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新クリエイティブ資本論

リチャード・フロリダ著,井口典夫訳 2014. 『新クリエイティブ資本論――才能が経済と都市の主役となる』ダイヤモンド社,485p.3,024円.

 

以前も、この読書日記でフロリダの『クリエイティブ都市経済論』を紹介しましたが、やはり大本のを読まなくてはと思い、500ページ弱の本書に手を付けた。本書は原著が2002年、その翻訳が2008年に『クリエイティブ資本論――新たな経済階級の台頭』というタイトルで出版されている。これも520ページあったようだから、決して内容が増えたということではないようだが、原著出版の10年後に、改訂版が出版され(2012年)、本書はこの版に基づくもの。
ここまで書いてきて気づいたが、原著のタイトルには「クリエイティブ・クラス」という言葉があり、クラスを旧版の翻訳では「階級」と訳している。これは正当な訳だと思うが、なぜか新版では下の目次で分かるように「階層」と訳している。なぜだろうか。階級という日本語はやはりマルクスの階級闘争を思い出してしまうが、クリエイティブ・クラスは違うニュアンスを印象付けたいのだろうか?

序論
 第1章 日常生活の変化
1部 クリエイティブ経済の時代
 第2章 クリエイティブ経済
 第3章 クリエイティブ・クラス
2部 新しい働き方
 第4章 機械工場と美容室
 第5章 素晴らしい新たな職場
 第6章 カジュアル化
3部 日常生活
 第7章 歪んだ時間感覚
 第8章 経験の追求
 第9章 ビッグモーフ
4部 コミュニティ
 第10章 場所の重要性
 第11章 階層の地域分布
 第12章 経済成長の三つのT
 第13章 世界規模へ
 第14章 場所の質
 第15章 クリエイティブなコミュニティの構築
5部 矛盾
 第16章 格差の地域分布
 第17章 増大する階層の重要性
結論
 第18章 人はだれもがクリエイティブである

訳者あとがきにもあるように、「本書は厳密な研究書ではない」。訳者によれば「啓蒙書」である。そういう意味では、本書の翻訳はアカデミックな厳密性にこだわる研究者には難しかったと思う。気楽に読めるといういいかたもできるが、私にはそこそこ読みにくい本だった。しかし、本書の主張を根底から否定することはできない。本書で著者は自らを楽観的な性格としているが、夢物語だけが描かれているわけではない。まあ、全体からして第5部に充てられた分量は少ないが、マイナスの側面もしっかり論じている。そして、基本的に私も賛同したいのは第18章のタイトル。決して、本書は社会を勝ち組/負け組に分類しようとしているのではなく、そして訳書の副題に「才能」とあるが、これは選ばれし者のみが持つ能力として捉えるのではなく、誰もが持つものであり、それを発揮できる環境にあるかどうかという捉え方をしている。
そして,目次からもわかるように,本書は「場所」の重要性を強調している。よくいわれるように,グローバル化によって場所の意味が失われるのではなく,ますます重要になるという主張を本書も人的資本という形で強調している。しかし,著者が地理学にも片足を突っ込んでいるような人物でありながら,地理学における場所論は参照していない様子。目次にも出てくるが,地理的な「場所」ではなく,むしろ社会学的な「コミュニティ=共同体」と代替可能な概念だといえる。しかも,これは強い紐帯で結ばれた旧来の共同体ではなく,あくまでも経済や文化の緩い結びつきによって,ある意味単に同じ場所に住むことで利益を共有する人々という意味合いのように思える。そして,その人的ネットワークについては具体的には論じられない。
ということで,突っ込みどころは満載な本なのだが,やはり発想の豊かさと,その発想に説得力を持たせようとデータを分析して提示するというところは大いに学ぶことができる。

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