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オリンピック・スタディーズ

 

清水 諭編 2004. 『オリンピック・スタディーズ――複数の経験・複数の政治』せりか書房,255p.2,500円.

 

東京は2016年オリンピック夏季大会に立候補しているが,本書はそれ以前に発行されたもの。その正式な立候補は20079月とされているが,本書には近い将来東京でオリンピックが開催されることになることを予見しているような記述はほとんどない。1か所のみ(どこだか特定できなくなってしまったが),近年の名古屋や大阪などの招致活動に関する記述があるが,そうした近年のオリンピック計画に対して,1964年の東京大会がひな型になるという記述があった。ということで,本書は2020年東京大会に焦点を当てたものではなく,むしろ1964年を含む過去の大会から学ぶことがほとんどだが,それは将来の大会に向けられた考察になっている。

はじめに オリンピックと「政治的なるもの」(清水 諭)
Ⅰ 近代オリンピックを問い直す
 1 「ロゴ」身体――カール・ルイスの登場とビジネスツールとしてのオリンピック(清水 諭)
 2 グローバル,ポピュラー,インター・ポピュラー――市場,国家,市民社会にまたがるオリンピック・スポーツ(ヘニング・アイヒベルク)
 3 オリンピック男爵とアスレティック・ガールズの近代(田中東子)
 コラム:「世界」からの呼びかけ――『クール・ランニング』とジャマイカ・ボブスレー・チーム(鈴木慎一郎)
Ⅱ ナショナルなものの想像力
 4 アメリカン・イメージの構築――‘32ロサンゼルス大会の前史とアメリカニズムの変容・持続(井上弘貴)
 5 規律化した身体の誘惑――ベルリン・オリンピックと『オリンピア』(伊藤 守)
 6 国家戦略としての二つの東京オリンピック――国家のまなざしとスポーツの組織(石坂友司)
 間奏曲:帝国日本がはじめてオリンピックに参加した頃――外交家嘉納治五郎と’12ストックホルム大会(鈴木康史)
Ⅲ プレ/ポスト‘64
 7 日の丸とモダン――’64東京大会シンボルマークとポスターをめぐって(前村文博)
 8 未来の都市/未来の都市的生活様式――オリンピックの60年代東京(石渡雄介)
 コラム:長野オリンピックと環境問題(鵜飼照喜)
 9 「東洋の魔女」――その女性性と工場の記憶(新 雅史)
Ⅳ アウターナショナルな経験
 10 故郷/経路 人見絹枝の旅と遭遇――イエテボリ,アムステルダム,プラハ(有元 健)
 コラム:「すずスマイル」と自己主張――千葉すずが残したもの(稲葉佳奈子)
 11 レボルト
68――黒人アスリートたちの闘争とアウターナショナルなスポーツ公共圏(山本敦久)
 12 ボイコット(小笠原博毅)
 コラム:メキシコ・オリンピックにおける「1968年性」について(坪内祐三)
危機にあるオリンピック――「あとがき」にかえて(清水 諭)
「オリンピック・スタディーズ」基本文献一覧
オリンピック関連年表

目次からもわかるように,対象やテーマは多岐にわたる。私たちの研究グループはオリンピックを「メガイベント」の一つの事例として捉え,また都市研究の一環として考察することで,オリンピックの地理学研究を目指している。そういう意味では本書から直接学ぶことはそれほど多くないが,1998年の長野冬季大会を経て2004年の時点で日本においてオリンピックについて何を考えられるのか,かなり網羅的な考察がなされている。2000年時点では英語圏でメガイベント研究のそれなりの蓄積があり,本書はそれらに言及することはほとんどないが,日本の文脈でのオリンピック研究としてはこの時点での最新成果と言えそうな論文集である。
伊藤 守氏は長野大会についても論文を書いているし,近年も2020東京大会について発言をし続けている,いわずとしれたメディア研究者。その他にも,私は以前カルチュラル・タイフーンというカルチュラル・スタディーズの研究集会に参加していた時期があるが,その頃にその集会の主催者だった人たちが本書にも名を連ねている。有元 健,小笠原博毅,田中東子,山本敦久という人たちである。ということで,本書でもかれらの書く文章は理論的な基礎がしっかりしています。編者の清水 諭さんは知っているようで,知らないような。本書でも1章を執筆していますが,まあ1章にふさわしくオリンピックの商業主義化の歴史が概観され,各論としてカール・ルイスという1980年代のオリンピックの陸上ヒーローが取り上げられています。有元さんが翻訳した2章もオリンピック全般についてのコンパクトでいてかつ鋭い視点からのオリンピック本質論になっています。3章はオリンピック史における女性の登場について,4章はオリンピックへのアメリカ合衆国の関わりの過程,5章はリーフェンシュタールの『オリンピア』の美術批評的考察。6章の石坂氏は2020年東京大会決定後も積極的にオリンピックに関する発言をしているスポーツ社会学者であり,6章は幻の1940年東京大会から1964年大会までの経過をたどっている。
7章はデザイン批評の立場から1964年大会のシンボルマークを考察する。8章は都市的生活様式というオーソドックスな社会学的概念を用いて,1964年東京大会時に整備されたインフラについて考察している。特に,柴田徳衛という人の業績に依拠したものではあるが,廃棄物から上下水道の整備という衛生環境の向上については学ぶことが多い。9章は「東洋の魔女」と呼ばれた「大日本紡績貝塚工場チーム」について,そして10章は日本人女性として初めてオリンピックに参加した人見絹枝について,その活躍をたどっている。特に10章は有元氏による執筆ということもあり,人類学の「旅する理論」を援用した素晴らしい考察。11章と12章も1968年のメキシコシティ大会を中心とした,反体制的な世界情勢における五輪大会と政治,そして人種などのアスリートの葛藤などが論じられており,非常に興味深い。
本書にも執筆した小笠原氏と山本氏の編集により,2020東京大会決定後の2016年に『反東京オリンピック宣言』が出版されている。続けてこの本を読んでみることにしよう。

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