« 長男は9歳になりました。 | トップページ | 「不法」なる空間にいきる »

オリンピック,メガイベント関連文献(英語編21)

Alberts, H. C. (2009): "Berlin's Failed Bid to Host the 2000 Summer Olympic Games: Urban Development and the Improvement of Sports Facilities," International Journal of Urban and Regional Research 33 (2): 502-516.
著者は米国の大学に所属する地理学者で、前にも紹介したが冬季オリンピックの大会後の施設利用に関する論文がある。名前からしてドイツ人かドイツ系であり、この論文ではドイツのベルリンが2000年夏季大会に立候補したことを事例としている。周知のとおり、2020年大会はシドニーで開催され、環境に配慮した大会として、成功事例ととらえられることが多い。開催都市が決定するのが7年までの1993年であるから、招致活動は1990年代に入ってすぐに行われる。私はこの大会にベルリンが立候補していたことすらきちんと考えたことがなかったが、ベルリンの壁が崩壊したのが198911月だから、その後ドイツ統一の動乱期に招致活動が行われていた。つまり,このオリンピック大会は,ベルリンの壁崩壊に象徴される冷戦の終焉,ドイツの統一を平和裏に祝うための大会と位置付けられた。しかし一方では,東西格差があったドイツで,あるいはベルリンで,円滑に統一を進めるための都市開発計画は規模が大きく時間もかかるため,オリンピック開催のような原動力が必要だった。実際の開催計画に当たっては,競技施設を東西ベルリンのどちらに配置するのかも議論された。最終的にはブランデンブルク門を中心とした半径10km以内に収めるというものだったが,2020年東京大会も一応選手村から8km以内といっているので,決してコンパクトとはいえない。また,この論文に書かれているわけではないが,東ドイツ時代はソ連についでステート・アマ方式(国家が金を出してエリート選手を育成する)でオリンピックでは多くのメダルを獲得していたことが影響しているのか,オリンピックはもちろん国際基準の競技施設が必要とされるが,一般人のスポーツ促進よりもエリート選手が優先された競技施設計画であった。結果的にこの招致活動は失敗する。理由としては統一ドイツの宣伝というには,時間が経ちすぎたというのも一つの原因と考えられる。しかし,ベルリンはこの招致活動で作成された開催計画に沿って,競技施設の整備をある程度進めている。表で示されたリストには5つの新設計画があり,そのうち3つは実現している。その他も近代化や拡張,転換などで既存施設の改修計画も8つ挙げられているが,そのうち1つが実現し,転換は実現されなかった。実際にそうしたことで,ベルリンは2006年サッカー・ワールドカップをはじめとして,2009年アスレティックス世界チャンピオンシップ,自転車や水泳などの国際大会を開催している。ただ,単一競技の国際大会とオリンピックが違うところは複数施設を同時に使うことであり,施設間を観客が移動する必要があり,公共交通の整備が必要となる。そういう意味でも,ベルリンの2000年までの開発は点的開発であり,それらを結ぶ有機的な開発にはならなかった。

 

Evans, G. (2014): Designing Legacy and the Legacy of Design: London 2012 and the Regeneration Games,” Environmental Design 18 (4): 353-366.
2012年ロンドン大会はIOCがレガシー概念を打ち出して招致された大会でしたが,開催決定後もロンドンはレガシー計画をかなり綿密にやったようです。この論文の著者は実際の開催計画にも専門家として参加したようです。しかし,かなり批判的な論調もあったりして,この論文自体のオリンピック大会に対する立場がよく分かりません。そして,2020年東京大会については,あまり開発業者が問題になりませんが,この論文では設計業者などが前半でかなり詳細に論じられています。オリンピック公園の計画図やゾーニング図,3Dパースなども掲載されています。計画図については,概念的なものから,GISを用いた正確で詳細なものになり,最終的には大スケールでマッキントッシュによるデザイン的なものが作成され実現にいたる。レガシー計画では2030年を見越していて,オリンピック公園は住宅や学校,健康施設や職場も含んだ複合的なものが計画されている。クリストファー・アレグザンダーの「生成的都市デザイン」も登場する。後半では持続可能性など環境への配慮についても議論されていますが,ちょっと今の私には難しいようです。

 

Grant, A. (201): “Mega-Events and Nationalism: The 2008 Olympic Torch Relay,” Geographical Review 104 (2): 192-208.
地理学の大学院生による論文。マイケル・カリーの名が謝辞の一番に挙がっていますが,内容的にはジョン・アグニューの指導のようで,地政学ということばが頻出します。2008年の聖火リレーについては,日本でも論じる人が複数いて(なかには中国人留学生のものもあります),中国の対チベット政策に反対して,世界各地を回る聖火リレーに対して抗議運動が行われた。そうした顛末を中国の歴史的な「国民的屈辱」という文脈で解釈しようとする。著者はこの期間中国に滞在したようで,中国の新聞の記事分析もしっかりとしています。2008年北京大会の聖火リレーに関する日本の研究は特に日本での出発点だった長野の善光寺の対応に議論が集中したり,断片的なものですが,この論文では,中国国内のルートやマスコットである「福娃(フーアー)」(論文中では「熊」と表記されているが,パンダを含む5種類の動物がモチーフらしい)にも言及し,多様性の中の国民の統一性のようなメッセージがある。また,チベット側のヒマラヤをも中国に属していることを主張しているようにリレーのコースに組み込む。一方で,台湾は海外ルートの一部として,ベトナムと香港の間に位置づけようとしたが,それはやめたらしい。また,これは私は理解が及ばなかったが,中国側の報道として「風刺的なユーモア」があったと論じている。まあ,ともかく2008年北京大会におけるナショナリズムの表象は,当時の地政学的な中国の位置のなかで解釈する必要があるというのがこの論文の趣旨かと思う。そしてアグニューなども既に中国の研究を手掛けているということが分かった。

 

Bason, T. and Grix, J. (2018): “Planning for Fail? Leveraging the Olympic Bid,” Marketing Intelligence & Planning 36 (1): 138-151.
この論文はオリンピック招致が開発都市のてこになる(leverage)かどうかということを,夏季大会が2016年と2020年,2024年,冬季大会が2018年と2022年に立候補した16都市を検討している。基本的には招致ファイルの内容分析であり,質的分析のソフトウェアNVivoを使用しているというが,そんなのあるんですね。てことしたい内容としては,スポーツへの参加,都市開発,グローバル知名度,ネットワーク化の4つが挙げられている。この辺のことは特定の大会に関する個別の研究でも論じられている内容ですが,この論文の特徴としては,それを16都市について横断的に論じていることと,招致に失敗した事例についても検討していて,しかもそうした研究がすでにけっこうあることを教えてくれることです。

 

Müller, M. (2011): “State Dirigism in Megaprojects: Governing the 2014 Winter Olympic in Sochi,” Environment and Planning A 43: 2091-2108.
dirigismとは統制経済政策とのこと。ミュラーの論文はかなり読みましたが,この論文はそのなかでも最初期のもの。掲載雑誌もそうですが,なんとなく地理学者らしい論文。ミュラーはメガ・イベント研究者ですが,この論文ではメガプロジェクトという言葉の方が多用されています。また,リスケーリングの議論も少し含まれていますね。2011年の論文ですから,対象である2014年ソチ大会の開催前の分析です。もちろん,どの大会も開催都市が主でありながらもある程度の国家の介入があります。しかし,ソチ大会の場合はロシア国家の介入が非常に大きい。これは知りませんでしたが,ソチという都市はリゾートとしてかなり前から開発されていて,観光地として開発されたわけですが,住民規模でも1980年代で30万人で,宿泊可能人数も8万人だそうです。オリンピックへの立候補は1998年大会から行っていましたが,交通インフラの不十分さでIOCに却下されていた。ともかく,2014年大会の開催を勝ち取ったわけですが,その開催計画の主導権はソチという都市ではなく,ロシア国家政府であった。2010年バンクーバー大会との興味深い比較表が載せられているが,バンクーバーの場合,必要な13施設のうち,新設は5つでしたが,ソチでは14施設すべてが新設だった。また,冬季大会としては初めて亜熱帯気候での開催であり,競技実施に関わる雪や氷の確保にも予算がかかる。ボイコフのソチ論文では,「祝賀資本主義」の特徴としての官民連携(PPP)が強調されていたが,ミュラーの解釈は少し違う。民間も開発に参加しているが,それは政府系銀行からの融資によるものだったり,特別な税制措置を受けたものだったり,官と民の境界は曖昧なものになっていると指摘する。そもそも官民連携という言葉を用いず,国家-企業関係と表現する。まさにそれが,論文表題にもある統制経済政策ということですね。そちでは,都市で開催されるイベントへの関与として,国家が一番大きく,グローバル企業がそれに次ぎ,開催都市政府は一番下,という意味でリスケーリングである。

 

Tomlinson, A. (1996): “Olympic Spectacle: Opening Ceremonies and Some Paradoxes of Globalization,” Media, Culture & Society 18: 583-602.
アラン・トムリンソンは『ファイブリングサーカス』(1984年)の編者であり,マカルーンと並んで以前から日本でも知られるオリンピック研究者。私が読む限り,英語文献で開会式を取り上げたものはあまりなかったが,この論文で多数言及されているように,1990年代まではそこそこあったようです。この論文では,1984年ロサンゼルス大会,1988年ソウル大会,1992年バルセロナ大会,1990年アルベールビル大会,1994年リレハンメル大会を事例に,オリンピックの開会式について包括的に論じた論文です。スポーツが消費社会のなかでますますグローバル化するなか,象徴的な意味合いを持つ開会式での表現は,地域,国家,超国家というさまざまなレベルが表現される。しかし,この論文には但し書きがあって,あくまでも著者の英国での文脈による,テレビ放映を鑑賞した分析であり,解釈である。1984年ロサンゼルス大会は当時の評論家の言葉を使えば「スピルバーグ的演出」であり,そのものがアメリカ的だが,特段米国のナショナリズムを表現するものではなく,また今日的なグローバルなものでもない。要はこの時代のグローバル化=アメリカナイゼーションといったところか。当時から自民族中心主義という批判はあった。1988年ソウル大会も,そういう意味ではまだナショナリスティックな表現は少なかったようだ。24回目の大会を強調するような演出で,欧米よりの表現であったようす。1992年バルセロナ大会については少し様子が変わってきて,古代の地中海文明におけるギリシアとバルセロナとの関係を演出し,カタロニア地方の都市であることを強調する。南アフリカのネルソン・マンデラが登場したり,旧ソ連の国々が独立国家として参加したり,湾岸戦争後のイラクとクウェートから参加したりと,希望にあふれた新しい世界が演出された。アルベールビルとリレハンメルについては,フランスとノルウェーという人権等に関する先進国であり,そうした普遍的な世界性が強調された。

|

« 長男は9歳になりました。 | トップページ | 「不法」なる空間にいきる »

学問・資格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 長男は9歳になりました。 | トップページ | 「不法」なる空間にいきる »