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ニュー・インペリアリズム

デヴィッド・ハーヴェイ著,本橋哲也訳 2005. 『ニュー・インペリアリズム』青木書店,236p.2800円.

 

この読書日記でも紹介したように,最近のハーヴェイものは『新自由主義』をまず読んだ。それとは別に『ネオリベラリズムとは何か』を読んだのだが,そのなかで「略奪による蓄積」の話が出てきたので,本書も読むことになった。出版順として,同じ訳者によるものだが,こちらを先に紹介しておきたい。
訳者の本橋哲也氏は英文学研究者で,これまでもシェイクスピアものの本などここでも紹介している。日本の英文学研究者は魅力的な人が多く,高山 宏がその代表格だが,その関心は19世紀末にあるといってよい。それに対して本橋氏の関心はもう少し前の時代で,特に植民地主義への関心が強いといえる。そういう意味では,「新しい帝国主義」と名付けられた本書に関心を持つのはよくわかる。しかし,この役は評判が良くなかった。『ネオリベラリズムとは何か』を読んだ時にはそんなに違和感を抱かなかったが,本書はどうなのだろうか。

ペーパーバック版への序文
序文
1章 すべては石油のために
2章 アメリカの権力はいかにして伸長したのか
3章 資本の呪縛
4章 略奪による蓄積
5章 強制への合意
あとがき

ハーヴェイの本にしては薄いこの2冊(本橋氏による翻訳本)はいずれも講義を基にしたもの。本書はオックスフォード大学の地理環境学科で行われた「クラレンドン講義」だという。2003年の2月に開催されたと書かれている。2001年の9月11日がいわずと知れた同時多発テロの日。アメリカはその報復として2003年3月からイラクへの軍事攻撃を開始した。その直前にハーヴェイはなぜアメリカがイラクという国を標的とし,1年半後にその軍事作戦を開始したのか,そこを明らかにすることがその講義の目的だったという。
よって,第1章は現代的な課題に取り組んでおり,私には非常に読みにくい内容であった。第2章に入ると,本書のタイトル通りの帝国主義論の現在が説明される。節のタイトルを列挙すれば,「ブルジョア帝国主義の興隆,1870-1945年」「アメリカ合州国のヘゲモニーの戦後史,1945-70年」「新自由主義的ヘゲモニー,1970-2000年」といった具合に,わたしたちが世界史の問題として学ぶ帝国主義がアメリカを中心とした現代の問題として,そして近年では中国も重要な位置を占めるようになるのだが,その辺りが説明される。ちなみに,「合州国」という訳語は確か本田勝一が使った表現だったと思うが,本橋氏はこの2冊で共通してこの訳語を使用している。他にもレーガン大統領を「リーガン」などと故意に通例とは異なった訳語を使用している。
第3章はこれまでハーヴェイが行ってきたマルクス資本論の地理学的解釈が展開される。かなり基礎的な地理学理論の紹介が含まれていることもあり,地理学者になじみの訳語が使われておらず,この訳本への批判はその辺にあったのだと思う。まず,「場所の理論」と訳されているのは恐らく
location theoryであり,一般的には「立地論」と訳される。そして,その主たる研究者の呼び方も,「アイザード」が「イザード」,「レッシュ」が「ローシュ」などとなっている。しかし,パリの大改造を行った「オスマン」が「ハウスマン」と英語読みにされているのは,ちょっと意外であった。古典的な地理学理論に訳者が通じていないのはしかたがないが,ベンヤミンなどは読んでいないのだろうか。ハーヴェイ自身も『パリ モダニティの首都』という本を書いていて訳書も出ているのに。まあ,その辺りは既に誰かが指摘しているだろうから,この辺にしておこう。
なんといっても,本書のクライマックスは第4章だ。この「略奪による蓄積」というのは,以前人文地理学会で行われたセッションで,原口 剛氏によって説明されていた時にかなり衝撃を覚えた。私はかなりウォーラーステインの世界システム論に説得されていた。それによれば,植民地時代から(三角貿易を通じて)外部を取り込みながら全世界に成長してきた資本主義世界経済は,現代に至り,外部を持たないほどに膨張し,20世紀の後半にはその構造的な危機を迎えていたという。しかし,この「略奪による蓄積」(本書によれば,この概念はハーヴェイのオリジナルではなく,ローザ・ルクセンブルグの説だというが)が通用する限り,資本主義は生き延び続けるものだと思える。サッセンの『グローバル資本主義と〈放逐〉の論理』を読んでもやはり資本の論理は非常に悪質なやり方で財を一握りの人びとの手にかき集めているという事実を理解できる。
そして,訳者あとがきでも強調されているが,第5章のタイトルに使われている「合意」という概念はグラム氏によるヘゲモニー概念を本書が採用していることにもある。この辺りが非常に難しい。本書ではアメリカ合州国こそが「ならず者国家」であるという論調でその悪事を暴き出しているが,それにはどういう主体を想定できるのだろうか?大統領という人物はもちろん重要だが,人物自体が交代しても根本的に自体が変化することはないという。そもそも,個人はそんな悪事をできるのだろうか。もちろん過去にヒトラーのような人物もいたが,それはかなり稀有な存在のように思う。人間は集団となるときにそういう悪事を引け目もなくできるようになるのだろうか。そして,ヘゲモニーという概念を「合意」という概念と結びつけるのは,そうした悪事が一方的にある主体からある主体(
subjectではなくobject)へと強制されるものだと単純にはいえず,合意という形で積極的とはいえずともその苦渋を受け入れているともいえるのだという。

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