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グローバリゼーションの時代

サスキア・サッセン著,伊豫谷登士翁訳 1999. 『グローバリゼーションの時代――国民国家のゆくえ』平凡社,221p.2,000円.

 

本書はサッセンの著作としてはコンパクトなものであり、公開講座の内容を基にしている。ちょっと前に読了したもので、細かい内容はきちんと思い出せないが、やはり刺激的な読書体験だった印象だけは残っている。原著のタイトルは「Losing control?: Sovereignty in an age of globalization」となっていて、「主権Sovereignty」がテーマになっている。また、序章には本書の内容が、「グローバル経済における統治(ガヴァナンス)と説明責任(アカウンタビリティ)」とをテーマにしたものであることが記されている。

日本語版への序論
序章
第一章 近代国家と権力の新しい地理学
第二章 経済的市民権について
第三章 新しい秩序の試金石としての移民

内容をきちんと覚えていないので、チェックをしたところを読み返すことで、少し思い出してみたい。以前は鉛筆を常備して、気になるところに傍線を引いていたが、最近はやめてしまった。せいぜい、ページの隅を折っておくくらいだ。
ということで、まず78ページ。「主権と領土は、いぜんとして国際システムの鍵となる特徴である。しかし、・・・わたしは、主権は脱中心化され、領土は部分的に脱国家化されてきた、と主張してきた。」とある。サッセンは別の本で、企業による他国の土地購入の話を書いているので、それと関連するのであろう。
114
ページも同様の記述に私は関心を持ったようだ。「多国籍企業とグローバル市場が現在享受している権利の国境を越えた網の目は、この変革の次の段階、すなわちかつて国家〔による支配〕であった国際領域の民営化であるのか。」
最後、129ページ。経済のグローバリゼーションは、国民経済を脱国家化し、それとは対照的に、移民は、政治を再国家化する。・・・移民や難民のこととなると、北アメリカ、西ヨーロッパ、日本のいずれの国においても、国民国家は、自国の国境を管理する主権国家の権利を主張する際に、〔国民国家の〕過去のすべての栄光をもちだすのである。」
明治学院大学で今年度までエスニシティをテーマとする社会学の講義を担当していた。学生の多くが、「日本では移民といってもピンとこない」なんていっていたが、なぜだろうか?私の住む東京都日野市にはかなり外国人が住んでいる。確かに、日本政府は移民や難民の政策には積極的ではない。しかし、一方で外国人観光客の受け入れに関しては非常に積極的で、それは日本での外国人移住も見据えたものとしか思えない。日本人口は減り続け、いろんな将来の予測において、高齢化する日本人を支えるために外国人に頼らざるを得ないということが明言されている。果たしてこの国はどうなるのであろうか。

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