2020年の「文化地理」関連文献10
地理専門書を出版する古今書院の月刊誌『地理』では,「文化地理」をテーマにした特集を2020年にいくつか組んでいる。それを紹介しておこう。
まずは8月号の特集「ランニングを愉しむ」というもので,すでに2014年の『経済地理学年報』特集号でランニングに関する論文を掲載している福田珠己さんが,関戸明子さんとともに巻頭言を書き,それを含めて8編の文章が掲載されている。
関戸明子・福田珠己 (2020). 「ランニングを愉しむ」特集にあたって. 地理, 65 (8), 18-19.
「本特集の執筆者はみな,ランナー/ランニング実践者である。」(p.19)とあり,「ランニングにはさまざまな愉しみがある」といたって楽観的な論調である。前半ではコロナ禍でマラソン大会がエリート部門の実施に縮小されたことを残念がり,オンライン開催となった事例を紹介している。
山西哲郎 (2020). 走る楽しさを求めて:ランニング文化の歴史から学ぶ―人々は「なぜ走り,いかに走ったか」―, 地理 65 (8), 20-27.
こんな人いたんですね。まあ,ランニングやマラソンに関する著書があり,群馬大学では箱根駅伝の監督もしていたようですから,知っている人にとっては有名なのかもしれませんが。関戸さんつながりで寄稿がかなったのでしょうか。まあ,この文章はダイジェスト版ですが,著書を読みたくなるような内容です。内容はタイトル通りですが。
関戸明子 (2020). マラソン・ブームの行方―「全日本マラソンランキング」を読む―, 地理, 65 (8), 28-33.
ここでは,雑誌『ランナーズ』が公開している「全日本マラソンランキング」のデータベースを用いて,2004年度以降に記録されたマラソン完走者のデータを分析している。このデータは1歳毎に,延べ人数と同一人物を同定した数とで記載されているとのこと。雑誌『地理』の限られた紙面でこういうデータ分析には無理があるとも思ったが,単純集計の報告に徹していて,それはそれで面白い。
松岡憲知 (2020). マラソンコースを地形学で読み解く. 地理, 65 (8), 34-42.
山岳研究を専門とする地形学者でランナーということで,一般的なマラソン大会ではなくアップダウンの激しい,公道ではなく登山道をいくようなトレイルランニングが紹介される。著者の研究は日本アルプスだけでなく,欧州アルプス,南極,北極,チベットにまで及ぶそうで,この文章でもスイスの大会も紹介されている。カラーの口絵写真や3Dマップも駆使してコースの地形紹介をしている。
松本 大 (2020). スカイランニング―空と地球が出会う場所へ駆け登る―. 地理, 65 (8), 43-50.
著者は日本スカイランニング協会代表理事という肩書を持つが,群馬大学で地理学を学んだということで,こちらも関戸さん経由で寄稿がかなったのだろう。スカイランニングとは私もはじめて聞いた言葉だが,簡単にいうと登山を徒歩ではなくランニングで行うもの,ということのようだ。当然大会は個人ではなく大勢で同時に走るということになる。最近では都市の高層建築物の階段もコースになるという。著者が協会の理事だということで,後半は日本での大会開催の難しさが指摘されている。
関戸明子 (2020). 明治期の旅をランニング・スタイルで体験する. 地理, 65 (8), 51-56.
冒頭に著者のランニング歴が書かれている。フルマラソンを始めて10年,シーズンには月1回フルマラソンを走り,オフシーズンにはトレイルランニング,スカイランニング,ウルトラマラソンの大会に出場しているという。失礼だが,確か年齢は私よりも10歳弱上で,60歳近かったはずだ。著者の専門は近代期の歴史地理学であり,タイトル通り歴史的人物の記録を基に,その人物が辿った経路をランニングで辿るという試み。
秋房麻理・福田珠己 (2020). マラニックをつくる―明智光秀の足跡をたどって―. 地理, 65 (8), 57-64.
今度はマラニックという概念が登場。広義のランニングに含まれるものとしてマラソン以外にさまざまな概念が今回の特集に登場したが,最後はマラソン×ピクニック=マラニックだとのこと。まあ,地理でいうところの巡検を,徒歩ではなくランニングで移動するというところといえようか。確かに,徒歩だと時間がかかって1日では終わらない行程でも,ランニングにすれば回れるというのはいいかもしれない。第一著者は立命館大学の地理学出身で個人的にマラニックの企画・運営をしていて,それに福田さんが参加した形。NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』にちなんだいくつかの企画を立てたということで,その企画段階から実施までの報告。
福田珠己 (2020). 「走る」ことの地理学研究―身体,空間,社会―. 地理, 65 (8), 65-70.
特集の最後にふさわしい,簡潔でまとまったレビュー論文。福田氏は2014年にも『経済地理学年報』にランニングに関する論文を掲載しているが,スポーツ地理学を提唱するジョン・ベールだけでなく,ここでは重要な英語圏の地理学研究を手際よく紹介している。
さすが,関戸さんと福田さんという優れた研究者による特集ということもあり,非常に読み応えのあるものだった。これを全て個別に「学界展望」に紹介するわけにはいかないが,これからこのテーマの地理学研究に臨む研究者にとっては必読の特集となるだろう。ただ,普段は知ることをしない私のような読者からすると,学術研究としてやっていく際にはもう少し負の側面にも踏み込む必要があるように思う。


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