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東京臨海論

『地理学評論』に投稿した書評原稿ですが,「難解」という理由でリジェクトとなりました。一応,わかりやすくして再投稿する予定ではありますが,そのままこちらに掲載しておきます。

 

渡邊大志:東京臨海論――港からみた都市構造史.東京大学出版会,2017年,3695p.5,400円.

 

評者は現在,2020年東京オリンピック開催に向けて東京という都市がどのように語られるのかという課題に取り組んでいる.東京は,1980年代の都市論の主たる対象として語られた.その言説は記号論的解釈を基本とする日本独自の展開であり,経済の失速とともに過去のものとなった.欧米の都市論は世界都市論からグローバル・シティ論へと展開し,近年では創造都市論や都市の新自由主義化などと盛り上がりをみせている(上野 2010).
都市論という枠組みで東京を捉える必要性の一方で,2020年東京オリンピック大会との関連を考えるのであれば,新しい施設が整備される「東京ベイゾーン」と名づけられた湾岸地区に焦点を当てる必要がある.評者はそうした関心に応えてくれることを期待して本書を手にした.本書は様々な事物が交錯する港湾という場所を対象としていることもあり,一筋縄ではいかない難しいテーマに挑んでいる.読者の関心の違いによって本書の読まれ方は異なり,関心のある章を中心に別の章を位置づけるという作業が読者には要求されよう.ここでも,評者の関心に沿って本書の内容を紹介したい.
まず,著者の立場を明らかにしておきたい.序章「東京港という舞台」には,「本書は現在の東京港の現状を肯定的に捉えようとする視座に立っている.それはロンドン,ニューヨークといった経済的,制度的に世界を制覇し,その他の港に較べて成功しているとみられている資本主義下の港に対して,その評価軸をややもすれば置き換え,警鐘を鳴らす役割を東京港が果たす可能性を持つと考えるためである」(p.9)と記されている.本編からは,さまざまな史実に対して著者が批判的な立場をとっている印象を受けるが,総体としてはそうではないことを確認しておく.
評者の関心は,第3章「世界都市概念の根本
――言説と経済の中の1980年代臨海地区」にある.最近では創造都市という概念が都市政策に応用されているように,1979年から416年東京都知事を務めた鈴木俊一の時代には,世界都市の概念が都政に利用されていた.本章は「世界都市博覧会」をめぐる言説分析である.このイベントは長らく「東京フロンティア」という名称を用いていたが,その発案は1988年になされた.当時は,「一定の東京論が出尽くした『東京論ブーム』の絶頂期を迎えた」(p.188)時期であった.
本章は,雑誌の東京論特集やウォーターフロント論などを中心にその「言説史」(p.181)を丁寧にたどっている.雑誌に寄稿する著者の属性や,雑誌の性質などを踏まえ,こうした言説がジャーナリズムに先導され,アカデミーがそれを追随したにすぎなかったという.このことが,東京の臨海部開発においてジャーナリズムの議論が行政に利用されていったことにつながっている.
議会の議事録は地理学でも利用されるが,本書では東京都議会や東京都で組織される各種委員会や審議会の会議録や報告書が活用されている.これら資料から,都市政策に関する議論をその首長である鈴木都知事のみに帰すのではなく,いくつかの部局の役人たちの発言として丁寧に提示される.本書では,その組織論まで踏み込まないまでも,非常に興味深い論の展開である.
当時提示された「東京フロンティア構想計画」を理解するために,第1章と第2章が必要となる.第1章「築港理念の頓挫と再生
――隅田川口の明治」は明治期の東京築港計画をたどる.まず,その計画の担い手としての東京府の立場が確認される.「戦後の地方自治法が制定される以前は,東京府や東京市は内務省に管轄された出先機関の性質が強く,現在の東京都のような地方分権の要素は薄かった」(p.38).東京港をめぐっては,その後も計画・開発の主体として,内務省,東京府,東京市のせめぎあいで輻輳する.
1880
(明治13)年に提示された築港計画は,当時横浜港が持っていた首都圏における商業貿易の拠点機能を東京へと移行する目的があった.また,この計画は道路と鉄道を含む都市インフラという陸上側の計画であった.しかし,実際の事業は隅田川の河川整備へと形を変える.隅田川口に規模の大きい船舶が出入りできるように,海底の土砂浚渫を行い,その土砂による埋立地の造成が行われた.本来港湾法の下で行われるべき整備が河川法の下で行われたことは,当初の築港計画を矮小化したものであったが,それは「少なくとも後の港湾計画上のインフラと成り得たとみなすことができる」(p.80)という.
次なる展開はグローバル化によってもたらされる.第2章「コンテナリゼーションの地政学と近代倉庫の配布
――大井地区の戦後」では,米国が先導した港湾の技術革新としてのコンテナ輸送の観点から論じられる.従来の港湾には,海運貨物を内陸に輸送する中継地点として多くの機能と労働者が集約されていた.ガントリークレーンを常設する景観に変貌した港湾は,コンテナを積み替えるだけの経由点と化す.
2章のタイトルにある地政学に関しては,以下のような説明がある.「これ(地政学:引用者)は主に陸上におけるインフラの整備と連環する.また大井のような市街地を直接背後に持つ埠頭の場合,倉庫群と市街地の位置関係によって倉庫群の拡大に制約が発生する」(p.155).また,「コンテナを含む倉庫群は海を介した地球スケールの情報の地図の上に配布されることを意味しており,その事実は実際の地理に拠らない新しい地政学を都市に示し始めている」(p.162)と説明される.地政学文献への言及はないが,「地勢学」という表現ともに,使用回数は少なくない.本書は東京港を,都市や港湾部というローカルな状況だけでなく,コンテナ化をもたらしたグローバルな状況も含めた大小のスケールを意識して認識している.
また,コンテナ化がもたらした「オンラインシステムがもたらした港湾の地勢学的変化は,都市の様々な情報の集積でもある近代都市に空けられた『情報の空地』へと,埠頭という旧来の埋立地を転じさせた」(p.161)という記述も見受けられる.コンテナ化による物資輸送の効率化は同時に情報化であり,港湾はグローバル空間の重要な結節点となる.
再び第3章に戻って,このことを世界都市概念と結びつける言説として,東京世界都市博覧会基本構想懇談会の座長を務めた丹下健三の論が紹介される.「このとき丹下は世界都市という概念を世界と電子マネーを含む記入情報をインフラとして接続した都市として考えていたのである」(p.223).情報や金融を媒介とする世界都市概念の主張は説得的だが,この臨海部開発は,港湾という土木的開発とそこで行われる物流的交換をうまく機能させることはできなかった.「その時もはや埋立地は陸と海を接続する媒介ではなく,海が陸になろうとしたのが臨海副都心開発であった」(p.210).都市フロンティアという港湾の物質的機能を意識した名称が世界都市博覧会に変更されたことは,そのイベントが臨海部で開催される地理的固有性を失ったことを意味する.
4章「倉庫の配布による都市の再編集
――臨海部・青海埠頭の1990年代以降」では,世界都市博覧会の中止を受けた「港湾空間の再港湾化」(p.278)が論じられる.地理学であれば分布と呼ぶところを,違和感を抱く配布という言葉で説明する.配布という表現はその行為主体を想定させるが,決して東京都という行政が倉庫を配布したわけではない.しかし,自然発生的に分布したと捉えるのではなく,複数の権力主体が意図的に倉庫を立地し,特定の意図をもって港湾空間が生産された,というのが著者のいわんとするところではないだろうか.
ここに至って,東京臨海部が港湾機能を有するようになる.コンテナ化に続いて,財閥企業の倉庫部門が1960年代からプラント海貨を開始する.さらに物流に関わる国際的な組織の発足や各国での法改正を受け,東京港において倉庫業が国際複合一貫輸送を担っていく.こうした動向を受け,東京都による港湾計画も変更される.一方で,倉庫業の新しい動向としてトランクルームが登場し,「都市生活者(個)ごとに分節された倉庫ネットワーク」(p.312)をも形成していく.
終章「都市の領域・埠頭空間・倉庫」は本書の内容を簡潔にまとめているが,附論「〈みなと〉からみた都市の姿――『分節港湾』単位系の都市の萌芽」では,港湾を改めて都市の視点から捉え直している.「都市イデア」という「人為を超えた存在」(p.363)による説明は評者には分かりにくいが,模式図によって従来の都市認識モデルに対して「航路による分節構造の都市認識モデル」を提示している.領域的な都市理解をネットワーク的な理解で代替するのは近年では珍しくないが,港湾というネットワークのノードについての具体的な事例で論証する本書のモデルは説得的でもある.ただ,本書で論証されたのはあくまでもノードであり,パスとしての物流ではない.

文 献

上野淳子 2010. 東京都の「世界都市」化戦略と政治改革――開発主義国家がネオリベラル化するとき.日本都市社会学会年報 28: 201-217

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