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オリンピック経済幻想論

アンドリュー・ジンバリスト著,田端 優訳 2016. 『オリンピック経済幻想論』ブックマン社,226p.1,600円. Zimbalist, A. (2015): Circus Maximus: The Economic Gamble behind
Hosting the Olympics and the World Cup
, Brookings Institution Press.

以前から知っていた本だが,あまり聞いたことのない出版社であることと,翻訳タイトルと装丁で敬遠していた。しかし,改めて著者名をZimbalistと読むと,それなりにこれまで読んだ英語文献でも見ていた気がしてきた。決定的だったのは,坂田和光(2016):オリンピックと経済,『リファレンス』781:
17-41.という文献で本書の著者が登場していたこと。『リファレンス』という雑誌は国立国会図書館が発行していて,そこの研究員による論文が掲載されることが多いようだ。今回,オリンピックの文献を集めている過程でいくつかの論文を読むことになった。これがなかなか手堅い論文が多くて,信用している。

第一章 オリンピックの問題点
第二章 オリンピックの起源
第三章 短期的な経済効果
第四章 レガシー,長期駅な経済効果
第五章 バルセロナの成功例とソチの失敗例
第六章 リオとロンドンに見る経済的効果
第七章 パンか? サーカスか?

これまで読んだオリンピック文献でも,基本的に大会開催前に出される。経済効果に関する報告書は,プラスの効果があるという前提で,シンクタンク各社がその規模を算出するものにすぎない,ということがいわれてきた。基本的にはメガ・イベント推進派によるもので,イベント開催には多額の費用が必要だが,それに見合う便益があることを訴えるものである。本書はそういう断片的な主張や,一般的にメガ・イベントの経済効果に疑問を持つ人の考えをまとめてくれているものである。第二章のオリンピックの歴史概観は非常に浅い記述だが,この分量の本としては致し方がない。第三章と第四章がセットになっていて,理論的な説明になっています。第五章と第六章もセットで事例研究です。
基本的には批判的な立場をとっていて,第三章ではいわゆるメガ・イベントの経済効果分析がどういうものであるのか,短期的な観点から説明されます。計上すべき項目は何なのか,なぜ当初掲げられた予算が実際には膨らんでしまうのか,など網羅的に説明されています。第四章は長期的な観点から,特にIOCが主張するレガシーということを考慮して説明されます。観光産業のメリットや貿易と投資などが長期的な経済効果として期待されますが,その測定が難しいこともありますが,明確に効果がもたらされる事例や理論的な根拠はほとんどないといいます。
第五章では,1992年バルセロナ大会の成功の理由と,2014年ソチ大会の失敗の理由とを対比させています。ソチについては散々語られているように,ロシアでの開催ですから他の資本主義国との比較にはならないような気もしますが,まあ二の足を含む可能性は2022年北京冬季大会など今後は十分に考えられます。バルセロナに関しては,さまざまな意見がありますが,本書では成功例として捉えられています。その理由も明快。バルセロナはオリンピックに向けて都市再開発をしたのではなく,長期的に都市全体の都市計画のプランがあり,そこにたまたまオリンピックがいいタイミングでやってきたということ。そして,もともと国際的観光地として潜在的な魅力を持っていたにもかかわらず,それがうまく活かされていなかったが,この都市改造によって観光客を受け入れる素地ができ,オリンピックによってそのことが世界中に宣伝されたということ,そして大会開催後も再開発を続けたということが指摘されています。
本書の原著出版年は2016年ですから,2016年リオデジャネイロ大会についてはまだきちんと振り返る時期ではありませんが,第七章では準備が遅れていることも含めて否定的に評価されています。2012年ロンドン大会についても,「開催自体は円滑に進んだ」(p.138)と記されるものの,概して批判的に捉えられている。2012年ロンドン大会はIOCのレガシーに基づいて初めて計画され,開催された大会だったが,レガシーについても有形/無形を問わず,批判的に評価されている。それは招致を成功させるために課題に見積もられたレガシーであったといえるかもしれない。この批判的な評価はレガシーの価値そのものというより,計画に対してどの程度実現されたかという観点にあるから。ということは,これまで経済効果が計画時に過大に見積もられて,一方費用は過少に見積もられていたのと同様に,レガシーもかなり過剰計画となる可能性が高いということかもしれない。
7章のタイトル「パンか? サーカスか?」はオリンピックへの批判的な語り口によく使われる言い回しである。オリンピック大会は巨大化したこともあり,大抵の大会でサーカスに当たるエンターテイメントを提供することには成功している。現地での観戦客については,特に冬季大会の場合は集客に難ありという場面も少なくないが,テレビ放映ということでいえば,世界中の多くの観衆を熱狂させる魅力をオリンピックは維持している。しかし,一方でパンに当たる,特に開催都市の住民に対して提供されるものはと問われると,成功している事例はごく限られている。本書でいえば,1984年ロサンゼルス大会と1992年バルセロナ大会くらいだろうか。そういうこともあり,近年ではヨーロッパのいくつかの国(オーストリア,ドイツ,スウェーデン,スイス)が,国としてオリンピックを招致することに賛成しないことや,住民投票で招致を取り下げるなどということが後を絶たないという。2024年大会と2028年大会は開催実績のあるパリとロサンゼルスに決定したが,これまでのやり方での開催はこれで最後かもしれない。IOCもそこまで時間的猶予を作って,その間に組織改革をするのだろうか。もっと透明な組織で,立候補都市には住民中心の招致活動,開催計画を促すような,環境や持続可能性,最近では苦し紛れの包摂などをオリンピックの理念に組み込んでいるが,今後は表向きでない形での人権(市民権),そして住民参加に取り組むことがオリンピックが生き延びる最後の手段ではないだろうか。もしそれが成功すれば,一部の国の国内政治に,そしてゆくゆくは国際政治に大きな影響を与えるかもしれない。もう一つの道としては,ヨーロッパ中心のオリンピック開催,そしてオリンピック理念を打ち捨て,中国にその主導権を明け渡し,一帯一路構想に含まれる諸都市での開催が可能になるような大会そのものの見直し,という方向性も考えられる。うーん,まさにオリンピックは世界の縮図だといえるかもしれない。

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