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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編11)

Preuss, H. 2007. The
Conceptualisation and Measurement of Mega Sport Event Legacies,
Journal of Sport & Tourism 12 (3,4):
207-227.
前にもPreussの共著論文は紹介しましたが,あちらの発行年は2008年だったので,「レガシー」に関する概念化はこちらの方が早いようです。オリンピック・レガシーについては,荒牧亜衣(2013):第30回オリンピック競技大会招致関連資料からみるオリンピック・レガシー,『体育学研究』58: 1-17.といういい日本語論文があり,このPreussの論文にも言及しているのだが,悲しいことに,ファーストネームでHolger2007)としているのが残念。ともかく,この論文はメガ・スポーツ・イベントで頻繁に用いられるようになった「レガシー」概念がかなりあいまいなので,きちんと定義したいとのこと。それこそ,開催都市の側がイベントを活用した「イベント戦略」や「都市政治の祝祭化」などといわれ,楽観主義に基づく(再)開発が行われる傾向には慎重にならなければいけません。ところで,「レガシー」は語源的に「意志によって残される所有物」という意味のようで(ウェブの語源辞典より)イベント関連の文脈には合わないという。IOC2000年に立ち上げたプロジェクト(OGGI)で環境と持続可能性を訴え,2002年の会議でレガシーを定義した。この概念についての初期の研究にはCashman2005)があり,(1)スポーツ(2)経済(3)インフラ(4)情報と教育(5)公共生活,政治と文化(6)象徴,記憶と歴史という6つの領域を分類した。Chappelet2006)は(1)スポーツ・レガシー(2)経済レガシー(3)インフラ・レガシー(4)都市レガシー(5)社会レガシーを区分した。これを受け,Preussはレガシー・キューブなるものを発案します。(1)計画/無計画(2)正/負(3)有形/無形の3次元で8つのサブキューブが想定されます。さらに(4)変化する構造の持続と時間(5)変化する構造に影響される空間,と時間軸と空間軸を加えた6次元です。その後の定義を引用しましょう。「生産の時間と空間に関係なく,レガシーはイベント自体よりも長く残る,スポーツ・イベントのために,によって創造される,全て計画されているかいないか,正か負か,有形か無形かである」(p.211)。この論文ではレガシーの概念化だけでなく,測定も含んでいますから,その測定が「総gross」なのか,「純net」なのかについても注意を喚起しています。レガシーの測定に関しては,標準型のアプローチ,トップダウン・アプローチ,ボトムアップ・アプローチと区分しています。標準型は,(1)同一都市の同一イベント(2)同一都市の複数イベント(3)複数都市の同一イベントという形での比較による相対的な測定になります。確かに,先述した荒牧さんは2012年の立候補都市の計画ファイルを比較していて,これは(3)ですね。Gaffney2010)によるリオデジャネイロの研究はレガシーに特化したものではありませんが,サッカー・ワールドカップとオリンピックなどをリオで検討していますので(2)ですね。東京でのオリンピックを1964年と2020年とを比較するのは(1)ですね。トップダウン・アプローチは統計資料を使ったような定量的な測定のようです。費用対効果分析のように,イベントが行われた場合(withケース)と行われなかった場合(withoutケース)を比較して,費用と効果を算出します。ボトムアップ・アプローチは前2者に対する代替的なもので,定性的で無形のものをも測定しようとするものでしょうか。また,正/負の区別というのは明確でなく,同じイベントが立場によって正ともなり,負ともなるというところも難しいところです。ボトムアップ・アプローチの弱点としては,イベントが開催されなかった場合の都市の発展について考慮できないとされています。そこで,最後に(5)と(6)の次元である時空間の説明になります。ここで「イベント構造」と「立地要因」という概念が登場し,まず時間軸が区分されます。イベント前は,①アイデアと実行可能性②招致過程③建設とイベントの組織化に分かれ,④イベント⑤イベント後と区別されます。イベント構造は,1.インフラ,2.知識,3.イメージ,4.感情,5.ネットワーク,6.文化に,立地に関しては,1.生活,2.観光客,3.祝祭,4.産業,5.会議,6.イベントとなります。最後にこの論文で示されたボトムアップ・アプローチに立ちはだかる障害を3つ挙げています。1.「総」レガシーから「純」レガシーを測定することの困難,2.正の価値と負の価値を決定する困難,3.時間を経過したレガシーの測定。

Baade, R. and Matheson, V. A. (2016): Going
for the Gold: The Economics of the Olympics,
Journal
of Economic Perspectives
30 (2): 201-218.
こちらも以前から文献表でよく名前を見かけていた経済学者2人の論文をようやく入手。謝辞には先日紹介したジンバリストの名前と文献表には『オリンピック経済幻想論』があります。内容的にも似通っています。まずは,オリンピック開催にかかる費用について。開催前に招致活動で成功しなくてはいけませんが,この招致段階でかかる費用もバカになりません。2016年大会に立候補したシカゴでは招致に失敗していますが,1億ドルに近い金額が費やされています。東京も2016年大会に失敗して2020年大会で開催が決定されましたが,多くの開催国は何度かの招致で開催権を獲得していますから,それだけの金額がかかります。IOCは夏季大会の開催に際し,4万人分のホテル容量を要求しており,選手村では15,000人分とされています。2016年リオデジャネイロ大会では新たに15,000人分のホテルが建設されたとのこと。既存の研究から1988年ソウル大会以降の開催に伴う費用の一覧表も掲載されています。続いては,短期的な経済効果についてですが,ここでも開催前の経済効果がいかに現実的なものでなく,希望的観測であることが指摘されています。例えば,2002年ソルトレイクシティ大会では35,000人の雇用創出が見込まれていましたが,開催後の研究では47,000人と見積もられています。短期的な経済効果については,既存の学術研究が算出した過去大会についての一覧表も掲載されています。ものによって金額だったり,雇用増であったりしますが,1984年ロサンゼルス大会,1996年アトランタ大会,1972年ミュンヘン大会,2002年ソルトレイクシティ大会,2000年シドニー大会,などです。開催前の希望的観測の経済効果に対して,開催後の学術的な見積もりが小さくなるのはいくつか理由があります。開催都市の住民はオリンピックにかける費用をプラスしているのではなく,オリンピックがなければ別の用途に費やした費用をオリンピックに使っているので,その分はマイナスなのです(代替効果)。そして,開催都市の多くは元来の観光都市でもありますが,開催時の混雑を避ける(混雑効果),あと計算上の問題も指摘しています(乗数効果)。長期的な効果については4つ挙げています。1.スポーツ施設のレガシー,2.インフラ投資,3.観光の宣伝,4.外国からの直接投資と貿易。競技施設の競技後の利用に関しても,かなり事例があげられていて有用です。貿易に関する研究も特徴的なものがいくつか紹介されていて,大雑把な定量的分析では,実際に開催に至らなくても,立候補都市になると貿易額が増加するというものがあるようで,一方ではそれを批判する研究もあるとのこと。これらの検討を含め,なぜ多くの国がまだオリンピックを招致し続けるのか,という疑問についてのいくつかの回答を最期に用意しています。1.オリンピックの全体的な効果が負であるにしても,国家としては巨大計画を必要とする。2.国家元首や政治・経済権力のエゴ,3.「オークション理論」というのがあるようで,オリンピック開催がもたらす不確かな価値は博打のようなもの。ジンバリスト『オリンピック経済幻想論』の原題副題にも「経済的なギャンブル」とあります。まあ,とにかく近年の立候補においては,そうした政府のエゴに住民たちがノーをつきつけていて,今後の動向を見守る必要がありそうです。

Boykoff, J. (2013): Celebration Capitalism and the Sochi 2014 Winter Olympics, Olympika 22: 39-70.
ボイコフによる2014年ソチ大会の論文。とはいえ,開催前で32ページある論文ですがソチに関しては5,6ページです。前半はひたすら祝賀資本主義の説明です。ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』の「参事便乗資本主義」から,カール・シュミットとアガンベンの「例外状態」を経て,ドゥボールのスペクタクル論,ハーヴェイ『資本の〈謎〉』なども登場し,再度祝賀資本主義とネオリベラリズムの関係が論じられます。今回はPPPが登場します。PPPとはPublic-Private
Partnerships
のことで,官民協同のことですね。公共部門を民間が担っていくのがネオリベラリズムの戦略ですが,祝賀資本主義や参事便乗資本主義は期限のある例外状態において公的資本が投入される。そして,場合によっては公的な政策が主導して民間資本が投入されるということもあるのでしょうか。この仕組みの公式なものがPPPですね。また,オリンピック自体が1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットの「時代精神」(ボイコフはこの語が好きなようです)に乗る形で持続可能性と環境を大会開催時の要件として組み込みます(アジェンダ21)。さらには1972年ミュンヘン大会でのテロ行為や,2001年同時多発テロを受けて,オリンピックでもセキュリティが流行りだといいます。そういう背景で2014年冬季大会がソチに決まります。ロシアは社会主義国であったソ連が前身ですから「国家寡頭資本主義」の下で独自のPPPの形があるそうです。私企業の投資も疑似的な私だというわけです。ボイコフの『オリンピック秘史』(早川書房,2018年)でも,「第5章 祝賀資本主義の時代」のなかに,「「ペテン師の楽園」――2014年ソチ冬季オリンピック」と題した節があり,本稿の概要版という感じでしょうか。黒海に面した自然環境,チェチェンなど問題を抱えた紛争地域,反五輪運動などを取り締まるお国柄。ある活動家の言葉によれば,「オリンピックは公的資金で購入される企業フランチャイズのようなものだ」というそうです。

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