【読書日記】Cresswell, T. 『In place / out of place』
Cresswell, T. 1996. In place / out of place: Geography, ideology, and transgression. Minneapolis: University of Minnesota Press.
クレスウェルは確か,イーフー・トゥアンの元で学んだ地理学者であったと思う。ちょうど私が論文を発表し始めた1990年代前半から,テーマ的に重なる(テーマとしてはトゥアンを継いでいるといえる)「場所」に関する研究を発表していた。1980年代にはマルクス主義の立場からトゥアン流の人文主義地理学への批判があり,ジリアン・ローズによるフェミニズムからの批判も1990年代前半だった。私も個人的な感覚から人文主義地理学に対して疑義を申し立てる意図を含めた場所研究をしていたが,クレスウェルも非常に独自な方法で場所研究を実践していた。そんな1990年代の3編の論文を収録し,問題提起と場所研究の方向性で挟んだのが本書だ。出版当時から話題だったが,2編の論文はすでに読んでいたので,読まずにここまできてしまった。なんとなく思い立って,今私が一人で翻訳するのであればこの本かなと思い,購入してとりあえず通して読んでみた次第。
第1部 議論の地勢:定義,概念,論点
1. 序
2. 地理学,イデオロギー,境界侵犯:相関的存在論
第2部 異端的地理学
3. 異端的地理学1:落書きの決定的な「どこ?」
4. 異端的地理学2:聖と俗――ストーンヘンジとヒッピー案内
5. 異端的地理学3:女性を彼女たちの場所に据える――グリーンハム・コモン
第3部 結論
6. 場所とイデオロギー的戦略
7. 場所,境界侵犯,そして抵抗実践
本書にはもともと掲載された論文の書誌情報が示されていないので,調べた。私は3章と5章を読んだことがあるが,4章のタイトルは見つからなかった。1本目が1992年,2本目が1994年で本書が1996年に出ているので,4章は学術論文に出す前に本書に収められたのかもしれない。
Cresswell, T. 1992. The Crucial ‘Where’ of Graffiti: A Geographical Analysis of Reactions to Graffiti in New York. Environment and Planning D: Society and Space 10: 329-344.
Cresswell, T. 1994. Putting Women in Their Place: The Carnival at Greenham Common. Antipode 26: 35–58.
いずれにせよ,本書でこれらの事例研究を「異端的地理学」と名付けるくらいで,当時としてはかなりオリジナリティのある場所研究だったといえる。トゥアンが訴えていた場所は,まさに人間が持って生まれた本性として,大切な性質である「場所への愛」や「場所感覚」というものを様々な時代に,世界のさまざまな地域からの事例を併記することで,その普遍性を示してきた。それに対して,そのエリート主義や日和見主義を批判したマルクス主義地理学者たちは,ホームレスや貧困者など,そうした最低限の場所をも奪われる人たちがいることを訴えたわけだが,ある意味では「人間にとって居場所とは重要である」という考え方によって両者が一致しているといえる。
それに対し,クレスウェルは4章で,放浪の旅を自ら選んだヒッピーたち,それは定住という価値観を疑い,遊牧のような価値観を模倣するような価値観を持つ者たちを取り上げた。5章では,本格的にフェミニズム地理学が盛り上がってきた時期ではあるが,その文脈ではなく,これまでの場所研究では取り上げられること少なかった女性を取り上げ,とりわけ家庭と結び付けられがちな女性たちが,自らその役割を放棄し,米軍基地の周囲で巡航ミサイル配備に反対するキャンプをする女性たちを論じた。3章のグラフィティ研究も,これまでカナダの地理学者レイがグラフィティ=落書きをギャングたちの縄張り意識の表象として捉えてきた研究に相対するかのように,ニューヨークで芸術化するグラフィティについて論じた。つまり,本書のタイトルにあるように,トゥアン流の場所研究が「In place」であるのに対し,本書の場所研究は「Out of place」なのだと。固有の場所(proper place)という概念がアリストテレスの時代からあるように,placeという概念は人間の立場をも意味するように,個人には社会からあてがわれた場所があるという価値観があるが,それを問い直そうというのが本書の意義であり,また魅力である。
結論部は2章を用いて,自らの場所研究,あるいは地理学を位置づけているが,当時話題の研究を多数取り上げながら,自らの地理学的研究を位置づけている。辞書なしで一読しただけなので,まだ消化不良だが,今この本を訳出することの意義は見出せたような気がする。少しゆっくりと翻訳を進めてみよう。
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