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Olympic Cities

Gold, J. R. and Gold, M. M. eds. (2017): Olympic Cities: City Agendas, Planning, and the World’s Games, 1896-2020 third edition. London and New York: Routledge.

 

オリンピック研究者にはよく知られた論文集。英国の地理学者ゴールドが夫妻で編集しています。2007年の初版に続き,2011年に第2版が,そしてこの第3版が2017年に出版されている。4年に一度の改定を目指しているのだろうか。寄稿者のプロフィールを読むと意外に地理学者が多いことに気づく。私が文献調査の中で読んだことがある研究者は,Essex,Preuss,Coafee,Fussey,Kassens-Noorと意外に少ない。引用されている文献にも未読の読むべき文献がたくさんあって,私の文献調査もまだまだだと思い知らされる。

1章 Introduction はじめに(Gold, J. R. and Gold, M. M., 1-17)
I部 The Olympic Festivals オリンピックの祭典
 2章 The Enduring Enterprise: The Summer Olympics, 1896-2012 不朽の事業:夏季オリンピック大会1896-2012(Gold, J. R. and Gold, M. M., 21-63)
 3章 The Winter Olympics: Driving Urban Change, 1924-2022 冬季オリンピック大会:都市改編の推進力1924-2022(Essex, S. J. and de Groot, J., 64-89)
 4章 The Cultural Olympiads 文化オリンピアード(Garcia, B., 90-113)
 5章 The Paralympic Games パラリンピック大会(Gold, J. R. and Gold, M. M., 114-135)
II部 Planning and Management 計画と経営
 6章 Olympic Finance オリンピック財政(Preuss, H., 139-160)
 7章 Promoting the Olympic City オリンピック都市をプロモートする(Ward, S. V., 161-179)
 8章 Olympic Villages オリンピック村(Sainsbury, T., 180-202)
 9章 Security セキュリティ(Coafee, J. and Fussey, P., 203-216)
 10章 Urban Regeneration 都市再生(Smith, A., 217-229)
 11章 Olympic Tourism オリンピック観光(Weed, M., 230-252)
 12章 Olympic Transport オリンピック交通(Kassens-Noor, E., 253-265)
III部 City Portraits 開催都市素描
 13章 Berlin 1936 ベルリン1936(Meyer, M., 269-286)
 14章 Mexico City 1968 メキシコシティ1968(Barke, M., 287-300)
 15章 Munich 1972 ミュンヘン1972(Meyer, M., 301-316)
 16章 Sydney 2000 シドニー2000(Freestone, R. and Gunasekara, S., 317-332)
 17章 Athens 2004 アテネ2004(Gold, M. M., 333-358)
 18章 Beijing 2008 北京2008(Cook, I. G. and Miles, S., 359-377)
 19章 London 2012 ロンドン2012(Evans, G. and Edizel, O., 378-399)
 20章 Rio de Janeiro 2016 リオデジャネイロ2016(Silvestre, G., 400-423)
 21章 Tokyo 2020 東京2020(Aoyama, Y., 424-437)

冒頭からなんとなく読みにくい。これまで英文のオリンピック研究文献を数多く読んできて、頻出するワードやオリンピックに関する事実の知識も身についてきたと自負していたが、編者たちによる序章から1章にかけての文章はすっと頭に入ってこない。序章の冒頭は2020年東京大会の話題から始まる。新国立競技場の設計案が撤廃されたという話題だ。ついで、2024年大会に立候補していたボストン市が立候補を撤回したということ。そして、2022年冬季大会が北京での開催が決定した経緯。こうした直近の事例をあげながら、近年はオリンピック開催に関してさまざまな問題が噴出し、継続することの困難が指摘されている。1990年代以降にIOCも次々と、環境や持続可能性を訴えるアジェンダ21、レガシーという概念を中心としたアジェンダ2020を発表し、改革を進めている。ということで、本書の目的を次のように提示している。「本書は、オリンピック都市の経験、そして1896年の競技大会の復活から2020年の東京大会計画までの成功と失敗のバランスシートを考察することで、(引用者:オリンピックと開催都市の柔軟で象徴的な)関係を探求する。」(p.12)とされている。
2章も編者2人による夏季大会の概観。各論であるIII部の目次をよく見ると,1936年ベルリン大会の次が1968年メキシコ大会であり,1972年ミュンヘン大会から一気に2000年シドニー大会へと飛んでいる。そういう意味でも,全大会を概観できるのがこの章。クーベルタンによる近代オリンピック大会前史についてもけっこう詳しく説明されています。近代オリンピックの時代区分は以下の通り。1896-1906:生きながらえる展示市(うまく訳せませんが,第1回アテネ大会以外は万博内での開催でした)。1908-1936:デザインによるオリンピック,1908年ロンドン大会の競技場の写真,1928年アムステルダム大会のプールの写真が掲載されています。戦後間もない1948-1956年は「質素」と名付けられている。そういえば,ゴールドブラット『オリンピック全史』でも同じような位置づけだった。1952年ヘルシンキ大会のスタジアムの写真が掲載されています。1960-1976年は「触媒」で,1964年東京大会も含まれるが,都市開発や国土整備のきっかけともなるようになった。ここでは,大きな負債を生んだ1976年モントリオール大会のスタジアムの写真。1980-1984年は米ソによるボイコット合戦ということで「イデオロギー大会」と名付けられている。1988-1996年は「移行する地平」と題され,1992年バルセロナ大会のオリンピック村の写真が掲載されている。2000-2012年は「持続可能性とレガシー」と題され,アジェンダ21からアジェンダ2020へとIOCの改革として位置付けられる。2004年アテネ大会のスタジアムの写真が掲載されているが,持続可能やレガシーという理念とは程遠い利用されていない施設の代表。2012年ロンドン大会からは選手村のあったイースト・ビレッジの社会住宅地区の写真が掲載されている。
3章は冬季大会の概観である。執筆者は2004年に別の共著者と冬季大会の概観的な論文を、2002年ソルトレイクシティ大会まで書いているので、それが2022年北京大会まで拡張された感じ。冬季大会の始まりは1924年、フランスのシャモニーで開催されたものとされている。1992年までは夏季大会と同じ年の開催であったが、テレビ放映権が軌道に乗ってきた1994年に、夏季大会の中間年に冬季大会が開催されるようになっている。第2章、第4章と同じように、冬季大会についても時代区分がなされている。第1段階は1924年から1932年レイクプラシッド大会までとされ、「最小限のインフラ投資」とタイトルがつけられている。以前に紹介した論文の中でも、冬季大会はそこで行われる競技自体が、自然の中でのスポーツから、基準を満たすように規格化されることで、競技施設に要求される形状、雪や氷の管理、悪天候対策としての室内化、ということで徐々に競技施設に必要な開発が大規模化している。ただ、1924年大会の屋外スタジアムの写真が掲載されていて、けっこう立派なスケートリンク(?)であることが分かる。1932年に続いて1980年にも開催されている米国レイクプラシッドに関しては、競技施設の分布図が2時点で示されている。第2段階は1936年から1960年までで、「インフラへの要求の登場」と題される。第3段階は1964年から1980年までで、「地域開発の道具」と題されており、この時代から人口の少ない村の山岳リゾートから、それなりの規模の都市へという移行がみられるようになり、1972年札幌大会もここに含まれる。1984年から1998年の第4段階は「大規模への展開」と題され、1998年長野大会が含まれる。最後の第5段階は、2002年から現在までの時代で、「持続可能な開発とレガシー計画」と題され、アジェンダ21からアジェンダ2020に至るIOCの改革が冬季大会にも適用される。2006年トリノ大会や2014年ソチ大会については、地図が掲載され詳しく論じられる。近年では国際空港のある都市に室内競技場とオリンピック村を整備し、そこから鉄道などを整備して山岳のスキー等会場までアクセスするという形が一般的となる。「将来に向けて」と題された節では、執筆当時に開催前だった2018年平昌大会について、地図が示されている。2018年以降は新たな段階に入ると想定されている。2022年は北京での開催が本書の刊行時点で既に決定していたが、軒並み立候補を取り下げる都市が出てきたという経緯があり、この時代は「先進国でのオリンピック大会を招致することの不本意」と題されている。今更ながら近年環境問題への関心が広まるなかで、冬季大会の開催は夏季大会以上に難しくなってくるのだろう。
4章は、第二版では編者の一人、ゴールド妻が共著で書いていた。第三では英国の文化資本を専門とする研究者が執筆している。しかも、オリンピックの文化イベントに関する研究をかなり手掛けており、2012年には『オリンピック大会と文化政策』、2013年には『ロンドン2012の文化オリンピアード教育』なる単著を発表している。第二版でも、近代オリンピックの当初から文化的な次元への想いがクーベルタンにはあるということで、その歴史的経緯にページが割かれていたが、第三版でも初期大会における状況が説明されている。ここでも時代区分による歴史の概観がなされ、区分としては、1952ヘルシンキ大会から1988ソウル大会までを「オリンピック芸術展示と祭典」とし、1992年バルセロナ大会から2012年ロンドン大会までを「文化オリンピアード」としている。1964年東京大会で作られたピクトグラムを、1968年のメキシコシティ大会では文化オリンピアードについても作成していたとのこと。1992年バルセロナ大会辺りから、4年間の文化オリンピアードを利用して、多くの芸術作品が屋外に設置され、現在に残されるようになってきた。第三版の特徴としては、夏季大会だけでなく、冬季大会やパラリンピック大会の文化オリンピアードについても考察されている点だ。今日ではかなり一般化してきた「パブリック・ビューイング」だが、2006年トリノ大会ではそれを含む、競技を中心としながらも競技場での観戦に参加しない人々が集える場所として「ライブ・サイト」と呼ばれるものが設置されていた。2000年シドニー大会から本格的に行われるようになったパラリンピック大会の文化プログラムにも触れられている。こちらはやはり障碍者芸術が中心なんですね。前半は当初の文化的理念から芸術競技,文化展示,オリンピアード,プログラムという制度的な推移を辿っているが,後半は展示される芸術そのものの水位が論じられる。1964年東京大会などは日本文化の紹介的な側面が強かったが,徐々に前衛芸術的な時代の雰囲気に迎合する。主たる目的なスポーツと芸術というテーマがあるが,スポーツよりも芸術に重心が移る。1950年代までは文化的,1960-1980年代は政治的,1990年代は経済的,2000年以降は社会的という大胆な区分をしている。経済的というのは都市イメージの向上だったり,観光客誘致であったり,エンタテイメント性だったりする。
5章はパラリンピックを編者2人が概観したものである。はじめの方に「起源」と題された節があり、19世紀後半に障碍者スポーツに関する動きがあり、まずはろうあ者のスポーツクラブが1888年にベルリンで設立し、1924年にはベルギー、チェコスロバキア、フランス、英国、オランダ、ポーランドで国の競技連盟ができ、1924年にパリで国際競技大会が開催され、それ以降4年毎に「ろうあ者のための世界大会」が行われるようになり、「デフリンピック」などと呼ばれていたようだ。しかし、直接的にパラリンピックのルーツとなるのは、英国のストーク・マンデヴィル病院を中心とした障碍者スポーツである。現在でも、スポーツが障碍者や患者のリハビリに用いられるが、治療の一環としてスポーツが活用されたことが始まりにあるようです。1948年に、ロンドンオリンピックの開会式に合わせて行われたストーク・マンデヴィル競技大会はすぐに国際的な広がりをみせ、オリンピックと平行して4年おきに開催される大会という意味で「パラ」という言葉が登場する。1960年ローマ大会、1964年東京大会では、オリンピックと同じ開催都市で開催されたが、その後は1988年ソウル大会まで、オリンピック本大会とは別の都市で開催された。冬季大会については、1976年から開始される。1992年アルベールビル大会からが、オリンピック開催都市での開催となっている。1984年まではストーク・マンデヴィル病院で組織されたが、1982年に「世界のスポーツ組織を調整する委員会(ICC)」が設立され、この大会を主催するようになり、国際パラリンピック委員会(IPC)が設立されるのは1989年である。私のオリンピックに関する文献調査では、パラリンピックにまで手を伸ばすことはできなかったが、障碍者が参加する大会をオリンピックとともに開催することは、開催都市にとっても大きな意味がある。といっても、まだまだパラリンピックに関する私の理解も十分ではないが、まず競技施設が障碍者も利用できるものにする必要がある。もちろん、施設だけではなくそこへのアクセスも含めてだ。そして選手だけでなく、観客への配慮も必要である。もちろん、物理的なものだけでなく、社会的包摂という概念はあまり積極的には使いたくないが、人々が集う都市を、そうした観点から見直す機会ともなる。とはいえ、この章でもパラリンピック競技がオリンピック競技とおなじ施設で行われるようになったのは比較的最近であり、確か1988年ソウル大会からだったように思う。この章の最後には「ロンドン2012」と題された節があり、やはり2012年ロンドン大会はこの分野でも先駆的な大会だったようだ。
第二部「計画と運営」に入り、第6章「オリンピック財政」はレガシー概念の先駆的論文の著者として知られるPreussが執筆している。オリンピックといえば、予算や財源、支出など経済関係に関する関心は高い。しかし、いわゆる計量経済的な費用対効果分析のような視点ではなく、質的なあるいは社会的な価値というところに焦点が合わせられている。まずは、オリンピック研究でよく登場する「利害関係者stakeholder」に関する整理がなされ、そもそもオリンピック開催都市に立候補することが、その都市に関わる人々にとってどんな動機があるのか、という素朴な点が整理される。都市イメージの向上なのか、物理的な開発、経済効果、観光客の誘致、国家におけるその都市の重要性、投資効果、スポーツ開発などなど。利害関係者には、政治家や企業経営者、消費者団体、環境団体、各種組織、スポンサー、銀行などさまざまな人・組織がある。また、利害関係者とは異なり、shareholderという概念が登場する。辞書で調べると「株主」と出てくるが、ここではおそらくそういう狭義ではなく、本来の意味である、ある事業に対して多くの人たちが少額ずつ投資して、損益や危機を分散させ、権利を共有するという意味合いだと思われる。具体的にこの章ではIOCのメンバーがそれに当たるようだ。具体的に議論される利害関係者は、IOCメンバーの他、開催国、開催都市とその政治家、建設産業と観光産業、スポンサー、報道、各国のオリンピック委員会と国際競技連盟であり、オリンピック大会の主たる収入源となっている放映権とスポンサー料がどの団体にどのように分配されるのかが図式化されている。
7章は編者であるGold1994年に『Place Promotion』という編著を出しているWardによるもの。その後Ward1997年に『Selling Places』という単著も出版している。私が「場所の商品論」なるテーマで論文を書いていた時期に、英語圏地理学ではこうしたテーマが一部で流行っていた。社会学者のアーリが『場所を消費する』という本を出したり、地理学者ハーヴェイによる「空間から場所へ、そして再び」という論文も当時はよく取り上げられた。私が読んだオリンピック英語文献の中にもそういう文脈での議論もあったが、1990年代にこの議論をしていた人物が、20年後にその文脈でオリンピックを論じるというのも面白い。この議論は後に「場所のブランド化」の議論に移行したと私は考えているが、著者はあまりその辺の理論的な経緯を繰り返したりはせず、オリンピックの議論に集中しているところは好感的だ。まず、「誰がオリンピック都市を販売促進するのか?」と題し、その主体を特定する。1936年ベルリン大会におけるヒトラーや、1976年モントリオール大会や1992年バルセロナ大会における市長の役割などがまずある。米国大会における私企業の役割も重要である。次に販売促進のプロセスである。初期のそれは招致運動であり、そこからメディアの役割は大きい。それをメディアが駆り立てるという訳ではないが、招致段階では開催することによる経済的なメリットが強調される。ロゴ付きのTシャツや旗、風船、ペンやキーホルダーなどの小物も重要。地元のスポーツ文化イベントも行われる。ロゴやマスコットも重要なのは、2020年東京大会の過剰な露出によっても明らかだ。東京大会については反オリンピック運動の欠如が指摘されている。1996年大会のキム・ベイシンガー、2000年シドニー大会のニコール・キッドマンと当時の夫トム・クルーズなどの話も出てきます。開催都市の決定をめぐって賄賂などの疑惑が何度も取りざたされ、IOCの役員が自分の意思で候補都市を訪問することは禁じられたようだが、その辺りの駆け引きも書かれている。候補都市は都市内の高級ホテルのスイートルームを確保し、さまざまな接待に対応する。IOCメンバーに対するものとは限らないが、酒やたばこ、香水のような贈り物も重要である。そういうロビー戦略も含めて「おもてなし」というのだろうか。2020年東京大会についても後続の高円宮妃久子が開催都市を決めるIOC総会に登場したことが触れられている。と、やはり招致段階の話が中心ですね。東京大会については福島の問題にも触れられている(Gibsonという記者のThe Guardian誌の記事が用いられています)。
8章はスペインの地理学者ムニョスによるオリンピック村に関する2本の論文への参照を示しながら、2012年ロンドン大会のオリンピック村の責任者が筆を執っている。前半ではオリンピック村の歴史についても説明があり、クーベルタンが示した、競技施設は集中させた方が好ましいという「オリンピック都市」に原型を求めている。1912年ストックホルム大会が、そのクーベルタンの想いを実現しようとしたものと位置付けられる。とはいえ、時代は第一次世界大戦へと突入していく。1920年アントワープ大会では、米国の選手団が移動に用いたクルーズ船で大会期間中宿泊したというのは、この大会に限らず有名な話で、それがのちの選手村に近いともいえる。2024年パリ大会では、オリンピック村を建設する計画があった。とはいえ、3千人の選手に対して、600人収容だから、数的には少ない。本格的なものとしては、1932年ロサンゼルス大会、1936年ベルリン大会から本格的な選手村が建設されるようになる。ムニョスの論文は1本読んだが、その配置計画や建築様式に焦点を当てているので、本章はそれとは異なり、大会後の利用などにも触れられていて、読みごたえがある。1956年メルボルン大会から、大学施設や社会住宅などある程度の規模の選手村を大会後の利用も考慮して建設されるようになる。1968年メキシコ大会からは都市再生の手段としても活用され、1984年ロサンゼルス大会では大学との連携も行われる。2008年北京大会の選手村は積極的に評価され最後は2012年ロンドン大会で締められる。
9章のセキュリティは2015年に『The Geographical Journal』誌のオリンピック・セキュリティ特集でも執筆している2人、CoaffeeFusseyによる執筆。2001年の同時多発テロ以降、オリンピックのようなメガイベントがテロのターゲットとして明確に認識されるのは2015年のパリ同時多発テロかもしれないが、ともかくオリンピックのセキュリティはかなり重要度の高い事項となっている。歴史をさかのぼれば、1972年ミュンヘン大会の選手村でのテロが有名で、次の夏季大会である1976年モントリオール大会への影響も大きかったという。1980年代の大会も冷戦の影響によるボイコット合戦という政治的対立があったためにセキュリティは重要だった。1988年ソウル大会でもかなり警備は強化された。1992年バルセロナ大会も1991年湾岸戦争後であり、1996年アトランタ大会まえにも米国でいくつかテロ事件があった。
10章はアンドリュー・スミスという英国の研究者で、2012年に『イベントと都市再生』という著書があり、本章「都市再生」を担当している。2020年東京大会も含め、オリンピックのようなメガ・イベントが脱工業都市における都市再生への希望とみなされるのは一般的である。「本章の目的は、オリンピック競技大会がなぜ、そしてどのように都市再生に対する乗り物となり得るのかを探求すること」(p.217)とある。まず、都市再生とは実践やその結果であると同時に一つの言説だという理解を示している。そもそも「再生」という語を都市に当てはめること自体が修辞法である。ただ、他の章と同様に、概念的な再考を冒頭で促しながらも、オリンピックに関する具体的な記述が続くなかで、その批判的な観点は薄れていくという印象は否めない。はじめの方では、ある一定の敷地面積をオリンピック村として整備したシドニーとロンドンの事例が登場する。いずれも、大会開催後をにらんだ他機能的な開発が行われた事例である。選手村を大会後に社会住宅として活用するというのは一般化しており、本章でも1992年バルセロナ大会、2000年シドニー大会、2010年バンクーバー大会、2012年ロンドン大会の写真が掲載されている。オリンピックは開催都市に元々あったマスタープランの実行を加速させる役割も果たす。近年ではその方法として都市企業家主義的な、官民連携の手法が用いられる。オリンピック関連開発を事後的に評価する研究もある。事例としてバルセロナが取り上げられている。概してこの大会は成功事例とされるが、住民にとっての社会的な意義という点では批判的に捉えられる。また、最後の方ではバンクーバーの事例が取り上げられ、開催前にあっても、そのオリンピック関連開発に対する反対運動が存在する。
11章「オリンピック観光」はまさにそのタイトルの著書(2008年)があるスポーツ学の研究者マイク・ウィードが執筆している。その著書の中で、スポーツ観光を以下の5つに区分している。イベント・スポーツ観光、スポーツ参戦観光、スポーツ訓練観光、贅沢なスポーツ観光、補足的なスポーツ観光。なお、私は現在2020年東京大会における日本のホストタウンの調査をしている。ホストタウン事業自体は多岐に渡るが、中心的なのは外国選手の事前キャンプである。この区分では、スポーツ訓練観光に含まれているが、本文中にその記載は残念ながら多くない。本章では、オリンピックにおける観光を盛り上げるための戦略や、オリンピック観光における都市の役割などが論じられる。事例としてまず冬季大会を挙げ、2020年ソルトレイクシティ大会、2006年トリノ大会、2010年バンクーバー大会、2014年ソチ大会が考察される。ソルトレイクシティでは、勝ち組がホテルやレストラン、商業施設、そして観光客となっており、負け組が業務、金融、スキーリゾート、交通、建設、ビジネス客とスキー客とされている。オリンピックを優遇したがために、それ以外がしわ寄せを受けたということだろうか。夏季大会についても、2000年シドニー大会以降2012年ロンドン大会までが考察され、簡単な結論に至っている。結局、総論については著書で論じたから、本章は各論に終始するということだろうか。

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