【読書日記】小長谷有紀『モンゴル草原の生活世界』
小長谷有紀(1996):『モンゴル草原の生活世界』朝日新聞社,228p.,1,200円.
著者は小長谷一之さんの配偶者として名前は知っていた。一之さんはリチャード・フロリダの翻訳などもしている経済地理学者。有紀さんも地理学出身だが,Wikipediaでは文化人類学者と書かれている。本書は彼女が研究者として歩み始めた15年間の成果を一般向けにまとめたもの,とされているが,本書刊行の時点で,着歴にはすでに3冊の本が紹介されている。『モンゴルの春』『モンゴル万華鏡』『モンゴル風物誌』という具合に書名と出版社から,やはり一般書だろうか。
それはともかく,最近ではモンゴルの遊牧民の研究をしている相馬拓也さんや,ウランバートルの研究をしている松宮邑子さんなど,モンゴル研究の地理学者が出てきているので,まずはかつてのモンゴルの状況を知ることができる本書を読もうと思った。まあ,たまたま古書店で見つけて買っておいたものではあるが。ちなみに,相馬さんは近年『E-journal GEO』によく書いているが,所属は地理学ではない。そして松宮さんは昨年『都市に暮らすモンゴル人』という著書を出し,埼玉大学に勤務されたようだ。
プロローグ――民主化のゆくえ
第一章 一年のサイクル
第二章 子とらせの歌
第三章 去勢のしきたり
第四章 乳をしぼるしきたり
第五章 家畜を屠るしきたり
第六章 結婚式
第七章 葬式
エピローグ――自由化の始まり
プロローグに,モンゴル人民共和国が1992年の初春にモンゴル国となったことが書かれ,社会主義から民主化されたことが記される。エピローグには,著者がモンゴルに留学した頃のことが書かれている。1980年前後にモンゴルに留学をしたとのことだが,ソ連と中国に挟まれたモンゴル人民共和国は当然社会主義国家だった。資本主義国からの留学生を素直に受け入れるわけではなく,行動制限が厳しかったとのこと。思うように調査ができず,中国で文化大革命が終わって10年経った頃から少しずつ調査・研究ができるようになったという。
ということもあり,本書はいわゆる著者がフィールドワークで観察したものだけを元にした研究ではない。モンゴルでの調査・研究に関わる十数年の間にモンゴル側でも民族誌の成果が蓄積されるようになり,そうした成果の紹介も含めた内容である。よく考えればそうであり,外国人である著者が見聞きしたもので現地のしきたりなどのすべてが把握できるわけではない。本書は遊牧民の習慣を,特に家畜との関りを中心にまとめられ,後半で人間社会のこととして結婚式と葬式という事例を中心に通過儀礼について論じている。当時の都市の暮らしは本書からは分からず,こうした遊牧民たちが国民のどれだけの割合を占めているかという,モンゴル国全体を俯瞰する記述はないが,これが当時の遊牧民の典型的な暮らしだとすると,おそらく今日では少数派となると同時に,おおくのしきたりは変更されているものと想像される。本書でも民主化の影響を示唆するような記述もあるが,はからずも本書に記録された,そして私たち日本人がイメージしやすいモンゴル人の暮らしに関する半ば失われつつある貴重な記録なのかもしれない。


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