鑑賞。ストーリー的にはかなりシリアスなのですが,調査を依頼する探偵事務所を中心に,コメディ要素を含んでいてなかなか素敵な映画。長髪でオタクさを醸し出しているDAIGOや,高橋一生演じる男性が通う喫茶店に勤める女性を演じる川栄李奈なども重要な存在です。もちろん,主演の長澤まさみの魅力もたっぷり楽しめる作品ですね。個人的に高橋一生の魅力はあまり感じられない作品でしたが。

2018225(日)

立川シネマシティ 『犬猿
吉田恵輔監督作品。こちらも妻が先に観て,「絶対に観た方がいい」という。もちろん,吉田監督の作品だから観ておきたかったが,油断していると映画はすぐに終了してしまうので,妻にそう言ってもらって観ることができてよかった。なぜ,妻がそういったかというと,私には2つ上の兄がいて,申年生まれ。私が戌年生まれということで,犬猿の仲なのだ。とはいえ,現在ではそんなに仲が悪いわけではない。ただ,今同じ市内に住んでいるにもかかわらず,会うのは年に1度程度という,まあお互い無関心というところだろうか。
さて,本作は窪田正孝と新井浩文が兄弟を,お笑いの江上敬子と筧美和子が姉妹役を演じる。どちらも実際には10歳程度の差があるようだ。そして,兄弟の方は映画を中心に活躍する専業俳優,それに対し姉妹の方は俳優を専門とするわけではない。こういう組み合わせも吉田監督らしいといえようか。ともかく,今回もオリジナル脚本ということで,吉田ワールド炸裂です。

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2018年になって観た映画

201815(金)

TOHOシネマズ府中 『嘘八百
『百円の恋』で名前は知っていた式 正晴監督ですが,実は作品を観るのは初めて。そして,この作品の脚本が今井雅子さんなのだ。とはいえ,共同脚本で,舞台が大阪の堺ということで,その辺りを担当した様子。でも,ノベライズ版は今井さんの単著となっています。
さて,最近映画などによく出てくるようになった中井貴一を主演に迎え,相対するは佐々木蔵之介。大阪の堺を舞台にしたコメディですが,単純なコメディではなく,各登場人物の人間模様にシリアスな過去あり,骨董品業界の影あり,多様な要素からなり,無駄ない場面の連続で,小粋な作品に仕上がっています。出演者の面々も楽しみの一つ。一つだけ欲を言うなら堀内敬子さんの出番が少なかったのが不満。

2018130(火)

新宿武蔵野館 『ベロニカとの記憶
広告ではシャーロット・ランプリングが写っています。実際,彼女がベロニカなのですが,思いのほか出演は少ない。この作品は今の私に重くのしかかるテーマでした。主人公はおそらく退職後に営み始めた小さな中古カメラ店を経営し,つつましく質素な生活をしている。そこに娘の出産という出来事が出てくるが,その母親である女性とはすでに離婚している。そこに一通の手紙がやってくるのだが,それがベロニカの母親の死を知らせる手紙であった。ベロニカと主人公とは学生時代に恋愛関係にあったのだが,長く封印していた記憶が呼び起され,それを元妻と共有しようとする。ともかく,自分の人生を信じ,暮らしてきた男の人生だが,本人が知らない所で他人が傷ついていたということを老人になって思い知るという内容。

201821

TOHOシネマズ府中 『スリー・ビルボード
映画サービスデーに初日を迎えたアメリカ南部の映画。『ファーゴ』の演技が強烈に印象的だった女優フランシス・マクドーマンド主演。『ファーゴ』は1996年の作品ですから,もう20年だったんですね。印象はあまりかわりません。アメリカ南部を舞台にした映画はアメリカ映画独自の雰囲気を今でも醸し出してますね。小さな田舎町のお話です。予告編の印象は非常にダークで心の闇を描くような作品だと思いきや,意外にも,「人間捨てたもんじゃない」という感じのメッセージが込められた,ほっこりする作品になっています。こういうの,うれしいです。

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ついに携帯電話を作りました。

何事も携帯電話によって個人識別を行うような社会になりつつあり,私はそれを保持しないことで抵抗してきた。しかし,妻からは以前からそのことをしつこく責められてきた。やはり家族を持つということと自分の主義主張を貫くこととを両立することは難しい。ともかく,子どものことの緊急連絡をすべて妻に依存しているわけにもいかず,ついに携帯電話を作る決心をしました。しかし,いわゆるフューチャーフォンのモデルはあまり納得いくものがなく,妥協点はキッズケータイということになりそうでした。そんな時にたまたま見つけたのがこちら。フューチャーモデルという怪しげな会社が発売している「NichePhone-S」という機種。
一応ビックカメラなどで取り扱いがあるSIMフリー携帯電話ということで,これに決定。機能としては通話とSMSのみですが,wi-fiデザリングとBluetooth(これ自体なんだかよく分かっていませんが)ができます。nanoSIMで,docomoSoftbankの電波のみの対応ということですが,格安SIMでも利用できるとのこと。

Niche_phonebk_01

たまたま新宿に行っていたので,ビックロで探してみましたが,見つからず,聖蹟桜ヶ丘のビックカメラに移動して,店員さんに聞いてみることにした。すぐそばにいたのはソフトバンクの販売員でしたが,親身に話を聞いてくれて,はじめは「SIMフリーは店頭に出ているだけです」といっていたのですが,私が「ビックカメラのネット通販にも出ていましたよ」といったら,調べてくれて,「在庫が4台ありました」と嬉しそうに持ってきてくれました。どんなSIMが対応しているのかも調べてくれて,どうやらビックカメラでやっているビックシム(実際にはiijという会社の製品)で対応しているとのこと。ここで,ビックカメラの販売員と交代し,手続きへ。しかし,手続きをしているうちに,アプリケーションをダウンロードできないこの機種では,通話が安くなるサービスが受けられないということが分かり,とりあえずキャンセル。電話だけ購入し,docomoショップへ行ってみた。事前にウェブで調べてみると,月額950円というシンプルプランでいけると思ったのですが,残念ながらそれではだめらしい。ともかく,手続きの速さを自負するような店員は,私の持ち込んだ携帯電話で自分が売ることになるSIMで動作するかどうかなど気に留めない様子。手続きが最終段階になったところで,「この月額1700円のプランではだめのようです。月額2700円になります。」などと言い出した。950円が1700円になったところでも躊躇していたのに,2700円とは。ここまで30分余りが経過していたが,キャンセルしてその場を立ち去った。

翌日,調布に髪を切りに行ったので,再度ビックカメラで相談。格安SIMでも最安値がBiglobeだったので,そこでお願いする。今度は電話をきちんと充電していったので,動作確認をお願いする。設定は対応してくれたBiglobeの担当者がやってくれたが,1時間余り経過しても残念ながら利用可能にはならなかった。どうしようもないので,その担当者の提案で再びビックシムで試すことになった(電話の取扱説明書に書かれている事例がiijだったこともある)。こちらもかなりの時間を要しましたが,なんとか動作確認が取れ,契約へ。結局2時間半ほどが経過し,契約完了。最後にも,出来上がったSIMを私の電話に挿入し,通話の確認をしてくれました。結局は月額1600円で通話料,通信料(SMS)は別途かかりますが,店員さんが苦労して設定してくれたこともあり,それだけで十分な感じになりました。値段的にもdocomoよりも安かったので,よかったと思います。後は,通話料がどのくらいになるかを確認し,場合によっては月額650円で通話無制限にすればいいと思います。

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再魔術化する都市の社会学

園部雅久 2014. 『再魔術化する都市の社会学――空間概念・公共性・消費主義』ミネルヴァ書房,239+15p.5,500円.

日本人の都市社会学の成果もいくつか読んでおきたいと思って選んだのが本書。「再魔術化」というタイトルが気になって読んでみたが,その期待は残念ながらかなわなかった。私は「再魔術化する社会学」を期待したのだが,やはりというか実際に本書が論じるのは「再魔術化する都市」であった。

 序章 現代都市の空間編成と公共性の危機
第I部 現代大都市の空間論
 第1章 脱工業型都市の社会編成と空間の政治
 第2章 ポストモダン都市の空間
 第3章 都市社会学における空間概念の革新
第II部 空間編成の事例研究
 第4章 変貌する公共空間――宮下公園のナイキパーク化計画を事例として
 第5章 ゲーテッド・コミュニティの開発――グローリオ蘆花公園を事例として
 第6章 都市再開発とホームレス問題――川崎駅周辺再開発を事例として
 終章 現代都市空間における公共性の問題

目次の言葉遣いを読めば,本書の著者が実直な人であることがある程度想像できる。この著者の文章を読むのはおそらく初めてだが,本書を読み終わってそんな印象を持った。まず,本書は第I部の「理論編」と第II部の「実証編」とに区分される。第II部に含まれるのもまさにいわゆる「事例研究」だ。「公共性」や「公共空間」をめぐる議論は第I部と第II部に共通し,まとめの章である終章もそれらの概念が二つの部を貫いてまとめられている。第II部では公共空間の概念は議論されるが,空間概念そのものは議論されない。
I部から行こう。私なりに,学部生の時に吉見俊哉の『都市のドラマトゥルギー』を読み,都市研究を始めたつもりだ。しかし,最近はそういう20年以上前のお勉強の成果はどこかで忘れていた気がする。つまり,一般的な社会の変化は,本書が思い出させてくれるように,工業社会,脱工業社会,消費社会と移行しており,消費社会を象徴する1980年代の都市論も決して日本独自の傾向ではなく,消費社会論に位置づけられ,都市記号論や都市テクスト論みたいな動向は国内外で広く存在していたといえるかもしれない。この社会の移行についても,いまさらながら基本的な統計データを示して説明する本書はとても新鮮でもあった。
そこから,ルフェーヴル,ハーヴェイ,ソジャといった地理学者を含む欧米の空間論,都市論が参照されるが,吉見氏やルフェーヴルの訳者である斎藤氏,篠原雅武氏を通してその学説が紹介されるのも実直そのものである。それは後半の公共性をめぐる議論やバウマンの議論についても日本人の先行研究に負っている。この態度は事例研究についても当てはまる。著者は上智大学に勤めているが,これらの事例研究の多くをゼミの学生とともに(おそらく授業や演習の一環として)行っている。事例研究としても非常に規範的なもので,院生レベルできちんと行える内容である。3つの事例研究は自治体や開発業者主導の再開発だが,いずれも住民の反対運動が起こったもので,その経緯を丁寧にたどっている。
さて,最後に「再魔術化」について触れておこう。この語は『マクドナルド化する社会』で知られるリッツァーによるものだという。一般的な科学史の理解として,魔術から科学へという発展史観がある。リッツァーの議論もそれをベースにして,近代を科学で規定し,後期近代あるいはポストモダンという現代に至って,再び魔術化の時代が訪れたということらしい。その再魔術化とは,消費社会における審美化でありエステ化であるというのは著者の言葉。まあ,格差社会のなかで力を握るアッパークラスが好む小ぎれいな商業空間の生産や,ホームレスなどを排除していくジェントリフィケーションなどもそこに含まれる。科学に規定された近代が生み出した人権や福祉のようなものよりも一部の人の「好み」が理由もなくなんとなく良いということで,それが社会を支配していくということだろうか。私が期待した「再魔術化する社会学」というのはそういう言説そのものが厳密な科学的根拠というよりは概念のみが一人歩きし,例えば本書ではあまり出てこないが,創造都市論のような学説が形骸化され,都市政策に適用されていくような事態は容易に思いつく。同じようなことが上記の空間論にもいえるのだとしたら,「空間論的転回」などともてはやされている学説に対する根本的な批判になるのではないかと思ったがそうではないようだ。
 

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