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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編16)

Coaffee, J. (2015): "The Uneven Geographies of the Olympic Carceral: From Exceptionalism to Normalization," The Geographical Journal 181 (3): 199-211.
ゴールド夫妻『オリンピック都市』でもセキュリティに関する章を担当しているCoaffeeの単著論文。近年増加している都市の軍事化や監視化という学術的な議論をベースにして、オリンピックのセキュリティ計画を考察する。具体的には2012年ロンドン大会の大会後レガシーについて論じているが、2014年ソチ大会や2016年リオデジャネイロ大会にも応用しようとしている。フーコー『監獄の誕生』の「監禁群島carceral archipelago」といった概念を援用している。かつては監獄など特殊な場合に行われていたものが、わたしたちの日常生活に入り込み、例外的なものが常態化する。アガンベンの「例外主義」がここでも登場するが、9.11以降、戦争という例外的な状態が「テロへの戦争」といういつ起こるか分からない危機への備えということで常態化する。
オリンピック大会でセキュリティが強化されたのは9.11以降の2004年アテネ大会であり、2000年シドニー大会の5倍の費用が費やされた。特別に訓練を受けた警官が70,000人、兵士が35,000人、13,000台の監視カメラ、航空機迎撃ミサイル、NATOの大量殺傷兵器、AWACSの監視航空機、警察ヘリコプターなどなど。それ以前には、1972年ンミュンヘン大会のテロもあり、それ以降も警備は強化されていた。ロンドンでは、2012年大会の開催が決まった翌日に鉄道ネットワークを標的とした同時多発テロが起こり、当初の大会セキュリティ予算225百万ポンドが4倍の10億ポンドへと引き上げられた。グローバル・シティにおけるセキュリティはただでさえ、世界に対する名声となるが、メガ・イベント時にはそれに加えて強化される。大会の準備に向けてさまざまな団体がセキュリティに関わり、3か月前の20125月には「Operation Olympic Guardian」という訓練が始まり、またロンドン上空に「無飛行地帯」も確立されたようだ。「コミュニケーションと論争」というタイトルで、報道なども検討している。メディアも過剰なセキュリティに反応しており、一方ではそうしたことによって多くの人(市民やテロリスト)がその警備について知ることになる。しかし、他方ではオリンピック反対運動家たちの批判点も生み出している。
結果的にはロンドン大会は深刻なテロリズムの恐怖なしに過ぎ去った。ただ、過剰なセキュリティ計画は大会後のレガシーとしてイースト・ロンドンの景観に物質的に刻み込まれることとなった。セキュリティは既に都市再生プログラムにおけるインフラストラクチャーになっており、それが長期にわたるコミュニティの安全を宣伝することになる。そういう意味でもオリンピックのセキュリティ整備はレガシーとなる。例えば、選手村は現在民間住宅になっているが、設計段階からセキュリティが組み込まれており、このモデルは将来的な住宅設計に応用される。また、その技術や知識はロンドンを中心としたネットワークに蓄積され、今後のメガ・イベント開催都市への青写真となる。実際にグラスゴーで行われたコモンウェルス競技大会の準備に活用されたようである。2014年ソチ冬季大会は、ロンドン大会とはまた違った民族関係のテロの脅威が高まっていて、ロンドン以上のセキュリティ体制が引かれた。そのおかげで6,000人の選手と14万人の観客を守る「歴史上最も安全なオリンピックになる」(『ボストン・ヘラルド』)と評された。しかし過度な警備は、さまざまな活動家のデモをも制限してしまい、そのことが開催国のイメージを下落させる。ロシアはオリンピック・アリーナから12km以内に「プロテスト地区」を設定し、また女性パンク団体の活動家2人を監獄から解放したり、北極油田開発に反対するグリーンピースの活動を許したりしたそうだ。しかし、ソチ大会の数か月前、201312月にロシア南部の都市ヴォルゴグラードで2件の自爆テロが起きる。このことで、米国がロシア政府にセキュリティ関係で財政支援を申し出、ロンドン大会での経験を英国もロシアに支援する。開催直前の20141月に警備地帯が内陸に40km黒海沿いに100km拡張され、橋やトンネル、病院やホテルなど6,000の施設が警備内に含まれた。2016年リオデジャネイロ大会についても検討されている。リオでは国際テロよりも、長期にわたる国内犯罪の方が優先事項だった。リオでも、オリンピック開催が決まった数日後の20091017日に麻薬ギャング同士の抗争で、警察ヘリやバスの襲撃があった。結果的にはリオでは、そうした対策はファベーラに向かう。
冒頭の議論は、監視化に向かう現代社会を批判的に論じているが、オリンピックに関する説明は、軍備化や過剰な監視には批判的だが、どうにもセキュリティの大切さに同意しているように読めてしまう。結論ももう一度はじめの議論には立ち戻っているのだが、結局著者は社会がどうあるべきかと考えているのかはよく分からない。セキュリティ・監視・警備というのは結局、保険や災害と同様に、事件が起こらなければいいわけで、起こらなかったことは警備を厳重にしたからなのか、ただ起こらなかったのかは誰にもわからず、警備の効果は明確には分からない。

 

Borgers, J., Vanreusel, B. and Scheerder, J. (2013): "The Diffusion of World Sports Events between 1891 and 2010: A Study on Globalisation," European Journal for Sport and Society 10 (2): 101-119.
ベルギーの体育学者による世界中へのスポーツ・イベント拡散に関する研究。国際的なスポーツ・イベントについて27の団体が1891年から2010年までに開催した850のイベントを対象としている。グローバル化に寄与したスポーツを、職業スポーツと民衆スポーツに分け、後者に関してはフィットネス産業などを挙げているが、この論文では前者を扱うとしている。この論文では、世界スポーツ・イベント(WSEs)という用語を、「世界中から選手が参加できる職業的あるいは職業化されたエリート・スポーツの競技大会」(p.102)と定義して使用している。そして、それらは国際スポーツ団体(ISBs)によって組織されている。世界スポーツ・イベントのグローバルな拡散は、政府組織や多国籍企業と結びついた国際スポーツ団体の権力の増大と拡張に影響されている。スポーツのグローバル化は単なる均質化ではなく、相互依存的な経済・政治・社会・文化的要因の相互作用の結果である。世界スポーツ・イベントの検討を通して、この論文では2つの問いを考察している。11891年から2010年までどんな拡散パターンがみられるか、2)各時代でどんな変化がみられるか。
イベントの選定に際し、特殊な施設での競技、海や山、冬季などを除外している。団体としてはIOCに認可されている国際スポーツ団体、最大でも年に1度の開催、継続して開催、開催都市との結びつき、異なる場所での開催、世界中からの選手の参加、というのが条件である。最後の条件から、アジア大会などの地域大会は含まれない。情報源は各スポーツ団体のウェブサイトと、なんとWikipediaである。まず、マクロな地理的区分として、国連が採用している6区分を使用している。1.アフリカ、2.アジア、3.ヨーロッパ、4.中南米、5.北米、6.オセアニア。選定された27の国際スポーツ団体の70%はヨーロッパで設立されたものである。1891年に開催されたスポーツ・イベントはなんと、ウェイトリフティングである。一番新しいのはトライアスロンで、大会としては1989年に行われている。マクロ分析は20年区分で表にされているが、世界地図で示されているのは40年区分。ヨーロッパ→北米→中南米→アフリカ→アジア→オセアニアという順で拡散している。開催比はヨーロッパが徐々に低下し(9454%)、北米は1971-1990がピーク(23%)、中南米は1951-1970がピーク(12%)、アジア(920%)とオセアニア(17%)は増加している。イベント数自体は、1891-1910年で39だったのが、1951-1970年に1531991-2010年に301にまで増加している。その結果、1891-1930年を「萌芽期」、1931-1970年を「出現段階」、1971-2010年を「拡張段階」としている。同様の集計はイベント数だけでなく、開催都市数でも表にされている。1950年まではヨーロッパの限られた都市のみでの開催だったが、1951-1970年に新たな都市が増え、その後も増加している。
この後細かい分析があると思いきや、分析はここまで。ディスカッションでは、近年の目覚ましいアジア化の過程や、戦時紹介したイスラーム諸国でのオリンピック開催可能性研究などを挙げて、石油経済国での開催などを論じている。そして、最近では国家やイデオロギーよりも市場や消費に関連して、イベントがグローバルに拡散するという。また、イベントのグローバル化は脱領域化を志向している。越境選手の登場と同様に、越境する世界スポーツイベントという概念を導入している(日本の研究者の論文に依拠して。千葉直樹『グローバルスポーツ論――「越境スポーツ選手」の社会学』はその論文著者の著作)。それとともに、イベントの意思決定権が徐々に組織的なものから企業的なものへと移行する。近年、招致都市の住民が反対運動を起こすというのも、社会・経済的な理由だという。それは、経済効果や計画・意思決定の不透明性への不信感であり、ローカルとグローバルの権力闘争だという。

 

Gaffney, C. (2010): “Mega-events and Socio-spatial Dynamics in Reo de Janeiro, 1991-2016,” Journal of Latin American Geography 9(1): 7-29.
この論文も、オリンピック関連論文を集め始めた当初に読んだもの。その頃は、単純にネット検索でPDFで入手できる論文を探していたが、はじめのころに入手できたのが、今まで読んだことのない南米の地理学雑誌であり、ブラジルの地理学者による論文ということで、驚いた次第。当初は様子見で、傍線も引かずに読んでいたので、中身をすっかり忘れてしまったが、この論文は後に読むオリンピック論文の中でもよく言及され、またGaffney自身のほかの論文も読んだり、また彼自身がスイスでオリンピック研究をしている地理学者Müllerと同じ大学に異動したりして、やはり重要なことを再認識して読み直すことにした。
Gaffney
2008年にリオデジャネイロとブエノスアイレスにおけるスタジアムに関する著書を書いていることもあり、前半はサッカー・スタジアムに関する議論が中心になっている。そして、リオデジャネイロは2014年にFIFAワールドカップ、2016年にオリンピック夏季大会を開催しているが、それ以前から歴史的な経緯をたどっているのが、この論文の特徴。前半は若林幹夫の「スポーツ空間」と同じような議論をしていて面白い。オリンピック都市という表現はゴールド夫妻の著書名もあり一般化しているが、Gaffneyは「オリンピック地理」という表現や「スポーツ的星座」という表現をしている。都市内に散在するスポーツ施設は普段は別々に運営され、集客があるが、オリンピックのような場合は観客が施設間を移動する必要があり、それらを結ぶ公共交通が必要となる。点と点が線で結ばれ、という意味で星座なのだ。そして、国際的レベル、国家、都市、ローカルといった多様な空間スケールにおいて、設置主体、管理主体、イベント運営主体、観客などさまざまな主体が関わるなか、こうしたスタジアムは空間的な階層に埋め込まれるという。
さて、リオデジャネイロは1919年に南米サッカー選手権を開催し、初めてメガ・イベント開催都市となる。5チームのトーナメント戦という規模だが、決勝戦でウルグアイを破って優勝したブラジル・チーム。大統領は政府機関や銀行を休業させ、企業も休み、多くの公共空間に民衆たちが放送を聞くために殺到した。18,000人収容のスタジアムに25,000人が集まったという。この南米サッカー選手権は再び1922年にリオデジャネイロに戻ってきて、ブラジル百周年博覧会の一部として開催された。ともかく、1930年代から1940年代にかけて政府はスポーツが国民アイデンティティを高揚させる手段として認識するようになった。ブラジルではこの頃サッカーは民衆のものであり、スタジアムも安価で入場できるものであった。FIFAが戦後初めてのワールドカップをブラジルで開催することを決め、新しいスタジアムを建設し、1950年に開催される。スタジアムは民衆にとって象徴的な存在になる。1958年と1952年のワールドカップでのブラジルの優勝によって、1970年代の軍事政権はサッカーを積極的に国民統合に利用する。しかし、1990年代に入るとFIFAIOCはスタジアムに一定の要件を課すようになり、VIP席の設置や駐車場の確保、報道席や、チケットを持った人に個別の席をあてがう方法などであり、スタジアムが欧米方式になっていく。
リオデジャネイロのメイン・スタジアムであるマラカナンは1998年以降に段階的な改修を始める。プラスチック製のシート、民衆から離れたところにVIP席を設置、収容人数は減り、近年では監視カメラの設置など、先日紹介したベイルの著書で述べられていたような、スタジアム内の階層分化が明確になる。1950年から2007年まで、リオデジャネイロは国際的なスポーツ・イベントを開催していないが、2007年にパンアメリカン大会を開催する。サッカーはブラジル国民にとって、貧困から脱する数少ない手段となり、プロ選手を目指す若者が増える。パンアメリカン大会の開催が決定した2002年以降、政府はスタジアム建設、改修、交通、通信インフラの整備に巨額をつぎ込む。ワールドカップ開催に際し、会場となる12の都市にスタジアムが作られていくが、かつてのマラカナンとは異なり、民衆に開かれたものではなくなっていく。また、そうした開発によって警察が介入するような形での貧者の追い出しが常態化する。スタジアムのような公共財を民間企業に売却するようなネオリベラルなモデルで開発は進んでいく。この論文は、2016年オリンピック大会の開催がリオデジャネイロに決まって間もない頃に書かれているので、詳細については検討されていないが、オリンピック関連開発はオリンピック公共局(APO)といわれる団体が実行することとなり、それはまさしくネオリベラルな計画だったという。なお、この論文ではかなりネオリベラリズムが強調されているが、ボイコフと同様にクライン『ショック・ドクトリン』も引用されていて、オリンピックという特別な状態が一時的な民主主義の停止をもたらし、軍事化された排他的空間を生産し、住民の移転や環境の荒廃をもたらしたという。メガ・イベントを目的とした都市改変は、公民連携(PPP)によるコンセッション方式で行われるが、大会後は組織委員会をはじめとした組織は解体され、残されるのはネオリベラルな形式をした政治経済的レガシーである。

 

Shin, H. B. (2009): “Life in the Shadow of Mega-events: Beijing Summer Olympiad and Its Impact on Housing,” Journal of Asian Public Policy 2 (2): 122-141.
著者は英国で地理学を教える韓国人であり、昨年2度ほど来日して、1度目の際、国立競技場の建設現場やオリンピック施設の建設が予定されているベイゾーンなどを一緒に巡検した。この論文も、彼に会う前に急いで読んだが、傍線もつけずに読んだため、今となっては中身を忘れてしまっているため、再読した。彼の研究関心はおそらく住宅にあり、ジェントリフィケーションを専門分野としている。そんななか、2008年北京オリンピックに関していくつも論文を書いていて、この論文はその1つ。韓国人なので、1988年ソウル大会についても詳しく、この論文でも、2008年北京大会は、1968年メキシコ大会、ソウル大会に次いで3番目の途上国でのオリンピック開催だと表現している。北京は2000年大会にも立候補しており、わずか2票差でシドニーに敗れたとされているが、1993年段階では、まだ中国は人権問題などIOCが求める開催国の要件を満たしていなかったともされる。北京は1990年にアジア大会を開催し、その後年平均10%近いGDP成長を遂げる。1998年にソウルがオリンピック夏季大会開催が決定したのは、韓国で大統領が軍事クーデターを通じて政権を掌握した2年後だと指摘している。そういうこともあり、2008年大会の開催都市決定時においても、中国には人権の問題や環境への配慮の問題などいくつか懸念事項があったが、IOCは希望的観測を含めて(韓国はオリンピック後に急速に民主化した)、北京に決定したという。とはいえ、ソウルでは非常に暴力的な立ち退きが行われ(1980年代には日本でも地上げとかいってやってましたね)、21世紀に入った中国でも多くの貧者が住居を追われた。この論文では、中国でこの期間の経済成長において、不動産への直接投資が割合を増していくことが示されている。多くの者が投機目的で住み替えをし、住宅価格は高騰する。一方で貧者たちは住処を失っていく。高度成長期の日本も同様だが、農村から都市へと移住し、一方では都市の拡張に伴い、都市外縁部の農村が都市化する。移住者はそうした都市縁辺部の民間の安い住宅に住み、かつて農村だったそうした郊外ではかつての農民が住居を賃貸して移住者を住まわせる。そうして多くの「都市的農村urban village」が登場する。かれらは教育レベルが低く、低賃金労働者となり、都市の社会サービスも制限される「新しい都市貧困者」を形成する。オリンピック開催時にあって、世界的な注目が集まるなか、これら「都市的農村」は「目障りなものeyescore」とされ、競技施設の建設用地内に居住するという直接的な理由でなくても、排除の対象となる。時には、麻薬やギャンブル、売春といったものと関連させてメディアが描くことで、社会的な排除の対象とみなされる。しかし、一方で安価な労働者として、そうした農村からの移民は高度成長を遂げる中国都市において重要な存在であり、またかれらを住まわす住居のオーナーにとっても顧客として重要な存在である。その辺りのジレンマを抱えつつも、貧者の排除は進んでいく。とはいえ、対象の立ち退きにあった人たちが実際にどこに行って、どのような生活をしているのか、素朴な疑問を抱いてしまう。

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