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2021年2月

2020年の「文化地理」関連文献14

漆 麟 (2020). 「藝術空間」としての日中戦争期における中ソ文化協会. 人文学報, 115, 1-25.
Cinii
で「文化地理」と検索したら出てきた論文。「文化地理学」をわざわざ銘打った論文も多くないし、それ以外だと「文化地理」という言葉を論文で使用することは少ない。この論文は1935年に設立された「中国・ソ連文化協会(中ソ文化協会)」について論じるものである。戦前のソ連と戦後共産党政権による建国がなされた中国との文化的組織だということで、既存の研究ではこの協会が開催したいくつかの展示会から、そのイデオロギー性を強調するものが多かったという。この論文は、この協会についてさまざまな側面から詳細に検討することを通じて、既存研究が作り出してきた共通の理解を覆そうとするものである。日中戦争期の戦時首都であった重慶に、1938年にこの協会は移転した。文化的組織としては官民両方の側面を持った規模の大きなもので、中国内9か所に分会が置かれたという。重慶には「新運模範区」という文化の中心的な地区があり、芸術展の開催はそちらの方が多いが、商業的な結びつきが強く、それに対して中ソ文化協会はその芸術性が強調されていたという。この論文の後半はこの協会を重慶という都市の「文化的空間」のなかに位置づける作業をしており。東から政治に特化した空間、中央に協会が位置する文化的空間、そして西には商業に特化した空間があり、そのなかでこの協会は独自の役割を果たしたという。部分的に財政的に公的支援を受け、「藝術空間」としてのその施設では無差別に芸術展示がなされ、併設されたレストランなどは文化交流の場ともなったという。まさに地理学的な考察。

 

相馬拓也 (2020). 西部モンゴル遊牧社会における家畜放牧と牧草地利用のヒューマン・エコロジー. E-journal GEO, 15(2), 374-396.
モンゴルの放牧民に関する人類学的研究というのはなんとなく想像できますが,この論文はそういうイメージで何となく知っている季節移動ではなく,「日帰り放牧」というものを対象にしている。そして,それを担うのが慣例的には幼い子どもだったという事実も知ることができる。そして,この論文ではそうした移動に調査者が同行し,牧夫にはGPSを携帯してもらい,1日の行動を記録し,地図上に可視化することを行っている。他の研究では衛星画像を使った遊牧地域の自然環境の変化などの研究もあるらしい。ともかく,1日の道程で牧夫が何をしているのか,また家畜に対してどのように働きかけているのかといったことも動向調査で記録され,数量化され,図化されている。そういう形での実態把握は確かに斬新かもしれない。

 

堀川 泉 (2020). 調理方法と食育の取り組みからみる小学校給食と地域との関り. 人文地理, 72(4), 403-422.
京都大学の院生による,修士論文とのこと。前半では学校給食の歴史を概観し,現在の状況を全国的に把握する試み。まずは,単独調理方式と共同調理場方式,その併用とあるとのこと。市区町村でその違いを地図化しているが,なんと各市区町村の公立小学校のウェブサイトで上記方式を確認してデータベース化している。その地域差の要因として,人数規模や小学校の粗密,また平成における市町村合併の有無や財政力指数との関係から考察している。また,地域について学ぶ食育の有無についてもウェブサイトで調査している。ともかく,前例のない研究であるため,かなり力技でなんとかまとめている印象は否めない。

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2020年地理学雑誌掲載論文一覧

『人文地理』の「学界展望」で「特に目をお配りください」と明記されている地理学雑誌10誌の2020年掲載論文を一覧にしました。

 

人文地理72巻(人文地理学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjhg/list/-char/ja

竹内祥一朗「貝原益軒による藩撰地誌の編纂と地理的知識の形成」
王 君香「外邦図にみる黄河下流域における渡口の分布」
松宮邑子「ウランバートル・ゲル地区における居住者の就労と生活戦略」
前田竜孝「定点観察による漁業活動の分析―大阪府岬町深日を事例に―」
阪上弘彬・渡邉 巧・大坂 遊・岡田了祐「「空間的な市民性教育」の研究動向とその特質―欧米の地理教育・社会科教育を中心に―」
酒川 茂「清酒の需要開発に向けた酒造・酒販ネットワークの展開―広島県を事例として―」
森川 洋「地方創生政策とその問題点」
山元貴継「日本統治時代の台湾東部における日本人移民村の集落構造とその変化」
谷本 涼「生活の質にかかわるアクセシビリティ研究の成果と課題―1980年代以降の動向を中心に―」
市道寛也「大規模住宅団地の住民による「初期不良」問題の克服―泉北ニュータウン泉ヶ丘地区を例に―」
堀川 泉「調理方式と食育の取り組みからみる小学校給食と地域との関わり」

 

地理学評論(日本地理学会)
和文誌93
https://www.ajg.or.jp/criticism/no93-1/

張 耀丹「東京大都市圏における中国人ホワイトカラー層の住宅の購入動機と選好パターン─インタビュー調査を用いて─」
勝又悠太朗「愛知県瀬戸陶磁器産地における産業用陶磁器生産の変化と流通構造」
甲斐智大「東京都における保育所の経営主体からみた保育労働市場の特性─新卒保育士の採用を中心に─」
山内昌和・西岡八郎・江崎雄治・小池司朗・菅 桂太「沖縄県の合計出生率はなぜ本土よりも高いのか」
中澤高志「地方都市の若手創業者にみる雇われない働き方・暮らし方の可能性─長野県・上田での調査から─」
埴淵知哉・中谷友樹・上杉昌也・井上 茂「インターネット調査と系統的社会観察による地理的マルチレベルデータの構築」
堀 和明・清水啓亮・谷口知慎・野木一輝「石狩川下流域に分布する三日月湖の湖盆形態と底質」
谷本 涼「二段階需給圏浮動分析法によるアクセシビリティ指標を用いたシナリオ分析─大阪府高槻市の保育施設の事例─」
川添 航「在留外国人の社会関係形成・維持における宗教施設の役割─茨城県南部におけるフィリピン人を事例に─」
松岡由佳「英語圏の人文地理学におけるメンタルヘルス研究の展開」
加藤秋人「試作関連ネットワークの形成を通じた機械工業集積の維持・強化―京都と四日市の地域間比較を通じて―」
池田千恵子「町家のゲストハウスへの再利用と地域に及ぼす影響―京都市東山区六原を事例に―」
佐藤廉也「森の知識は生涯を通じていかに獲得されるのか─エチオピア南西部の焼畑民における植物知識の性・年齢差─」
宋 弘揚「中国人技能実習生の増加鈍化期における送り出し機関の方針転換─中国山東省青島市を事例に─」
安藤奏音「秋芳洞内の小気候と観光客への影響」
山田周二「高解像度DEMを用いた山頂周辺の起伏と平均傾斜に基づく世界の山の険しさの評価」

英文誌Geographical review of Japan series B 93
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/geogrevjapanb/list/-char/ja

Thi Khanh Van Mai, Doo-Chul Kim「The Effects of Vietnam’s Tourism Development and Payments for Forest Environmental Services Policies on Local Livelihoods in Phong Nha-Kẻ Bàng National Park Areas」
Gen Shoji, Kunimitsu Yoshida, Satoshi Yokoyama, Eric C. Thompson
Transition of Farmland Use in a Japanese Mountainside Settlement: An Analysis of the Residents’ Career Histories」
2
号未刊

E-journal GEO
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/ejgeo/_pubinfo/-char/ja

重野拓基・澤田康徳・埼玉県熊谷市政策調査課「熊谷市の小・中学校における熱ストレスによる保健室来室者割合の地域性―来室者割合と気温・湿度との関係に関する定量的把握の試み―」
酒井扶美・立見淳哉・筒井一伸「農山村における移住起業のサポート実態―兵庫県丹波市を事例として―」
畠山輝雄「公共施設へのネーミングライツの導入と地理学的研究の可能性」
尾方隆幸・大坪 誠・伊藤英之「与那国島のジオサイト―台湾島を望む露頭が語る地形形成環境―」
鈴木晃志郎・于 燕楠「怪異の類型と分布の時代変化に関する定量的分析の試み」
木戸 泉「クロアチア紛争後のコメモレーションによるナショナル・アイデンティティの強化と継承」
荒木俊之「都市居住の安全確保に配慮した居住誘導区域の設定に関する問題点」
埴淵知哉・川口慎介「日本における学術研究団体(学会)の現状」
小川滋之「種苗交換会の可能性と課題―埼玉県日高市の農家ネットワーク「たねのわ」を事例に―」
佐々木智章「ブエノスアイレス近郊の日系農家による花卉栽培の展開」
和田 崇「1994年広島アジア競技大会の無形遺産―一館一国運動の25年―」
夏目宗幸・安岡達仁「職能武家集団の移住にみる千町野開発の意義と実態」
岩間信之・浅川達人・田中耕市・佐々木 緑・駒木伸比古・池田真志・今井具子・瀬崎彩也子・野坂咲耶・藤村夏美「縁辺地域における住民の買い物環境評価」
海津正倫「ハザードマップを補う地形分類図と陰影起伏図の活用」
𠮷田国光・甲斐智大・室谷洋樹「教員採用試験からみた教員養成課程における地理学教育への要求とは―20152019年度A県教員採用試験・地理の問題分析から―」
篠原弘樹・坂本優紀「メキシコ合衆国ハリスコ州テキーラにおける観光地の形成」
畔蒜和希「マッチング型ベビーシッターサービスにみるギグエコノミーの実態」
牛垣雄矢:久保 薫・坂本律樹・関根大器・近井駿介・原田怜於・松井彩桜「アクアライン開通後における木更津市の地理的特徴・構造と地域的課題―特に交通的・人口的・商業的側面を中心に―」
吉田圭一郎・宮岡邦任「ブラジル北東部における水分条件の季節変化に対するカーチンガ構成樹木の葉フェノロジーの応答」
前田竜孝「漁協主導による遠隔地への水産物出荷の展開―兵庫県南あわじ市南淡漁協を事例に―」
小林直樹「長野県伊那市における昆虫食の実態と多様性」
野澤一博「北東イングランドにおける権限移譲と地域の変容」
相馬拓也「西部モンゴル遊牧社会における家畜放牧と牧草地利用のヒューマン・エコロジー」
福井一喜「観光の経済効果の地域格差―観光政策による格差再生産とCOVID-19―」

 

経済地理学年報66巻(経済地理学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jaeg/_pubinfo/-char/ja
https://www.economicgeography.jp/journal/nenpo-66-2/

成瀬 厚「メガ・イベント研究からオリンピック研究へ―地理学的主題の探求―」
荒又美陽「グローバル・シティのオリンピック―脱工業化,リスケーリング,ジェントリフィケーション―」
大城直樹「東京オリンピック19642020―都市(再)開発の様相に関するメモランダム―」
山口 晋「速度・知覚・スペクタクルからみる冬季五輪のボブスレー競技とその空間」
岡田 功「五輪レガシーの再生の試み―モントリオールとシドニーの五輪スタジアムを事例に―」
小泉 諒「東京都心周辺埋立地の開発計画とその変遷」
杉山和明「東京五輪・パラリンピックに向けた新たなセキュリティ対策の展開と公共空間の変容」
太下義之「持続可能な観光のための「プラス・トーキョー」戦略―2020東京五輪を契機とする新しい観光流動創出の制作―」
小室 譲「ウィスラーにおける能動的国際移動者の実態―国際山岳リゾートにおける地域労働市場構造解明に向けて―」
森川 洋「年齢階級別人口移動からみたわが国都市システムにおける大都市の現状」
勝又悠太朗「富山県高岡銅器産地における新製品開発の進展――産業支援事業に着目して」
3
号未刊、4号未刊

 

歴史地理学62巻(歴史地理学会)
http://hist-geo.jp/index.html

鈴木 允「地理学習における地域の変容過程の教材化―学園都市「国立」の成立と発展についての授業実践を事例に―」
藤田裕嗣「神戸大学における講義の受講生を通じてみた「地理総合」の課題と問題点―再編された「全学共通授業科目」の2018 年度担当講義を中心に―」
阿部志朗「GISを利用した高校地理学習における古地図の教材化」
花木宏直「明治 30 年代初期における海外移民送出の事務的管理―福岡県八女郡下広川村を事例に―」
豊田紘子「日本産蜜柑の満州輸出の展開」
前田一馬「大正・昭和戦前期の軽井沢における「千ヶ瀧遊園地」の開発と別荘所有者の特徴」
加藤政洋・河角直美「近代京都における主要商店街の店舗復原」
兼岡真子「登米伊達家中による新田開発と耕地所持」

 

地理科学75巻(地理科学学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/chirikagaku/list/-char/ja

田中健作「徳島県上勝町における高齢女性のモビリティ」
和田 崇「地域活性化手段としてのスポーツ―日本におけるスポーツの地理学的研究のレビューから―」
森川 洋「北海道における年齢階級別人口移動」
佐藤彩子「介護福祉士確保への取組みと就業特性―大分市の特別養護老人ホームを事例として―」
竹内 峻・後藤秀昭「斜面崩壊の微地形とその形成要因―平成307月豪雨による広島県南部を事例に―」
後藤秀昭・山中 蛍「平成307月豪雨による広島県南部の建物被害と土砂災害の指定区域」
岩佐佳哉・熊原康博「広島県東広島市における枕崎台風と平成307月豪雨災害に伴う土石流分布と被害」
丸山雄大・松多信尚・後藤秀昭・中田 高・田中 圭「倉敷市真備町における平成307月豪雨の痕跡高分布からみた浸水の特徴」
石黒聡士・川瀬久美子「平成307月豪雨による愛媛県における浸水と斜面崩壊発生とその地形的条件」
楮原京子「平成307月豪雨における山口県の斜面崩壊とその背景」
黒木貴一「福岡県内の平成307月豪雨災害の特徴」
小山拓志・土居晴洋・古賀精治「地域の災害リスクを踏まえた大分県立特別支援学校における教職員の防災・減災意識の現状」
番匠谷省吾・岩佐佳哉・熊原康博「過去の土石流災害の復元に関する高校地理の授業実践―枕崎台風と西日本豪雨で被災した江田島市切串地区を事例に―」
小山耕平・岩佐佳哉・熊原康博「「地理総合」における防災教育の授業の開発と実践―平成307月西日本豪雨で被災した広島市安芸区矢野を事例に―」
弘胤 佑「水害碑を活用した防災教育―歴史学の視角をふまえて―」
4
号未刊

 

季刊地理学72巻(東北地理学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/tga/_pubinfo/-char/ja

三條竜平・大月義徳「北海道屈斜路カルデラにおける後カルデラ期の地形面形成」
山田浩久「東日本大震災の被災地における居住地移動と市街地再編との関係─東北地方の被災県に着目して─」
神田兵庫・磯田 弦・中谷友樹「人口減少局面における日本の都市構造の変遷」
佐川大輔・中谷友樹「鉄道路線の廃止が沿線自治体の人口・所得水準変化率に及ぼす影響」
伊藤晶文・佐藤菜々美「2011年東北地方太平洋沖地震津波後に宮城県蒲生干潟の潟湖底・干潟堆積物から見出された珪藻群集」
3
号未刊、4号未刊

 

新地理68巻(日本地理教育学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/newgeo/_pubinfo/-char/ja

北﨑幸之助「中学校における旅行者視点の防災・減災教育の実践-神奈川県鎌倉市の校外学習を例として-」
三橋浩志「文部科学省による各種通知と地理教育の関係について-情報提供-」
河合豊明「オンライン授業の取り組み」
今野良祐「ZOOMを用いたオンライン授業の取り組み」
中谷佳子「オンラインホームルームの取り組み-新たな空間「Teams」での学級づくり-」
柴田祥彦「地理教材共有化サイトの構築について」
3
号未刊

 

地学雑誌(東京地学協会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jgeography/list/-char/ja

王 天天「転換期中国における都市空間の形成・再編と郊外住宅地の発展」
工藤 崇・檀原 徹・岩野英樹・山下 透「八甲田カルデラ東方,八幡岳火山群の地質と火山活動史」
長谷川 遼・磯﨑行雄・堤 之恭「破片化した過去の前弧堆積盆地─関東・南東北に散在する和泉層群東方延長の白亜系・古第三系砂岩─」
久井情在「中心核なき合併市町村の地域振興政策における地域イメージ戦略─山梨県北杜市を事例としたスケール論からの考察─」
柳田 誠・青柳恭平・下釜耕太・岡崎和彦・佐々木俊法「2008年岩手・宮城内陸地震の震源域における活構造評価」
高橋尚志・須貝俊彦「関東地方,荒川狭窄部における河成段丘発達過程および荒川本流の河床縦断面形変化史に関する再検討」
松本 良・青山千春「日本海東縁,上越沖のメタンプルームによるメタン運搬量見積もりの検証」
鈴木純子「伊能忠敬の測量事業にともなった学術的交流」
紺野浩幸「伊能忠敬の『山島方位記』について」
八島邦夫「伊能図の海図への利用─日本の正しい形・位置を世界に伝えた英国海図を中心に─」
岩井優祈・村山祐司・猪原紘太「GISを援用した伊能図の空間分析─最近200年間の国土変化に着目して─」
星埜由尚「伊能忠敬全国測量の諸問題」
中村 士「伊能忠敬の全国測量と天文観測」
野上道男「伊能忠敬による月食観測を用いた経度測定とその精度」
海津 優「伊能忠敬の求めた1度あたり子午線長と測量の不確かさ─測地度説のデータに基づいて─」
野上道男「伊能忠敬の地図作成における「緯度差128.2里」問題」
菱山剛秀「伊能図の投影に関する疑問」
川又基人・菅沼悠介・土井浩一郎・澤柿教伸・服部晃久「氷河地形調査と表面露出年代測定に基づく東南極宗谷海岸南部Skarvsnesにおける氷床後退過程の復元」
吉田幸平・高木秀雄「高等学校理科「地学基礎」「地学」開設率の都道府県ごとの違いとその要因」
宇都宮正志・水野清秀・納谷友規・小村健太朗・長井雅史「千葉市の地下2038 mのテフラ層と房総半島の下部更新統黄和田層最下部Kd48の対比」
丸山誠史・山下 透・林田 明・平田岳史・檀原 徹「三瓶火山から噴出した浮布テフラと阪手テフラの関係の検討」
長谷川 遼・磯﨑行雄・山本純之・堤 之恭「白亜紀西南日本の前弧砂岩と後背地の経年変化─砕屑性ジルコンのU–Pb年代測定─」
中岡裕章「谷川岳周辺地域におけるエコツーリズムの導入意義と課題」
吉田圭佑・松澤 暢「近年の地震観測により得られた東北日本の応力場の不均質性と断層強度および地震発生機構の関係」
大橋聖和・竹下 徹・平内健一「断層帯と断層レオロジーの進化」
野田博之「断層滑りの支配的な変形機構の遷移を考慮に入れた動的地震サイクルシミュレーション」
松本 聡・飯尾能久・酒井慎一・加藤愛太郎・0.1満点地震観測グループ「超多点稠密地震観測による断層帯発達過程の解明に向けて―2000年鳥取県西部地震域への適用―」
吉田武義・高嶋礼詩・工藤 健プリマ オキ ディッキ A.・前田純伶・吉田圭佑・岡田知己・三浦 哲・高橋友啓「東北日本弧における後期新生代の火成活動と地殻構造―内陸地震活動の背景―」
大橋聖和・大坪 誠・松本 聡・小林健太・佐藤活志・西村卓也「九州中部の第四紀テクトニクスと2016年熊本地震―地質–地震–測地の複眼的視点から―」
菅沼悠介・石輪健樹・川又基人・奥野淳一・香月興太・板木拓也・関 宰・金田平太郎・松井浩紀・羽田裕貴「東南極における海域–陸域シームレス堆積物掘削研究の展望」
遠藤匡俊「有珠山の噴火プロセスに対するアイヌの人々の認識―迷信と科学的思考─」
渡邊瑛季「宿泊施設・合宿団体・旅行会社間の関係からみたスポーツ合宿地の存続形態─山梨県山中湖村平野地区を事例に─」
山本真也・中村高志・芹澤如比古・中村誠司・安田泰輔・内山 高「富士山北麓・河口湖の湖底湧水と水の起源」
林 武司「富士山北部における地下水流動機構の解明の課題と展望」
内山 高「富士火山北麓および富士五湖の水文地質構造と水文学的特徴」
鹿園直建・大友一夫・浅井和由・中田正隆「溶解カイネティックス–流動モデルとクロロフルオロカーボン(CFCs)濃度による富士山地域の地下水水質の解釈と滞留時間の推定」
丸山茂徳・佐藤友彦・澤木佑介・須田 好「最古型生命が生息する白馬地域の温泉水の分類と生命の起源の解明における冥王代疑似環境生態系の重要性」
戎崎俊一・西原秀典・黒川 顕・森 宙史・鎌形洋一・玉木秀幸・中井亮佑・大島 拓・原正彦・鈴木鉄兵・丸山 茂「原子炉間欠泉に駆動された冥王代原初代謝経路」
馬場知哉・柿澤茂行・森 宙史・車 兪澈・黒川 顕・大島 拓「最小ゲノム―細胞が生きるために必要な遺伝子数はいくつか―」
成廣 隆・NOBU Masaru K.LENG Ling・玉木秀幸「[NiFe]ヒドロゲナーゼ類縁エネルギー保存システムの分子進化」
蟻 瑞欽・ファーレンバック アルバート・本郷やよい「電離放射線が駆動する化学進化」
五十嵐健輔・柿澤茂行「硫化鉱物による化学進化と鉄イオウタンパク質の誕生」
市橋伯一「原始生命の細胞構造を探る」
鶴巻 萌・齋藤元文・丸山茂徳・金井昭夫「生命の起源研究におけるCPRバクテリアの重要性」
武山尚生・高橋佑歌・永田祥平・澤木佑介・佐藤友彦・丸山茂徳・金井昭夫「真核生物の起源における原核生物の重要性と当時の地球環境」

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【読書日記】佐々木高弘『妖怪巡礼』

佐々木高弘(2020):『シリーズ妖怪文化の民俗地理4 妖怪巡礼』古今書院,192p.3,200円.

 

本書はタイトル通り,「妖怪文化の民俗地理」というシリーズで独特の装丁をしている。このシリーズは比較的小さな書店でも置いていることがあり,その存在は知っていた。しかし,その装丁から妖怪ブーム(ブームというか人気が定着したといえるかもしれない)に便乗した一般向けの書と思い,それでいて価格はかなり高いので読むことはなかった。しかし,シリーズ名に「文化」とある地理学者の書ということで,2020年に出版された本書は無視できないということで購入した。なお,シリーズ1~3までのタイトルは以下の通りで,いずれも2014年に刊行されている。「1 民話の地理学」「2 怪異の風景学」「3 神話の風景」。
著者については以前から当然その存在は知っていたが,『人文地理』に掲載された数本の論文を読んだだけだった。今回本書の「著者紹介」を読むと私より一回り上で,私の指導教官であった若林芳樹氏やお世話になっている山田晴通氏と同世代ということになる。もっと年上の重鎮だと思い込んでいたので,意外。しかし,それによって本書の地理学的考察が古臭くないことに納得した。

はしがき
1
 妖怪文化を地理学的に考える
2
 神話が支える京都の魔界
3 妖怪の正体は?
4 荒ぶる神の正体
5 もう一つの荒ぶる神
6 荒ぶる神とは先住民の抵抗か
7 古代の交通路と根の国底の国
8 中世の鬼,悪路王
9 鈴鹿山そして岩手山の大獄丸
10 酒呑童子を巡る旅
11 玉藻前と宮中,そして那須野
あとがき

そう,本書は読み始めるとすぐ分かるように,決して一般向けとはいえない。とはいえ,民俗や宮中の歴史といったテーマは,地名や郷土などと並んで民間の研究者がかなり専門的に関心をもって学ぶものだと思うので,このシリーズも勝手に想像するよりも需要はあるのかもしれない。とはいえ,「妖怪ウォッチ」などで妖怪に関心を持った人には期待外れになるかもしれない。そういう意味ではこの価格設定は読者を選別する意味でもいいのかもしれない。まあ,ともかくシリーズの他の本は読んでいないが,本書の「妖怪」とは「ゲゲゲの鬼太郎」などに出てくる個別の名前を付けられた妖怪ではない。冒頭に『続日本紀』(777年)の「宮中で頻りに妖怪が有ったので,大祓を行った」(p.1)という記述が引用され,これを「妖怪文化の最初期の史料」としている。そして,この意味での妖怪が本書を貫くのだ。そして,この現象を著者が妖怪「文化」と呼ぶのは,妖怪は実在ではなく,人間の営為のなかで存在を与えられ,何らかの形で表象し,何かしらの行動をもってその存在が成立する状況を解決するからである。そして,「はしがき」では文化概念の考察としてレイモンド・ウィリアムズが登場する。
1章における地理学的位置付けにおいては,トゥアン流の人文主義地理学が出発点にあるものの,比較的新しい英語圏地理学者の文献を援用してこの日本中世の妖怪文化を理解しようとするのが本書の特徴だ。スリフトの非表象理論はちょこっと出てくるだけだが,ラトゥールのアクター・ネットワーク理論に依拠した,ジョナサン・マードックの『ポスト-構造主義地理学』については,以下の章でもたびたび登場し,本書の理論的よりどころの一つとなっている。なお,この本は私も読んだことがある。
本書で登場するのは『続日本紀』の他,平安時代の『延喜式』,『古事記』(712年)や『日本書紀』(720年),『出雲国風土記』や『常陸国風土記』(713-717年)などのさまざまな史料が分析されるが,いずれも成立年代が近いこと(本書では丁寧に年代を教えてくれる),現代でもそれらの史料が出版され,ものによっては現代語訳されていること,などの基礎的な情報を知ることができる。そして,こうした歴史書を扱う歴史研究の多くが原史料を忠実に分析することが優先され,門外漢の読者にとって不案内なものになりがちだが,本書はできるだけ現代語訳を使っているので,私のような読者でも理解が進む。そして,こうした史料はまさに現実の歴史的事実の記録として利用されるイメージがあったが,本書ではそうした史料のなかに想像世界を読み解くことに特徴があるので,そういう意味でも学ぶことは大きい。そもそも,それはヨーロッパの歴史的資料についても同様で,過去に遡ればさかのぼるほど真偽の境界はあやふやになるものだ。
そして,本書はそうした民族文化の研究でありながら,それを地理学としているところに特徴がある。要するに,妖怪のような想像世界に関する記述を常に,宮中を中心とする現実世界に関する情報に対比させながら議論しているのだ。4~6章のタイトルにあるように,この頃の史料に登場する妖怪の代表的なものが「荒ぶる神」だという。この神という存在も,日本の創世神話に登場するイザナミや本書では「国譲り神話」と表現されるが,ヤマトタケルやスサノヲなど,さまざまな人物(?)が登場するだけでなく,先住民も「荒ぶる神」だという。つまり,平穏な日常をかき乱すものが「荒ぶる神」であり,その「かき乱し」は破壊というネガティブなものだけでなく,創造というポジティブなものも含まれる。また,立派な創造の神であっても力が強すぎると追放されるのだ。また,川合泰代『聖地への信仰』でも出てきた陰陽五行の話も出てきて,その荒ぶる神を鎮静させる行為として,方角に基づいた行為や,灌漑や治水といった土地改良なども含まれている。そういう意味でも本書の分析は地理学的なものだといえよう。
さらに,7章には「古代の交通ネットワーク」という節があり,マードックの議論からラトゥールだけでなく,フーコーの影響による議論を引き出し,古代の交通ネットワークの成立には中央権力の行使によっているという。国を治める天皇を中心とする宮中,地方に住む先住民はその権力に抵抗する,そういう支配と抵抗の図式を当時の日本地図に落とし,ナショナルスケールからローカルスケールまで論じる,まさに文化地理学的な研究になっている。そこで援用されたアクター・ネットワーク理論は,八百万の神的な思想からすれば違和感はなく親和性は高い。ともかく,落ち着いたらシリーズの他の巻も読みたくなる良書だった。

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【映画評】『さんかく窓の外側は夜』『名探偵コナン 緋色の不在証明』

2021年123日(土)

立川立飛TOHOシネマズ 『さんかく窓の外側は夜』
この日は母子三人で『えんとつ町のプペル』を観に行くというので,私は同じ劇場の近い時間で別の作品を観ることにした。候補はあまりなく,こちらになった。平手友梨奈の演技は観たことないし,作品自体はあまり期待できないが,岡田将生君だし,あまりひどいことにはならないかと。感想としては,漫画が原作というのは知っていたし,漫画の実写で優れた映画も多いが,なんとなくうまく映像化できていないような感じ。とはいえ,原作を読んでいないので偉そうなことは言えません。最初の頃はいいんだけど後半の設定が意味不明。おそらく原作ではこの意味不明な世界が丁寧に描かれているのだろうけど。唯一の収穫は主演の志尊 淳だ。少なくともこの作品ではなかなかの存在感を示していて,他の出演作を観たいと思った。
https://movies.shochiku.co.jp/sankakumado/

 

2021年211日(木,祝)

府中TOHOシネマズ 『名探偵コナン 緋色の不在証明』
昨年公開が予定されていたが,延期され今年4月に公開が予定されている名探偵コナン映画『緋色の弾丸』。コナンには詳しくないが,一昨年多摩映画祭で観てから,なんとなく子どもたちも映画版は観たがるようになった。そんな私たちにちょうどよく,今度の映画の登場人物についておさらいするテレビシリーズの総集編が映画館で上映しているということで父子3人で観に行った。公開初日だったが,なかなかの客の入り。大人の女性客がよくパンフレットを買っていたように思った。根強いファンも多いようですね。さて,内容はさすがにテレビシリーズをほとんど見たことのない私達には少し難しかったようです。10歳の息子くらいになれば重要なところを覚えておくような取捨選択ができるようですが,6歳の娘には難しかったようです。でも,『緋色の弾丸』は観たいといっていました。娘は途中でトイレに行き,息子はポップコーンとフルーツティーを床にぶちまけるなど,久しぶりに散々な映画鑑賞。
https://www.conan-movie.jp/alibi/

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2020年の「文化地理」関連文献13

月刊『地理』の特集第三弾。「コロナ時代の「夜」の地理学―音楽と音の紡ぐ未来―」という特集は地理空間学界のシンポジウムを中心にしている。最近この分野の牽引役である池田真利子さんがオーガナイザーとなり,所属する筑波大学だけでない,また地理学に限らない人々を集めて,最近盛り上がりを見せている。

池田真利子 (2020). コロナ時代の「夜」の地理学―音楽と音の紡ぐ未来―. 地理, 65 (10), 4-12.
日本観光研究学会の支援による共同研究や,シンポジウムでの報告に基づくこともあり,巻頭言は学術的ないちづけが広く整理されている。学術雑誌では網羅的な文献の紹介が求められるが,主要な業績のみの提示で大まかな流れを示することができるというのもこうした商業誌のいいところかもしれない。日本の「夜」についての歴史も概観され,「夜間経済」と訳すことのできる「Night-time Economy」の表現的な整理もされていて,初学者にも優しい。

池田真利子・田中順也・小竹輝幸・小林 愛・アセファ テメスガン (2020). コロナ時代の夜間音楽経済. 地理,65 (10), 13-19.
こちらは音楽に特化したものになり,共著者の田中,小竹,小林はナビタイムジャパンの社員とのこと。一人は筑波大学出身ということで,そのつながりなんでしょう。東京大都市圏におけるライブハウス,クラブ,ミュージックバーの分布を把握するためにナビタイムが保有する位置情報を活用し,分布図を作成し,口絵として掲載している。「夜間音楽経済」を施設面からいかに定義するか,という点を法律の点からも議論している。

太田 慧・飯塚 遼・杉本興運・池田真利子 (2020). 夜のウォーターフロントの再編とナイトライフ. 地理, 65 (10), 20-27.
こちらはウォーターフロントの(再)開発を夜のエンタテイメントという観点から,東京,アムステルダム,ハンブルク,ロンドンと概観している。この分量の文章で4つのグローバル都市を論じるという無謀さも商業誌なら許される。ジュリアナ東京も芝浦の倉庫を改装したものだったんですね。いわゆる「ロフト文化」としているが,簡単にでもこの概念についての説明が欲しい。本文には「インクスティック鈴江ファクトリー」とあるが,私は高校生の頃にインクスティック芝浦にいったことがある。このバブル期のウォーターフロント文化に直に接する機会はあまりなかったが,当時ラジオ少年だった私は曜日替わりで女性タレントがパーソナリティをつとめる番組を視聴していた。5人全員は覚えていないが,今井美樹と網浜直子,そして鈴木保奈美がいたことは覚えている。その番組の公開イベントに応募して当選したのだ。今井美樹と網浜直子のステージがあったのはもちろん,司会がなんと鈴木保奈美だったのだ。まだ『東京ラブストーリー』などテレビドラマで人気になる前の駆け出しの女優という感じで,初々しい感じが印象に残っている。また,口絵に写真が載っているT.Y.HARBORは数年前に大学の先輩の結婚式の二次会で行ったところ。こういう風に近年のウォーターフロント再開発の代表例などとして登場するとなんか不思議な感じがする。芝浦の辺りはライブによく通っていた頃も一度イベントライブで行ったことがあるが,街全体がにぎわっているという雰囲気ではなく,ひっそりとした住人の少ない街にある店舗のなかで賑わっているという印象が私にはあるので,それがナイトライフを盛り上げるウォーターフロント再開発だといわれてもピンとこない。

坂本優紀 (2020). 夜と音楽が演出する空間:メキシコ・グアナファト. 地理, 65 (10), 28-34.
著者は『地理学評論』や『地理科学』にもサウンドスケープに関する論文を持つ地理学者だが,最近はラテンアメリカをフィールドとし始めたらしい。ということで,この文章はメキシコに行ってみましたの報告。メキシコのグアナファトという都市では,夜間に観光客も目当てにした,音楽隊が演奏しながら町を練り歩くというイベントが毎夜開催されているということで,そのレポート。

卯田卓矢・東恩納盛雄 (2020). 沖縄音楽の多様性と夜. 地理, 65 (10), 35-42.
こちらは沖縄県名護市の公立大学名桜大学の教員二人による沖縄音楽の話。コザと呼ばれていた現在の沖縄市が占領期から米兵を中心とした文化があったというのは何となく知っていたが,そこで演奏していた人たちから沖縄音楽が全国区になったという。また民謡酒場の存在が説明されているが,確かに東京にある沖縄料理屋でも,生演奏をするお店が多いのはその名残ということか。私は会社の出張で以前はよく那覇市に出張していた。社員は代わる代わる那覇空港事務所に出向していたりしていたので,そういう社員につれられて夜の街に繰り出すこともあった。まあ,地方都市共通の特徴かもしれないが,やはり沖縄独特の雰囲気もあった。それはともかく,この論文では音楽を使ったまちづくりなどについても説明されている。

坂本優紀・池田真利子・磯野 巧・卯田卓矢・柿沼由樹 (2020). 自然のなかの光と音の観光. 地理, 65 (10), 43-50.
こちらは執筆陣各自が個別に研究しているもの,調査に訪れたものの羅列。石垣島の星まつり,三重県熊野市の星空観光,長野県阿智村の星空観光,長野県松川村のスズムシイベント,長崎県伊王島の夜間ウォーキングイベント,といった5つの事例が紹介される。いずれも夜のものではあり,ほとんどが星空イベントだが無理やり音に絡めたり,統一性がない。

池田真利子・モーグナー クリスティアン・レレンスマン ルイーゼ (2020). コロナ時代の研究とフィールドワークの再考. 地理, 65 (10), 51-55.
イギリス人とドイツ人との共著となっているがほぼ池田さんが執筆した様子。この特集では確かにウォーターフロント再開発の話題でロンドンとハンブルクも登場したが,なんか唐突な感じの話題。コロナ禍で変更を余儀なくされた学術調査・研究のあり方の覚書。

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【読書日記】パオロ・ダンジェロ『風景の哲学』

パオロ・ダンジェロ著,鯖江秀樹訳(2020):『風景の哲学――芸術・環境・共同体』水声社,222p.860円.

 

本書のことは現代芸術を専門とする暮沢剛巳さんに紹介してもらった。ちょうど彼の『オリンピックと万博』を読み,それを取り上げた論文を書き上げたところで,連絡をしたら,そのメールの返信で本書に触れていた。彼は本書について『週刊読書人』に書評を書いていたので,いち早く読んでいたようだ。https://dokushojin.com/review.html?id=7184
私は風景に関する論文を書いていて,暮沢さんは『「風景」という虚構』という著書もある人なので,その際にも連絡を取っていた。やはり「文化地理」といえば風景論も入れなければならない。本書の訳者あとがきで日本のことを「風景論大国」と揶揄しているが,2020年の風景論は本書一冊で十分という感じだ。この訳者あとがきと暮沢さんの書評が厄介なことに本書の内容を手際よく紹介しているので,この読書日記が書きにくいが,手短に私らしくやっておこう。

第一章 風景の哲学のために
第二章 地理映画,あるいは風景のために映画に何ができるのか
第三章 イメージ 対 自然
第四章 環境美学の試験台としての風景
第五章 現代環境美学におけるいわゆる科学的認知主義について
第六章 美学とエコロジーの悪しき関係に関する覚書
第七章 イタリア法制度の風景理念――1922年法から「文化財および風景法規」まで
第八章 風景と国家の現在
第九章 農業と風景――耕地から生の自然,生の自然から耕地へ

第一章のタイトルにあるように,本書は哲学からの風景論である。とはいえ,小難しい議論を展開するわけではなく,哲学という分野に固執するわけでもなくさまざまな議論を紹介しながら論を進めている。私も日本語で読めるさまざまな分野の風景・景観論,そして英語圏地理学の風景研究をそれなりに読んできたが,それがいかに狭いものだったのかを痛感する。著者はイタリア人で,イタリアと風景といえば,ドイツの画家デューラーなどが風景画を学ぶために訪れた地であり,いわゆる風景画発祥の一つでもある。そういうお国柄は本書にも存分に反映されているが,著者はイタリア語文献だけでなく,ヨーロッパ各国の風景論を検討している。なお,第一章の最後に「地理哲学」なる語が登場する。この語はイタリアの女性哲学者ルイーザ・ボネージオという人が使っている用語だということで,「領土と風景との「生きた」関係という問いと必然的に対峙する省察」(p.69)と説明される。本書タイトルにおける「哲学」もそうした意味合いだと理解できる。
本書を書店で手に取って,読もうと思ったのが第二章のタイトルである。風景が映画にとって欠かせない要素であることは,撮影時にロケーションにこだわり,製作者たちが事前にロケハン=ロケーション・ハンティングを行うということからも分かる。そうした映画の批評において「文芸批評のいわゆる〈空間論的転回〉」(p.82)なんて言葉をこの本で目にするとは思わなかった。訳者あとがきに書いてあったが,この章で著者は映画に表象される風景を分析するという分かりやすい目的ではなく,この章の副題にあるように,映画そのもの営為が地理や風景に作用するものととらえている。
本書では,ランド・アートや環境アートと呼ばれる,大地をそのまま造形の素材とするような規模の大きな芸術作品についても論じている。それは私の風景論文でも,最後に地理学が芸術を対象にする際の分かりやすい対象として挙げていたが,この論文執筆時に全く理解していなかったのは,風景論と環境論の関係だ。本書はそこに多くの説明を割いている。環境問題(環境保護)の世界的な流行に対して,日本では公害問題が先行し,よりグローバルな問題として考えない偏狭さがあったと思う。また,その一方の景観保全というものも日常語の風景ではなく,工学系の専門用語としての景観を用いていることもあり,保全の対象はあくまでも建築物であった。という背景もあり,環境保護と景観保全を一続きとして考える思考が妨げられたのかもしれない。ともかく,芸術としての風景画の衰退と,環境アートの登場に伴い欧米ではもっぱら風景論よりも環境論が,法規においても風景関連よりも環境関連が進展したといえよう。一方,日本では環境と景観が放棄の対象になるような公式なものとして定義されていたのに対し,定義されがたい「風景」概念が人文・社会科学および論壇で話題になり続けたのかもしれない。ともかく,本書は環境美学という文脈で風景について考えることにかなりのページが割かれている。それは同時に自然について思考することでもあり,また本書ではそれほど明示的に語られているわけではないが,スケールについても思考することでもある。建築物は局所的なものであり,風景画という意味における一人の人間が一望できる範域,そして領土的な意味合いを持つ景観概念に対応する範囲,そして環境という概念は周囲を取り囲むという本来の意味においてスケールを拡張し,最終的にはグローバルに達する。
本書のもう一つの特徴は第七章のタイトルにもあるように,法の検討である。イタリアは憲法に風景の保護を謳った国であり,法律に関しても1922年に遡れるという。そうした風景関連法は時代に応じて制定され,ヨーロッパ全体でも「風景についてのヨーロッパ協定」が2000年に調印されている。そういう中で,第八章は風景とナショナル・アイデンティティという古いテーマを論じている。短い文章ながら非常に説得的で,この問題を改めて考えさせる。そして最終章がまた興味深い。日本のナショナル・アイデンティティと結びつく風景といえば農村風景であるから,風景と農業,耕地との関係は改めて考えたい。

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2020年の「文化地理」関連文献12

先日,月刊『地理』のランニング特集を紹介したが,続いて4月号の「飲食文化の地理学」を紹介します。こちらは「酒と肴の文化地理学」を出版し続ける中村周作さんの編集のようです。

中村周作 (2020). 飲食文化の地理学―おかず,肴としての伝統的魚介料理を中心に―. 地理, 65 (4), 4-11.
特集のタイトルは非常に幅広い「飲食」だが,この文章の飲とはお酒であり,食とは魚介料理である。この論文では農文協の『日本の食生活全集』(全50巻)の内容を定量化している。調理法や料理形態を独自の規準で分類し,その傾向から日本を12に区分している。それぞれの特徴を記載し,最後に得意分野の九州地方の事例を示したもの。

中村周作 (2020). 食中酒としての清酒,焼酎嗜好の地域的展開. 地理, 65 (4), 12-19.
先の文章は飲食の食に関わる概観だったので,こちらは飲に関わる日本概観。清酒,焼酎(単式蒸留と連続式)を,こちらは国税庁によるデータを分析して,都道府県ごとの傾向を把握している。そこに時代的な変化を論じる。やはりここでも焼酎の主たる消費地ということで九州地方の詳細な記述に移る。著者独自のアンケート調査から九州地方を飲酒嗜好によって16の地区に区分しているのはいかにも地理学者らしい。

齊藤鮎子 (2020). 昭和初期における出汁利用の地域差―『食集採取手帖』の記述から―. 地理, 65 (4), 20-29.
著者は関西大学の院生となっているが,生年からするとすでに何らかの経歴を持つ人物のようだ。日本全国の出汁の材料,方法を把握するという目的にかなった資料を探す中でたどり着いたのが『食集採取手帖』であるという。昭和初期となっているが,調査が行われたのは1941(昭和16)年とのこと。前半で日本の出汁文化の歴史を既存の文献によりながら簡単に整理している。その後はデータを丁寧に整理し,中村さんの2編の文章とともに,「食文化の地誌学」的な記述になっている。

シュレーガ・ベンジャミン (2020). 日本の料理と生産の関係性―宮崎の鶏肉を中心に―. 地理, 65 (4), 30-37.
著者はハワイ大学の所属で,現在は京都大学の研究員をしているとのこと。宮崎県の鶏肉生産の研究をしているようで,前半では日本における鶏肉食の歴史を概観している。ブロイラーのことは何となく知っていたが,日本人の年間平均鶏肉消費量が,1965年に1.9kgだったのに対し,2017年には13.4kgにまで増加したというのは驚く。食肉用に飼育されるブロイラーに対して,従来のものを地鶏,その中間形をブランド鶏とされているとのこと。宮崎県の鶏肉料理もその変化に応じており,全国区になったチキン南蛮はブロイラーの普及に伴い考案されたもので,この論文ではその他地鶏の炭火焼き(現在では純粋な地鶏だけではない)と生食を解説している。

石坂澄子 (2020). トコロテンの調理法の変化―副食からスイーツへ―. 地理, 65 (4), 38-44.
特定の食品の歴史というのはそれぞれ興味深く,調理法や食べ方の変化はそれぞれ歴史的な変化がある。この論文はトコロテンについて解説したもの。著者は関西大学の非常勤講師とのこと。前半の歴史では,トコロテンの歴史の派生として羊羹の歴史が語られ,その関係性が面白い。食事の一部とデザートとの関係,中国食文化と日本独自の展開,羊羹という言葉の由来と食品形状の変化。後半はインターネット調査や製造会社への聞き取りから,日本全国のトコロテンの食べ方の違いを考察している。両親が大阪の私はトコロテンは黒蜜で食べるデザートだが,それは随分近畿地方限定のようだ。

清水克志 (2020). 品種の分布と変遷で読み解く日本の野菜食文化―ツケナ・ハクサイを例として―. 地理, 65 (4), 45-53.
野菜に関する公的な統計データは生産中心で,細かい品種まで特定できないということで,著者は消費中心のデータを探し,『明治七年府県物産表』という資料にたどり着く。なんか,目的は分かるがたどり着いたところが歴史資料になっていて,少し騙された気分。いずれにせよ,この論文でも歴史的推移を説明することになり,ハクサイに関しては創刊以降の『主婦の友』の記事を分析して,調理法の変化を1917-1935年までたどっている。

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2020年の「文化地理」関連文献11

山越英嗣 (2020). アートによる「生活空間の脱植民地化」をめざして―オアハカの民衆聖像崇拝とアクチュアリティの共鳴―. 国立民族学博物館研究報告, 45, 359-382.
オアハカというのはメキシコ南部の州であり、全国平均25%の先住民人口に対して34.2%という高い値を示す土地だという。この論文では、2006年に起きた、全国教育同労者組合によるストライキを州政府警官隊が強制排除したという事件後に、民衆組織APPOが抵抗運動を起こし、その一部として登場したストリート・アートを事例としている。その前提として、英国をはじめとして行われているコミュニティ・アート団体への支援を「生活空間の植民地化」と名付け批判することから始める。日本でも、このコロナ禍でアートに対する風当たりは厳しい状況にあるが、確かにアートに支援する傾向は日本でも強い。この論文に書かれている通り、地方では地域活性化の手段になりつつある。それにしても、そんなに人類学の論文を読むわけではないが、いつも理論的な基礎付けがコンパクトながらうまくまとまっていると感心する。この論文でもそうしたアートへの支援、アートによる地域活性化を「参加型アート」と呼ぶが、それへの批判とオルタナティブなアートによる抵抗運動を論じることの意義に関する議論が見事である。冷静に考えると先進国の参加型アートとメキシコのこの事例の格差を感じたりもするが、ともかく聖母をモチーフにしたストリート・アートの事例を次々と示しながら、明確な論旨で引き込まれる。おそらく同じような事例は日本にもあって、ホームレスを支援するアーティスト集団や、今も反五輪を掲げる主体にアーティストも含まれる。ただ、そうした試みが「生活空間の脱植民地化」というものにつながっていくのか、その概念自体がどのくらいの力の大きさを想定しているのか、この論文だけからではよく分からない。

 

平野貴也 (2020). 観戦型スポーツイベントにおける観戦者の満足度と行動意図に関する研究 ウインドサーフィン・ワールドカップのサービスクオリティに着目して. 名桜大学環太平洋地域文化研究, 1, 11-18.
2020
年は東京オリンピック開催予定年だったこともあり、スポーツに関する地理学的研究が例年より多かった。そんなことで、『人文地理』学界展望の「文化地理」の中核テーマとして取り上げようと思っている。そんななかで見つかったのがこの論文。ともすると、スポーツによる地域活性化というテーマは、観光分野との深いかかわりを有してしまうので、あえて「文化地理」として取り上げる必要がない場合もある。この論文はそういう意味では微妙だが、2017年に神奈川県横須賀市で開催されたウィンドサーフィンのワールドカップ大会を事例としている。当日、観戦者にアンケート調査を行い、396名からの回答を得ている。この種のアンケート調査としては理想的な形で、質問項目の設定、倫理審査、回答の統計学的分析が示されている。サーフィンの大会ということで、かなり特殊であり、回答者のうち神奈川県在住者が7割強、横須賀市在住者が35%、同じく35%がサーフィン実践者となっている。それでも、3割弱の外来者で2割弱が宿泊者、平均宿泊日数も2泊となっていて、このイベントの観戦(しかも、競技の性格上、無料のアウトドア観戦である)以外にも観光行為を行っていることが確認されている。この論文が依拠しているものがスポーツ経営学であり、観戦者の満足度というところがメインであり、地理学的な主題というのはそれほど強くないが、同様の研究は地理学でも行われてもいいと思う。

 

兼松芽永 (2020). アートプロジェクトの図地転換―田んぼの「棚田化/アート化」から考える―. 国立民族学博物館研究報告, 45 (2), 383-422.
アート研究は人類学で一定の蓄積を重ねている。特にこの論文のように、地方の芸術祭は地理学でも同じような成果が出せると思うが、調査している人は数人しかいない。この論文は、地方の芸術祭でも1996年から形を変えながら継続されているもので、日本におけるアートプロジェクトの先駆的存在である越後妻有「大地の芸術祭の里」を対象としている。著者は2008年から2016年まで十日町市松代地域に住んでいて、さまざまな形でこのプロジェクトに関わってきた経験を活かした形でまとめられている。特に、田んぼを使ったサイトスペシフィックアートに焦点を合わせて、論じている。棚田一般の写真作品から、外国人芸術家によるインスタレーション、そして2011年の長野県北部地震によって被害を受けた棚田の復旧計画までを分かりやすく整理している。分量の多い論文ではあるが、事例の紹介だけでなく、前提となる議論の整理や事象の解釈までしっかり議論されている。

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