【読書日記】田中東子編『ガールズ・メディア・スタディーズ』
田中東子編(2021):『ガールズ・メディア・スタディーズ』北樹出版,183p.,1,900円.
Twitterで編者を含む出版記念トークショーがあると知った。開催する書店がトークショーのオンラインチケットと本書を抱き合わせ販売していたので購入。結局,トークショーに参加はできなかったが,読んでよかったと思える一冊だった。田中東子さんの存在は,カルチュラル・タイフーンというイベントなど,日本におけるカルチュラル・スタディーズ導入期に若手として活躍していた人で,知っていた。
パート1 表象と解釈
第1章 どんな女の子でもどこだって行ける:ハリウッド映画における女性表象(竹田恵子)
第2章 広告の“もうひとつ”の光景:多様化する女性表象とオーディエンス(上村陽子)
第3章 ジェンダーの視点からポピュラー音楽を読み解く(中條千晴)
第4章 メイドカフェ店員のSNSブランディング:アイデンティティの維持管理という時間外労働(中村香住)
第5章 女子高生ブームと理解による支配:援助交際する〈美少女〉(東 園子)
パート2 交渉と実践
第6章 メディアをまとい闘うBガール(有國明弘)
第7章 ファッションとInstagram(渡辺明日香)
第8章 ジェンダー・トラブル・イン・アートワールド:日本アート界におけるジェンダーをめぐる問題(竹田恵子)
第9章 ジンというメディア=運動とフェミニズムの実践:作るだけではないその多様な可能性(村上 潔)
第10章 「フェミニズム」と交渉する新しい運動(梁・永山聡子)
第11章 女の子による,女の子のためのメディア研究に向けて(田中東子)
構成は一応カルチュラル・スタディーズ(のメディア研究)の研究史に沿って,テクスト分析からオーディエンス研究,作品から運動へというような流れになっている。パート1でもオーソドックスな映画,広告,音楽といった古くて世界的に共通するものから,日本特有の最新のものへと構成されている。
しかし,この第1章が少しくせものだと思う。フェミニズムについては私も断片的に文献を読んできた。しかし,それを歴史に沿って系統的に学んだことはなかったため,第1章でいきなり「ポストフェミニズム」や「第二波フェミニズム」,「第三波フェミニズム」と当然のように出てきてもよく分からない。本書は研究対象として女性を吸えているだけでなく,読者としても女性を,しかも大学で学び始めた者を意識していると思われるだけに持ったなく感じた。とはいえ,大学でフェミニズムの概論くらいは受けているという前提なのかもしれない。それから,私のような読者の不満としては,本書には文献表がない。「文献・語句解説関連情報」とページの下になんとQRコードが印刷されているのだ。スマホ片手に読み,各章の扉ページでQRコードにかざし,情報を得るのだという。果たして,その臨時的な知識で,参考文献の書誌情報から原文を当たるようなことをするだろうか?ともかく,QRコードを読み込めない私のような読者には入手できない情報だ。また,取り上げられる映画作品は米国のものが中心だったが(映画作品こそ映像が見られるリンクをつけるべきではないか),想定された読者にとって取り上げられた作品は馴染みのあるものなのだろうか?少しは日本の馴染みのある作品を取り上げてもよかったと思う。ともかく,あまり親切な章ではなかった。
それに比べて第2章は少し親切だ。私がメディア研究を始めた頃。ジュディス・ウィリアムスンの『広告の記号論』はとても大きな存在だった。広告の解読法について学ぶだけでなく,フェミニズムの考え方もそこには含まれていたからだ。そして,日本には広告研究の蓄積があり,女性研究者が手掛けるものも多く,また女性表象の典型が広告ということもあった。ということで,第2章ではその歴史も概観でき,また今日的な日本の状況を基礎にして,グローバル化についても論じ,「規範への抵抗」,SNSからポストフェミニズムへ議論が進展する。
本書は大学出の教科書を意識していて「読んでみよう」というコーナーで日本語の文献案内をしたり,「調べてみよう」「書いてみよう」と演習めいた課題も提示されている。第3章はかなりディープな感じで英語圏の音楽研究が「表象文化的アプローチ」「文化産業論的アプローチ」「音楽史・音楽社会学的アプローチ」「聴くことの能動性」という流れで説明される。後半は日本の事例だが,「あっこゴリラ」と「CHAI」というアーティストが事例なので私にはよく分からない。
第4章はメイドカフェを扱っているが,メイドカフェに勤める女性にインタビューをした調査である。メイドを演じる女性店員は,疑似的に常連客と主従関係にあるため,店内での接客以外でもSNSを用いた常連客とのコミュニケーションが欠かせないというが,それは通常の勤務外労働でもある。そういう事実を知らしめる意味では面白い調査だが,結果としてはそれ以上は想定できるものだった。
第5章が個人的には面白かった。援助交際を扱ったものだが,そのものではなくそれをめぐる知識人の言説を扱っている。1994年に社会学者の宮台真司が『制服少女たちの選択』を出版し,一躍有名になり,その後テレビなどにもたびたび登場するようになった。本章では,その顛末について詳細に分析し,その後の社会の変化,そして男性知識人たちによる議論(その中には宮台に対する反論も含む)が分析されていてとても興味深い。
第6章からパート2に入るが,結局この章を読んでもタイトルにある「Bガール」のBの意味が分からなかった。若い女性のダンス・バトルが対象なので,バトルのBなのだろうか。確かに,街中でもなんとなく自分の姿が映るガラスなどがあるところでストリート・ダンスの練習をする少女たちの姿を見かけることがあるが,そんなものを扱っている。そして,なぜかこの章でフーコーの「まなざし」概念や,ホールの「エンコーディング/デコーディング」概念の解説がある。
第7章はファッションとInstagramという分かりやすいテーマ。正直言ってあまり深掘りできるものでもないので,ファッション雑誌からSNSまでの系譜を辿ったり,後半では若者を対象としたSNS利用に関する調査などを紹介している。
第8章はアートがテーマということで,ジェンダーのとの関連は奥深い。ここでは芸術界における労働者としての女性の現状について検討していて興味深い。近年の日本におけるジェンダー関連の美術展やこの章の著者が発起人の団体の紹介など学ぶことは多い。第8章の著者は第1章と同じと知って,少し納得。
第9章は「ジン」を扱う。かなり前に,地理学者仲間と,若者文化をテーマにした地理学論文集『Cool Places』の翻訳をしていたことがあったが,そこでもZinesを扱った章があり,皆でそれがどういうものなのか困惑した。雑誌(マガジン)であることは間違いないのだが,ミニコミ誌みたいなものか。ということで,この章でそのもやもやはかなり改善されました。「Zineは企業の雑誌(マガジン)に対する対抗手段であって,その代替品ではない」(p.132)と強く主張する団体があるとのこと。本章ではその歴史が整理され,ジンの発展にフェミニズムが大きく寄与したという。さらに現代におけるフェミニズムの新しい流れにもジンは大きな役割を果たし,SNSの時代になっても固有の役割があるという。確かに,吉祥寺の古書店「百年」に行くと,新刊の小さな冊子が複数平置きされている(奇しくも,本書を読んでいる途中で百年のTwitterに「本店はジンを多く扱っています」的な書き込みを見つけた)。日本語でもジンに関する文献がいくつかあるようなので,読んでみたい。
本書で私が最も関心を引いたのは第10章で,日本で現代展開されているフェミニズム運動の具体的な説明があった。実際,著者の梁・永山聡子さんは「ゆる・ふぇみカフェ」の主宰者であり,その活動を本章で説明している。確かにフェミニズム運動というと戦う女というイメージがあるが,それをもっと緩やかに,ソフトに,多くの人が当時者意識を持つように,フェミニズムを普及させたいという想いがあるのはよく分かる。詳しくは分からないが,著者は朝鮮半島についての研究もある社会学者であり,名前から朝鮮との結びつきを想起させる。近年,日本の出版界でも韓国発のフェミニスト作品がさまざまな形で流入してきている。この日韓関係のなかでフェミニズムは勢いを増しているように感じる。そういうなかで,この運動はとても興味深く,私も機会があれば参加してみたいと思う。
終章は編者によるまとめだが,個人的にはこの文章は先に読んでおきたかったようにも思う。とにかく,最近メディア研究とは離れてしまっていたので,改めて最新の事情を勉強し直す必要性を感じた。とはいえ,新しいメディアそのものに参入するつもりはあまりないので,ほどほどに。


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