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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編9)

Lenskyj, H. J. (2012): “Olympic Education and Olympism: Still Colonizing Children’s Minds,” Educational Review 64 (3): 265-274.
批判的な研究が多い著者ですが(カナ表記に困るお名前です),教育関係の論文もいくつかあるようです。オリンピック教育への関心は2004年以降ということですが,タイトル通り,理念ばかりを掲げるオリンピズムとオリンピック教育が子どもや若者の頭脳を植民地化すると訴えます。日本でもよくありますが,オリンピックやパラリンピックの出場選手が子どもを前にした教育の場に登場し,善き「ロール・モデル」を演じるというわけです。スポーツで夢を成し遂げた実例として,IOCの人間性祝福イデオロギーを体現します。紛争や搾取,さまざまな民族問題は無視した多文化主義。これまでも,オリンピック教育を批判してきた論者が紹介されます。そして,そうしたオリンピック養育に登場するのがスポンサー企業。企業がさらに子どもたちを食い物にしていくということです。

 

Oliver, R. (2011): “Toronto’s Olympic Aspirations: A Bid for the Waterfront,” Urban Geography 32 (6): 767-787.
前に紹介した,Urban Geography誌のオリンピック特集の1本。著者はバージニア工科大学の地理学の研究者とのこと。トロントはオリンピックの開催都市になったことはないが,かつてからウォーターフロント開発の起爆剤としてオリンピックを利用しようと何度も招致運動をしてきた歴史が語られます。幾人かのインタビューも含みますが,基本的に新聞記事の分析になります。オンタリオ湖に面したトロントの湖岸地区は長い間公共空間とされ,私有化を拒んできたという。この地区の詳しい土地利用については説明されていないが,いわゆる工業地帯があり,脱工業化後の再開発が中心だとは思う。トロントのオリンピック招致運動は1954年に始まる。ローマで開催された1960年大会の招致であったが,計画要件がIOCのものを満たされておらず,招致は失敗している。1976年大会にも名乗りを上げたが,この大会は同じカナダのモントリオールで開催されている。都市の希望は国策により阻まれたことになる。当然,同国による続けての開催はほとんどないので,当面カナダでの開催はありえない。次なる招致は1996年大会だが,先にOldsの論文で確認したように,1986年バンクーバー万博以降,カナダではメガイベントによる都市にもたらされる弊害に反対する市民運動が勢いを増し,この招致は失敗している。ここでは,「サーカスよりパンを」という名前の活動団体が紹介されている。ただ,この論文では「1996年の試みは無駄な努力ではなかった。IOCは歴史的に繰り返し招致する都市を好む」(p.773)と記している。最後に2008年大会への招致運動がこれまでより詳しく論じられている。この間にウォーターフロント再開発も独自の進展を遂げており,各種組織が2008年の招致活動を支援する。しかし,やはりトロントが招致すべきかどうかにかかわる公的な議論もされないまま話が進み,より広い市民のコンセンサスを得られない。最終的には都市としての問題だけではなく,州政府,連邦政府の目論見のもとで計画が決定される。実際の競技会場の地図も掲載されている。ただ,最終的にIOCは政治的約束にではなく,確実な財政的関与を要求するため,トロントは開催都市とはなれなかった。とはいえ,ウォーターフロントの再開発はいつくか成果を生み出してはいて,トロントにおけるウォーターフロント再生がいかに重要かを市民たちが議論する素地も残している。将来的にも2015年のパンアメリカン競技大会の開催都市となり,これはもう決定しているが,2020年と2024年大会への招致も準備しているとされている。

 

Shoval, N. (2002): “A New Phase in the Competition for the Olympic Gold: The London and New York Bids for the 2012 Games”, Journal of Urban Affairs 24 (5): 583-599.
以前別の文献で言及されていて読みたかった論文。意外にも非常勤先の電子ジャーナルで入手することができました。しかも,この論文著者はイスラエルの地理学者だとのこと。2000年前後は都市研究としてのオリンピック研究が一気に登場する時期で,EssexとChalkleyという2人の地理学者による一連の論文や,AndranovichとBurbank,Heyingという3人の政治学者による一連の論文,社会学者Rocheのメガイベント本や,同じ社会学のHillerが積極的に論文を発表していたのもこの頃です。
この論文は前半でオリンピックの歴史的経緯を概観し,時期区分をしています。そして2000年以降に世界都市であるロンドンやニューヨークが2012年大会に向けて招致に乗り出したことを,新しい段階に入ったと捉えています。この議論は日本の都市社会学者,町村氏が『スポーツ社会学研究』に2007年に寄せた論文「メガ・イベントと都市空間――第二ラウンドの「東京オリンピック」の歴史的意味を考える」の論旨と共通しています。町村氏もオリンピックだけでなく万博にも注目していますが,Shovalの興味深いことは,時代的に万博→オリンピックという流れがあり,一度万博は下火になるのだが,1980年代に復活してきて(その最後に愛知万博が位置づけられます),その後にオリンピックの開催都市が新しい段階に入るという仮説です。そして,著者は町村氏と同様にこの動向には悲観的な見方をしています。経済効果についても,都市再開発についても,都市イメージの向上についてもあまり正の効果は見込めず,場合によっては負の効果をもたらすと警告しています。ただ,これはよく言われるように,オリンピックが肥大化し,それを開催できる都市は限られてしまっていることと,都市の側もそれなりの規模の変化をもたらすにはそうした契機に期待するしかなくなっているということでしょうか。

 

Burbank, M. J., Andranovich, G. and Heying, C. H. (2002): “Mega-events, Urban Development, and the Public Policy”, The Review of Policy Research 19 (3): 179-202.
2000年前後に米国で開催された3つのオリンピック大会,1984年ロサンゼルス大会,1996年アトランタ大会,2002年ソルトレイクシティ冬季大会についていくつかの論文を発表している政治学者と都市計画研究者の3人。これまで読んだ2本の論文はAndranovichが筆頭著者でイマイチ面白くなかったけど,Burbankが筆頭著者の本論文はなかなか面白いです。この論文で言及されているやはりBurbankが筆頭著者の2000年の論文は市民による抵抗を主題としていてもっと面白そう。この論文では,米国におけるオリンピック開催が,1984年から2002年に至るまでいかに推移したかが分かりやすくまとめられている。1984年は1932年にも開催経験のあるロサンゼルスということで,メインスタジアムは改修して利用し,その他大学の協力のもと,公的資金に頼ることなく成功させたという意味で,オリンピック史の転換に位置づけられている。しかし,アトランタではその実績がないため,それなりの公的資金を用いて競技施設を新設し,インフラを整備している。それだけではなく,世界的な都市間競争に立ち向かうにはアトランタはまだそのレベルには達していなかった。この論文のタイトルにもあり,掲載雑誌もそうであるように,本論文の主眼は都市開発ではなく,あくまでも公共政策にある。都市政策が管理主義的なものから企業家主義的なものに移行するというのはハーヴェイのお馴染みの議論だが,1984年ロサンゼルス大会はその一つの手本である。しかし,それはネオリベラリズムの一端であるが,都市政策という意味では典型ではない。ソルトレイクシティは1972年から冬季大会への招致運動をしてきたという。1992年にも立候補をしたが合衆国はアンカレッジを選択する。スキーリゾートとして国内では地位を持っていたが,それをより国際的な観光地として名を売りたかった。ここでも,かなりの公的資金が投入され,カナダと同様に市と州,連邦の3つの政府が関係する。この時代になると,オリンピックを利用した公的資金の投入は,さまざまな市民の反対運動にあうことになる。オリンピック関係の決定に市民の参加が含まれるようになるのはまだ先なのだろうか。

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