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We Own The City

以下の文章は『地理学評論』に「書評」として投稿した内容だが,加筆・修正を要求された。面倒くさいので,再投稿はやめて,こちらに掲載して終わりにします。


ミアッツォ, F.・キー, T.編,石原 薫訳:We Own The City
――世界に学ぶ「ボトムアップ型の都市」のつくり方.フィルムアート社,2015年,303p.3,000円.Miazzo, F. and Kee, T. eds. 2014. We Own the City: Enabling Community Practice in Architecture and Urban Planning. Amsterdam: Trancity Valiz.

 

近年,都市論が盛り上がりをみせている.グローバル・シティと呼ばれる大都市は,グローバル化の圧力の下で都市間競争を余儀なくされ,新自由主義的政策によって競争力を高めるべく都市改変を繰り返している.ジェントリフィケーションは新しい現象ではないが,そうした近年の動向にも位置付けられる.創造都市という概念も都市再生の新たな原動力となっている.
都市計画分野ではマクロ的視点によるトップダウン的な計画は影を薄め,ミクロ的視点による住民に寄り添った比較的規模の小さいまちづくりが主流になっている.本書はボトムアップ的な方向性を重視しながらも,トップダウンの持つ力に抗うのではなく,公私の対話と協同に着目する.また,理論・実践の双方において都市全体を視野に入れた議論を展開している.
編者は建築・都市計画分野の研究者であり,ミアッツォがイタリア生まれのオランダ在住,キーはカナダ育ちの香港在住だという.原著は英語で出版されているが,事例地域や執筆者は英語圏に限定されていない.本書はオランダを拠点とする財団であるCITIESが中心となり,2012年に香港で書名と同名のシンポジウムを開催し,その活動が2014年に本書として結実する.執筆者には編者を含めて15名が名を連ねるが,CITIESに属するオランダの地理学者2名を含んでいる.
イントロダクションに含まれる「理論的な枠組み」は3ページにすぎないが,5つの都市からそれぞれ4ヶ所ずつ選ばれたケーススタディの報告は常に理論的な視座を基礎としている.各章の最後に掲載された文献表には,地理学者を含む著名な社会・都市思想家の作品が連なる.
本書の事例都市は,アムステルダム,香港,モスクワ,ニューヨーク,台北である.各章の最初のページには縮尺がないものの,見開きで地図が掲載され,4つの事例の位置が示されている.いずれも都市中心部に比較的近い地点であり,多様な試みが紹介される.各都市の冒頭に36ページの序論があり,その歴史と背景,抱える問題などが概観される.B5版でカラー写真も多く掲載され,各都市の最後にはまた数ページの結論が設けられている.
アムステルダムの序文は「都市開発の文脈」と題して,複雑な内容が簡潔にまとめられており,ここでそれをさらに要約することは難しい.4つのケーススタディは一定の共通性があり,それに関して「都市づくりの主導者:アムステルダムにおける住宅会社の寡占」と題した1ページのコラムがある.アムステルダムでは,住宅市場において社会住宅を供給する住宅供給会社が寡占状態にあり,低所得者層の住宅が不足しているという批判が多いという.
アムステルダムにおける4つのケーススタディのうち2つは集合住宅からなる社会住宅団地の敷地を利用したもので,市民に農業機会を提供する場の創出である.ボトムアップによる小規模な試みの利点は「迅速に社会のニーズに対応できる」(p.35)ことにある.3つ目の事例は河川敷の遊休地を利用した,芸術創造性あふれる手作りのバーである.日本では河川敷の公園などは行政による管理であるが,この事例では市民の要求に応じて市=トップダウン組織がこの小さな計画に積極的に関与していることが評価されている.
香港は周知のとおり,中国政府との関係において香港政府の複雑な立場があり,その一方で住民はその立場を共有しながらもトップダウン的計画に単に従うわけではない.ここで紹介される事例は,まず九龍地区における高架下空地を利用した文化プロジェクトである.次いで,香港大学との共同プロジェクトによる地域調査,香港住宅局による住民とのやり取りのなかで設計された高層住宅団地が紹介される.4つ目の事例が特に興味深く,高速道路建設により移転を余儀なくされた村の移転先での計画である.
移転を要求された村人200人には公営高層住宅への転居が提案されるが,数千人の支持者とともに抗議運動が始まる.しかし,それは徐々に村の移転を前提とした新村の土地購入から計画,設計と移り,新村が近くの場所に建設されることになる.ようやく獲得した土地は狭くいびつな長細いものだったが,「社会・環境面を重視した自己組織化による街づくり」(p.106)であるエコビレッジとして住民を中心とした民主的な計画・設計がなされたという.
モスクワの事例は特定のローカルな街づくりではなく,イベント的なものである.1つ目は都市内での自転車利用を促進する運動であり,2つ目は「DIY型・ボトムアップ型の実験的な都市改善プロジェクト」(p.138)である.ある地区に郵便箱を設置され,住民が都市内の改善要求の手紙を書く.その手紙を活動家が読み,専門家が検討し,行政が解決する.3つ目は市民主導の自主運営と行動を信条としたグループによる街づくりの運動である.ロシア語でDIYを意味するデライサムという名称を用いたこの運動は,「エコロジカルアーバニズム」という原則に基づく.4つ目は日本でも増えつつあるコワーキングスペースの事例である.事例とされたナガティノでは,公的機関の関りが強調され,多様な住民に開かれた交流の場も創出しているという.
ニューヨークは近年の都市論のモデルともいえる.ジェイコブズ的な住みやすさを求める市民運動と,市長の代替わりによって強度を増してくる「新自由主義と企業家的なアプローチ」(p.164)とのせめぎあいのなかで4つの事例が紹介される.1つ目は公営住宅の緑化菜園,2つ目は非営利団体によって劇場が改修され,文化プログラムが行われ,行政が支援している建築物の事例である.3つ目はニューヨーク市交通局が有するオープンスペースを利用した都市広場改善事業である.4つ目は港湾地区にある海軍の物資供給施設をトップダウン方式で改修したもので,若きデザイナーたちの活動の場となっている.
台北は「地理学者デヴィッド・ハーヴェイの批判する資本と都市化の1例である」(p.210)とされる.新自由主義政治の進展により,ジェントリフィケーションが進む.1つ目の事例は丘陵地に作られたインフォーマルな居住地の集落保存運動である.最終的にそのままの保存はかなわなかったが,このコミュニティは主体的に芸術村に生まれ変わったという.2つ目と3つ目の事例は,都市変容によって失われていく地域共同体の記憶の記録に関するものである.都市美運動というと,典型的なトップダウン的政策を想像するが,4つ目の事例では台北市政府による美化政策に対して,市民団体が公共事業を監視しつつ代替案を打ち出す.しかし著者たちは,台北におけるそうした市民運動の継続性の欠如を指摘し,最終的には公的政策を覆すまでには至っていないと結論付ける.
本書の巻末には,実践者と表現された著名な4つの建築事務所に対するインタビューを掲載している.それらは「長い間トップダウンの仕事だった都市の空間づくりに共創を取り入れるために,革新的なアプローチを開発してきた」(p.252)と評価されている.結論はこの多岐にわたる事例を簡潔にまとめてしまっており,少し刺激に欠ける.本書で紹介されているような事例が日本にあるだろうか.また,地理学者が主導するこの種の試みが可能だろうか.

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