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オリンピック,メガイベント関連文献(日本語編1)

金 銀恵(2017):1980年代韓国のスポーツメガイベントと江南づくり.日本都市社会学会年報 35: 103-120
昨年,英国の大学で教鞭をとる韓国の地理学者,Shinさんが来日した際に,荒又さんの研究グループの面々とオリンピック関連の場所を巡検した。その際に,参加していただいたのがこの論文の著者,金さん。韓国人の社会学者ですが,一橋大学に留学されていて,町村さんのところで学んでいたとのこと。この論文は1988年ソウル大会を含むもの。おおまかにいうと,ソウルに流れる漢江の南部を「江南」と呼ぶことになるが,従来の中心地はそれに対し「江北」と呼ばれ,江北の人口集中を是正するために国家主導で江南の開発が行われたとのこと。もともとこの地区は,例えばオリンピックの主要施設が建設される場所は「蚕室」と呼ばれ,養蚕地区であったり,漢江の氾濫域や中洲のような土地で,1970年代に土地改良も行われた。政府は江南に強制的に進学校などを移転させ,階層の高い人々を集めるように仕向ける。そこに,1986年アジア大会と1988年ソウル・オリンピックというメガ・イベントをあて,開発を促進させる。アジア大会時に建設された選手村は終了後に高級アパートに姿を変え,日本ほど一戸建て志向でない韓国では,ここに住むことがステイタスとなった。オリンピック大会時の選手村でも同様で,「現在のソウル市内が中産層向けの「アパートの森」となった」(p.115)という。こうした過程を,いくつかの都市理論を参照し,ハーヴェイ的な意味での「圧縮的都市化」,ヴィヴィリオ的な「速度戦的都市化」,あるいは「投機的都市化」と呼んだりします。当時は日本同様に地上げ的な形で立ち退きも行われ,オリンピックに合わせては都市美化も行われたという。

 

金 白永著,阪野祐介訳(2018):江南開発とオリンピック効果――197080年代蚕室オリンピックタウン造成事業を中心に.空間・社会・地理思想 21: 63-79
1960
年代,ソウル市南部を流れる漢江はソウル都市圏の南の境界をなす存在であったが,漢江南部を新都心として開発することで,江南地域を都市圏に編入する都市計画が1960年代後半から行われた。ソウル市は1970年のアジア大会を招致することで,その開発を促進する計画だったが,資金難で経費を提供してタイのバンコクで開催される。しかし,韓国は1980年以降に経済成長を遂げ,江南地域の開発も進められ,1986年にアジア大会が,1988年にオリンピック・ソウル大会が開催される。オリンピックの主要施設が建設されたのは,これまで漢江の水害に悩まされていた中洲の蚕室地区である。治水整備がなされ,江北の都心と江南の新都心とを結ぶ複数の橋がかけられ,蚕室地区は文化・流通中心地区として多くの市民公園も擁する美観地区として整備された。

 

佐伯年詩雄(2014):現代オリンピック考――モンスターイベントに群がるビジネスと政治.現代スポーツ評論 30: 69-79
学術的にはメガ・イベントという表記が一般的だが,スイスの地理学者ミュラーはそのなかでも近年のオリンピック夏季大会などをギガ・イベントと名付けている。この論文では,その研究を受けているわけではなく,また単に規模のことだけを言っているわけではないが,近年のオリンピックを「モンスターイベント」と名付け,批判する。まあ,モンスターペアレンツなどと同等に,手の付けられない,迷惑な,という意味を込めているとは思う。他にも「スーパーグローバルイベント」などとも表現している。この論文は主に,3点から議論している。一つ目はオリンピックの本来のあり方ですが,アスリートによるスポーツ競技。しかし,これも記録が優先されるのではなく,勝敗が優先されるのがオリンピックだという。オリンピックで達成される世界記録は少なく,4年に1度という希少性が,そして選手が属する組織の代表という側面がオリンピックにおける勝敗への執着へとつながっているという。第二は,グローバル企業によるコマーシャル・ゲームになっているということ。1984年ロサンゼルス大会以降,オリンピック開催が都市ビジネスになり,放映権争いとなり,スポンサーの地位争いになっている。第三が国民国家のポリティカル・パワーゲーム。グローバル化に内在するアイデンティティの揺らぎに対し,「五輪こそは,まさしく絶対で公明な差異を生成し,それを優劣で秩序付ける最高の仕掛であろう。」(p.77)と結論付ける。オリンピックがファシズムに通じるというのは天野編(1998)『君はオリンピックを見たか』でも論じられていたが,この論文では「「テロ対反テロ」図式は,反テロが体制側である限りでファシズム化する危険を持つ」(p.78)という論理で論じている。

 

阿部 潔(2016):東京オリンピック研究序説―「2020年の日本」の社会学.関西学院大学社会学部紀要 12365-83
この論文をはじめとして、著者が取り組もうとしている東京オリンピックの社会学的研究は、「東京オリンピックを切り口として「2020年の日本」を社会学的に問うことの意義を示す」(p.65)とされている。まずは、2020年東京大会の意義について問いかける。よくいわれているように、2016年大会の招致段階では、東京で開催する意義は曖昧なものだったが、2020年大会においては、それが「復興」とされた。しかし、これも多くの者が指摘しているように、その表向きの意義は、その実現性と逆に五輪開催が復興事業を阻害しているという疑念を払しょくできていない。こうした一過性のイベントが、開催期間が決められているがゆえにその準備が急がされ、優先されるというのもよく指摘されることがだが、この論文では、新聞記事検索で「2020年までに」というフレーズが決まり文句になっていることを指摘する。
続いて新国立競技場問題が解説され、その問題を「国家的なプロジェクトを総括する公的機関におけるガバナンスの問題」(p.71)としている。結局、「あるべきスタジアムの姿」が深く議論されることなく、金額の問題だけに終始していた。実際、近年規模も金額も膨張するオリンピック競技大会に対し、IOCも経費のかからないということを開催都市選定の条件としている。ボイコフが2014年ソチ大会に関する論文で指摘したPPP(公共民間共同)は2020年東京大会にも、例えば選手村の開発に当てはまると著者はいう。また、引用はされていないがミュラーが2015年の論文で使った「症候」という語も著者は使っていて、エンブレム問題を例にこの大会がはらむ問題を提起している。最後に、著者は自らのオリンピック研究を「スポーツの外側からの」アプローチと主張している。セキュリティやジェントリフィケーション、都市空間の再編成、ボイコフの主張する祝賀資本主義の問題、そしてそれに抗う使命を自らの社会学に課している。

 

金子史弥(2014):2012年ロンドン・オリンピックが創った新たなレガシー――スポーツ・マネジメント諭/スポーツ社会学の視点から.AD STUDIES 50: 17-23
2012
年ロンドン大会について、レガシーの観点から研究を進める著者。この論文では、まず2005年に作成された招致立候補ファイル、2008年に作成された計画書、そして2010年に作成されたレガシー計画書の検討を行っている。この著者のレガシー概念は「社会的変化(レガシー)」(p.18)と表記されているように、かなり広義である。そして、ロンドン大会を成功とみなしており、それがどのような理由化を追求している。まずは選手団の好成績、ボランティアの活躍を挙げる。ボランティアについては7万人の定員に対し、24万人の応募者があり、合格者はマクドナルドが指導・訓練をしたという。ロンドン大会がもたらしたものとしては、ナショナル・プライドの高揚、ボランティア活動に対する意識変化、多様性の肯定を挙げている。多様性の肯定に関しては、開会式の批判的分析である森野(2013)を挙げながらも著者は肯定的に捉えている。結論としては、ロンドン大会の成功から、2020年東京大会も学ぶべきだという。

 

金子史弥(2014a):2012 年ロンドンオリンピック・パラリンピックの「レガシー」をめぐる政策的言説の創造と政策実践の展開――大ロンドン市における「スポーツ・レガシー」に関する取り組みに着目して.一橋大学スポーツ研究 33: 16-33
この論文では、著者が比較的広義に捉えていたレガシー概念を「スポーツ・レガシー」(スポーツの振興に関わるレガシー)に限定し、さらに大ロンドン市の政策と関連付けて考察している。冒頭ではIOCによるレガシー概念を整理し、この概念が初めて適用される大会として、2012年ロンドン大会においてこの概念をいかに計画に取り込んでいったかが整理されている。次に、学術研究におけるこの概念の検討を概観している。特に2012年ロンドン大会に関する研究もあるようで、それらは英国の政策的言説との関連によるものがあり、これを受けてこの論文では中央政府の政策だけでなく、開催都市である大ロンドン市の政策を検討する必要性を主張する。大ロンドン市は、2012年大会の開催を受け、2009年にスポーツ振興に関する政策文書を発表し、3年間で1,550万ポンドを投資する計画を示す。さらに市長がスポーツ・レガシー計画を打ち出し、スポーツ施設、能力と技能の構築、スポーツ参加基金、などについて、各行政区で個人や団体、プログラムなどに支援をしたといい、論文ではその分布図が示されている。こうした支援は若者や高齢者、障害者や女性といった社会的弱者に対するものであったこと、さまざまな社会問題の解決が目指されていることなどが指摘されている。

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