2020年の地理学関連文献03
今年出た『空間・社会・地理思想』にも興味深い論文が多く掲載されています。
橘 セツ(2020)「英国東部サフォーク州オーフォード・ネスにみる20世紀軍事景観の遺産化と自然化をめぐる文化地理学――ナショナル・トラストによる景観管理に着目して」空間・社会・地理思想,第23号,53-67頁.
著者は英国に留学経験があり,指導教官や同僚だった研究者と共著で英語雑誌の論文も持っています。しかし,日本語の地理学会誌にはあまり論文がありません。所属する大学の紀要には毎年のように書いていて,この雑誌に掲載するのは珍しいです。英国景観の歴史地理学的な研究が専門です。この論文も継続的な研究に位置づけられますが,読んでみると,やはり学会誌には掲載できないような内容です。この長いタイトルで分かるように,かつては軍事施設が集中していた土地をナショナル・トラストが購入し,観光資源化しています。まずは,その案内書に掲載された見学道のルートに従って,著者が撮影した写真を掲載しながら主要なポイントを解説します。続いて,その敷地内にありながらも海岸浸食によって倒れてしまう危険にある灯台の話に移ります。ナショナル・トラストはこの灯台の購入は見送り,その行く末について説明されます。続いて,ガイドブックの表紙のイラストを分析し,このオーフォード・ネスの位置付けと,灯台の意味を分析しています。後半では,この場所をめぐる研究をいくつか紹介しています。やはり,研究素材の提供の域を出ず,研究論文の水準に達しているとはいえません。
ベルク, A.著,荒又美陽訳(2020)「北海道のイメージ(『稲と流氷――北海道の植民地化と文化変容』所収,第7章)」空間・社会・地理思想,第23号,103-121頁.
オギュスタン・ベルクは日本の研究をしているフランスの地理学者ですが,その著書の翻訳のほとんどは地理学者以外が行い,日本では地理学以外でも広く知られています。この論文タイトルにも説明がありますが,日本に留学していた時に書いた博士論文で,1980年に出版された書籍の一章です。訳者はフランスへの留学経験があり,その際にベルク氏にも指導を受けたということと,北海道出身ということもあります。著書ということはありますが,注釈が少なく記述の根拠にあたることは難しいですが,1980年に出版された北海道研究とは思えない斬新さがあります。また,風土論で知られるベルク氏ですが,こんなに批判的な内容を含む彼の文章を読むのも新鮮です。北海道をかつての日本にとっての異国であり,植民地支配と末に国内に組み込んだという理解は今日では珍しくなく,外国人による研究としてもテッサ・モーリス=スズキ氏の著作がありますが,時間軸としてはそれよりだいぶ早い時期です。また,私はこの本全体を読んでいませんが,タイトルからして北海道で稲作が行われていた,ということを強調したいということが分かります。この章のタイトルは「イメージ」とありますが,私の読んだ感じでは,北海道という土地には様々な人が関わっていて,その属性によってこの土地に込めた想いや他の人にどう伝えるかという,政治的な意味合いも込めたところを明らかにしようとしているといえる。特に私にとって興味深かったのは中ほどで議論されている地名の問題である。アイヌ語と地名というのは地名研究でも大きな課題ですが,場所名詞学(toponomastique)という造語(訳語も造語です)を用いて非常に興味深い議論をしていて,和人たちの暴力が地名に込められていることを知らせてくれます。それ以外にも議論は多岐にわたっていて,一読で簡単に整理はできませんが,再読したい文章。
ノヴァック, D.著,松井恵麻訳(2020)「ジェントリフィケーションにおけるアート活動――創造性,文化政策,そして釜ヶ崎の公共空間について」空間・社会・地理思想,第23号,181-198頁.
『City & Society』誌に2019年に発表された英語論文の翻訳。この雑誌は知らなかったが,この種の論文が『空間・社会・地理思想』に翻訳されるのは当然と思い読み始めるが,次に掲載されている文章と併せて読まないと意味がない。冒頭で著者は「その当時,私はフェスティバルゲートと呼ばれる大きな商業施設の中にあった音楽のパフォーマンススペースで働いていた」(pp.181-182)とある。この論文には日本語文献も引用され,インタビューも行っている。当然,ある程度日本に住み,日本語能力のある研究者だと思って読み進む。しかし,この訳文には細かい箇所を訂正する訳注が40もつけられていることが気にかかる。訳者は大阪市立大学の院生ということで,釜ヶ崎に関する知識があるから当然かとも思ったが,そうではないようだ。詳しくは次に紹介する上田氏の論文の紹介で論じたい。
日本の地理学には釜ヶ崎研究の継続的な蓄積がある。山谷のことはあまり知らないに,釜ヶ崎のことはある程度知っている。かつて,日雇い労働者街だった,正式な地名とはなっていない「釜ヶ崎」は現在は労働者の高齢化に伴って変容しつつあり,その変容の担い手に「アート」的なものが関係している。この状況を,著者は欧米のジェントリフィケーションにおいて,まずきっかけになったのがインナーシティの廃墟にアトリエを設けて活動を始める若く貧しいアーティストたちがいる。この状況と日本の状況については私も気になっていた。日本でも若きコンテンポラリー・アーティストたちはいるが,貧しき頃かれらはどこで活動していたのかと。もちろん,東京でのジェントリフィケーションの一事例でもある渋谷の宮下公園では,状況は違うがアーティストたちの活動がある。それはかつて段ボールハウスが列をなしていた新宿の地下街でもだ。かれらが立ち退きいあっているのを真っ先に支援したのがアーティストたちだ。段ボールハウスを芸術作品に仕立てたり,また現在反オリンピック運動をしている「反五輪の会」のいちむらみさこさんもホームレス・アーティストだ。しかし,そこにはアーティストがジェントリフィケーションに加担しているというよりは,抵抗しているという図式が見える。この論文で取り上げているのは「ココルーム」という施設であり,表向きはカフェだが,詩や音楽,パフォーマンスといったアート活動の拠点になっているという。設立当初は行政から支援を受け,財政的に厳しくなると宿泊施設の経営に乗り出したり,とその活動に著者は企業家精神を読み取る。一時期,その代表である上田さんは注目され,国内外のイベントに招待されたり,2014年には文部科学大臣新人賞を受賞したりしたという。こうした活動を,都市の創造性や新自由主義的な企業家精神の文脈で論じている。といっても,上田さんのことをジェントリフィケーションの担い手とみなしているわけではなく,彼女の活動はそれへの抵抗ともみなそうとしている。
上田假奈代(2020)「現場のわりきれなさと,(あまり)現場にいない言葉たくみな人――大阪・釜ヶ崎で喫茶店のふりをするアートNPOココルームを研究者はどのように語るか」空間・社会・地理思想,第23号,199-205頁.
その当事者である上田さんにも執筆の機会を与えています。こういう人の文章を読むと,こういう現場に調査に入っていない私のような研究者でも,いろんなところに書き散らしていることを恥ずかしく思います。彼女によれば,ノヴァック氏のことは当然知っているが,彼女は英語ができない,ノヴァック氏は日本語を話さない,でコミュニケーションといえば「ハロー」だそうである。インタビューも録音機を持った翻訳者が訪れ,録音をして立ち去るのだそう。彼女の元へは日本でも卒論学生や院生が話を聞きに来る機会が増えているというが,多くの研究者は最終的に論文なりを公表する段階で内容を上田さんのところに確認しに来るが,ノヴァック氏はそうではなかったという。まあ,この文章はノヴァック氏への個人攻撃ではなく,多かれ少なかれ同様のことはよくあるのだという。一方で,上田氏は日々の活動で精一杯で,自分のことを他人がどのように書いているのかを逐次チェックするわけではない。当然,自分の活動を,研究者が位置づけるような意図を持ってやっているわけではなく,また非常に謙虚に日々を生きている,そんな印象をもつ誠実な文章である。
中川 真(2020)「大きな力と対峙するアーツマネジメント」空間・社会・地理思想,第23号,207-213頁.
著者は以前はサウンドスケープ論の紹介者として有名になったが,音楽=アートということで,最近は大阪市立大学に所属してこのような研究をしているようだ。この論文は,ノヴァック氏の立場と上田氏の立場を両方理解できるような,とはいえどちらかというとアカデミックな立場に近い形で書かれている。この2本の論文に続いているので,もう少し具体的な各論を期待していたが,ある程度差しさわりのない総論で,エルゲラ『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門』(フィルムアート社,2015年)に依拠して,アートが重要なんだと訴えている。
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