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2022年2月

【読書日記】『エトセトラ』vol.3特集「私の 私による 私のための身体」

『エトセトラ』2020年vol.3特集「私の 私による 私のための身体」エトセトラブックス,125p.,1,300円.

 

前に紹介した『エトセトラ』vol.6は思わず熱が入ってかなり詳細まで記述したが,今回は特集に限定して大まかに紹介したい。目次も種別ごとではなく,特集以外は主に紹介したいものだけにする。とはいえ,全部紹介したいくらい,すべて読んでいます。

1334人が答えた エトセトラ・リポート2020
生理!生理!生理!:松田青子
近づくほどに遠ざかる(写真作品・インタビュー):コムラマイ
私の私による私のためのプレジャー:北原みのり
髪は生やして,手足は脱毛?――けむくじゃらの人類学:磯野真穂
ジェンダー化されにくい私の身体:綾屋紗月
規範を超えて躍動する女子プロレスラーの身体
引き裂かれた身体を表象する:鈴木みのり
癒えない乳房:アンティル
インタビュー・子どもたちが自分の頭で考える・対話するための性教育:アクロストン
インタビュー・婦人会が語るマイボディ・マイチョイス:早乙女智子
避妊の権利,なんでないの:福田和子
性暴力被害者のリアルと,法の中のファンタジー:牧野雅子
妊娠するからだとガラパゴス中絶:塚原久美
堕児罪と母体保護法:齋藤有紀子

前に紹介した「スポーツとジェンダー」特集も当然身体に関わるものだった。地理学でも身体に関する研究は進んでいて,ジェンダーやフェミニズムとの関連も深い。しかし,やはり地理学はある一定のスケールの大きさを前提とするところがあり,本特集からは非常に日常的で身近な,そして非常にミクロな身体について,新たに知る・考えさせられることが多かった。
そして,松田青子という作家の存在をここでも強く印象付けられた。まだ作品自体を読んでいないが,少しずつ読んでいきたい。個人の執筆者の話になってしまったので,続いては北原みのりさんのことを書きたい。昨年の衆議院選挙に関する共産党界隈の動画で彼女は頻繁に登場した。私と同年代で,肩書は作家なのだが,多様な活動をしているということはそこで知った。しかし,本書に寄せているのは,彼女が女性向けの「セックストイショップ」を長らく営業しているということだ。女性は自らが自らの手で身体的快楽を得る権利があるという。言われれば当たり前なのだが,それをさまざまな形で抑制してしまう人を解放させるという,私には思いもしない理念を持ち,実現させようとする北原さん。一気に尊敬する存在になった。他にも新聞『赤旗 日曜版』にも彼女の記事があって,最近は出版社も始めたという。なんてバイタリティなのだ。
この特集で扱うテーマは目次にある通りで,性暴力,避妊,妊娠,中絶,生理,脱毛と非常に身近なものだが,基本的には私が男である以上加害者という形でしか当事者にはなりえない。そういう意味では,知るべき事項を知らずに過ごしてきてしまっているという状況を強く反省させられる読書だった。さらにいうと,7歳の娘を持つ父親としては,これからは(もちろん今でも)積極的に当事者となっていかなければならない(そして,女子だけの問題ではない)とも強く感じ,これまで知らずに過ごしていたことを積極的に知るように努めなくていけないとの決意を持った。

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【映画日記】『Codaコーダ あいのうた』『大怪獣のあとしまつ』『夢みる小学校』

2022年122日(土)

調布シアタス 『Codaコーダ あいのうた』
鑑賞してから大分経ってしまいましたが,主人公の父親を演じるトロイ・コッツァー氏がろうあ者俳優としてアカデミー賞にノミネートされたことで話題になっていますね。耳の不自由な両親,兄のもとで,耳の聞こえる主人公が歌に目覚めていくという物語。こういうお話は昔からありますが,最近少し気になるのは,演出が控えめになっていると感じている。一昔前だったら本人のやる気とか,周囲の評価とか,過剰なほどに演出されていた気がしますが,本作では,まず主人公が歌が好きというのは分かる。でも,その情熱はそれほど伝わってこない。また,本人は自分が歌がうまいとは思っていないが,音楽教師は目をかけている。とはいえ,彼女のうたのどこが秀でているのかという説明はないし,周囲の驚きというのもそれほど表現されていない。まあ,実際に作品中で歌は唄うわけだから,観る者は「この程度の歌で誰もが感動してしまうってのは大げさじゃない?」となってしまうこともあるので,その辺りの表現をリアリティのあるものにしているのかもしれないし,本人のやる気の問題も,フィクションにはありがちなその人物の人生全てが音楽になってしまう的なリアリティのなさを回避し,人生にはいろんな局面が毎日ある,というリアリティなのかもしれない。しかし,一方では映画というエンタテイメントにはそういうリアリティのなさを期待しているところもあるので難しい。そういう意味では,主人公の恋愛については描写の少なさもあって物足りなさを感じた。
https://gaga.ne.jp/coda/

 

2022年26日(日)

府中TOHOシネマズ 『大怪獣のあとしまつ』
この映画の存在を知った時に,真っ先に観たいと思った。しかも,監督がなんと三木 聡という。そういえば最近観ていなかったなあと思ったら『インスタント沼』は2009年だった。その後も監督映画が何本かあるようだが,『イン・ザ・プール』が2005年だというから,映画監督を中心に活動していた時期は限られていたのかもしれない。ともかく,当時の出演俳優,岩松 了とふせえりを主要な役どころに据え,オダギリジョーなども出演しているのは嬉しい。ただ,個人的にこの映画のタイトルだけで知った時は,もう少し現実的な環境問題を扱うようなものを想像したのですが,まあ特撮ヒーローもののパロディでした。とはいえ,コロナ禍の政府対応を揶揄しているようなところもあり,それなりに楽しめました。なお,今回は小学五年生の息子も一緒に観に行きました。実写もので2時間弱というのは初体験でしたが,そこそこ楽しめたようです。
なお,個人的には特殊部隊の名スナイパーとして出演していたSUMIREさんの存在が気になりましたが,なんとCharaと浅野忠信の娘さんとのこと。普段はモデルをしているようですが,本作では男勝りの役どころで面白い。
https://www.daikaijyu-atoshimatsu.jp/

 

2022年211日(金・祝)

吉祥寺アップリンク 『夢みる小学校』
この映画の中心は「きのくに子どもの村学園」という私立の小中学校。国語算数理科社会という基礎的な授業はなく,子どもたちは大工仕事をし,農作業をして料理をする。演劇もするそうだが,その様子はあまり描かれていなかった。ともかく,「プロジェクト」という名のもとの総合学習で,子どもたちが主体的に企画し,話し合い,プロセスを考え,実行する。先生ならぬ大人たちは子どもたちの仲間であり,相談役であり,支援者である。そんな学校。実際にここに子どもたちを通わせているという作家の高橋源一郎ほか,著名人のコメントもあるが,尾木直樹氏の言葉にあるように,小中学校は義務教育だが,教育指導要領というものがあるだけで,法律的に学校で何をしなければならないという縛りは何もないのだという。実際に,公立の小学校についても長野県の伊那市立伊奈小学校は60年前から通知表がなく,東京都世田谷区立桜ケ丘中学校は校則がないという。作品中に明治学院大学の辻 信一という人類学者が登場するが,「普通の学生たちは質問をしない」という議論に大きく納得。質問=問いというのは毎日の生活や,自分が主体的に何かをしているときに溢れているが,教室で生徒が机を並べて教師に向かって行われる授業では生じないのだという。まあ,そうですよね。型にはまった学校というものに,この国の縮図を見た。もう一つ驚いたのは,この「きのくに子どもの村学園」は作品中に中心となる山梨県の学校だけでなく,園長の堀 真一郎氏の実家のある富山県,和歌山県,北九州,長崎と,5つの学校があり,園長はパジェロに載って月曜日から金曜日まで,曜日ごとに5つの学校で勤務しているのだという。現在77歳だというが,そのバイタリティがこういう学校を作るんですね。
https://www.dreaming-school.com/

 

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【読書日記】モリッシー, J.・ナリー, D.・ストロメイヤー, W.・ウィーラン, Y.著,上杉和央監訳『近現代の空間を読み解く』

モリッシー, J.・ナリー, D.・ストロメイヤー, W.・ウィーラン, Y.著,上杉和央監訳,阿部美香・網島 聖・春日あゆか・島本多敬訳(2017)『近現代の空間を読み解く』古今書院,268p.3,200円.

 

以前にも書いたことがあるが,昨年ポストコロニアリズムに関する文章を執筆していて,思い出して購入したのが本書。Ⅰ部のテーマがまさにその通りだったので,知らずに済まさずによかったと思ったが,結局字数や引用文献数の制限から本書に触れることができなかった。その時はⅠ部しか読んでいなかったので,改めて通読した次第。本書の原著は「Key concepts」シリーズの一冊で,経済地理学のものは翻訳も出ている。また類似書としては同じ出版社から『モダニティの歴史地理 上・下』(2005年)が本書の監訳者たちが訳出している。また,『Key Thinkers on Space and Place』という編著についてこちらも監訳者たちが2008年の『地理科学』の論文「空間・場所をめぐる思想家の「地図化」」なる論文で紹介している。
こんな具合に私の同世代以降の日本の歴史地理学もなかなか熱い。かつて日本の歴史地理学といえば,英語圏の歴史地理学には多少の目配りをするものの,その多くは日本国内で議論が完結していて,日本独自の歴史の復元が中心だった。しかし,本書はそれを強く意識しているように,英語圏の歴史地理学は歴史地理学を専門とするものだけでなく,現代思想の影響を色濃く受けた文化地理学者が歴史をその対象とする,ということもあり,大きな変革を遂げたといえる。本書でも取り上げられることが多いが,フランスの哲学者ミシェル・フーコーも哲学者でありながらその研究対象を歴史に向けることで歴史学にも大きな影響をもたらしたように,歴史というのは歴史学者の独占物ではない。そして,そうした多様な歴史地理の在り方を英語圏から学ぶことで,日本の歴史地理学も自ずから日本という国家も手に染めた帝国主義や植民地主義に目を向けざるを得ず,その歴史の復元は日本国内ではおさまらなくなるのは当然だ。ということで,最近の日本の歴史地理学者は積極的に英語圏の動向を取り込もうとしているように思う。

序章 歴史地理学の現在(上杉和央訳)
Ⅰ コロニアル/ポストコロニアルな地理
第1章 帝国主義と帝国(ジョン・モリッシー,網島 聖訳)
第2章 植民地主義と反植民地主義(ジョン・モリッシー,網島 聖訳)
第3章 開発(デヴィッド・ナリー,網島 聖訳)
Ⅱ 国家/民族建設と地政学
第4章 領域と場所(イヴォンヌ・ウィーラン,上杉和央訳)
第5章 アイデンティティとネイション(ジョン・モリッシー,島本多敬訳)
第6章 心象地理と地政学(ジョン・モリッシー,阿部美香訳)
Ⅲ 歴史的ヒエラルキー
第7章 階級,ヘゲモニー,抵抗(ウルフ・ストロメイヤー,春日あゆか訳)
第8章 人種(デヴィッド・ナリー,春日あゆか訳)
第9章 ジェンダー(デヴィッド・ナリー,春日あゆか訳)
Ⅳ 建造環境
第10章 自然と環境(ウルフ・ストロメイヤー,島本多敬訳)
第11章 都市を読み取る(イヴォンヌ・ウィーラン,上杉和央訳)
第12章 都市形態学の地理(イヴォンヌ・ウィーラン,春日あゆか訳)
Ⅴ 場所と意味
第13章 景観/風景と図像学(イヴォンヌ・ウィーラン,阿部美香訳)
第14章 遺産の概念化(イヴォンヌ・ウィーラン,上杉和央訳)
第15章 パフォーマンス,スペクタクルそして権力(イヴォンヌ・ウィーラン,網島 聖訳)
Ⅵ モダニティと近代化
第16章 資本主義と産業化(ウルフ・ストロメイヤー,網島 聖訳)
第17章 科学と技術(ウルフ・ストロメイヤー,春日あゆか訳)
第18章 モダニティと民主主義(ウルフ・ストロメイヤー,上杉和央訳)
Ⅶ 境界を越えて
第19章 グローバリゼーション(デヴィッド・ナリー,島本多敬訳)
第20章 統治性(デヴィッド・ナリー,島本多敬訳)
第21章 自然-文化(デヴィッド・ナリー,島本多敬訳)
Ⅷ 歴史地理学的知の生産
第22章 歴史地理学の伝統(ウルフ・ストロメイヤー,阿部美香訳)
第23章 視覚化された地理(ジョン・モリッシー,阿部美香訳)
第24章 証拠と表象(ジョン・モリッシー,阿部美香・網島 聖・上杉和央・春日あゆか・島本多敬訳)

原著のタイトルが「主要概念」とされているように,24の概念がそれぞれ章のタイトルになっていて,またキーワードではなく,コンセプトってところがその自由度と,一定のストーリーを本書に与えている。各章の著者と訳者を記したように,完全なる4人の分担執筆であり,訳もそれに対応するように,監訳者も含めた5人が分担して翻訳している。
私自身は英語圏の歴史地理学に詳しいわけではない。アラン・ベイカーといった著名な歴史地理学者の著書の翻訳もあるが読んでいない。本書でもそうした従来の歴史地理学に言及する場面もあり,その辺りも少し垣間見ることができるが,本書自体はそれらの伝統(?)に深く敬意を払うわけではなく,むしろ歴史地理学どっぷりではなく,「人文地理学における歴史研究」を広く議論しているように思う。そういう意味では,私が本書から新しく学ぶことはそれほど多くなく,歴史地理学というよりは政治地理学的テーマである,第20章の「統治」について,もう少し詳しく知りたいなと思った。また,自然を主題とした章が二つあり,このテーマに関しては日本では中島弘二さんが紹介しているくらいでまだまだ理解が進んでいないので,本書の意義は大きいと思う。
ともかく,各章の分量が少なく,それでいて本質的な議論をしようとする著者たちの熱量を感じる著書であり,非常に刺激的なものであることは間違いない。訳者あとがきにも書かれているが,この翻訳作業で集まった5人の議論が活発に行われ,研究者にとって幸福な時間であったことは想像に難くない。文献表も最後にまとめてあり,訳本があるものについてはその書誌情報も掲載されている。本書で刺激を受け,読者は自身でさらなる探求へと進む。学生・大学院生への理想的な教科書だと思うが,日本の大学で教科書として本書を用いる環境にあるかどうかは難しいようにも思う。私は仲の良い地理学者4人と共著論文を書き,1冊の訳書を出した。最終的にはこうした共著による教科書をつくれればと思う。

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