Dancan, J. and Gregory, D. eds. (1999): Writes of passage: reading travel writing. London: Routledge.
本書が出版された当時,私はまだ辛うじて大学に所属していたので,本書の存在は知っていた。編者の一人,ジェイムス・ダンカンは地理学における表象研究を1990年代に牽引していた人物で,グレゴリーは地理学理論の貢献を長らくしていた。今思うと,本書が出版されたこの頃はこの2人にとっても転機だと思われる。とはいえ,ダンカンの方はこれ以降目立った研究は減っていくのだが,グレゴリーはエジプトの研究を精力的にしている頃。
私は最近トラベル・ライティング研究の文献調査をしているが,数年前に関連図書の書評を書いた時に真っ先に本書を思い出し,言及はしていた。しかし,その時は実物が手元にはなく,今回改めて入手し,また辞書なしで読んだ次第。なかなか英語読解能力は向上していません。特に本書のように,歴史的な内容や,日本で翻訳・紹介のされていない文学作品を扱ったものは特に知らない単語も多く,理解できない部分が多いです。ということで,はじめに言い訳しておきますが,詳細な紹介はできません。どんな内容が書かれているのかのみの記録です。
1 序章:ジェイムス・ダンカン,デレク・グレゴリー(地理学)
2 アフリカの限定された見方:18世紀初頭の語りにおける野性と市民性の地理:ロクサン・ウィーラー(英文学)
3 啓蒙の旅:チベットにおける顕現の形成:ローリー・ハヴェル・マクミリン(解説文)
4 旅の記述,セクシュアリティの地図化:リチャード・バートンのソタディック・ゾーン:リチャード・フィリップス(地理学)
5 ラックノウからの逃避行:ホームを旅し記述する英国女性,1857-8:アリソン・ブラント(地理学)
6 エジプトを書き刻む:オリエンタリズムと旅の文化:デレク・グレゴリー(地理学)
7 脱オリエンタリズム:遠く離れた場所における親しみの衝撃について:ジェイムス・ダンカン(地理学)
8 異国の親しみと親しみやすさの異国情緒:ギリシアへの世紀末旅行者:ロバート・シャナン・ペッカム
9 クローゼットを通じた旅:マイケル・ブラウン(地理学)
10 プロバンスの地図越しの記述:『プロバンスの12か月』における旅の癒し:ジョアンヌ・P・シャープ(地理学)
1992年にルイーズ・プラットの『帝国のまなざし:トラベル・ライティングと文化の越境化』が出てから,近代期の植民地支配に関連する旅行記をポストコロニアル研究の文脈で,「トラベル・ライティング」という用語を用いて分析することが一般化したようだ。ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』もフィクションでありながら植民地主義を前提とした旅行記的形式をとっており,初期にコンラッド研究をしていたサイードも『オリエンタリズム』(1978年)のなかで,この種の作品をいくつも取り上げているので,起源はそこまで遡れる。コンラッドに限らず,D・H・ロレンスや,フローベール,ランボーなどもヨーロッパ諸帝国の植民地を旅していた。私も非常勤先の講義で旅行記とユートピア文学を通してヨーロッパ史における地理学を解説しているので,この手のテーマはなじみ深い。学生にはレポートとして,平凡社の東洋文庫を読ませていて,そこから学ぶことも多い。一応,寄稿者の専門分野を日本語で示したが,自分の理解が心もとないものもある。「Expository Writig Program」とは何だろうか。「Department of English」というのも,日本であれば英文学とでもできようが,米国の大学のなかでどういう意味あいなのか。『Geographies of writing』という著書を持つNedra Reynoldsの専門も「writing and rhetoric」となっていて,イマイチ理解できていない。英語文献を読んで馴染みがないものに出会うと,そういう分野を紹介している日本語文献を検索するが,なかなかヒットしない場合も多い。英語圏に限定しても,日本の研究者がフォローしていない分野もやはりけっこうあるのだろうか。
さて,内容ですが,2章はアフリカに関するもの。タイトルでは18世紀初頭とありますが,アフリカ大陸はヨーロッパにとって,古代から地中海世界の一部であり,身近であった。航海時代の初期も,スペインによる大西洋横断の前に,ポルトガルによるアフリカ大陸周回があった。基本的に15世紀にはアフリカ大陸沿岸に植民都市が建設され,沿岸地域はヨーロッパに知られていた。しかし,その後南北アメリカ大陸は東海岸からなだらかに標高が上がっていくという特徴もあり,一気に植民地化されるのに対し,テーブル上の地形であるアフリカ大陸の内陸は探検が進まなかった。この章では,『ロビンソン・クルーソー』(1719年)で知られるダニエル・デフォーの1720年の作品『船長シングルトン』を取り上げている。日本語は2015年に『名高き海賊船長 シングルトンの冒険一代記』というタイトルで翻訳されているとのこと。
3章はチベットを題材としている。チベットといえば,上記非常勤の講義でレポートの課題図書として,デシデリ『チベットの報告 1・2』平凡社(東洋文庫)を入れていたので,少し理解しやすいかと思っていたがそうでもなかった。イタリア人デシデリはキリスト教の布教目的で18世紀初頭にチベットを旅しているが,この章では英国による1784年から1904年までのものを対象としている。18世紀で取り上げられるのは,ジョージ・ボーグルという人物。検索すると日本語でも解説記事が出てくる。知らない歴史が多いので,本書を読む際に調べるべきだった。続いてはサミュエル・ターナーという人物。こちらも解説出てきますね。どちらも「外交官」という肩書になっています。続いて,ブライアン・ホジソンでこちらはWikipediaにも記事があります。本書ではオースティン・ワデルという人物とともに仏教との出会いについて論じられる。20世紀初頭の事例はラドヤード・キプリングの作品『少年キム』。作家名と作品名は知っているが,Wikipediaだけでも学ぶことは多い。日本の滞在経験もある旅行家で,彼だけでもトラベル・ライティング研究の題材になりそう。それから,フランシス・ヤングハズバンドという人物で,1919年に王立地理学協会の会長を務めているという。そういえば,ブラッド・ピットが主演した『セブンイヤーズ・イン・チベット』なんて映画もありましたね。ハインリヒ・ハラーという登山家による1952年の自伝を原作にしているようです。
4章は,リチャード・バートンという人物の訳による『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』について。以前,ボルヘスのバベルの図書館について調べている時に,『千夜一夜物語』についでどこかで何かを読んだ。そんなことは常識だとは思うのだが,私にはいろんな常識が欠けているので,ディズニー作品でも知られるアラビアン・ナイトは,アラブ世界の口承伝承的なもので,それをヨーロッパ人が翻訳し,書物化したことが歴史的には大きい。ここで論じられるのは,バートンによる「Sotadic Zone」という概念だが,翻訳はなく,それについて論じた日本語の文献も見つからなかった。本書にはまさにこの言葉をタイトルにしたバートンの著書はないが,ウェブで調べると「モハメッド帝国の社会的・性的関係」という副題のついた書物が出てくる。この章もタイトルにあるようにセクシュアリティがテーマだが,ヨーロッパがアラブ世界を性的堕落として描いたということくらいしか想像できないが,この概念をウェブで調べると,どうやらバートンは実際にアラブ世界を地理的ゾーンとして「Sotadic」を画定しているようだ。とはいえ,この単語は手元にある『リーダーズ英和辞典』にもなく,ギリシアの詩の一形式で好色的なものという意味しか分からなかった。
5章は19世紀中ごろのインドにおける英国人女性を題材としている。以前書評を書いた『旅にとり憑かれたイギリス人』のなかに,1857年のインド大反乱(セポイの反乱)によって居住地から逃れて旅をしたクープランドという女性の旅行記の分析を読んだので,テーマ的には同一かと思うが,英文を読んでもあまり理解できなかった。この章のタイトル「ラクナウからの逃避行」は1858年に描かれた絵画のタイトルであり,白人女性が手を取り合って逃げるさまを描いている。幼い子は有色人種の女性(召使)が抱え,小さな子どもと老女を男性が導いている。本書では,逃避中の滞在地における住まいについても論じられていた。
6章の著書,デレク・グレゴリーについては明治大学の大城直樹さんがその研究動向についてその都度書いてきているが,この頃から始まったエジプト研究についてはまだ書かれていないようです。ヨーロッパ人のエジプト旅行については私も『フロベールのエジプト』を読んだので,何となくイメージはつく。もちろん,ピラミッドなどの古代遺跡が調査の対象となり,観光資源にもなるが,早くからイスラーム圏に含まれ,エキゾチックな雰囲気もあり,ナイル川沿岸を中心にヨーロッパ人の旅行先として整備されたようだ。ヨーロッパ人向けのホテルが建設され,フロベールの旅行記にあったように,売春宿もあったらしい。本書には他の章でもべデカーというドイツの旅行案内書,マレーというイギリスの案内書などについての言及もある。そんな近代観光にいたるまで考察されています。
7章はもう一人の編者ダンカンによるもの。ダンカンは1990年に現スリランカであるセイロン島のキャンディ王朝に関する研究書を出しており,この章もキャンディ王朝を題材にしている。セイロン島については,ノックス『セイロン島誌』平凡社(東洋文庫)をレポート課題図書にしていた。こちらは17世紀後半にセイロン島に漂着した若き英国人がキャンディ王朝に捕らえられ,19年後に脱出したという記録。本章の検討対象は19世紀後半以降の旅行記だが,やはり議論の仕方がグレゴリーよりダンカンの方が私には馴染みます。キャンディ王朝は1815年に英国の支配下に入っているので,本章は植民地としてのセイロン島に赴いた英国人の記録ということになる。異国情緒を感じながらもその土地の風景に英国らしさも求める。
8章は私なりに不十分な理解ながら,発見が多かった。19世紀末のギリシアを対象としているが,なぜギリシアがポストコロニアル視点に立ったトラベル・ライティング研究の対象となるのか。まあ,私の拙い知識でも考えれば分かる。ギリシアは古代にヨーロッパ的知性の基礎を築いたともいえるが,ヘレニズム文化やビザンツ帝国にも含まれ,徐々に西方に中心を移すヨーロッパにとっては東方=オリエントとも位置付けられる。バルカン半島はイスラームの影響下にあり,オスマン帝国の領土ともなる。この章では19世紀後半が論じられ,マレーの旅行案内書も登場する。ここには言及はないが1896年に近代オリンピックの第1回大会がアテネで開催されたが,その後1897年にクレタ島をめぐってトルコと戦争になり,1919年の本格的な戦争にまで続く。この章の最後には,ギリシアとアイルランドの奇妙な結びつきと題された節がある。
9章はマイケル・ブラウンという地理学者によるものだが,「クローゼットの地理学」なんて論文も書いていて,性的少数者の研究者のようだ。この章では,米国のゲイ作家ニール・ミラーの二つの作品(1989年と1992年)を論じているが,前半で精神分析と文芸批評についてや,クローゼット概念(性的少数者がそのアイデンティティをクローゼットにしまい込んだ状態からカミングアウトする)の解説などがある。ミラーについては日本での紹介もまだないようで,やはり理解は浅いが,ラカンやドゥルーズ・ガタリを用いて分析している。
最終章である10章は,初期のころから私が好んで読んでいる地理学者ジョアンナ・シャープによるもの。9章も現代作家の作品を取り上げたが,ここでは英国からフランスのプロバンスに移り住んで,プロバンスに関する著作を持つピーター・メイルを取り上げる。メイルについては取り上げられている1989年の作品は『南仏プロバンスの12か月』として,1991年の作品は『南仏プロバンスの木陰から』として翻訳されている。色々考えさせられる論文だったが,やはり消化不良。イギリスから見たフランス,都市と農村,旅行者・移住者・地元民,裕福で清潔な暮らしと農業労働など,こう書いてしまうと少し陳腐化した観光研究のテーマですが,シャープの手にかかると魅力的な議論です。でも,珍しくフェミニズム的観点は少なかったかも。
少し丁寧に読書日記を書こうと思って,いろいろ調べたら学ぶべきことが多かったです。本来なら調べながら読んだらもっと理解が深まるのだが,通勤電車の中でということなので,難しいですな。
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