« 創造的都市 | トップページ | オリンピック,メガイベント関連文献(英語編5) »

オリンピック全史

デイビッド・ゴールドブラット著,志村昌子・二木夢子訳 2018. 『オリンピック全史』原書房,467p.4500円.Goldblatt, D. 2016. The Games: A Global History of the Olympics. London: Macmillan.

原書房は私が翻訳で参加した『現代地政学』の出版元であり,地理学書も多く出している。そんな出版社がオリンピック関連本を出すなんてビックリ。著者は「スポーツライター,社会学者」とされているが,これまでオリンピック関連文献を読む中で名前を見たことはなかった気がする。しかし,読み始めると2000年以降の研究を多く参照していて,まさに網羅的なオリンピック史といえそうだ。

1章 壮大にして有益な仕事 オリンピックの復興
 1896年アテネ大会
2章 最高の楽しみ ベル・エポック末期のオリンピック
 1900年パリ大会,1904年セントルイス大会,1908年ロンドン大会,1912年ストックホルム大会
3章 ライバル登場 1920年代のオリンピックと挑戦者たち
 1920年アントワープ大会,1924年パリ大会,1928年アムステル大会
4章 イッツ・ショータイム! オリンピックというスペクタクル
 1932年ロサンゼルス大会,1936年ベルリン大会,1940年東京大会(中止)
5章 スモール「ワズ」ビューティフル 戦後オリンピックの失われた世界
 1948年ロンドン大会,1952年ヘルシンキ大会,1956年メルボルン大会
6章 イメージは残る スペクタクルとアンチ・スペクタクル
 1960年ローマ大会,1964年東京大会,1968年メキシコ大会,1972年ミュンヘン大会
7章 崩壊 破産,ボイコット,アマチュアリズムの終焉
 1976年モントリオール大会,1980年モスクワ大会,1984年ロサンゼルス大会,1988年ソウル大会
8章 ブーム! 冷戦後のグローバリゼーション
 1992年バルセロナ大会,1996年アトランタ大会,2000年シドニー大会,2004年アテネ大会
9章 南へ 新しい世界秩序のなかのオリンピック
 2008年北京大会,2012年ロンドン大会,2016年リオデジャネイロ大会
終章
リオデジャネイロから再び東京へ

オリンピックの研究を始めたとはいえ,オリンピックそのものには個人的な関心はなく,IOCという組織について,オリンピック憲章について,過去のオリンピックの経緯について,そういう詳細に詳しくなったわけではない。むしろ,そういう記述を読むのは苦痛である。ただ,本書はそういういわゆる歴史記述のなかにも重要な事柄が散りばめられていて,比較的読みやすい。
まずは第1章だが,近代オリンピックの父といえばクーベルタンである,というのは私でも知っている常識。しかし,古代ギリシアのオリンピックの復興というのはそれ以前から何度も行われていたという。クーベルタンはそのうちの一つにすぎず,たまたま現代まで継続しているものの創始者が彼であっただけの話だ。第2章は第1次世界大戦前の状況で,オリンピックが万国博覧会の添え物としてひっそりと行われていたということはよく知られるが,クーベルタン自身のかかわりなどの詳細が記される。
3章はそのタイトルに示されているが,オリンピックへの挑戦者と表現されているが,要はオルタナティブとしての各種競技大会が登場した時代としてまとめられている。近代オリンピックの初期の頃は,上流階級の男性によるたしなみであり,アマチュアリズムという原則があった。つまり,労働者や女性,プロスポーツ選手などはオリンピック競技大会からは排除されていたということだ。本書で紹介される第一のものは,1919年に開催された連合国の兵士たちによる競技大会である。同じ年にはFSFSF(フランス女子スポーツクラブ連盟)が発足し,1921年にモンテカルロで「国際女子競技大会」が,翌年には「女子オリンピック」と称して競技大会が開催される。次のオルタナティブはIOC内部のものだが,ウィンター・スポーツの導入が始まり,1924年にはフランスのシャモニーで第1回冬季大会が開催される。そして極めつけが労働者オリンピック。こちらも1920年に設立されたSWSI(社会主義労働者スポーツ・インターナショナル)という組織(1930年代には400マ万人のメンバーをかかえていたという!)によって1925年に第1回労働者オリンピックが,本家よりも大きな規模で開催されたという。
4章は1932年ロサンゼルス大会から始まります。多くの歴代オリンピックの整理では1936年ベルリン大会で新しい段階に入ったとされることが多いです。この大会はナチスドイツによって政治的に利用された大会として有名です。スタジアムも含め多くの施設が計画的に作られ,聖火リレーがはじまり,国家元首が開会式に登場し,みたいな今にもつながるひな型のいくつかがこの大会で作られました。しかし,本書では1932年ロサンゼルス大会と1936年ベルリン大会には多くの共通性があるといいます。それは,後の1980年モスクワ大会,1984年ロサンゼルス大会が冷戦時に続いて米ソで開催された大会がボイコット合戦になったように,第2次世界大戦を前に2つの大国で続けて開催されたことの意義を強調しようという意図があるのかもしれません。1932年ロサンゼルス大会では,「国歌が流れ,3段の表彰台が置かれるメダル授与式」,「選手村の創設」(p.137)が始まった。1936年当時のドイツやソ連はオリンピックを国家事業と捉え,公的資金を大量に投入しますが,米国はそうではありません。できるだけ民間投資を促していくというのはこの頃からの伝統のようです。このころから問題になるのが人種問題です。黒人アスリートの参加が増えていき,かれらは一定の成果をあげますが,その待遇はひどく,まさに利用されていたという形。この章では,1940年の「幻の東京大会」についても記載されています。
5章は戦後の貧しい時期に行われた大会が,比較的小規模で開催されていました。1956年のメルボルン大会は初めての南半球での開催ですが,本書ではメルボルンという都市の歴史も簡単にたどってくれています。第6章で1960年代に入っていきますが,このころからオリンピックが大規模化し,さまざまな問題が噴出してきます。1960年ローマ大会ではテレビ中継が始まり,お金や競技,都市の整備に至るまでテレビを中心に変化していきます。1964年東京大会は初めてのアジアでの開催ですが,国の首都を開催地とすることで多額の公的資金を投入し都市基盤を作っていくというのは,1988年ソウル大会,2008年北京大会のモデルとなり,もう半世紀以上のことであるにもかかわらず,招致をもくろむ途上国のモデルとして未だに希望を与えている。ちなみに本書はほとんどが英語で書かれた文献資料に基づいていますが,1964年東京大会についてもそこそこ研究がなされているようです。1968年メキシコ大会は,陸上で金メダルを獲得した米国の黒人選手によるメダル授与式におけるパフォーマンスが有名だが,それ以前のことも重要です。1968年といえば学生運動を始めとする既存の体制に対する抵抗運動が盛んでしたが,メキシコでも同様,オリンピックを直接の矛先としたさまざまな運動があったようです。それを国家権力が死者も出す形で鎮圧し,あたかもそんなことがなかったかのように大会が行われたとのこと。冬季大会も徐々に規模を大きくし,今日でもよく知られるように,特に負の遺産を残す伝統がこのころから作られます。
7章は冷戦期の大会について。1976年モントリオール大会は巨額な負債を抱え込んだことで有名です。カナダは英語圏と仏語圏との政治的な争いが長らくありますが、その辺りについても詳しく解説されています。1980年モスクワ大会と1984年ロサンゼルス大会はボイコット合戦で有名ですが、本書ではロサンゼルス大会の商業主義よりも政治的対立に焦点を合わせています。そして、商業主義という言葉ではなく、「自由主義の大義名分」(p.285)と表現しています。そういう意味でも、1984年ロサンゼルス大会におけるスポンサー契約も重要です。1988年ソウル大会も、米ソ冷戦構造のなかで語られます。「もともと権威主義だった韓国は巨大な国家ぐるみの開発機構に衣替えし、奇跡的とも言えるほどの急速な工業化が実現した。」(p.294)とう歴史の延長にオリンピック招致が位置付けられています。
8章はグローバル化の文脈に位置づけられ、またIOC会長サラマンチ時代として特徴づけられます。章の冒頭に彼について一節設けられ、次の節は「新しい批判勢力」と題され、1960年代の抵抗勢力、1970-80年代の政治的対立によるボイコットに次いで、1990年代は組織的腐敗や都市の過剰開発、環境保護といった観点から批判勢力が登場します。しかし一方では、1992年バルセロナ大会が成功例として、後のオリンピックなどのメガイベントを利用した都市開発のモデルとされ、1996年アトランタ大会は1984年ロサンゼルス大会に続いて民間資本をうまく利用し、2000年シドニー大会は環境に配慮した大会として語り継がれることになる。もちろん、本書ではバルセロナ大会におけるカタルーニャの問題、アトランタ大会における貧困問題、シドニー大会における先住民族の問題などを論じています。そして、明らかな失敗事例として記憶も新しい2004年アテネ大会と同じ時代区分にされていることが著者なりに解釈だといえましょう。ただ、以前こちらで紹介したCOHREの報告書によれば、アテネ大会ではロマ族の排除が強調されていましたが、本書ではそのことには一切触れていません。
9章で扱う2006年以降は,2008年北京大会,2016年リオデジャネイロ大会,2014年ソチ大会と,BRICS諸国のうち,インドを除く3国を含んでおり,「新しい世界秩序」時代のオリンピックと位置付けています。特に北京大会とソチ大会は多額の公的資金を投入した大会であり,また北京大会においてはチベットの問題,ソチ大会においてもチェチェンの問題など,国内の少数民族の問題が大きく取りざたされました。リオデジャネイロは巨額の公的資金を投入できなかったが故に,大会運営はどうにかしのいだものの,都市開発に関しては大きく問題を積み残しました。2012年ロンドン大会に関しては,中心的な開発地域が貧困層や移民たちが住みつく地区であったことは問題とされていますが,比較的成功した先進国の事例とされています。しかし,やはり本書では厳しい指摘がなされ,章を追うごとに厳しさを増しています。2014年ソチ大会については「プーチンのオリンピック」と題した節が設けられていますが,前半は2010年バンクーバー大会における反オリンピック運動について説明されます。これについては既に紹介したボイコフという研究者による研究を情報源にしていますが,突如何の前触れもなく,バンクーバー大会からソチ大会に話題が変わります。
本書の原著は2016年出版ですが,短い終章で2018年平昌大会について少し触れ,その後に「リオデジャネイロから再び東京へ」と題された文章が書かれています。あまり2020年東京大会には触れられていません。本書には訳者あとがきはありませんが,最後の方でこの著者が2014年にブラジルのサッカーの歴史に関する本を出していることがわかります。最後の言葉を引用して終わりにしましょう。「IOCとは経験的なエビデンスも一般の人々の苦情も受け付けない組織であり,秘密裏に運営され,空想のなかで取引する集団だ。もしかすると,オリンピック・ムーブメントはまたも,現代という時代に適合するために十分なしなやかさと活発さを有していることを証明したのかもしれない。」(p.426

|

« 創造的都市 | トップページ | オリンピック,メガイベント関連文献(英語編5) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 創造的都市 | トップページ | オリンピック,メガイベント関連文献(英語編5) »