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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編15)

Randeree, K. (2011): Islam and the Olympics: Seeking a Host City in the Muslim World,International Journal of Islamic Middle Eastern Finance and Management 4 (3): 211-226.
イスラーム世界でのオリンピック大会開催は可能かを検討する論文。とはいえ,招致ということであれば既に実績がある。2020年を東京と争ったトルコのイスタンブール,カタールのドーハ,他にも冬季大会への立候補の実績はある。漠然とイスラーム世界といっても,この論文ではイスラーム協力機構(OIC)に加盟している56か国を対象としている。それは近東・中東だけでなく,アフリカから東南アジア,東ヨーロッパや旧ソ連の中央アジアまでが含まれている。まず,1960年以降の夏季大会開催国のデータを2008年時点のもので整理し,1人当たりGDP3,000米ドル以上(中国の3,259が最低),GDP3,500億ドル以上(ギリシアの3,575億ドルが最低)を大体の基準と定め,56か国で将来的に開催国となる可能性を見極めている。もちろん,そこからはIOCが求める要件を満たさない国は除外される。政治的安定,宗教の自由を含む社会的安定,人種の平等,人権,女性の平等,近年のセキュリティ,既存のスポーツ,交通,歓待のインフラ,メガ・イベント開催実績,公共財政の保障。OICに加盟している56か国から,明らかに政治的不安定や,宗教に伴う女性への圧力や,テロ発生,それから明らかにオリンピックが開催できない国土の狭さなど,条件に当てはまらない国を除いた14か国について,10の項目を詳細に記した6ページにわたる表が示され,オリンピック開催の可能性を検討している。結果として可能性があるのは10か国で,その中でも特に5都市の可能性は高いとしている。まずはイスタンブールであるが,懸案としてはテロやキプロスとの関係,EUへの加盟などがある。次にドーハ。こちらは夏季に50℃を超える気温が懸念。ただ,1964年東京大会など,10月での実施も過去にはあったので,IOC次第。そして,ドバイ。こちらは空調が完備された室内競技場という約束をしているらしいが,マラソンのような競技はどうにもならない。最後に,クアラルンプールとカイロ。しかし,最近は2032年の夏季大会にインドネシアのジャカルタが立候補したというニュースもありましたね。さて,どうなるか。

Van Wynsberghe, R., Surborg, B. and Wyly, E. (2013): "When the Games Come to Town: Neoliberalism, Mega-Events and Social Inclusion in the Vancouver 2010 Winter Olympic Games," International Journal of Urban and Regional Research 37 (6): 2074-2093.
2008
年の論文で、同じ3人の著者は、2010年バンクーバー大会を成長マシーン論と都市レジーム理論の枠組みを用いて分析している。この論文では、ネオリベラリズムの観点を用い、さらに「社会的包摂social inclusion」の観点を取り込んでいる。カナダのメガ・イベント招致および開催の歴史において、人権や居住権が問われ続けてきて、さまざまな市民団体の運動が盛んに行われてきたことはこれまでに紹介してきた論文でも多く語られてきた。著者たちはそうした団体の一つ、「コミュニティへのインパクトに関する連合(IOCC)」という団体に属しているようで、2010年大会の招致段階から活動してきて、いわゆる参与観察という手法で調査が行われている。他にも、「ビジネスのための建設機会(BOB)」というプログラムなどが取り上げられる。この論文は参与観察だけではなく、文書の分析、関係者へのインタビューなども含まれる。
オリンピックをネオリベラリズムの観点から論じるものは少なくないが、この論文では、まずもってクーベルタンの思想自体にフランス貴族のリベラル思想が反映されているという。国大会というナショナリスティックな側面がありながらも、結局は個人の勝敗の方が強く称賛されるというのはその思想の故である。その後、IOCの進展によって、そのオリンピズムはネオリベラリズムのグローバル化の影響下で、近年ではスポーツと文化に機軸を置いた持続可能性の採用に現れている。IOCはスポーツと文化に続く第三の基軸として「環境」を謳うことになる。そんな観点から2010年バンクーバー大会を検討するわけだが、バンクーバーという都市自体も1960年代から1970年代にかけて都市政策としてネオリベラリズムの影響下にあった。その上で、2001年にバンクーバーでの開催が決まってからの動向が詳細に説明されているが、複雑でこの英文論文を一読しただけではきちんと中身はつかめない。バンクーバーの組織委員会(VANOC)は「インナーシティ包摂への関与に関する声明(ICICS)」に従って、特にビジネスの発展、雇用と訓練とに配慮した開発計画を進める。しかし、そこでいう「社会的包摂」はネオリベラリズム的な読み替えが行われ、ホームレスの救済などの観点ではなく、あくまでも地域経済の発展という観点での雇用創出となる。バンクーバー協定なるものが締結され、そのなかで2005年に「ビジネスのための建設機会(BOB)」というプログラムが始まる。オリンピック村の開発地区である、サウスイースト・フォールス・クリークは1986年万博以降に再開発されてきた周辺の未開発工業用地の最後の敷地であった。開発に際し、さまざまな団体が資金を集め、その一部がBOBにも流れ、11名のスタッフによって運営が行われ、最終的に114名のインナーシティ住民の雇用を斡旋している。そのうち、60名が職業訓練の卒業生で、45名が雇用候補者からの採用である。この論文は、さまざまな団体の想いとは裏腹に、実際に実行されたのはネオリベラル化されたものであったが、それでも一定の成果があったことを強調している。持続可能性とはネオリベラル・イデオロギーの一部であるという認識を持ちつつ、現実を評価することが学術研究者には求められる。

Roult, R. Adjizian, J-M. and Auger, D. (2016): "Tourism Conversion and Place Branding: The Case of the Olympic Park in Montreal," International Journal of Tourism Cities 2 (1): 77-93.
この論文は、オリンピックで開発された施設の大会後の利用として、観光拠点にする方策を探るもの。冒頭は「場所のブランド化」の議論を整理していて、そんな文脈に位置づけようとしています。1976年にモントリオールはオリンピック夏季大会を開催しました。この大会は多額の負債をモントリオール市に残したことで知られますが、かなり斬新なデザインのオリンピック・スタジアムを要するオリンピック公園が今も健在のようです。この論文ではウェブ・アンケートによる5,553の回答と、地元関係者に対する36名のインタビューからなるものです。アンケート調査は世界規模で行われたものだというが、アメリカ人2,542人、フランス人1,004人、英国人1,002人、ドイツ人1,005人とかなり偏りがある。基礎的な社会属性に関するものから、モントリオールを訪れたことがあるか、3年以内に訪れる予定があるかなどの質問が続く。次に、オリンピック・パーク(回答者405)やスタジアム(198)に訪れた際の行動についてもたずねている。次に、カナダの諸都市のどこを訪れようとしているのかを尋ねていて、全体的にはモントリオールが一番、バンクーバーは2番、トロント、ケベック、カルガリーと続く。ケベックはダントツにフランス人が多く、モントリオールも多い。バンクーバーはフランス人は少なくドイツ人が多い。続いて、モントリオールの象徴的な場所やモニュメント、魅力を尋ねていて、一番はホッケー関係、二番目がオリンピック・スタジアム、メープル、自然と風景、冬、ナイアガラの滝などが続き、これも国別によって順位が異なる。モントリオールの国際観光目的地についても尋ねていて、オリンピック・スタジアムは一番。上位には私の知らないものが多いが、ホテル、植生、カジノ、教会、ジャズ・フェスティバル、F1グランプリ、ゲイ村などが挙げられている。こうした結果を受け、モントリオールは他のカナダの諸都市と比べ、スポーツ施設の優位性があるため、都市間競争において戦略的にそれらを活用することができるという。ただ、トップ・アスリートのためだけではなく、アマチュアや生徒、レクリエーションなども視野に入れる必要がある。アンケートの分析結果の考察にあたっては、インタビュー結果が活用されている。オリンピック公園の諸施設は近代化と再開発が必要であり、スタジアムは建築的な価値はあるものの、年に数か月しか利用がなく、改良が求められている。改良案についても細かく議論されています。1970年代に開発されたオリンピック公園ですが、今日においてはセキュリティなどには注意を払わなくてはならないし、内部空間についても空調や照明、音響、座席の心地よさなどが必要だし、公園全体としては、緑化や標識設計、建築の概観、日照を遮る施設など健康への気遣いなどもあります。財政的な点も論じられ、スポンサーなど積極的に民間部門を導入する必要があるといい、公園全体としてはスポーツ的な雰囲気を高め、スポーツ・バーやスポーツグッズ販売などを導入する。しかし一方で、オリンピック・レガシーとしての公的・市民的な性質から公的資金の活用も大切だという。特に、公共公園として、緑化は休息や安らぎなどを与える役割が必要である。オリンピック・スタジアムのような巨大なスポーツ施設は、いまだに魅力的な存在であり、財政的な問題は伴うが、それを多機能的に改修し、他に分散する様々な施設と有機的に結びつける計画が実施されれば、スポーツと観光における魅力的な都市へと再生が可能になる。

Richmond, M. A. and Garmany, J. (2016): "'Post-Third World City' or Neoliberal "City of Exception'?," International Journal of Urban and Regional Research 40 (3): 621-639.
ブラジルと英国の地理学者によるリオデジャネイロに関する論文。リオデジャネイロは2014年サッカー・ワールドカップと2016年オリンピック夏季大会を開催したが、これらメガ・イベントを利用した都市(再)開発をめぐっては研究も多い。この論文では、そうした開発を巡る批判的な研究が、ネオリベラリズムに基づく「例外の都市」として論じる傾向に対し、当然開発を推し進める政府や民間開発業者は、希望的観測により、開発によって「第三世界都市を脱する」ことができると論じる。この関係を少し引いた目で見て、学術研究による論調を相対化し、またその弱点を指摘するのが目的。グローバル・ノース(≒先進諸国)を背景に論じられるネオリベラリズム的都市政策は、グローバル・サウス(≒開発諸国)には簡単に当てはまらないというのがその主たる主張である。ブラジルという国家の特異性やリオデジャネイロという都市の複雑な事情などを考慮する必要があるという。
ブラジルで有名はファベーラと呼ばれる非公式な住居の集合体は、元々は1897年のカヌードス戦争の退役軍人によって占拠された地区を地元民たちが「ファベーラ(貧民街)の丘」と読んだことから始まるようだ。1920年代にはこの呼称が一般化し、1950年代をピークとした急速な都市化の時代に、農村から都市への流入人口が増え、そうした人たちがファベーラに住み着くようになり、その頃から学術研究者はその社会・文化的に「周縁化された」住民を問題視し、1960年代から1970年代にかけて、ファベーラ除去政策が展開されるようになった。その後、1980年代から1990年代にかけて経済的な混乱が生じ、公共インフラや工業地区の荒廃が起こり、ホームレスや失業者が増える。そして、リオデジャネイロで有名な麻薬取引などのギャングたちが問題視され、警察は軍隊化し、規制を強める。2008年に登場し、ファベーラなどを取りしまるUPPPolice Pacification Units)という組織は日本語では「治安維持部隊」と訳されているようです。ワールドカップとオリンピックに向けて、都市政策が展開されるようになり、住宅やインフラ、交通や警備が取り組まれる。市街中心と港を結ぶBRTが都市西部に整備され、地下鉄も西方に延伸される。PACMCMVと呼ばれる住宅政策も大規模に行われ、ワールドカップのためにマラカナン・スタジアムが再開発される。こうした計画は「シティ・プロジェクト」と呼ばれる。こうした政府主導の開発によって、第三世界都市であるリオデジャネイロがそこから脱することができるというのが、「脱再三世界都市」言説である。インフォーマルなファベーラにテコ入れをして、フォーマルな地域との統合を図るというのが、その主張である。公共交通で都市の各地区が結び付けられて「オリンピック・シティ」となり、持続可能で生産的な社会的包摂が行われるという。
これに対して、マルクス主義的な研究者たちが、その言説を批判する語りが、ネオリベラルな「例外都市」であり、ハーヴェイの「略奪による蓄積」やスミスの「報復としてのジェントリフィケーション」、アガンベンの「例外状態」などに依拠した議論である。この論文の興味深いところは、こうした議論にもいくつか弱点があるといい、3つほど検討している。1つめがブラジル国家の複雑さと連続性である。これは、すでに書いたがグローバル・ノースで鍛え上げられた理論であるネオリベラリズム論をグローバル・サウスの都市に適応する場合には注意が必要だということ。ブラジル政府の政策は、もちろんネオリベラルなものもあるが、住宅政策などではネオ・ケインズ主義的なものであったり、ネオ開発主義的なものであったりする。2つ目はいかにも地理学者的だが、リオデジャネイロの都市政策は一様ではないということ。それは不均等な開発であり、同じファベーラ政策でも、一概に立ち退きなどの被害だけではなく、改良された地区もある。また、メガ・イベント関連でも、どういう開発に関わるものなのか、また代替的な住宅が近くに設けられるのか、られないのか、など都市内でも大きな違いがある。3つ目にあてられた分量は少ないが、「シティ・プロジェクト」が与える影響は、その後の社会変化とともに見極める必要があるということ。いずれにせよ、このメガ・イベントに伴う都市改変によって、ジェントリフィケーションと郊外化、周辺地域の多様化が起こったという。この論文を通じて、著者たちは、「都市化と資本主義的開発、ネオリベラルな政策、グローバル化の仮定の間の結びつきを明らかにするような批判的な視野を提供する助けになれば」(p.637)という。

Otamendi, J. and Doncel, L. M. (2014): "Medal Shares in Winter Olympic Games by Sport: Socioeconomic Analysis After Vancouver 2010," Social Science Quarterly 95 (2): 598-614.
この論文は、1992年から2010年までのオリンピック冬季大会のメダル数を再現・予測するモデルを構築するもの。特に、2010年バンクーバー大会の結果を推計している。著者たちはスペインの応用経済学者ということだが、どれだけ真面目にやっているのか、計量経済学的なモデルで、国別、競技別のメダル数を計算しようとしている。経済学的モデルといえども、指標とされているのはその国の人口と一人当たりGDP。その他、開催国指標、過去の大会のメダル獲得数、ソビエト・ダミー、スカンジナビア指標、アルプス指標、北米指標、ドイツ指標という、ダミー変数がやたらと多い。本当にこんなんでいいのかと素人目に思ってしまう。だけど、モデルでは離散的な数値の推計はできないので、メダルの割合(MS)という連続数を推計し、メダル獲得数(MC)に変換するといい、その変換が技術的に難しいという。国別のメダル数の推計はこれまで行われていたが、競技別の推計が新しいという。ともかく大真面目に数式を示して技術的な議論を展開しているが、あまり真面目に読む気もしない。最終的には、将来的なメダルの獲得に向けたスポーツ政策に対する提言が目的のようだが、冬季大会の特別な事情があり、雪のある国かそうでないか、特定の競技に力を入れている国、継続的にメダルを獲得している国と新しく出てくる国。政策としては、若い才能を訓練するとか、雪のない国は雪国でのトレーニングを積ませるとか、最後には優秀な選手を帰化させるとかそんな話まで、真面目に書いている。そんなことを書くためにこんな数学モデルが必要なのだろうか?ちなみに、2010年大会については、日本がフィギュアスケートで2つ、スピードスケートで3つのメダルを獲得している。ちなみに、このモデルによる推計値はフィギュアスケートの1つだけ。

Yan,H., Tian, C. and Meng, Z. (2010): "Utilization Pattern of Olympic Parks and Its Application in Beijing," Chinese Geographical Science 20 (5): 414-422.
中国の地理学者による、2008年北京大会後のオリンピック公園の活用に関する論文。観光客へのアンケート送付、政府関係者へのインタビュー、インターネットや文献によるオリンピック公園に関する情報収集に基づくもの。北京のオリンピック公園は11.59km2あり、オリンピック村、プレス・センター、ナショナル・スタジアム、Olympic Common DomainOCD)、森林公園などを含む。アンケートは2009年にオリンピック公園を訪れた観光客に291枚配布され、90%以上がその場での回答によって得られたという。インタビューは公園や競技施設の職員に対して行われた。インターネットによる調査は、計画や投資、現状、特徴、管理などを含むもので、2008年に収集された。ウェブと文献調査によって、アテネ、シドニー、アトランタ、ミュンヘン、北京、ソウル、モントリオール、バルセロナのオリンピック公園について整理されている。一般的に、会議や展示、スポーツ産業、文化創造施設などの活用が語られる。具体的には、多機能公園(ソウル)、貿易センター(モントリオール)、市民公園・テレビ局(ミュンヘン)、文化イベント施設(シドニー)、アミューズメントパーク・美術館(バルセロナ)などがある。それらの多くは政府や企業体によって運営されている。北京の調査では、オリンピック公園訪問者の63%が観光、40%がオリンピックの雰囲気を楽しむため、12%がスタジアムでのイベントの鑑賞だった。住民の65%が政府がこの地域に投資し続け、産業センターとして整備することを考えている。一方で、観光客の多くはエンターテイメントやレジャーとしての利用を考えている。オリンピック公園に関わる主体としては、計画者、経営者、訪問者を想定し、長期における各期間での関りを論じている。その議論は、都市レジーム理論を基にしている。政府と市場と社会とが、都市の空間的発展=開発の方向性を決める。これまでのオリンピック公園の活用がそうであったように、機能を多様化し、文化や日常生活、経済との関連が必要となる。
大会後の活用に関しては、準備-利用-管理という三段階を想定している。後半になると急に具体的な話になる。オリンピック公園は北京の中心から北に10kmのところに位置するが、ダウンタウンと緑地帯の間に位置し、地下鉄が直結している。オリンピック公園は北京北部の新しい中心になるという。多様な産業を育てる必要はあるが、観光客にとってはオリンピックの雰囲気を楽しめる場所である必要があり、またほかのスポーツやイベントが楽しめる場所になるとよい。これまでの北京観光の日帰りルートにオリンピック公園も加わるという。管理については、政府と企業と、その独立と協同と4種類が想定される。その上で、政府が主たる管理者となり、地区や機能によって多様な管理形態が望ましいとしている。また、空間的な次元としては、点と線と平面の管理を提言している。点はスタジアムなどの施設、線は歩道、平面波緑地でそれを組み合わせる。オリンピック公園は大会後に開放されており、大会後初めての国民の休日には、7日間に242万人以上が訪れたという。オリンピック公園は潜在的な魅力と資源を持っているが、的確に政府によって管理されていないという。イベントを開催するには賃料が高いという。
この論文でも中国語の論文はいくつか引かれており、この雑誌のように、地理学の英文雑誌もあるようだ。中国人の研究者が日本に留学していて、かれらが書いた日本語でいくつかのオリンピック論文を読んだ。2008年北京大会に対しては、欧米の研究者が一貫して否定的な論調なのに対して、そうした日本語で読める中国人の論文はそれに対抗するように肯定的な側面を強調する。この論文のテーマに関しても、例えば、「鳥の巣」と呼ばれるオリンピック・スタジアムが大会後に数回しか利用されていないなど、否定的なニュースが届くが、この論文ではそうした側面は明確には触れていない。しかし、いたって冷静に分析して提言しているのは地理学者らしいともいえるか。

Freeman, J. (2014): "Raising the Flag Over Rio de Janeiro's Favelas: Citizenship and Social Control in the Olympic City," Journal of Latin American Geography 13 (1): 7-38.
この論文は、副題に「オリンピック都市」とあるが、全般的にリオデジャネイロのファベーラ政策を詳細に論じたもの。2014年ワールドカップと2016年オリンピックの主要施設となったマラカナン・スタジアムの話は少し出てくるが、オリンピックは全面的には出てこない。ファベーラの起源については紹介したばかりの論文でも触れていたが、この論文では19世紀後半の奴隷から解放された自由民や退役軍人、北東ブラジルからの貧しい移民などによる不法占拠だとされている。一般的にファベーラには国家の介入がない不法地帯と語られることが多いが、そうではない複雑な事情がこの論文では語られる。前の論文でも登場したが、2008年から一部のファベーラは治安維持部隊(UPP)が管理している。また、2007年から始められる「経済成長加速化計画(PAC)」という連邦政府による計画がベースにある(これに関しては、JETROの説明資料がある)。リオデジャネイロでは、パリの大改造で知られるオスマンの教え子なる人物ペレイラ・パソス(Wikipedia日本語あり)による道路拡張などがなされたという。ともかく、この論文ではフーコーを時折引用しながら、政府によってファベーラが徐々に近代化されていく過程が辿られていく。まずは住所。ファベーラ内には公式な住所がなく、郵便局員は困るという。2010年あたりから軍隊を使ったファベーラへの介入が始まるが、それに伴い、ファベーラ内に通りの名前や郵便番号が導入されていく。それは複雑なものを単純化して理解・把握しやすくする近代化のプロジェクトだという。この過程には電力会社も介入し、番地の表示を付けていく。次に地図。地図を作成するというのも、政府がその土地を管理・支配する常套手段だが、ファベーラ内でも徐々に地図作成が行われる。警察や軍隊が関わり、地図化された情報を基にファベーラの撤去や移転が決定される。時にはハザードマップのように、危険地区が示されることで撤去の理由とされる。写真や絵画(?落書き含む)も同じようなもので、ファベーラも外国人の観光資源となっており、写真撮影可能スポットに標識がつけられたり、自治体の住宅管理局が取り壊す家に番号を振ったりする。先ほどのパソスの思想に基づき、現代でも道路拡張などの計画が実施される。当然、その対象となった家屋は立ち退きの対象となる。また、リオデジャネイロではケーブルカーが公共交通として整備されるが、それは、上空からファベーラを見下ろすことができ、監視する役割も果たす。とはいえ、否定的な側面だけではない。これらの改良事業によって、実際に恩恵を受けるファベーラ住民もいる。この論文では、ファベーラの近代化を政府による植民地化とも表現しているが、かつて日本がアイヌに行った政策と同様、やはりファベーラの生活には独特の共同体的文化があり、それが移転先の近代的な生活で失われ、世代間の断絶が起こるということも指摘されている。

Kassens-Noor, E. and Lauermann, J. (2017): "How to Bid Better for the Olympics: A Participatory Mega-Event Planning Strategy for Local Legacies," Journal of the American Planning Association 83 (4): 335-345.
Kassens-Noor
は注目すべきオリンピック研究者。米国のボストンは2024年夏季大会に立候補していたが、最終的に合衆国オリンピック委員会(USOC)はボストンを立候補都市に選出しながら、立候補を取り下げている。この招致計画は、当初のものから計画を変更している。その内容について精査するのがこの論文の目的。著者たちは公的な会合に出席して観察し、招致委員会スタッフや招致反対運動家にインタビューをし、IOCへのコンサルタントへの質問状を送ったりして情報収集をしている。その計画変更は、エリート主導から多くの利害関係者を含むものへ、オリンピック大会のために建設される施設のレガシーから開催都市のマスタープランと協働して地元の具体的な利益を生み出す方向へ、開催費用収支の透明化へ、という3つの変更だった。しかし、その変更に都市計画者が関わることはなかった。
ボストンの招致活動は2013年に特別委員会によって開始されるが、20141月にボストン市長が関わる民間の非営利団体「ボストン2024」に移行する。この団体は32名のスタッフを雇用した。当書の招致計画はボストンが米国の立候補都市に決まった20151月にできる(Bid 1.0)。それは、これまでの米国の開催都市同様、地元の大学などを利用した、公的資金を最小化するモデルであった。ここで、二つの反対運動が起きる。「No Boston 2024」と「No Boston Olympic」である。それは、透明性の欠如と、開催費が超過した場合の納税者へのリスクに関してであった。改訂版であるBid 2.020156月に発表される。この期間にボストン2024は公的な会合を9回、州との会合を20回開催するが、形式的な質問しか許さず、Bid 2.0は南ボストンの経済発展にオリンピックがテコ入れをすることを強調していた。ボストン2024はこれを改定しBid
2.1
としてIOCに提出したとのことだが、ボストン市長がIOCとの契約を拒み、USOCはボストンを取り下げ、最終的には20159月にロサンゼルスを立候補都市とする。
著者たちは201312月の招致当初から、20158月の最後までを追っている。Kassens-Noorはボストン2024の常駐スタッフとして働きながら民族誌的な調査を行っている。Lauermannはさまざまな団体が開催した15の公的な会合に参加しながら観察をし、参加者との非公式な会話をしている。当初の計画Bid 1.0は公的な会合はなく、委員会が他の多数の利害関係者から意見を聴取した根拠もない。建設会社のCEOとマサチューセッツ州の前知事とが主導したとされる。Bid 1.0時のスタッフのほとんどがこの建設会社の雇用者であった。そして、数人は前知事の下で働いていた人であったという。この計画は、有体にも、経済発展への刺激、雇用の創出、交通投資の加速、スタジアムに新しい近隣をもたらすなどが語られていた。オリンピック関連施設は既存施設や公的施設、大学が所有する敷地などを用いた半径5km内が選択された。それは大会の実施能力や地元民の必要などに応えるものではなく、既存の教育的・医療的財産を強調するものであった。資金提供者もこの計画には疑問を呈し、活動家やジャーナリストも計画の詳細を求める。いずれにせよ、内密に進められた当初計画は、米国内の競合都市との関係のなかでの機密などを理由としたものであった。活動家たちはこの計画にロバート・モーゼス的戦略を感じ取り、公的会合を要求し、主にそこでは収支リスクが議論される。20151月にUSOCがボストンを選んだことは、ボストン2024、住民、活動家誰もが驚くべきものだった。
ボストン市長は地元の利害関係者の要望に応えるように、招致計画の改定を準備する。ボストン2024もエリート主導の計画から、民衆を取り込んだ3区分の計画過程をつくる。まず、民衆の信頼を得ること、市長による公的な会合の開催、スタッフの一新。しかし、組織がそう簡単に変わるわけではなく、運動家から批判を受け、ボストン2024201611月に住民投票をすることを合意する。Bid 2.0もボストンの継続中のマスタープランと関連付けることで、漠然とした約束ではなく地元の要望に沿ったものに変更される。ボストン2024内にも都市計画家が採用されるが、その専門的な技術が生かされることはなかった。財政収支についてもより明確なものが提示されるが、なんと経済学者のジンバリストを含む活動家たちがテレビ討論でこれを批判したという。最終的には住民の賛同を得られずに、ボストンの招致活動は終了する。いずれにせよ、ボストンの招致が異例であったわけではない。東京も含め、これまではBid 1.0のようなものであり、政治的風潮が変化したのであって、それに伴って多くの国でも招致に後ろ向きになってきている。これからメガ・イベントを招致する都市には、住民参加、地元への便益、透明な計画が求められる。それを可能にするのは都市計画者の能力だという。そして、多くの利害関係者との開かれた対話が必要である。

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