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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編2)

Pillay, U. and Bass, O. 2008. Mega-events as a response to poverty reduction: The 2010 FIFA World Cup and its urban development implication. Urban Forum 19: 329-346.
https://link.springer.com/content/pdf/10.1007%2Fs12132-008-9034-9.pdf
この論文はタイトル通り,2010年に南アフリカで開催されたワールドカップ大会における都市再開発を扱っている。多くの国際的文献はその収益効果の評価へと向けられるが,この論文では貧困の軽減がもたらされるわけではないことを示している。とはいえ,南アフリカにおいてどこがワールドカップの競技に用いられるために開発されたのかなど基礎的な情報が提供されず,国際的文献の分析に終始しているため,具体的な像がつかめない。まあ,実際には開催年の前に発表された論文であり,最後に「2010年大会に向けての洞察」などとなっている。南アフリカではまだメガイベントが国民形成や,国際社会への仲間入り,経済と再開発の獲得に向けられている。しかし,さまざまな文献から,開発のアジェンダを提言していて,コミュニティ支援プログラムや雇用創出,低家賃住宅の提供,零細企業支援,統合交通システムの提供などが含まれる。

 

Muller, M. and Steyaert, C. (2013). The geopolitics of organizing mega-events. In Handbook on the Geopolitics of Business, ed. Munoz, J. M. S. Edward Elger, 139-150.
https://serval.unil.ch/resource/serval:BIB_F03D204E0F87.P001/REF
ミュラーはメガイベント研究を専門とする地理学者だが,「ビジネスの地政学」と題されたハンドブックの1章ということで,メガイベント組織をビジネスとみなし,それを地政学の観点から論じたもの。よって,目新しいデータなどが使われているわけではないが,うまくまとめられている。まず,オリンピックのようなメガイベントはグローバル資本主義と消費者文化の縮図と認識している。そして,地政学を権力のグローバル競争と定義する。近年のメガイベント招致は新しい地政学的局面に入っているという指摘は,町村氏の議論と同じだといえよう。そして,三つの行為主体を特定している。1.国民とグローバル想像の地政学,2.企業と市場拡張の地政学,3.都市と(不)視覚的な効果の地政学。1.に関してはジョセフ・ナイの概念「ソフト・パワー」の概念を借り,北京大会の中国,アボリジニを開会式に動員したシドニー大会を論じている。国民の包摂と国際社会への仲間入り。2.に関しても北京大会のスタジアムが論じられ,世界的な設計会社による,最先端技術を用いて中国的モチーフをシンボルに仕立て上げる。チケット販売についても議論があり,その金額と販売方法が開催都市住民に開かれたものではない。3.に関してはメガイベとが都市政治から都市地政学へと移行しているという。企業家主義的でネオリベラリズムによる都市再開発は1984年のロサンゼルス大会に始まる。ジェントリフィケーションやブランド化が進展し,創造都市間で過度に競争され,グローバルな要求に都市政策が従属することでメガイベントは都市の均質度の増加に拍車をかける。

 

Hiller, H. H. (2000). Mega-events, urban boosterism, and growth strategies: An analysis of the objectives and legitimations of the Cape Town 2004 Olympic bid. International Journal of Urban and Regional Research, 24(2), 439-458.
http://people.ucalgary.ca/~hiller/pdfs/Olympic_Bid.pdf
かなり引用されることが多い文献。失敗に終わった南アメリカのケープタウンでの2004年夏季大会の招致活動を事例にしています。アパルトヘイトで知られる国ですが,1960年代に産業の成長がみられ人種の差を基礎とする経済格差が広がります。1991年にアパルトヘイト関連法が撤廃され,1994年に全人種参加の総選挙でマンデラ政権が成立。全人種参加の地方選挙の実施は1995年で,新憲法の発効が1997年とのこと。2004年の開催都市は1997年の9月にアテネに決定されますから,まさに民主化に向けた変容のなかで招致活動がなされたといえます。ということもあり,この国においてはオリンピックが単なる都市再開発のような狭い意味ではなく,人間開発(human development)がその理由とされた。具体的な開発においては,不遇地域(disadvantaged area)の多くがその対象となっていた(残念ながら地図が不鮮明で見にくい)。この論文では,その招致計画を以下の項目で詳細に検討しています。不遇地区における施設建設,コミュニティのスポーツ・プログラムを支援するスポーツ施設,人的資源の機会,手ごろな家賃の住宅ストックへの貢献,中小企業への支援,交通システムによる都市統合,コミュニティのコンサルタント,など。もちろんこれらがきちんと盛り込まれていた招致計画であったわけではありません。論文タイトルにもboosterismとありますが,boostとは「景気あおり」などの意味があるように,boosterismには「推賞宣伝」という訳語があります。ケープタウンでは1990年に企業家のアッカーマンという人物の主導で招致活動が始められました。しかし,アフリカ民族会議(ANC)の政権により,招致を政府主導で行う方針となり,その間にケープタウン市が1996年に,市が属する西部ケープ県が1994年に有色人種から指示を受けた国民党政府になります。
とはいえ,オリンピックは南アフリカにとって公私両側にとって,ビジネスの好機とみなされ,観光産業や歓待産業の企業がスポンサーに名を連ねたとのこと。オリンピックへの市民の期待はアンケートによって異なるようで,首都圏や富裕層が住む地区では80%が支持したという結果の一方,ケープタウンでは黒人が92%なのに,白人が62%,白人読者の多い新聞では70%が反対,他の新聞では92%が「No」など。実際には,候補地として落選するわけですが,その前にいくつかの施設が建設され,政府が多額の費用を負担したとのこと。結論としては,「パン」を必要とする人々のために「サーカス」を用意したようなものでしたが,メガイベント開催の大義としては,新しい人道主義的な都市的価値という新たなオプションを用意した,ということのようです。

 

Hall, C. M. (1989): The Definition and Analysis of Hallmark Tourist Events. GeoJournal 19 (3): 263-268.
https://www.researchgate.net/publication/227225064_The_definition_and_analysis_of_hallmark_tourist_events
メガイベント研究という分野がありますが,その前にはホールマークイベントと呼ばれていたようです。ちょっと日本語としてしっくりくるものはありませんが辞書で調べると「折り紙付きの」のような意味位しかなく,まあ本来は規模に限らず重要なイベントという意味合いだったのでしょうか。この分野の先駆的な論文はRitchieという人の1984年のものだがまだ入手できず。とりあえず,継続的にメガイベント研究をしている地理学者ホールによるものがこの論文。地理学雑誌に掲載され,またタイトル通り観光分野をメインとしています。「ホールマーク観光イベントは近代観光のイメージ創造者である」と定義づけ,限られた期間で開催されるイベントを規模の小さいコミュニティ・イベントと比較的大きいホールマーク・イベントに区分し,後者をさらに規模の大きいスペシャル・イベントと最大級のメガ・イベントに区分する表を掲載しています。そして,最後の文章が示唆深いです。イベント計画者や観光研究者は,イベントの招致に当たり,ホストコミュニティの望まない費用を最小限にし,かつ効果を最大限にするように努めなくてはならず,当該コミュニティに持続的で活力のある観光産業を創造しなくてはならない,という。

 

Roche, M. (1994): Mega-events and Urban Policy. Annals of Tourism Research 21: 1-19.
以前にも紹介した,2000年の『メガイベントと近代性』で知られる社会学者の1994年の論文が入手できた。冒頭で,メガイベントはその開催都市に長期的な影響を及ぼす短期開催のイベントであると記し,前半で以前のホールマークイベント研究はその原因・大義よりも効果,特に経済効果に焦点を合わせることが多かったという。それに対して,今後は非経済的な影響を考えるために,原因や大義に焦点を合わせる必要性を説く。それには,計画へのアプローチと政治的なアプローチが必要だという。こう書くと,近年の研究の方向付けをしている気がします。この論文では事例として1991年にシェフィールドで開催された世界学生大会(ユニバーシアード)を取り上げている。実際に招致前と招致中,開催後とに分けたいくつかの表が掲載されていますが,どうも読んでいてすっと頭の中に入ってきませんでした。『メガイベントと近代性』も序文のみPDFで入手できたので読んでいたが,これもイマイチ頭に入ってこなかった。個人的に合わないのだろうか。ということで,この論文も結論近くの一文を引用することでお茶を濁したい。「遺産や新しいアトラクション,メガイベント政策を含む都市の観光政策は,変容の生みの苦しみや様々な危機のなかで,都市によって生産される。」

 

Muller, M. (2015): The Mega-events Syndrome: Why So Much Goes Wrong in Mega-event Planning and What to Do about It. Journal of the American Planning Association 81 (1): 6-17.
https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1080/01944363.2015.1038292?needAccess=true
論文ごとに面白い視点を提供してくれるミュラーですが,副題からも分かるように,今回もなぜメガイベントが負の側面を生み出し続けるのに継続されるのか,というところに力点を置いているようです。今回も11か国に及ぶメガイベント計画者,運営者,政治家,コンサルタントの51人から,2010年から2014年にかけて行ったインタビューに基づく研究になっています。オリンピック症候群における兆候は7つほど想定されています。1.過度に約束された便益,2.過小評価された費用,3.イベントの最優先,4.公的な危機引き受け,5.例外規則,6.エリート獲得,7.イベントの固定制。3.までは分かりやすいです。4.は私的投資による失敗を公的資金で補填するようなことでしょうか。2020東京大会でも少し意味合いは違いますが,晴海の都の土地を選手村として利用しますが,選手村の後はリニューアルして分譲マンションとして売却する予定で,私的企業が開発します。しかし,その土地の値段は格安になっています。5.7.も分かりやすいですね。6.に関しては,ジェントリフィケーションなどの言葉が出てきます。まあ,これもよくある議論で,メガイベントに乗じた開発などは富裕層に利益をもたらすのがほとんどで,貧困層は何の恩恵もなく,場合によっては立ち退きなどの不利益をこうむります。この論文の後半は政策的提言にあてられています。それぞれの兆候に他書するためのラディカルな変化として5つ,増えつつある変化として7つ挙げられています。前者が,メガイベントを大規模都市再開発と結びつけないこと,イベント開催団体との契約,公的支出に上限を設ける,独立した専門家評価を決める,エベントの必要規模を縮小あるいは上限を定める。後者は,招致段階で公的な参加を始める,招致時期に候補のための同意事項を固定する,レガシーを管理する独立した組織の創設,イベントの脱中心化,イベント後の利用が不確実なものは臨時の構造物とする,知識交換の契約,通常の契約手順に乗り入れしない。

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