« 子どもと映画を観る楽しみを覚えました | トップページ | TOKYO 1/4と考えるオリンピック文化プログラム »

オリンピックは変わるか

チェルナシェンコ, D.著,小椋 博・松村和則編訳(1999):『オリンピックは変わるか――Green Sportsへの道』道和書院,278p.2,500円.Chernushenko, D. : Greening Our Games: The Environmental Guide for Sports & Recreation Decision-makers.

 

オリンピック関連書籍をさまざまな方法で探しているが,少し間を置くと,同じ方法でもこれまで見つからなかった本が見つかることがある。本書もそんな感じで見つかったが,原著の書誌情報が著者名と書名しか分からなかったので,ウェブで調べてみた。しかし,タイトルそのものの書名は出てこなかった。著者はWikipediaに項目があり,そこには以下の著書があった。邦訳が1999年だから,やはりこれのことか。
Chernushenko, David (1994). Greening our games: running sports events and facilities that won't cost the Earth. Ottawa: Centurion Publishing & Marketing. ISBN 0-9697571-5-8.

序文
セクションA スポーツのグリーン化――なぜそれが必要か?
序章 スポーツのグリーン化――なぜそれが必要か?
 第1章 健康な身体,健康な地球:そのつながりをつくること
 第2章 政治的圧力の増大と経済的影響力
 第3章 グリーンスポーツ倫理の必要性
 第4章 持続可能なスポーツの原則を定義する
 第5章 全てのレベルで持続可能なスポーツを促進する
セクションB スポーツのグリーン化――いかにすればそれは可能か?
 第6章 施設の建設と運営
 第7章 大会の遺産:自然環境/社会/経済
 第8章 環境評価基準の開発:招致活動をグリーン化する
 第9章 グリーントラベルとグリーンツーリズムの促進
 第10章 全てのレベルでスポーツのグリーン化を――実践的ガイド
 第11章 核施設に関する提言
付録A ケーススタディ:彼らの物語を語る
付録B 事実と数値:経済効果の数量化
付録C 行動規準

著者は学術研究者ではなく,編訳者あとがきによれば,「スポーツと環境のコンサルタントをしている」(p.273)とのこと。訳者たちは「グリーンスポーツ研究会」という団体のメンバーであり,この団体の創設時にカナダの活動団体をウェブで見つけ,その代表者が著者であったという。東欧やロシアっぽい名前だが,カナダ人らしい。厳密な学術書ではないが,居住権と立ち退きに関するCOHREのレポートのように,本書から学ぶことは大きい。
原著タイトルの「Games」は,一般的にオリンピック競技大会を指すことがあると思うが,言葉自体にオリンピックを含意する所以はないと思う。目次にも一切オリンピックの語はなく,また書名は「Gamesのグリーン化」であるのに対し,目次では「スポーツのグリーン化」となっている。まあ,「ゲームのグリーン化」では分からないから「スポーツ」にしたのかもしれないが。ともかく,前半ではあまりオリンピックの話は登場しない。まず,私たちが普段行うスポーツ(まあ,大人になると普段スポーツはしないが,高校までで普通に行われる体育館での体育や部活などを想定すればよいか)でも,室内で行われるものは少なからず健康被害が考えられるというところから始まる。確かに,個人の住宅建設でも薄い板を張り合わせた合板とか,細かい板をつなぎ合わせた集成材でも,それらを接着させる接着剤の健康被害がいわれることがある。体育館の床などは当然,合板か集成材だし,そこに分厚くワックスが塗られている。まあ,そんなことだろうか。もちろん,スポーツの多くの起源は自然でのものであり,それが徐々に木を取り除き,地面を平らにし,石を取り除き,同じ大きさの砂を敷き詰めたり,土を固めたり,芝生を敷いたりするようになる。芝生の管理は大変で,伸びた芝を刈るだけでなく,雑草が生えないように,枯れないように管理をする。冬季スポーツであれば,雪の量,氷の厚さを管理する。トラックの形状,長さなどが規格化され,その管理や規格化がやりやすいように,徐々に室内化されていく。自然環境への負荷が増え,競技者の身体の健康への影響が増していく。既に近代化されたスポーツを標準としてしまっている私たちがあたり前としてしまっていることが,この時代に根本的に問われるようになった。
2章はよくある,オリンピックなどのメガ・スポーツ・イベントに典型的に表れる商業化や政治利用の話がなされるが,それもやはりスポーツによる環境破壊を促進する要素であると論じられる。そして,第5章のタイトルにあるように,「全てのレベル」で考えていることに本書の特徴があり,メガ・イベントだけを問題視するのではなく,私たちに身近なスポーツ環境を見直すことの意義を訴えている。持続可能性というのはメガ・イベントのことを議論するだけでは不十分で(極端な話,イベントはなくなっても,民衆のスポーツは継続する),一般の市民が持続的に環境と自らの健康を守りながらスポーツをし続けられる,というのが本書の目指すところのように感じた。とはいえ,おそらく原著が書かれた時期の直近のオリンピック大会である,1994年リレハンメル冬季オリンピック大会の説明は多い。
訳者あとがきによれば,この訳書は原著の2/3の分量だそうだが,2つのセクションに分かれ,半分が実践編に充てられている。非常に具体的な話が多く,オリンピック研究で指摘されていたさまざまな問題のなかでも環境への配慮という分野はもうかなりのレベルで行うべき対策は明白で(これも時代によって変化はするのだろうが),本書はそれがかなり網羅的にまとめられていると思う。日本オリンピック委員会,あるいは2020年東京大会の組織委員会は本書を知っているのだろうか。本書に限らず,COHREの報告書とか,そうした文書を調査し,整理し,計画に反映するようなことはやらないのであろうか。私自身が学術分野に身を置こうとする人間であるから根本的な考え方が運営側の人間とは違うのかもしれないが,そうした先人の知恵を取り込んでさまざまなものに配慮するオリンピック大会,それを推し進めることに何の抵抗があるのだろうか。やはりIOCの要求に応えるので精一杯なのだろうか。ともかく,新しいオリンピック運営を主張するのであれば,これまで問題となっていたことに真摯に立ち向かい,開催都市の住民の声を聞きながら,学術研究の成果を活かして作り上げればいいだけだと思うのだが,難しいのだろうか。素朴な疑問を抱く。

|

« 子どもと映画を観る楽しみを覚えました | トップページ | TOKYO 1/4と考えるオリンピック文化プログラム »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 子どもと映画を観る楽しみを覚えました | トップページ | TOKYO 1/4と考えるオリンピック文化プログラム »