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創造的都市

チャールズ・ランドリー著,後藤和子監訳 2003. 『創造的都市――都市再生のための道具箱』日本評論社,372p.3,600円.Landry, C. 2000. Creative City: A Toolkit for Urban Innovators. London: Earthscan Publication LTD.

 

本書の入手は困難である。まず,Amazonの古書で入手しようと思ったが,法外な値段がつけられていて断念した。非常勤先の図書館で借りようと思ったが,禁帯出になっていた。こうした一般書が禁帯出になることは基本的にないと思うが,経営学部も有するこの大学では借りる学生が多いのだろうか。最終手段として,近隣の公共図書館で検索したところ,調布市立図書館に所蔵があり,借りて読むことにした。日本語訳は2003年で,日本評論社から出ているが,出版部数が少なかったのだろうか?ともかく,返却しなくてはならない本なので,書き込みもできないし,少し詳細にコツコツ書き留めておこう。(単なるメモ程度で,文章にはなっていません。あしからず)
本書の原著は2000年とのこと。参考文献を見てみると,Bianchiniという共同研究者との共著で同名タイトルの『The Creative City』なるものが1995年に出版されている。他にも,この人を第一著者とした共著を他にも出している。1996年にはさらに3人の共同執筆者とともに『The Creative City in Britain and Germany』なる本もあり,「創造的都市」という発想は少し前からあることが分かる。また,著者は地理学者のピーター・ホールとの共著で1997年に『Innovative and Sustainable Cities』なる本も出している。
ランドリーの著書は他に日本語になっていないが,同様にクリエイティビティを主張するリチャード・フロリダの著書の多くは翻訳されており,その2者の議論の関係性,似ているところと違うところなどを見極めなくてはならない。ランドリーはイギリス人で上述のように,1990年代半ばから「創造的都市」を提唱している。一方,「創造的階級」を提唱するフロリダはアメリカ人で,『クリエイティブ・クラスの台頭』の出版は2002年であり,1990年代から著書はあり,ランドリーと同様にイノベーションに関するテーマで書いている。

1部 都市の問題推移
 第1章 都市の創造性の再発見
 第2章 都市問題,創造的な解決
 第3章 新しい思考
2部 都市創造性への原動力
 第4章 創造的都市への転換
 第5章 創造的都市の基盤
 第6章 創造的な環境
3部 都市創造の概念的道具
 第7章 創造性を作り出す計画をはじめよう
 第8章 都市における創造性の再発見
 第9章 創造的な過程を評価し,持続する
4部 創造的都市を超えて
 第10章 創造的都市とその彼方

本書の冒頭で著者は「文化」の役割を強調している。「文化は,ある場所が固有であり特有のものであることを示す一連の資源である」(p.8)と述べ,文化遺産,文化資源,文化資産というような概念を多用している。「都市計画家の仕事は,責任をもってこれらの資源を認識し管理し開発することである。」(p.8)や,「われわれはまた,都市のセンスを,色,音,臭いそして視覚的表現から検討し,年の競争力を作り出すことができる相互扶助や組織のネットワーク,社会的行事を含む広い範囲を採用した。」(p.8)と述べる。
イノベーションに関する研究は古い。おそらく著者もその研究から徐々に創造性へと関心を移していったと思われるが,「しかし,創造性を定義しようとすればするほど,わからなくなる。混乱と限定がすべての結論とともに現れる。創造性と革新は継ぎ目なく織り交ぜられている。」(p.17)と書いているように,この2つの概念は連続的にとらえられているようだ。そして,「創造性は目的ではなく行程であり,状態ではなくプロセスである」(p.15)などと論じている。創造性の概念も心理学や経営において研究が進んでいたようだが,著者がそれを都市に関する議論に展開する。
フロリダはその著書の中で(特に『クリエイティブ都市経済論』),多くの統計的分析をしている。「ゲイ指標」などをその都市のクリエイティビティを示す指標として用いるわけだが,かなり量的な把握によって,総体的な観点から創造的階級が議論されている。それに対し,ランドリーはかなり質的な議論で,総体として捉えるのではなく,個々の事例から,個人・組織の話としてクリエイティビティを論じている。「創造的な人々なしで,創造的な会議や創造的な組織を持つことはできない。同様に,創造的な組織なしで創造的な環境――それは,創造的な人々,プロセス,アイディア,成果が相互作用する舞台装置であるが――はあり得ない。このような革新的な環境を確立することが,創造的都市の主要な挑戦である。」(pp.16-17)と,個人のスケールから都市のスケールまでの因果関係を規定する。
都市に関しては,グローバル化に伴って都市間のネットワークが形成されていくという,都市システム的な理解をしている。そのネットワークは「移民性のパターンに根ざしている」(p.25)といい,都市間競争のなかにもニッチがあり,都市は互いに競争しつつ,補完しあっているという。著者は個人の経験を重視している。ハーヴェイの都市企業家主義という議論は新自由主義の下で近年よく語られるが,ランドリーは旧来の「都市経営者」(p.29)について,その弊害を語る。個々の役人も創造性を有しているが,お役所仕事ではそれが発揮されず,そのまま都市計画に反映される。「都市はブランドであ」(p.34)り,知識や情報が重要であり,それは現代のコミュニケーション・ネットワークで急速に流通するが,でもやはりフェイス・トゥ・フェイスの重要性を指摘している。この辺りの理解も経済地理学の最近の議論を読むとちょっと古い気もする。P.36の表題には「都市主義」とあるが,これはアーバニズムの訳だろうか,本文には登場せず,p.49には定訳の「都市的生活様式」という表記もある(ただ,単純にurban life styleのような語かもしれない)。「排除の地政学」(p.43)なんて言葉も使っていて,意外と都市問題に関する議論も含まれています。「高級化」(p.41)とあるのはジェントリフィケーションのことだろうか。
「都市の魅力に市場性を持たせる」(p.53)には文化地理学者などに参加してもらう必要があるという。ピーター・ホールの「革新的都市」(p.56)についても言及され,「認知地理学」(p.66)なる語も何度か登場します。以前にも出てきましたが,「都市の隠喩」(p.90)について,機械的な理解から,生物学に依拠する有機的なものに移行すべきだと主張する。「文化の多様性の受容」(p.82)という観点はフロリダと近いですね。そのうえで,「市民的創造性」(p.82)を強調します。創造性を持った主体が行動を起こすことで,平凡な都市が創造的都市へと変わるわけですが,その主体のリーダーシップが必要です。しかし,このリーダーは唯一無二ではだめで,更新できる資源であり,脱人格化が必要だといいます(p.84)。つまり,持続可能であることも重要です。持続可能性もランドリーのテーマの一つですね。行動する主体全てに創造性は必要ではなく,リーダーに従うハートナーシップは従順な人がいいのでしょうか。そうした組織の創造性の事例としてはいくつかのグローバル企業(スターバックスなど)が挙げられ,それらに対して積極的な評価をしているようです(pp.90-91)。
4章から徐々にヨーロッパの諸都市における事例の話が増えてきますが,冒頭の英国ハダズフィールドの事例で紹介されるのが,EUによる革新的な都市を競うコンペティションです。3年間で300万ドルの支援をうけられるといいますが,そういうのが1997年にあったようです。こことヘルシンキの事例は理解できましたが,段々事例の話ばかりになるとヨーロッパに詳しくない私にはよくわからなくなってしまいました。第4章の結論辺りで,著者の社会観が記されています。「多様性を讃えること,固有性を維持すること,そして創造性を利用すること」(p.107)によって寛容な社会となるということです。社会の寛容性を重視するところはフロリダと同じですね。
5章に入り,「よそ者」(p.139)と「内輪の者」(p.140)の議論があります。都市のよそ者についてはジンメルも論じていますし,地理学者レルフもインサイド/アウトサイドという議論があります。移民を含むよそ者が地域に刺激を与えるが,内輪の者が培った地域での知識も重要で,「正しい均衡」(p.140)が重要だということですね。第6章のテーマである「創造的環境とは,それがビルディング群であれ,都市の一部であれ,それとも都市全体や,地域であれ,要するに一つの場所のことである。」「一つの物質的な条件設定」(p.168)であるといいます。その都市基盤にはハード面とソフト面があります。
本書の訳者は「文化経済学」の第一人者ですが,本書でも文化産業が重視されています。とはいえ,ホルクハイマー&アドルノのような批判的な意味ではもちろんありません。米国では文化産業における雇用は10%以上を占めるという(ヨーロッパでは5%程度)。「文化的な創造性と技術的な創造性との融合」(p.176)という表現からは,先述した創造性とイノベーションの概念のつながりと関係します(ただ,訳文では革新という言葉とイノベーションという表記もあり,別物かもしれません)。「経済的な創造力」(p.179)という表現もあります。
p.180
ではホールを引用しながら「永遠に創造的でいることは可能か?」と問う。創造性というのは静態的でなく動態的だとしたうえで,それを持続する必要性を訴える。ズーキンには言及していないが,「ロフト・リビング」(p.182)の語も見られる。本書では一貫して従来の都市計画を批判しているが,「開発における文化の役割が再評価されることとなった」(p.183)としている。こちらもハーヴェイへの言及はないが,「企業家主義」(p.183)や「企業家精神」(p.184)について書き,「場所のマーケティング」(p.195)やブランド化についての議論もある。都市の創造性の一側面として景観も捉えており,有名建築家の公共施設の存在を肯定的にとらえている。もちろん,多様な人が集まる都市において創造性が生まれるという発想は一貫しており,「ディベート,民主主義,構想(visioning)」の重要性を説く。
「自覚的でわかりやすい,都市の創造性と革新に関する政策などはめったにあるものではない」(p.197)と述べ,創造的都市の達成は意図して必ずなされるものではないという。「創造性は,必要性や欠乏,衰退,闘争の帰結,リーダーシップの変化,社会的・政治的変化,パラダイム転換の台頭などを通じて生まれた」(p.200)という複雑性も語る。「全体的な(holistic)考え方とは,多様な角度,あるいは学際的なやり方をこえる,よりふみこんだ物事の考え方である」(p.205)と全体的な(俯瞰的な)見方についても肯定的にとらえている。p.208には都市の創造性のための7つの領域を示す。1.市民的創造性,2.都市創造性のサイクル,3.イノベーションと創造性のライフサイクル,4.都市のR&D(研究開発),5.イノベーションの基盤(matrix),6.活力と生命力,7.都市のリテラシー。「メタ都市学体系」なる語も登場し,文化地理学による洞察だという。
インターネットによる近年の通信技術も肯定的にとらえている著者だが,「私は「非空間的都市領域」への移行は不可避なものだとする観念に挑戦する。あるいはその領域を地理学や都市を運命付ける資源への近接性というものを欠いたものと単純に捉える考え方に挑戦する。」(p.207)と述べ,先にフェイス・トゥ・フェイスも重視していたが,場所の重要性は保持している。p.210では著者独自の考え方ではないが「SWOT分析」なるものを説明する。Sは長所,Wは短所,Oは好機,Tは脅威だという。
都市を有機体として捉える見方も本書を痛感しており,「都市の遺伝子暗号に創造性を組み込もうという広範な目的」(p.215)について語る。文化の強調も繰り返し登場し,「文化と創造性」(p.216),危険な企てとはいいつつ「文化計画」(p.217)について語り,「文化空間美術館,ギャラリー,劇場の文化施設」(p.217)の重要性を強調する。先のディベート云々に加えて,他人の議論を参照して「ブレイン・ストーミング,マインド・マッピング,創造的分類パック,シネクティクス」(p.222)などの言葉を列挙し,「都市想像力ネットワーク」(p.232)なるものの存在を強調する。
「スラム街の形成,古い都市建造物の大規模破壊,都市の民族構成の多様性の無視」(p.250)を悪い実践と位置づけ,「それらはしばしば無知やものぐさから生じる」とする。「創造性とイノベーションを強制的に推進させることはできるか?」(p.253)との問いはやはり否定的な語り口で,答えはノーであり,「マンフォードやリンチやジェイコブズ」(p.255)を組み合わせれば完璧な都市思想ができるのか,とこれまた否定的に語る。「オリンピックを契機とする,バルセロナの突出した都市再生」(p.277)という記述を見つけました。「都市を再生可能な資源のように動かしていく都市エネルギー」(p.281)という表現も有機体的な都市の捉え方を示しています。「創造的都市,それは定義からして反射的に(注:おそらくreflexiveの訳)学習する都市である」(p.301)と述べ,有機体としての都市は自己組織化されるもののようです。「つまり,創造的都市は,みずからの独自の評価に対する責任をとることで学習する」(p.303)のだそうです。創造的都市は単体としてではなく,「・協調的:他の都市との接触,・競争的,・共同的:共同学習を通じて知識を共有,・内部的:組織内に広める」(p.271)というように,他の都市との関係性のなかで成立します。IT技術を利用した都市の創造性に関するデータベース化構想について肯定的に語ると土肥宇治に否定的にも捉えています(p.276)。先に書いた,アーバニズムはp.310では()つきで「都市的生活様式」で訳されています。そして先ほど出てきた「都市リテラシー」と一緒に語られます。「都市のリテラシーとは都市を「読む」能力と技術」(p.310)としていますが,これはルフェーヴルやバルトのような記号論的意味合いではなく,リンチ的意味合いでしょう。この後に,カルチュラル・スタディーズの重要性についても論じられています。
さらに7つの領域。1.価値の創造と価値の複雑化,2.ハードウェア的解決からソフトウェア的解決へ,3.少ない手持ちで多くのものを,4.文化を渡り歩いて生きる,5.さまざまな見通しを評価する,6.旧いものと新しいものを想像豊かに結びつける,7.学習する都市。p.331では多文化主義の重要性を主張しながら,さらに文化間主義(inter-culturalism)の考え方が必要だといいます。最後になりますが,p.337で紹介されているパッツィ・ヒーレイなる人の1997年の著作『Collaborating Planning』が気になりました。ちょっと調べたら,日本人でも紹介している人がいました。ちょっと調べてみましょう。

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