2020年の「文化地理」関連文献16
金 雪梅 (2020). 詩人尹東柱における故郷―生まれ育った場所「北間島」を中心に―, クァドランテ, 22, 197-212.
この論文は1917年生まれの朝鮮の詩人、尹東柱の作品をタイトル通り、その故郷から解釈するものである。彼の故郷北間島は現在の中国と北朝鮮の国境付近に位置する。前半では彼が20年間を過ごした時期の北間島について概観する。現在も中国の領土であり、清朝の時代には朝鮮からの移民を受け入れる場所で、尹の祖父がその初期の移民だという。知られるように、1910年には朝鮮を日本が併合し、その後は満州国が建国される。そんな時代に小学生として過ごすが、1929年に中国共産党の影響下で小学校が人民学校になり、尹一家は籠井に居を移し、ここで中学校生活を過ごす。ここでキリスト教と民族教育を受けた尹は平壌の専門学校に進学し、大学は日本の立教大学へ、そして後に同志社大学に進学する。だが、在日中に特高警察に逮捕され、そのまま福岡拘置所で死因不明の最期を27歳で遂げる。そうした、彼の故郷の地政学的な状況と個人史とを重ね合わせた上で、これまでの研究であまり注目されていなかった作品を、故郷という観点から解釈する。トゥアンも引用しながら、その故郷感は少し素朴だが、孤独な詩人を支えた郷愁というのはある程度普遍的なものなのかもしれない。
石井久生 (2020). 文化の祝祭にみるエスニック資源と地域活性化―スペイン・バスク州ドゥランゴにおけるブックフェアの事例―. 地理空間, 13(3), 197-214.
地理空間学会の学会誌『地理空間』の2020年3号はオンライン版で、「地域活性化におけるエスニック資源の活用」という特集を組んだ。編者は昨年の『人文地理』学界展望「社会地理」を担当した山下清海であることもあり、特集論文の多くは「社会地理」で取り上げてもらうことにしよう。テーマ的にはツーリズムで取り上げるべきものもあるかもしれない。そんななかで、この論文はぜひとも「文化地理」で取り上げたい。石井さんのスペイン研究は、私も2020年の『空間・社会・地理思想』に掲載してもらった論文で批判地名学研究としていくつか取り上げた。実際に読んでみると、やはりとてもしっかりした議論の展開で安心感がある。この論文はスペインのバスク州、ドゥランゴという都市で毎年開催されているブックフェアについて論じている。ブックフェアといっても、本だけでなくCDなど音楽作品も取り扱い、当日会場ではコンサートなども開催されるという。前半では、主催者が実施した来場者710人から回収したアンケートを利用している。このイベントは観光に結び付くようなものではなく、本とCDといっても、バスク語によるもののみを扱い、同じ州でもバスク語利用者の多い県からの来場者が多いという特徴を持つ。また同時に、若い年齢層、高い教育水準を特徴とする。中盤では、スペインにおけるバスク地方の歴史が概観され、このブックフェアの存在意義を論じている。これはある意味では閉じられたナショナリズムを喚起するイベントであるが、それと同時にグローバル社会のなかである意味マイノリティとしての文化資源を発信していく場になっているという。
今回で2020年「文化地理」文献の紹介は終わりにしたい。結局,このブログでの文献紹介は35,000字余りに達した。取り上げる論文は最終的に42編となり,書籍は17冊となった。書籍のブログ記事もあわせればかなりの文字数となろう。本文の方が今のところ英語表現付きの文献表も入れて12,000字程度となっている。
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