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2019年3月

グローバル・シティー・リージョンズ

スコット, A. J.編,坂本秀和訳 2004. 『グローバル・シティー・リージョンズ――グローバル都市地域への理論と政策』ダイヤモンド社,365p.,4,800円.Scott, A. J. eds. 2001. Global City-Regions. Oxford: Oxford University Press.

 

本書の著者は地理学者である。世界都市をめぐる議論としては,同様に地理学者によって組織された会議の記録である,ノックス&テイラー『世界都市の論理』が1995年に出版され,日本語訳が地理学者も参加して鹿島出版会から1997年に出版されている。一方,本書は原著が2001年に出版され,翻訳家によりダイヤモンド社から2004年に出版されている。本書は『世界都市の論理』ほど明確に国際会議の体をなしているわけではないようだが,第2部は「グローバル都市地域学会」(p.32)での会議講演とされている。その登壇者は経営コンサルタントという肩書の大前研一,世界銀行総裁のウォルフェンソン,そしてカナダ・ケベック州知事のブシャールという面々なので,それなりの規模の大きい学術会議が開かれたと思われる。とはいえ,訳者あとがきもなく,詳しいところは分からない。会議自体は1999年に開催されたようす。

第1部 序論
 第1章 グローバル都市地域(スコット, A. J.・アグニュー, J.・ソージャ, E. W.・ストーパー, M.)
第2部 グローバリゼーションと都市地域の発展に関する実際的問題について:三者による本会議講演
 第2章 グローバル経済から地域に繁栄を呼び寄せるには(大前研一)
 第3章 世界銀行とグローバル都市地域:貧困層に手を差し伸べる(ウォルフェンソン, J. D.)
 第4章 グローバル都市地域の時代のケベック(ブシャール, L.)
第3部 グローバル都市地域は新しい地理的現象か?
 第5章 21世紀のグローバル都市地域(ホール, P.)
 第6章 グローバル都市とグローバル都市地域:その比較(サッセン, S.)
 第7章 グローバル都市地域の経済的役割と空間的矛盾:機能・認識・進化の側面から(カマーニ, R.)
 第8章 グローバル時代における都市間ネットワーク(フリードマン, J.)
第4部 グローバル都市地域の競争優位
 第9章 地域、そして競争の新しい経済学(ポーター, M. E.)
 第10章 北米の地域国家としてのオンタリオとグローバル都市地域としてのトロント:NAFTAの挑戦に応える(クーシェイン, T. J.)
第5部 アジアのグローバル都市地域:政治的、経済的課題
 第11章 都市間の競争と経済的弾力性の問題:グローバリゼーションとアジアの危機(ダグラス, M.)
 第12章 都市地域の地位再考:経済危機後の韓国(キム, W. B.)
第6部 グローバル都市地域の新たな集団秩序
 第13章 統治する都市と地域:グローバル時代における地域的再編(キーティング, M.)
 第14章 シリコンバレーの教訓:グローバル都市地域における統治(ヘントン, D.)
 第15章 地域の統治と対立の管理:ブラジルのクラスターから映し出されるもの(シュミッツ, H.)
第7部 結び:環境問題
 第16章 発展途上のグローバル都市地域における環境の持続可能性とサービス(パナトヨウ, T.)

第1章は米国の地理学者4人によって書かれているが,目新しいことは書いていない。本書はやはりこれまで提示されていた世界都市(world city)でも,グローバル・シティ(global city)でもなく,最後に「地域」とついているのが地理学者によるこだわりだと思うが,第1章にそれに関して突っ込んだ議論はない。なぜだか,第3部に入って一応地理学者ともいえると思うが,英国のホールや,グローバル・シティの提唱者サッセンが,この概念について議論をしている。それはまた詳しく見ることとして,第2部は各人によるそれほど長くない講演である。大前研一は当時出版された新著『新・資本論』の宣伝が中心で,タイトルに掲げられた問いには答えていない。それにしても,恐るべき自信家だ。第3章は,世界銀行の総裁ってそんなこともしてるんだ,という感じで世界各地の貧困地区を訪れ,話を聞いたということが報告されている。かれらは生きる力があり,「斬新な考え」(p.53)を持っており,少し手を差し伸べるだけでその能力を発揮するという。ケベック州知事の講演はとても短いが,それでもこれだけ教養のある知事を羨ましく思う。東京都知事も猪瀬や舛添など,教養人だったはずだが,その教養が都政に活かされていたとは思えない。
第3部では,まずフリードマン以前に「世界都市」概念を使っていたピーター・ホールによる第5章。フリードマン以降,ノックス&テイラー『世界都市の論理』,そしてテイラーらが参加したGaWCに続く研究に言及し,それらのデータを使いながら世界都市ランク的な話を展開し,21世紀の新しい都市の形態について論じています。第6章は『グローバル・シティ』のサスキア・サッセンが自分が論じたグローバル都市の考え方について整理しつつ,本書で提起されている「グローバル都市地域」という概念との比較をしている(のでしょうか?)。『グローバル・シティ』はロンドン,ニューヨーク,東京に関してさまざまなデータを用いてその類似性や彼女のグローバル都市の定義に合致することを根拠づけているが,一方でフリードマンが主張していたような都市間ネットワークという観点は希薄である。しかし,確かに当書では都市間競争よりも都市間の補間や協働という側面を強調していた気がする。本書で提起されるグローバル都市地域という考え方は,フリードマンの都市間ネットワークを含みつつも都市内ネットワークも包括する概念である。とはいえ,やはりサッセンは自分の議論が正しかったことを強調していますね。第7章のカマーニという人物はミラノ工科大学の教授ということですが,グローバル都市の認識論的側面,象徴的存在という議論が面白いです。特に,p.120に提示された図7.2は,グローバル都市の役割と題し,空間的論理を領土的アプローチとネットワーク・アプローチに,認識論的論理を機能的アプローチと象徴的アプローチに二分し,4つの象限に分類しています。タイトルにある「空間的矛盾」については通勤と不動産についてデータを示しながら論じていますが,イマイチ分からず。第8章にはフリードマンが登場します。彼は「都市地域」を「機能的に統合された地域という意味で使っている」(p.142)としています。そして「統治」という側面をここでは強調し,その主体が国家に限らず超国家的組織,また回国家的な自治体,都市政府などの役割を示しています。なぜか事例として「黄海地域共同区」の事例を挙げています。
本書の特徴は、都市の問題を都市単体としてではなく、地域としても捉えることにあり、そこに地理学者たちによるこだわりがあるのだと思う。とはいえ、地域という言葉は地理学者の専売特許ではないし、むしろ場所とか空間なども使う地理学者に対し、地域という言葉はコミュニティと置き換え可能な形で社会学者がこれまでよく使っていた概念でもある。なので、本書に寄稿した研究者はさまざまな分野の人のようだが、その辺りがこれまでの都市関係論集とは少し異なった特徴を有している。
第9章の著者マイケル・ポーターは翻訳書もある経済学者ということだ(『競争戦略論』ダイヤモンド社、1999年)。この章ではクラスターという概念を強調している。経済学者は都市間競争といっても、実際には都市に所在する企業間の競争にすぎない、と考えることも多い。しかし、著者はそれは企業単体ではなく、ある業種の企業であれば、その関連企業や下請け企業などが関連したクラスターを都市内で形成しているという。第10章の著者トマス・クーシェインはカナダの経済学者とのこと。この章ではトロントというカナダの都市を取り上げるが、カナダという連邦国家のなかの、オンタリオ州の州都ということで、オンタリオ州を地域国家ととらえ、トロントに関しても、行政上の都市としてだけでなく、グレーター・トロント・エリア(GTA)としても捉える必要がある。さらにアメリカ合衆国と五大湖を挟んで接しているこの地域においては、トロントという都市は、バッファローやデトロイトといった合衆国の都市との関連性が強い。ということで、単なる都市の経済だけでなく、さまざなま公的機関の政策が関わっている。
本書を含む近年の都市論の特徴は、数十年前のこうした議論は国際的といえども欧米中心であったが、欧米以外の地域を無視できない状況がある。本書の出版時点ではまだ中国の発展はまだまだだったが、第5部はアジアが取り上げられている。第11章の著者マイケル・ダグラスは日本研究者らしく,日本の話題がちょくちょく出てくる。とはいえ,この章は日本のみの話ではなく,東アジア,東南アジアについて,特に1990年代後半の経済危機について説明し,その後の復興を企業の合併・吸収を代表とする金融的戦略として示している。大阪がさまざまな巨大プロジェクトに手を出して危機に陥ったという話もあります(2008年のオリンピック招致も含む)。第12章は韓国の研究者による韓国の話題。
第6部に入って,統治の問題が議論される。第13章はよく覚えていないが,「制度分析」なるものが登場する。これは「近年における新たな流行としてもてはやされており」(p.291)とあるが,原語が示されておらず,何のことだか分からない。マニュエル・カステルのことも「キャステルス」などと表記されていて,少し翻訳に疑問が残る。第14章は米国シリコン・バレーの事例,第15章はブラジルの靴産業クラスターの事例で分かりやすい。第7部は最後の部だが,第16章のみで,しかも環境問題に特化していて本書のなかでは少し異質な感じ。とはいえ,途上国の都市発展に欠かせない話題であり,基本的な知識は提供してくれる。編者によるまとめもなく,訳者あとがきもない。少し尻切れトンボ感のある読書でした。

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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編5)

Kassens-Noor, E.m Gaffney, C., Messina, J. and Phillips, E. (2016): Olympic Transport Legacies: Rio de Janeiros Bus Rapid Transit System, Journal of Planning Education and Research 38: 13-24.
前にも単著論文を読んだことがある,都市計画系のオリンピック研究者Kassens-Noorが,ブラジル出身の地理学者Gaffneyと一緒に2016年リオ大会に関する論文を書いています。リオデジャネイロでは,オリンピックの開催において,4箇所に競技施設を分散する計画でした。当然それらを結ぶ交通計画が必要となるわけですが,リオではバス・ラピッド・トランジット(BRT)が採用されました。リオは3度目の招致で,2016年開催が決定したわけですが,これまでの招致計画で問題だったのが公共交通計画であったようです。グローバル・サウス(最近はグローバル化のなかの南北格差を含めこう呼ぶようです)での新しい公共交通にBRTはよく使われるようです。日本ではあまり見かけませんが,連結式のバスを路面電車のように運行するようですね。日本は路面電車の車両を換えてLRTが使われています。さて,第三世界ではおおむね好評のBRTですが,オリンピックに向けて,IOCの要望に応えながら整備されたリオではどうなのか,かなり批判的に検討されます。実際に整備において,貧困層の立ち退きがあった事例や,環境破壊なども指摘されています。大会開催時はオリンピック・ファミリー(選手や関係者,メディアなど)は既存の道路を用い,住民は過去に培われてきた公共交通は危険で不便だという信念から利用を避ける傾向にあり,利用しているのは外国人観光客だけという実態が示されます。自家用車からBRTへのモーダル・シフトはわずか2.4%と,期待されていた公共交通の分担率が12%から大会後には40%になるという想定にはほとんど達していません。公共交通も近年期待されているオリンピック大会開催のレガシーとなるべくものですから,リオ大会の場合はイマイチだったということでしょうか。

Chalkley, B. and Essex, S. (1999): Urban Development through Hosting International Events: A History of the Olympic, Planning Perspectives 14: 369-394.
この2人のオリンピック論文は2編ほど読んだ。その2編はEssexが第一著者となっているもので,1998年のものが夏季大会,2004年のものが冬季大会を概観するものだ。しかし,この論文を読んでみると,1998年のものとセットになっているような気もする。2人の著者は地理学者であり,論文には世界地図に開催都市が示されたものや,開催都市の施設配置の地図などが掲載されている。この論文も夏季大会について,1896年第1回アテネ大会から1996年アトランタ大会まで触れているが,都市の地図を掲載しているのは,1932年ロサンゼルス大会,1936年ベルリン大会,1976年モントリオール大会,1996年アトランタ大会である。一方,1998年の論文にも同じような地図があり,1972年ミュンヘン大会,1992年バルセロナ大会,2000年シドニー大会の地図が掲載されている。各大会について,2人で分担して調査・研究をしているのだろうか。
この論文では,オリンピック大会の開催が都市に与える影響という観点から,1896-1996年までの大会を4つのフェーズに区分しています。1896-1904年の第1フェーズは規模が小さく,新しい施設の建設など都市への影響は小さかったとされています。1900年パリ大会からは万国博覧会の一部として開催されていたことはよく知られています。第2フェーズの1908-1932年はオリンピックのための主要施設が新設されるようになりました。1908年ロンドン大会は万博との同時開催でしたが,オリンピックのためのスタジアムが建設されています。このように,この時期にはスタジアム建設に伴って,開会式などが祭典化します。1932年ロサンゼルス大会では,仮設施設の建設資材が大会後に売却されるなどもあったようですね。第3フェーズの1936-1956年は1936年ベルリン大会は特別ですが,その後もオリンピック村やオリンピック公園など,複数の施設が集積して開発されるようになりました。第4フェーズの1960-1996年は,競技施設だけでなく,施設が分散することもあり,公共交通機関なども含め,都市構造そのものにオリンピックが契機となるようになりました。1964年東京大会はその規模がかなり大きくなったことで有名です。それもあり,開催都市において住民によるさまざまな運動が生じてきた時期でもあります。1976年モントリオール大会はそうした開発により大きな負債が負の遺産として残されたことがよく知られています。ちなみに,この論文はホールマーク・イベント研究としての位置付けがなされています。

Reiche, D. (2017): Why Developing Countries are Just Spectators in the Gold War: The Case of Lebanon at the Olympic Games, Third World Quarterly 38: 996-1011.
オリンピック関連の文献を読み始めてから気になっていた雑誌『季刊第三世界』のオリンピック関連文献をようやく入手し,その1本を読んだ。ちなみに,第三世界とスポーツということについては,日本でも若干議論があり,石岡丈昇(2004):第三世界スポーツ論の問題構制―認識論的検討とフィールドワークの「構え」―『スポーツ社会学研究』12: 49-60.は読んでみたが,この雑誌は登場しない。まあ,ともかくオリンピックを典型として近代スポーツはさまざまなものとともにヨーロッパから植民地にもたらされたものであり,コロニアル研究の題材には適している。さて,この論文では何がテーマなのだろうか。以前紹介したもののなかでも,南アフリカ共和国がオリンピック招致運動をしたというものがあったが,招致することだけがオリンピック研究ではない。この論文ではレバノンを事例に,途上国とオリンピックの関りを論じている。レバノンはフランスから1943年に独立した国だが,1948年ロンドン大会以降,オリンピックには続けて選手を送り出している。しかし,その数は64年間で夏季・冬季併せて212人,多い大会で20人程度,少ない大会では1名の参加である。しかも,20程度を送り出していた年は,国内での内戦があった時期で,逆にオリンピックがそうした国際政治へのアピールに利用されたりするということを意味している。
なお,この論文は大会参加者や国内のオリンピック組織の要人へのインタビューを含んでいる。レバノンも1950年代から1980年までに4つのメダルを獲得しているが,近年では全くである。そもそも途上国ではこうした国際的なレベルに通用するスポーツ選手を育成するプログラムを持っていない。そもそも,国内で行われているスポーツが,国際大会の規格に適した形で行われていない。こうした国がオリンピックに選手を送るのにはIOCからのお金の流れがあるそうだ。実際にはオリンピック・ソリダリティ(OS)による支援で,2016年リオ大会でレバノンに支払われた額は13.2万米ドルだとのこと。その他に,こうした国ではディアスポラという手段があり,難民などで離散した,レバノン国籍を有する選手をレバノン代表として出場させている。近年では,米国の大学でスポーツを学んだ選手が出場しているとのこと。ただ,そうした特別枠は競技が限られている。また競技によっては国際連盟の力が大きかったり,ともかく途上国の選手がメダルを争うようなことは不可能ではないがとても難しいということがわかる。

Hiller, H. H. and Wanner, R. A. (2011): Public Opinion in Host Olympic Cities: The Case of the 2010 Vancouver Winter Games, Sociology 45: 883-899.
ヒラーはメガ・イベント,オリンピックを専門とする社会学者。ありがたいことに,自分の論文を自分のウェブサイトでほとんどPDFアップロードしてくれている。この論文を含むいくつかのものはオリンピック開催都市の居住者にアンケート調査をした結果報告です。この論文は2010年のバンクーバー冬季大会のもの。これまでも都市住民への意識調査をしたものはいくつかありましたが,学術的なものは少なく,しかも比較可能な形でなされていないという。この調査はかなり形式的な定量的社会調査です。大会開会の直前から閉会3日後まで6時点,1時点500サンプルで合計約3,000の回答を得ています。調査を依頼したオンラインを利用した調査会社はバンクーバー大都市圏内に8,000地点,10万人のパネラーを有しており,そこから年齢や性差などの社会的指標のバランスがセンサスと合うように抽出しているようです。結果的には時期を追うごとに,オリンピック大会に対する肯定的な意見が増えるというもので,それは特に同時期に行われた投票行動と,実際にオリンピック関連イベントへの参加の有無が大きく影響したとのこと。まあ,こういう調査をするとどうしても批判的な結果にはならないということでしょうか。バンクーバーはボイコフの研究などでも反オリンピック運動が盛んな大会,都市でしたが,多くの住民にとっては肯定的に受け止められたということのようです。

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オリンピック全史

デイビッド・ゴールドブラット著,志村昌子・二木夢子訳 2018. 『オリンピック全史』原書房,467p.4500円.Goldblatt, D. 2016. The Games: A Global History of the Olympics. London: Macmillan.

原書房は私が翻訳で参加した『現代地政学』の出版元であり,地理学書も多く出している。そんな出版社がオリンピック関連本を出すなんてビックリ。著者は「スポーツライター,社会学者」とされているが,これまでオリンピック関連文献を読む中で名前を見たことはなかった気がする。しかし,読み始めると2000年以降の研究を多く参照していて,まさに網羅的なオリンピック史といえそうだ。

1章 壮大にして有益な仕事 オリンピックの復興
 1896年アテネ大会
2章 最高の楽しみ ベル・エポック末期のオリンピック
 1900年パリ大会,1904年セントルイス大会,1908年ロンドン大会,1912年ストックホルム大会
3章 ライバル登場 1920年代のオリンピックと挑戦者たち
 1920年アントワープ大会,1924年パリ大会,1928年アムステル大会
4章 イッツ・ショータイム! オリンピックというスペクタクル
 1932年ロサンゼルス大会,1936年ベルリン大会,1940年東京大会(中止)
5章 スモール「ワズ」ビューティフル 戦後オリンピックの失われた世界
 1948年ロンドン大会,1952年ヘルシンキ大会,1956年メルボルン大会
6章 イメージは残る スペクタクルとアンチ・スペクタクル
 1960年ローマ大会,1964年東京大会,1968年メキシコ大会,1972年ミュンヘン大会
7章 崩壊 破産,ボイコット,アマチュアリズムの終焉
 1976年モントリオール大会,1980年モスクワ大会,1984年ロサンゼルス大会,1988年ソウル大会
8章 ブーム! 冷戦後のグローバリゼーション
 1992年バルセロナ大会,1996年アトランタ大会,2000年シドニー大会,2004年アテネ大会
9章 南へ 新しい世界秩序のなかのオリンピック
 2008年北京大会,2012年ロンドン大会,2016年リオデジャネイロ大会
終章
リオデジャネイロから再び東京へ

オリンピックの研究を始めたとはいえ,オリンピックそのものには個人的な関心はなく,IOCという組織について,オリンピック憲章について,過去のオリンピックの経緯について,そういう詳細に詳しくなったわけではない。むしろ,そういう記述を読むのは苦痛である。ただ,本書はそういういわゆる歴史記述のなかにも重要な事柄が散りばめられていて,比較的読みやすい。
まずは第1章だが,近代オリンピックの父といえばクーベルタンである,というのは私でも知っている常識。しかし,古代ギリシアのオリンピックの復興というのはそれ以前から何度も行われていたという。クーベルタンはそのうちの一つにすぎず,たまたま現代まで継続しているものの創始者が彼であっただけの話だ。第2章は第1次世界大戦前の状況で,オリンピックが万国博覧会の添え物としてひっそりと行われていたということはよく知られるが,クーベルタン自身のかかわりなどの詳細が記される。
3章はそのタイトルに示されているが,オリンピックへの挑戦者と表現されているが,要はオルタナティブとしての各種競技大会が登場した時代としてまとめられている。近代オリンピックの初期の頃は,上流階級の男性によるたしなみであり,アマチュアリズムという原則があった。つまり,労働者や女性,プロスポーツ選手などはオリンピック競技大会からは排除されていたということだ。本書で紹介される第一のものは,1919年に開催された連合国の兵士たちによる競技大会である。同じ年にはFSFSF(フランス女子スポーツクラブ連盟)が発足し,1921年にモンテカルロで「国際女子競技大会」が,翌年には「女子オリンピック」と称して競技大会が開催される。次のオルタナティブはIOC内部のものだが,ウィンター・スポーツの導入が始まり,1924年にはフランスのシャモニーで第1回冬季大会が開催される。そして極めつけが労働者オリンピック。こちらも1920年に設立されたSWSI(社会主義労働者スポーツ・インターナショナル)という組織(1930年代には400マ万人のメンバーをかかえていたという!)によって1925年に第1回労働者オリンピックが,本家よりも大きな規模で開催されたという。
4章は1932年ロサンゼルス大会から始まります。多くの歴代オリンピックの整理では1936年ベルリン大会で新しい段階に入ったとされることが多いです。この大会はナチスドイツによって政治的に利用された大会として有名です。スタジアムも含め多くの施設が計画的に作られ,聖火リレーがはじまり,国家元首が開会式に登場し,みたいな今にもつながるひな型のいくつかがこの大会で作られました。しかし,本書では1932年ロサンゼルス大会と1936年ベルリン大会には多くの共通性があるといいます。それは,後の1980年モスクワ大会,1984年ロサンゼルス大会が冷戦時に続いて米ソで開催された大会がボイコット合戦になったように,第2次世界大戦を前に2つの大国で続けて開催されたことの意義を強調しようという意図があるのかもしれません。1932年ロサンゼルス大会では,「国歌が流れ,3段の表彰台が置かれるメダル授与式」,「選手村の創設」(p.137)が始まった。1936年当時のドイツやソ連はオリンピックを国家事業と捉え,公的資金を大量に投入しますが,米国はそうではありません。できるだけ民間投資を促していくというのはこの頃からの伝統のようです。このころから問題になるのが人種問題です。黒人アスリートの参加が増えていき,かれらは一定の成果をあげますが,その待遇はひどく,まさに利用されていたという形。この章では,1940年の「幻の東京大会」についても記載されています。
5章は戦後の貧しい時期に行われた大会が,比較的小規模で開催されていました。1956年のメルボルン大会は初めての南半球での開催ですが,本書ではメルボルンという都市の歴史も簡単にたどってくれています。第6章で1960年代に入っていきますが,このころからオリンピックが大規模化し,さまざまな問題が噴出してきます。1960年ローマ大会ではテレビ中継が始まり,お金や競技,都市の整備に至るまでテレビを中心に変化していきます。1964年東京大会は初めてのアジアでの開催ですが,国の首都を開催地とすることで多額の公的資金を投入し都市基盤を作っていくというのは,1988年ソウル大会,2008年北京大会のモデルとなり,もう半世紀以上のことであるにもかかわらず,招致をもくろむ途上国のモデルとして未だに希望を与えている。ちなみに本書はほとんどが英語で書かれた文献資料に基づいていますが,1964年東京大会についてもそこそこ研究がなされているようです。1968年メキシコ大会は,陸上で金メダルを獲得した米国の黒人選手によるメダル授与式におけるパフォーマンスが有名だが,それ以前のことも重要です。1968年といえば学生運動を始めとする既存の体制に対する抵抗運動が盛んでしたが,メキシコでも同様,オリンピックを直接の矛先としたさまざまな運動があったようです。それを国家権力が死者も出す形で鎮圧し,あたかもそんなことがなかったかのように大会が行われたとのこと。冬季大会も徐々に規模を大きくし,今日でもよく知られるように,特に負の遺産を残す伝統がこのころから作られます。
7章は冷戦期の大会について。1976年モントリオール大会は巨額な負債を抱え込んだことで有名です。カナダは英語圏と仏語圏との政治的な争いが長らくありますが、その辺りについても詳しく解説されています。1980年モスクワ大会と1984年ロサンゼルス大会はボイコット合戦で有名ですが、本書ではロサンゼルス大会の商業主義よりも政治的対立に焦点を合わせています。そして、商業主義という言葉ではなく、「自由主義の大義名分」(p.285)と表現しています。そういう意味でも、1984年ロサンゼルス大会におけるスポンサー契約も重要です。1988年ソウル大会も、米ソ冷戦構造のなかで語られます。「もともと権威主義だった韓国は巨大な国家ぐるみの開発機構に衣替えし、奇跡的とも言えるほどの急速な工業化が実現した。」(p.294)とう歴史の延長にオリンピック招致が位置付けられています。
8章はグローバル化の文脈に位置づけられ、またIOC会長サラマンチ時代として特徴づけられます。章の冒頭に彼について一節設けられ、次の節は「新しい批判勢力」と題され、1960年代の抵抗勢力、1970-80年代の政治的対立によるボイコットに次いで、1990年代は組織的腐敗や都市の過剰開発、環境保護といった観点から批判勢力が登場します。しかし一方では、1992年バルセロナ大会が成功例として、後のオリンピックなどのメガイベントを利用した都市開発のモデルとされ、1996年アトランタ大会は1984年ロサンゼルス大会に続いて民間資本をうまく利用し、2000年シドニー大会は環境に配慮した大会として語り継がれることになる。もちろん、本書ではバルセロナ大会におけるカタルーニャの問題、アトランタ大会における貧困問題、シドニー大会における先住民族の問題などを論じています。そして、明らかな失敗事例として記憶も新しい2004年アテネ大会と同じ時代区分にされていることが著者なりに解釈だといえましょう。ただ、以前こちらで紹介したCOHREの報告書によれば、アテネ大会ではロマ族の排除が強調されていましたが、本書ではそのことには一切触れていません。
9章で扱う2006年以降は,2008年北京大会,2016年リオデジャネイロ大会,2014年ソチ大会と,BRICS諸国のうち,インドを除く3国を含んでおり,「新しい世界秩序」時代のオリンピックと位置付けています。特に北京大会とソチ大会は多額の公的資金を投入した大会であり,また北京大会においてはチベットの問題,ソチ大会においてもチェチェンの問題など,国内の少数民族の問題が大きく取りざたされました。リオデジャネイロは巨額の公的資金を投入できなかったが故に,大会運営はどうにかしのいだものの,都市開発に関しては大きく問題を積み残しました。2012年ロンドン大会に関しては,中心的な開発地域が貧困層や移民たちが住みつく地区であったことは問題とされていますが,比較的成功した先進国の事例とされています。しかし,やはり本書では厳しい指摘がなされ,章を追うごとに厳しさを増しています。2014年ソチ大会については「プーチンのオリンピック」と題した節が設けられていますが,前半は2010年バンクーバー大会における反オリンピック運動について説明されます。これについては既に紹介したボイコフという研究者による研究を情報源にしていますが,突如何の前触れもなく,バンクーバー大会からソチ大会に話題が変わります。
本書の原著は2016年出版ですが,短い終章で2018年平昌大会について少し触れ,その後に「リオデジャネイロから再び東京へ」と題された文章が書かれています。あまり2020年東京大会には触れられていません。本書には訳者あとがきはありませんが,最後の方でこの著者が2014年にブラジルのサッカーの歴史に関する本を出していることがわかります。最後の言葉を引用して終わりにしましょう。「IOCとは経験的なエビデンスも一般の人々の苦情も受け付けない組織であり,秘密裏に運営され,空想のなかで取引する集団だ。もしかすると,オリンピック・ムーブメントはまたも,現代という時代に適合するために十分なしなやかさと活発さを有していることを証明したのかもしれない。」(p.426

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創造的都市

チャールズ・ランドリー著,後藤和子監訳 2003. 『創造的都市――都市再生のための道具箱』日本評論社,372p.3,600円.Landry, C. 2000. Creative City: A Toolkit for Urban Innovators. London: Earthscan Publication LTD.

 

本書の入手は困難である。まず,Amazonの古書で入手しようと思ったが,法外な値段がつけられていて断念した。非常勤先の図書館で借りようと思ったが,禁帯出になっていた。こうした一般書が禁帯出になることは基本的にないと思うが,経営学部も有するこの大学では借りる学生が多いのだろうか。最終手段として,近隣の公共図書館で検索したところ,調布市立図書館に所蔵があり,借りて読むことにした。日本語訳は2003年で,日本評論社から出ているが,出版部数が少なかったのだろうか?ともかく,返却しなくてはならない本なので,書き込みもできないし,少し詳細にコツコツ書き留めておこう。(単なるメモ程度で,文章にはなっていません。あしからず)
本書の原著は2000年とのこと。参考文献を見てみると,Bianchiniという共同研究者との共著で同名タイトルの『The Creative City』なるものが1995年に出版されている。他にも,この人を第一著者とした共著を他にも出している。1996年にはさらに3人の共同執筆者とともに『The Creative City in Britain and Germany』なる本もあり,「創造的都市」という発想は少し前からあることが分かる。また,著者は地理学者のピーター・ホールとの共著で1997年に『Innovative and Sustainable Cities』なる本も出している。
ランドリーの著書は他に日本語になっていないが,同様にクリエイティビティを主張するリチャード・フロリダの著書の多くは翻訳されており,その2者の議論の関係性,似ているところと違うところなどを見極めなくてはならない。ランドリーはイギリス人で上述のように,1990年代半ばから「創造的都市」を提唱している。一方,「創造的階級」を提唱するフロリダはアメリカ人で,『クリエイティブ・クラスの台頭』の出版は2002年であり,1990年代から著書はあり,ランドリーと同様にイノベーションに関するテーマで書いている。

1部 都市の問題推移
 第1章 都市の創造性の再発見
 第2章 都市問題,創造的な解決
 第3章 新しい思考
2部 都市創造性への原動力
 第4章 創造的都市への転換
 第5章 創造的都市の基盤
 第6章 創造的な環境
3部 都市創造の概念的道具
 第7章 創造性を作り出す計画をはじめよう
 第8章 都市における創造性の再発見
 第9章 創造的な過程を評価し,持続する
4部 創造的都市を超えて
 第10章 創造的都市とその彼方

本書の冒頭で著者は「文化」の役割を強調している。「文化は,ある場所が固有であり特有のものであることを示す一連の資源である」(p.8)と述べ,文化遺産,文化資源,文化資産というような概念を多用している。「都市計画家の仕事は,責任をもってこれらの資源を認識し管理し開発することである。」(p.8)や,「われわれはまた,都市のセンスを,色,音,臭いそして視覚的表現から検討し,年の競争力を作り出すことができる相互扶助や組織のネットワーク,社会的行事を含む広い範囲を採用した。」(p.8)と述べる。
イノベーションに関する研究は古い。おそらく著者もその研究から徐々に創造性へと関心を移していったと思われるが,「しかし,創造性を定義しようとすればするほど,わからなくなる。混乱と限定がすべての結論とともに現れる。創造性と革新は継ぎ目なく織り交ぜられている。」(p.17)と書いているように,この2つの概念は連続的にとらえられているようだ。そして,「創造性は目的ではなく行程であり,状態ではなくプロセスである」(p.15)などと論じている。創造性の概念も心理学や経営において研究が進んでいたようだが,著者がそれを都市に関する議論に展開する。
フロリダはその著書の中で(特に『クリエイティブ都市経済論』),多くの統計的分析をしている。「ゲイ指標」などをその都市のクリエイティビティを示す指標として用いるわけだが,かなり量的な把握によって,総体的な観点から創造的階級が議論されている。それに対し,ランドリーはかなり質的な議論で,総体として捉えるのではなく,個々の事例から,個人・組織の話としてクリエイティビティを論じている。「創造的な人々なしで,創造的な会議や創造的な組織を持つことはできない。同様に,創造的な組織なしで創造的な環境――それは,創造的な人々,プロセス,アイディア,成果が相互作用する舞台装置であるが――はあり得ない。このような革新的な環境を確立することが,創造的都市の主要な挑戦である。」(pp.16-17)と,個人のスケールから都市のスケールまでの因果関係を規定する。
都市に関しては,グローバル化に伴って都市間のネットワークが形成されていくという,都市システム的な理解をしている。そのネットワークは「移民性のパターンに根ざしている」(p.25)といい,都市間競争のなかにもニッチがあり,都市は互いに競争しつつ,補完しあっているという。著者は個人の経験を重視している。ハーヴェイの都市企業家主義という議論は新自由主義の下で近年よく語られるが,ランドリーは旧来の「都市経営者」(p.29)について,その弊害を語る。個々の役人も創造性を有しているが,お役所仕事ではそれが発揮されず,そのまま都市計画に反映される。「都市はブランドであ」(p.34)り,知識や情報が重要であり,それは現代のコミュニケーション・ネットワークで急速に流通するが,でもやはりフェイス・トゥ・フェイスの重要性を指摘している。この辺りの理解も経済地理学の最近の議論を読むとちょっと古い気もする。P.36の表題には「都市主義」とあるが,これはアーバニズムの訳だろうか,本文には登場せず,p.49には定訳の「都市的生活様式」という表記もある(ただ,単純にurban life styleのような語かもしれない)。「排除の地政学」(p.43)なんて言葉も使っていて,意外と都市問題に関する議論も含まれています。「高級化」(p.41)とあるのはジェントリフィケーションのことだろうか。
「都市の魅力に市場性を持たせる」(p.53)には文化地理学者などに参加してもらう必要があるという。ピーター・ホールの「革新的都市」(p.56)についても言及され,「認知地理学」(p.66)なる語も何度か登場します。以前にも出てきましたが,「都市の隠喩」(p.90)について,機械的な理解から,生物学に依拠する有機的なものに移行すべきだと主張する。「文化の多様性の受容」(p.82)という観点はフロリダと近いですね。そのうえで,「市民的創造性」(p.82)を強調します。創造性を持った主体が行動を起こすことで,平凡な都市が創造的都市へと変わるわけですが,その主体のリーダーシップが必要です。しかし,このリーダーは唯一無二ではだめで,更新できる資源であり,脱人格化が必要だといいます(p.84)。つまり,持続可能であることも重要です。持続可能性もランドリーのテーマの一つですね。行動する主体全てに創造性は必要ではなく,リーダーに従うハートナーシップは従順な人がいいのでしょうか。そうした組織の創造性の事例としてはいくつかのグローバル企業(スターバックスなど)が挙げられ,それらに対して積極的な評価をしているようです(pp.90-91)。
4章から徐々にヨーロッパの諸都市における事例の話が増えてきますが,冒頭の英国ハダズフィールドの事例で紹介されるのが,EUによる革新的な都市を競うコンペティションです。3年間で300万ドルの支援をうけられるといいますが,そういうのが1997年にあったようです。こことヘルシンキの事例は理解できましたが,段々事例の話ばかりになるとヨーロッパに詳しくない私にはよくわからなくなってしまいました。第4章の結論辺りで,著者の社会観が記されています。「多様性を讃えること,固有性を維持すること,そして創造性を利用すること」(p.107)によって寛容な社会となるということです。社会の寛容性を重視するところはフロリダと同じですね。
5章に入り,「よそ者」(p.139)と「内輪の者」(p.140)の議論があります。都市のよそ者についてはジンメルも論じていますし,地理学者レルフもインサイド/アウトサイドという議論があります。移民を含むよそ者が地域に刺激を与えるが,内輪の者が培った地域での知識も重要で,「正しい均衡」(p.140)が重要だということですね。第6章のテーマである「創造的環境とは,それがビルディング群であれ,都市の一部であれ,それとも都市全体や,地域であれ,要するに一つの場所のことである。」「一つの物質的な条件設定」(p.168)であるといいます。その都市基盤にはハード面とソフト面があります。
本書の訳者は「文化経済学」の第一人者ですが,本書でも文化産業が重視されています。とはいえ,ホルクハイマー&アドルノのような批判的な意味ではもちろんありません。米国では文化産業における雇用は10%以上を占めるという(ヨーロッパでは5%程度)。「文化的な創造性と技術的な創造性との融合」(p.176)という表現からは,先述した創造性とイノベーションの概念のつながりと関係します(ただ,訳文では革新という言葉とイノベーションという表記もあり,別物かもしれません)。「経済的な創造力」(p.179)という表現もあります。
p.180
ではホールを引用しながら「永遠に創造的でいることは可能か?」と問う。創造性というのは静態的でなく動態的だとしたうえで,それを持続する必要性を訴える。ズーキンには言及していないが,「ロフト・リビング」(p.182)の語も見られる。本書では一貫して従来の都市計画を批判しているが,「開発における文化の役割が再評価されることとなった」(p.183)としている。こちらもハーヴェイへの言及はないが,「企業家主義」(p.183)や「企業家精神」(p.184)について書き,「場所のマーケティング」(p.195)やブランド化についての議論もある。都市の創造性の一側面として景観も捉えており,有名建築家の公共施設の存在を肯定的にとらえている。もちろん,多様な人が集まる都市において創造性が生まれるという発想は一貫しており,「ディベート,民主主義,構想(visioning)」の重要性を説く。
「自覚的でわかりやすい,都市の創造性と革新に関する政策などはめったにあるものではない」(p.197)と述べ,創造的都市の達成は意図して必ずなされるものではないという。「創造性は,必要性や欠乏,衰退,闘争の帰結,リーダーシップの変化,社会的・政治的変化,パラダイム転換の台頭などを通じて生まれた」(p.200)という複雑性も語る。「全体的な(holistic)考え方とは,多様な角度,あるいは学際的なやり方をこえる,よりふみこんだ物事の考え方である」(p.205)と全体的な(俯瞰的な)見方についても肯定的にとらえている。p.208には都市の創造性のための7つの領域を示す。1.市民的創造性,2.都市創造性のサイクル,3.イノベーションと創造性のライフサイクル,4.都市のR&D(研究開発),5.イノベーションの基盤(matrix),6.活力と生命力,7.都市のリテラシー。「メタ都市学体系」なる語も登場し,文化地理学による洞察だという。
インターネットによる近年の通信技術も肯定的にとらえている著者だが,「私は「非空間的都市領域」への移行は不可避なものだとする観念に挑戦する。あるいはその領域を地理学や都市を運命付ける資源への近接性というものを欠いたものと単純に捉える考え方に挑戦する。」(p.207)と述べ,先にフェイス・トゥ・フェイスも重視していたが,場所の重要性は保持している。p.210では著者独自の考え方ではないが「SWOT分析」なるものを説明する。Sは長所,Wは短所,Oは好機,Tは脅威だという。
都市を有機体として捉える見方も本書を痛感しており,「都市の遺伝子暗号に創造性を組み込もうという広範な目的」(p.215)について語る。文化の強調も繰り返し登場し,「文化と創造性」(p.216),危険な企てとはいいつつ「文化計画」(p.217)について語り,「文化空間美術館,ギャラリー,劇場の文化施設」(p.217)の重要性を強調する。先のディベート云々に加えて,他人の議論を参照して「ブレイン・ストーミング,マインド・マッピング,創造的分類パック,シネクティクス」(p.222)などの言葉を列挙し,「都市想像力ネットワーク」(p.232)なるものの存在を強調する。
「スラム街の形成,古い都市建造物の大規模破壊,都市の民族構成の多様性の無視」(p.250)を悪い実践と位置づけ,「それらはしばしば無知やものぐさから生じる」とする。「創造性とイノベーションを強制的に推進させることはできるか?」(p.253)との問いはやはり否定的な語り口で,答えはノーであり,「マンフォードやリンチやジェイコブズ」(p.255)を組み合わせれば完璧な都市思想ができるのか,とこれまた否定的に語る。「オリンピックを契機とする,バルセロナの突出した都市再生」(p.277)という記述を見つけました。「都市を再生可能な資源のように動かしていく都市エネルギー」(p.281)という表現も有機体的な都市の捉え方を示しています。「創造的都市,それは定義からして反射的に(注:おそらくreflexiveの訳)学習する都市である」(p.301)と述べ,有機体としての都市は自己組織化されるもののようです。「つまり,創造的都市は,みずからの独自の評価に対する責任をとることで学習する」(p.303)のだそうです。創造的都市は単体としてではなく,「・協調的:他の都市との接触,・競争的,・共同的:共同学習を通じて知識を共有,・内部的:組織内に広める」(p.271)というように,他の都市との関係性のなかで成立します。IT技術を利用した都市の創造性に関するデータベース化構想について肯定的に語ると土肥宇治に否定的にも捉えています(p.276)。先に書いた,アーバニズムはp.310では()つきで「都市的生活様式」で訳されています。そして先ほど出てきた「都市リテラシー」と一緒に語られます。「都市のリテラシーとは都市を「読む」能力と技術」(p.310)としていますが,これはルフェーヴルやバルトのような記号論的意味合いではなく,リンチ的意味合いでしょう。この後に,カルチュラル・スタディーズの重要性についても論じられています。
さらに7つの領域。1.価値の創造と価値の複雑化,2.ハードウェア的解決からソフトウェア的解決へ,3.少ない手持ちで多くのものを,4.文化を渡り歩いて生きる,5.さまざまな見通しを評価する,6.旧いものと新しいものを想像豊かに結びつける,7.学習する都市。p.331では多文化主義の重要性を主張しながら,さらに文化間主義(inter-culturalism)の考え方が必要だといいます。最後になりますが,p.337で紹介されているパッツィ・ヒーレイなる人の1997年の著作『Collaborating Planning』が気になりました。ちょっと調べたら,日本人でも紹介している人がいました。ちょっと調べてみましょう。

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都市革命

アンリ・ルフェーヴル著,今井成美訳 1974. 『都市革命』晶文社,275p..Lefebvre, H. 1970. La Revolution Urbaine. Paris: Gallimard.

 

ルフェーヴルのことを知ったのはいつだったか。本書は大学院時代に読んだ。正確に何年かは思い出せないが,中島弘二氏が私の在籍していた東京都立大学に集中講義でやって来た時に,何となく事業に持参したのを覚えている。しかし,ルフェーヴルの『空間の生産』が英訳されたのが確か1991年で,当時助手として在籍していた島津俊之氏に英訳本を見せてもらったような気もするし,そこそこ話題になっていたような記憶もある。ただ,やたらと『空間の生産』ばかりがもてはやされるのが気に入らず,1970年代に翻訳された他の本を読んでは引用していた。『都市革命』については,1996年の『地理』に掲載した甲斐バンド論文で「都市的なるもの」概念の説明で言及している。2001年に『地理学評論』に掲載した田沼武能論文では,『マルクス主義』と『言語と社会』に言及した。同じ2001年に『理論地理学ノート』に掲載した室内写真論文では『日常生活批判序説』を取り上げている。とはいえ,「ルフェーブル」と誤記して引用しているのが恥ずかしい。こう書いてみると,どうやらルフェーヴルを読んだのは本書がはじめらしい。かなり刺激的な読書であったが,今読み返すとどうであろうか。

第一章 都市から都市社会へ
第二章 盲域
第三章 都市現象
第四章 レベルと次元
第五章 都市的なるものの神話とイデオロギー
第六章 都市形式
第七章 都市戦略にむけて
第八章 都市計画の幻想
第九章 都市社会
第十章 結論

前半を読んでみると,やはり難解な書である。大学院時代より知識は増えたはずだが,その知識の蓄積により読解がより容易になるような印象はない。逆に,当時は雲をつかむような現代思想書をよく読んでいたので,その難解さが快感だったりしたが,最近読んでいるものが明白な論旨がある,あるいは結論に導かれるようなものが多いために,こうした文章はストレスになったりする一方で,なんだか懐かしい気分にもなる。巻末には,「〈国=語〉批判の会」による「『都市革命』のためのいくつかのテーゼ」という解説的文章が寄せられているが,そこに本書における著者の方法についても書かれているが,「方法論としての体系化をめざさない」(p272)とあり,納得してしまう。なお,本書ではその方法を「転法トランスダクション」と名付けている。通常近代科学的な方法といえば帰納法と演繹法だが,そのどちらでもない第三の方法ということになる。そういうと,パースのアブダクションが思い浮かぶが,その対比も面白そうだ。
ちなみに,『都市への権利』に引き続き主たるテーマである「都市的なるもの」は,実は「都市生活」の略語であることを知る。日本語では「都市生活」の方がコンパクトではあるが。そして,本書後半に進むと,徐々に論旨が絞られてくるようにも思う。やはり私の印象に間違いはなく,『都市への権利』よりも徹底的に都市計画批判が繰り広げられるのだ。『都市への権利』の紹介では,ルフェーヴルの都市論が政治経済よりも文化象徴を強調しているが,本書ではしっかりと政治経済が論じられている。そして,私は私なりのルフェーヴル読書から1974年の『空間の生産』の異質性を感じていたのだが(その分厚さといい,整然とした理路といい),本書にはしっかりとこの本を予告させる空間生産論が簡潔にだが展開されていた。そして,この後のハーヴェイの詳細な研究へとつながる不動産に関する話なども盛り込まれている。結局,本書を読んでも「都市革命」なるものが一義的に理解できるわけではない。この革命は産業革命のように,社会の変化として理解すべきものであると同時に,フランス革命のように都市への権利を求める主体による社会の転覆をも意味するようだ。ともかく,何度でも読み直せる(できればフランス語で読めるようになった方がいいのだろう)刺激的な書だ。

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We Own The City

以下の文章は『地理学評論』に「書評」として投稿した内容だが,加筆・修正を要求された。面倒くさいので,再投稿はやめて,こちらに掲載して終わりにします。


ミアッツォ, F.・キー, T.編,石原 薫訳:We Own The City
――世界に学ぶ「ボトムアップ型の都市」のつくり方.フィルムアート社,2015年,303p.3,000円.Miazzo, F. and Kee, T. eds. 2014. We Own the City: Enabling Community Practice in Architecture and Urban Planning. Amsterdam: Trancity Valiz.

 

近年,都市論が盛り上がりをみせている.グローバル・シティと呼ばれる大都市は,グローバル化の圧力の下で都市間競争を余儀なくされ,新自由主義的政策によって競争力を高めるべく都市改変を繰り返している.ジェントリフィケーションは新しい現象ではないが,そうした近年の動向にも位置付けられる.創造都市という概念も都市再生の新たな原動力となっている.
都市計画分野ではマクロ的視点によるトップダウン的な計画は影を薄め,ミクロ的視点による住民に寄り添った比較的規模の小さいまちづくりが主流になっている.本書はボトムアップ的な方向性を重視しながらも,トップダウンの持つ力に抗うのではなく,公私の対話と協同に着目する.また,理論・実践の双方において都市全体を視野に入れた議論を展開している.
編者は建築・都市計画分野の研究者であり,ミアッツォがイタリア生まれのオランダ在住,キーはカナダ育ちの香港在住だという.原著は英語で出版されているが,事例地域や執筆者は英語圏に限定されていない.本書はオランダを拠点とする財団であるCITIESが中心となり,2012年に香港で書名と同名のシンポジウムを開催し,その活動が2014年に本書として結実する.執筆者には編者を含めて15名が名を連ねるが,CITIESに属するオランダの地理学者2名を含んでいる.
イントロダクションに含まれる「理論的な枠組み」は3ページにすぎないが,5つの都市からそれぞれ4ヶ所ずつ選ばれたケーススタディの報告は常に理論的な視座を基礎としている.各章の最後に掲載された文献表には,地理学者を含む著名な社会・都市思想家の作品が連なる.
本書の事例都市は,アムステルダム,香港,モスクワ,ニューヨーク,台北である.各章の最初のページには縮尺がないものの,見開きで地図が掲載され,4つの事例の位置が示されている.いずれも都市中心部に比較的近い地点であり,多様な試みが紹介される.各都市の冒頭に36ページの序論があり,その歴史と背景,抱える問題などが概観される.B5版でカラー写真も多く掲載され,各都市の最後にはまた数ページの結論が設けられている.
アムステルダムの序文は「都市開発の文脈」と題して,複雑な内容が簡潔にまとめられており,ここでそれをさらに要約することは難しい.4つのケーススタディは一定の共通性があり,それに関して「都市づくりの主導者:アムステルダムにおける住宅会社の寡占」と題した1ページのコラムがある.アムステルダムでは,住宅市場において社会住宅を供給する住宅供給会社が寡占状態にあり,低所得者層の住宅が不足しているという批判が多いという.
アムステルダムにおける4つのケーススタディのうち2つは集合住宅からなる社会住宅団地の敷地を利用したもので,市民に農業機会を提供する場の創出である.ボトムアップによる小規模な試みの利点は「迅速に社会のニーズに対応できる」(p.35)ことにある.3つ目の事例は河川敷の遊休地を利用した,芸術創造性あふれる手作りのバーである.日本では河川敷の公園などは行政による管理であるが,この事例では市民の要求に応じて市=トップダウン組織がこの小さな計画に積極的に関与していることが評価されている.
香港は周知のとおり,中国政府との関係において香港政府の複雑な立場があり,その一方で住民はその立場を共有しながらもトップダウン的計画に単に従うわけではない.ここで紹介される事例は,まず九龍地区における高架下空地を利用した文化プロジェクトである.次いで,香港大学との共同プロジェクトによる地域調査,香港住宅局による住民とのやり取りのなかで設計された高層住宅団地が紹介される.4つ目の事例が特に興味深く,高速道路建設により移転を余儀なくされた村の移転先での計画である.
移転を要求された村人200人には公営高層住宅への転居が提案されるが,数千人の支持者とともに抗議運動が始まる.しかし,それは徐々に村の移転を前提とした新村の土地購入から計画,設計と移り,新村が近くの場所に建設されることになる.ようやく獲得した土地は狭くいびつな長細いものだったが,「社会・環境面を重視した自己組織化による街づくり」(p.106)であるエコビレッジとして住民を中心とした民主的な計画・設計がなされたという.
モスクワの事例は特定のローカルな街づくりではなく,イベント的なものである.1つ目は都市内での自転車利用を促進する運動であり,2つ目は「DIY型・ボトムアップ型の実験的な都市改善プロジェクト」(p.138)である.ある地区に郵便箱を設置され,住民が都市内の改善要求の手紙を書く.その手紙を活動家が読み,専門家が検討し,行政が解決する.3つ目は市民主導の自主運営と行動を信条としたグループによる街づくりの運動である.ロシア語でDIYを意味するデライサムという名称を用いたこの運動は,「エコロジカルアーバニズム」という原則に基づく.4つ目は日本でも増えつつあるコワーキングスペースの事例である.事例とされたナガティノでは,公的機関の関りが強調され,多様な住民に開かれた交流の場も創出しているという.
ニューヨークは近年の都市論のモデルともいえる.ジェイコブズ的な住みやすさを求める市民運動と,市長の代替わりによって強度を増してくる「新自由主義と企業家的なアプローチ」(p.164)とのせめぎあいのなかで4つの事例が紹介される.1つ目は公営住宅の緑化菜園,2つ目は非営利団体によって劇場が改修され,文化プログラムが行われ,行政が支援している建築物の事例である.3つ目はニューヨーク市交通局が有するオープンスペースを利用した都市広場改善事業である.4つ目は港湾地区にある海軍の物資供給施設をトップダウン方式で改修したもので,若きデザイナーたちの活動の場となっている.
台北は「地理学者デヴィッド・ハーヴェイの批判する資本と都市化の1例である」(p.210)とされる.新自由主義政治の進展により,ジェントリフィケーションが進む.1つ目の事例は丘陵地に作られたインフォーマルな居住地の集落保存運動である.最終的にそのままの保存はかなわなかったが,このコミュニティは主体的に芸術村に生まれ変わったという.2つ目と3つ目の事例は,都市変容によって失われていく地域共同体の記憶の記録に関するものである.都市美運動というと,典型的なトップダウン的政策を想像するが,4つ目の事例では台北市政府による美化政策に対して,市民団体が公共事業を監視しつつ代替案を打ち出す.しかし著者たちは,台北におけるそうした市民運動の継続性の欠如を指摘し,最終的には公的政策を覆すまでには至っていないと結論付ける.
本書の巻末には,実践者と表現された著名な4つの建築事務所に対するインタビューを掲載している.それらは「長い間トップダウンの仕事だった都市の空間づくりに共創を取り入れるために,革新的なアプローチを開発してきた」(p.252)と評価されている.結論はこの多岐にわたる事例を簡潔にまとめてしまっており,少し刺激に欠ける.本書で紹介されているような事例が日本にあるだろうか.また,地理学者が主導するこの種の試みが可能だろうか.

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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編4)

Muller, M. and Stewart, A. (2016): Does Temporary Geographical Proximity Predict Learning?: Knowledge Dynamics in the Olympic Games, Regional Studies 50: 377-390.
またまたミュラーによる面白いオリンピック論文。今回はオリンピックメインではなく,経済地理学の新潮流である知識に関する議論がメインのような論文です。タイトルには近接性という語がありますが,そもそも地理学とは近接性を議論する学問で,経済地理学であれば企業の集積,すなわち経済主体が近接して立地することによって産業あるいは都市が発展するような議論があり,それが徐々にさまざまな技術によって分散しても成立するようになったりするという議論。そして,さまざまな遠隔的なコミュニケーション手段が発達してもやはり対面コミュニケーションが大事なんだといわれたり。ともかく,地図上で表現できる地理的近接性がまずあります。しかし,それは企業が近くに立地しているという永続的なものか,あるいは担当者が移動して面接するような臨時の近接性もあります。そうした人間の接触を通してさまざまな情報が流通するわけですが,単なる情報ではなくそれを「知識」と捉えます。この論文では,ミュラーが手掛けてきたオリンピックでのステークホルダーへのインタビューがデータとして用いられ,定量的な分析がなされています。オリンピックはスイスを本拠地とするIOCがあり,実際の開催に関しては各国のNOCがあり,現在では4年に一度,大陸をまたいで離散的な開催地で実施される大会です。通常は企業活動の売り上げや,特許取得などが知識の効果を測る指標になると思いますが,オリンピックの場合はこの辺りがはっきりとしません。正直なところ,前半の知識の経済地理学に関する議論は面白かったけど,後半のオリンピックの事例はよく理解できなかった。

 

Gaffney, C. 2016. Gentrification in pre-Olympic Rio de Janeiro. Urban Geography 37 (8): 1132-1153.
著者は2010年,2013年とリオ大会関係のオリンピック論文を持つ地理学者だが,2013年時点ではそれこそリオの大学の所属していた。それが,この論文では所属がチューリッヒ大学になっている。まさに,ここでも紹介しているミュラーの所属する大学だ。そして,この論文はタイトルからも分かるように,ジェントリフィケーションをテーマにしていて,この分野の研究者である,ロレッタ・リースやヒュン・バン・シンらに誘われてこの分野のセミナーで報告した内容のようだ。前半ではいわゆるジェントリフィケーション研究の基礎的知識が紹介され,リオデジャネイロの住宅市場の動態などが示される。そして,オリンピック関連の開発がなされる4地区を選定し,現地写真とともに開催前の状況が報告されている。ブラジルでは映画の『シティ・オブ・ゴッド』でも描かれる貧民窟「ファベーラ」というのが有名だが,Barra da Tijucaという地区では,2007年のパンアメリカン競技大会時に選手村の建設でファベーラが撤去され,2016年オリンピック大会の開催が2009年に決定すると,2010年には市当局が2012年までに撤去するファベーラの119に及ぶリストを公表する。実際の解体風景の写真や,オリンピック公園に建設中の建物の写真も掲載されている。「永続的なジェントリフィケーション」や「サブージェントリフィケーション」,「新築のジェントリフィケーション」など,これまでの研究で世界中で観察されたさまざまな種類のジェントリフィケーションがこの時期のリオでも観察されている。市政府は1990年代以降の新自由主義的な中央政府の戦略に追随し,その結果一連の主要な文化・スポーツ・イベントの獲得を目指している,という。

 

Miyoshi, K. and Sasaki, M. (2016): The Long-Term Impacts of the 1998 Nagano Winter Olympic Games on Economic and Labor Market Outcomes, Asian Economic Policy Review 11: 43-65.
愛知学院大学の三好向洋氏と大阪大学の佐々木 勝氏という2人の経済学者による1998年長野大会の長期的な経済効果の分析。ちなみにこの雑誌は日本経済研究センターが出しているもののようです。英文ではありますが,準日本的論文。ただ,方法について丁寧に説明されていてありがたい。とはいえ,私には難解な箇所もあり,正確にどのようなデータをどのように解析してその結果が出ているのかは分からない。結論からいえば,この論文で推計しているのは,長野オリンピックが開催されなかった場合の各指標の推移。それと実際の推移を比較することで,長野大会の経済効果を測定できる。その指標とは県民総生産(一般的にGRPと呼ぶと思うが,この論文では地域限定GDPのように読んでいる)と人口,地価,求人数。生産額に関しては,建設業とサービス業,不動産業を示している。地域区分としては,長野県とそれ以外の46都道府県,オリンピック関連施設は長野県北部に集中しているため,代表して長野市という単位でもいろいろやっているようだ。期間は1985年から2010年。多くの指標に関しては,明らかにオリンピックが正の効果をもたらしているが,建設業に関しては,2002年あたりで逆転する。長野での開催が決定した1991年から開催年までは建設業のピークがあるが,それ以降は下火になっていく。地価についても同様の傾向。求人倍率についてはあまり効果は見られない。

 

Andranovich, G. and Burbank, M. (2011): Contextualizing Olympic Legacies, Urban Geography 32: 823-844.
地理学の雑誌だが,政治科学部に属するアメリカの研究者2人によるオリンピック論文。私の知らなかった論文も含め,前半のレビューはよくまとめられていて勉強になります。IOCが本格的にレガシー=遺産ということを言い出したのはそんなに古い話ではありませんが,この論文ではIOCの言葉とは関係なくとらえています。以前から,オリンピックのような規模のスポーツイベントが開催されると,その時だけ使って,大会後は使われなくなってしまう施設が残るという話は以前から指摘・批判されてきました。そんな施設のことを「白い象」と呼んだりします(この論文ではこの言葉は出てきませんが)。都市再開発に巨額をつぎ込んだ例として,1964東京(97%!),1992バルセロナ(67%),2008北京(65%)などが挙げられています。研究者によるレガシーとの具体的な捉え方についても1984-2008年までに発表された7編の論文についてまとめています。
さて,本論文の本論は米国で開催された1984ロサンゼルス大会と2002ソルトレイクシティ大会のレガシーを分析することになっています。ロサンゼルス大会は商業的に成功した大会として有名で,これ以降テレビ放映権の高騰や,スポンサー企業による商業化などが加速します。しかし一方では,巨額の公的資金をつぎ込んで新しい施設を建設するということには歯止めをかけ,多少施設は分散するが既存の施設をうまく活用し,また当時は大学が利用されましたが,今後の利用を含めた私的企業による施設建設・運営ということが行われました。それが現在のロサンゼルスのスポーツ空間(施設同士のネットワーク)を形成しており,それが大きなレガシーだといいます。ただこの論文では,ロサンゼルスは2028年の開催が決定していますが,そこにいたる招致活動について説明されています。さて,ソルトレイクシティに関しては私はほとんど知識がなく,あまり理解ができませんでした。新聞記事の分析を中心にソルトレイクシティの知名度やユタ州との関係,施設の配置などの問題があるなかで招致運動を重ね,2002年の開催に至ったとのこと。レガシーとしてはソルトレイクシティの知名度向上などイメージの話が主のようです。ともかく,オリンピックのようなメガイベントはその経済効果が期待されていますが,それは「経済発展」というイデオロギーに支えられたものであるということを考えさせられる論文でした。レガシーに関しては日本のオリンピック研究でも比較的議論は盛んで,有形・無形のレガシーがあるということですが,経済的次元に捕らわれない捉え方への可能性がある概念ではあります。

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視覚都市の地政学

吉見俊哉 2016. 『視覚都市の地政学――まなざしとしての近代』岩波書店,468p.4,900円.

 

帯には「デビュー作『都市のドラマトゥルギー』から30年,続編にして吉見都市論の集大成!」と書かれている。本書は1992年以降に発表された既出論文をまとめたもの。加筆改稿とあるが,一方では四半世紀前に書いた文章もさほど有効性を失っていない,などと書いている。私は基本的にはやはり学術的な文章は初出年が大事だと思うので,こういう本よりも収録される前の文章をコピーして読むことを選ぶが,本書に収録された文章は雑誌よりも,論文集などに掲載されたものが多く,収集するのは多少面倒だ。
それはそれとして,今吉見俊哉の都市研究を読みたいと思ったのにも理由がある。日本では1980年代にいわゆる都市論ブームがあったといわれている。文学者の前田 愛をはじめ,文学分野の人や,建築分野,評論家,さまざまな人が,特に東京を中心に(江戸との連続性・非連続性もテーマの一つ),都市を論じていた。その学術的な到達点を1987年の『都市のドラマトゥルギー』とすることが多い。この頃の都市論は構造主義的記号論をその理論的な枠組みにすることが多かったが,そうした現代思想は1990年代以降,日本では下火になり,むしろマルクス主義政治経済学に基づく都市研究者の影響下での都市研究が都市社会学を中心に展開してきた。そういう意味では,文学者などが都市を論じることは少なくなったのかもしれない。吉見俊哉もそうした都市論にコミットしていたが,一方ではカルチュラル・スタディーズの日本における第一世代ということもあり,文化の問題は常に彼の研究の中心にあった。そういう意味でも,吉見氏は都市社会学者でありながら,政治や経済を強調する研究者とは一線を画し,文化を強調するといってもエスニシティなどを強調する研究者ともちょっと違う路線を歩んできたといえる。
そして,もう一つ。彼はメガ・イベント研究としての万博研究を手掛けていることもあり,オリンピックとの相性も良い。とはいえ,当初過去の博覧会を批判的に研究していたはずが,愛知万博では主催者側のアドバイザー(?)的な立場に取り込まれてしまい,それこそ政治的な立場から,おおっぴらにメガ・イベントへの批判的な立場を取りにくくなっているようにも思う。2020年東京オリンピックに関しても意見を求められることが多くなっているように思うが,基本的には推進派のような物言いになっている。ちなみに,『反東京オリンピック宣言』のなかでも編者の一人小笠原氏によって,吉見氏の立場は批判されている。それはともかく,私の本書を選んだ選択は非常に適していたと思わせる読書だった。

 序章 眼・群衆・都市――まなざしとしての近代
Ⅰ 拡大するモダニティ
 第Ⅰ章 帝都東京とモダニティの文化政治
 第Ⅱ章 近代空間としての百貨店
 第Ⅲ章 映画館という戦後
 補論1 占領地としての皇居
Ⅱ 飽和するモダニティ
 第Ⅳ章 テレビが家にやって来た
 第Ⅴ章 メイド・イン・ジャパン
 第Ⅵ章 テレビ・コマーシャルからの証言――アーカイブが開く地平
 第Ⅶ章 シミュラークルの楽園
 補論2 空から見た東京
Ⅲ 認識するモダニティ
 第Ⅷ章 都市の死 文化の場所
 第Ⅸ章 都市とは何か――都市社会学から文化の地政学へ
 終章 戦後東京を可視化する――まなざしの爆発とその臨界

私が最近読んでいる都市研究は基本的に最新の状況を扱っていて,過去にさかのぼるとしても1960年代までだったので,近代期の歴史分析を得意とする吉見氏の都市論を読むのはある意味新鮮だった。彼は日本に対するアメリカの影響を強く主張している。とはいえ,万博から百貨店の流れに関しては,もちろんアメリカではなくヨーロッパからの影響が強いとはいえ,意外にも「輸入」という側面にはこだわっていない。もちろん,国内勧業博覧会というのは日本独自の文脈があるとは思うのだが,そういう制度が日本にどのように導入されたのかという点はあまり明らかにされていない。というのも,彼はあくまでもメディア研究者であり,新聞や広告などのメディア表象を通じて歴史を紡いでいるからだ。それは,映画館やテレビという点でも変わらない。実際にそうした場で提供されるコンテンツがどのように輸入され,国産コンテンツとの割合の変化など,私が知りたいところはあまり示されていない。
彼のディズニーランド研究については,本書にも出てくる「キューティフィケーション」の議論を私は早くに聞いていた。私が修士課程の頃だったと思うが,八王子のセミナーハウスで開催された泊りがけのセミナーに吉見氏が講師で出席していて,私も参加したのだ。その際に,私は質問した。「ドルフマン・マトゥラール『ドナルドダックを読む』はディズニー作品の作品構造が観る者を夢中にさせることが示されたが,私たちの世代はディズニー映画は観るが,ミッキーマウスなどのアニメは観ていない。なぜ,キャラクターだけでディズニーランドの世界に夢中になれるのか?」と。吉見氏は鋭い質問だといい,その後食事の場などで顔を合わせた際にもその件について議論してくれた。結論的には,よくわからないというものだ。本書にはサンリオに関する記述もある。サンリオも実は物語を持ったアニメ作品があるのだが,少なくとも私の子どもの頃はそれらは観ていない。ともかく,文房具などのファンシィグッズなどがあふれていた。表情豊かなアニメ上のミッキーマウスには確かに感情移入する気持ちも分かるが,無表情のキティにどのように愛着を付与するのか,その辺りを学術的に理解するのは難しいかもしれない。それはともかく,吉見氏に限らずマクドナルド化やディズニー化という議論は消費社会の究極の到達点とみなしているようなところがあるが,吉見氏もそれらに与している。確かにそういう側面や部分的にそうした空間もあるが,果たしてそれで都市全体を語るというのはあまりにも強引ではないか。そもそも,一つの都市を一枚岩的に捉えることへの批判として著者は「地政学」の語を選んだのではないか。『都市のドラマトゥルギー』は東京という都市を,浅草,上野,銀座,新宿などという街の違いを時代の違いと対応させて論じているところにその面白さがある。このディズニー化の議論は一つの都市を一枚岩的に捉えるだけでなく,全ての都市を十把一絡げにしてしまうようなところがある。
第Ⅲ部はやはり今読んでおく文章だった。
第Ⅷ章は「都市再生」という概念を素朴に「都市とは何か?」と問い,その「都市」なるものが「再生する」とはどういうことなのかを問い,その言葉を自明視した政策を疑問視している。第Ⅸ章は,近年の都市論について,ハーヴェイやソジャという地理学者も取り上げながら,カステルやルフェーヴルについても論じ,都市の記号論について論じていたルフェーヴル『都市への権利』をしっかり紹介しつつ,その後の都市の記号論をしっかり紹介している。やはり著者にとってはマルクス主義的政治経済よりも文化表象の方が性に合っているのだろう。そして,私にとって最も有益だったのは,本書のために書き下ろされた終章「戦後東京を可視化する」だ。戦後占領下におけるアメリカの影響を捉えるというところはこれまでと首尾一貫しているが,「上空から東京をまなざす」として,米軍による日本への空襲の作戦について論じられている。これに関しては,工藤洋三という人が自費出版で2011年に出版した『米軍の写真偵察と日本空襲』という著作に寄っているが,その内容がすごい。米軍は自ら撮影した航空写真に基づき,ハリウッド映画の撮影スタジオのごとく,ミニチュアの東京ジオラマを再現し,カメラを積んだミニ飛行機を動かして,パイロットにその映像を見せたという。この文章に続くのが「路上から東京をまなざす」と題された文章で,特に長野重一が撮影した1950年代の写真が検討される。ちょうど,先日世田谷美術館で開催されている「田沼武能写真展 東京わが残像1948-1964」を観てきたところなので,かなりリンクします。田沼氏はサンニュース・フォトス社に入社しましたが,ちょうどその頃名取洋之助がこの会社から岩波映画製作所に移り,岩波写真文庫の制作を始めたのだが,名取の異動にくっついていった一人に長野重一がいる。まあ,それはともかく,本書のなかでは岩波写真文庫に採用された長野の作品が,自身の写真集に収められるときにはキャプションやトリミングが異なり,違った意味を与えられているということを論じている。かなり写真研究としても深みのある文章だ。さすが吉見俊哉と思わせる終章でした。

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