« 「不法」なる空間にいきる | トップページ | オリンピック,メガイベント関連文献(英語編22) »

在野研究ビギナーズ

荒木優太(2019):『在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活』明石書店,286p.1,800円.

 

『アルコールと酔っぱらいの地理学』でお世話になった明石書店さんの本は最近何かと目に入るようになり,気になっていた本書。私は「地理学関連科目を担当する大学非常勤講師の雇用実態と意識」(2017年,E-Journal GEO 12: 280-293)なる論文も書いていて,最近は独立研究者を名乗るようにしたので,読みたいと思った次第。翻訳の際にお世話になった編集者にお願いして購入した。

序 あさっての方へ
第一部 働きながら論文を書く
 第一章 職業としない学問(政治学・酒井大輔)
 第二章 趣味の研究(法学・工藤郁子)
 第三章 40歳から「週末学者」になる(批評理論・伊藤未明)
 インタビュー1 図書館の不真面目な使い方・小林昌樹に聞く
 第四章 エメラルド色のハエを追って(生物学・熊澤辰徳)
 第五章 点をつなごうとする話(活字研究・内田 明)
第二部 学問的なものの周辺
 第六章 新たな方法序説へ向けて(専門なし・山本貴光+吉川浩満)
 第七章 好きなものに取り憑かれて(民俗学・朝里 樹)
 第八章 市井の人物の聞き取り調査(文学研究・内田真木)
 第九章 センセーは,独りでガクモンする(宗教学・星野健一)
 第一〇章 貧しい出版私史(文学研究・荒木優太)
 インタビュー2 学校化批判の過去と現在・山本哲士に聞く
第三部 新しいコミュニティと大学の再利用
 第一一章 〈思想の管理〉の部分課題としての研究支援(専門なし・酒井泰斗)
 第一二章 彷徨うコレクティヴ(共生論・逆巻しとね)
 第一三章 地域おこしと人文学研究(哲学・石井雅巳)
 インタビュー3 ゼロから始める翻訳術・大久保ゆうに聞く
 第一四章 アカデミアと地続きにあるビジネス(哲学・朱 喜哲)

編者も第10章を執筆しているが,とにかく変わっている。私以上にコミュニケーション能力がないようで,誰とも話さずに済む清掃労働で収入を得,両親のもとで生活をしている。1987年生まれということなので,私もまだ結婚していない歳だが,恋愛などもほとんど必要としないとのこと。とはいえ,ネットでの発信をきっかけにこうして紙の出版物を依頼されて出しているので,私より恵まれている(?優れている?)といえるかもしれない点はある。私も最近はもっぱら研究に関する書き込みを続けているブログをもう15年近くやっているが,出版社などからお声がかかったことはない。ただ,自虐的にそんなクソ人生でも「よく自分の書いたものを読み直す。読み直してつくづく「いいものを書いたな」と思う。」(p.180)というのは私と同じだ。その位の幸せを感じても罰は当たらないだろう,という。ともかく,そんな編者から生まれた,他13人から成る在野研究者の声を集めた重要な論集である。
在野研究とは,第6章や第11章でもかなり詳しく論じられているが,概していえば,大学などの研究機関に所属せず,自力で研究生活を続けている人のこと。ただ,14人いれば,本当に人それぞれである。私のように大学の非常勤講師という形で大学とわずかながらつながっている人はこのなかにはほとんどいない。私のように,大学常勤職への就職を諦めきれないような人物はあえて含めていないのかもしれない。そんな多様な在野研究者の姿を一人一人紹介したくなる本だが,それは別の機会にとっておこう。おおまかに共通する問題は,研究に費やす時間とお金の問題だ。とはいえ,それに関しては大学の常勤教員であっても同じらしいということは各人も認識しているが。
本書が重要なのは,在野研究者の実態が分かるからだけではない。そもそも,研究者が自分の研究生活について語る機会などないのだ。書きたいことを書いている私のブログすら,本書で書かれているようなことまでは記録していない。時折それに類似したことを知り合いの研究者について書いたりすると,お叱りを受けたりする。研究者としては大学を通じて公的に名の通った人間(大学教員)はプライベートをネットなどで公表してはいけないらしい。ともかく,本書には文献の探し方,インタビューの仕方,研究時間の作り方,研究仲間の作り方,学会の学術会議がどういうものか,学術誌の投稿の問題,学術出版の状況,など,詳しいものもあればそうでないものもあるが,在野に限らない研究者社会の実態をある程度明らかにしてくれる。とはいえ,在野だからこそ,大学に勤めるアカデミアには当たり前であることに苦労する,という意味でそういう些細なことが特筆に値するのだ。また,在野だからこそ研究に注がれた愛を十分に感じることができる文章でもある。第2章の執筆者である工藤郁子さんは,学術研究をオタク的感覚で捉えている。オタクというのはあまり表現的にふさわしくないかもしれないが,論文を読む行為を音楽を聴いたり,マンガを読んだりするのと同じように,そして,特定の作品(論文)について同人と熱く語り,その著者=研究者に会うことはアーティストと会うような感覚。この感覚,私にも分かります。
このブログを借りて,そして本書の読書日記という体裁を借りて,私自身が本書の執筆者に選ばれたとしたら何を書くかを書こうと考えていたが,今はその時間を割けないのでやめておく。研究者は単著を書くとなにかと家族への謝辞を記すことが多い。しかし,私は家族からの協力は得られていない。家事と育児の本の隙間で執筆活動をするしかないのだ。幸い,通勤時間は長いので読書時間だけは確保されている。しかし,そこでインプットしたものをこうしてblogでアウトプットすることを私自身の研究活動の責務としているため,読むペースでしか書けない。また,今は講義期間中真っただ中で,そちらの準備に取られる時間もある。ということで,この辺にしておきます。
あ,最後に一つだけ。本書の書名はちょっとどうかなと思いました。本書を手に取ってもらうためには「ビギナーズ」っていい響きですが,決して本書は初心者向けではない,と私は思う。

|

« 「不法」なる空間にいきる | トップページ | オリンピック,メガイベント関連文献(英語編22) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「不法」なる空間にいきる | トップページ | オリンピック,メガイベント関連文献(英語編22) »