【読書日記】特集「アイドル,労働,リップ」『エトセトラ』2022年8号
鈴木みのり・和田彩花特集編集「アイドル,労働,リップ」『エトセトラ』2022年8号,エトセトラブックス,141p.,1,300円.
年2号のペースで発行されている雑誌『エトセトラ』(本号は「FALL/WINTER」と記載がある)は私にとって買わずにいられない雑誌になっている。アイドル特集というのはさして興味はないが,この雑誌の視点で語られるのであれば,是非読んでみたいと思う次第。内容の紹介の前に,私にとってのアイドルということも書いておこう。
わが家はかなりテレビ中毒の家族であった。今でいう都市再生機構(UR)の5階建て団地で,両親と兄の4人家族だった。父はそれほど仕事熱心な人ではなく,通勤時間は1時間以上あったが,夕食時は4人そろって食べていた。幼い頃の詳細な記憶はないが,中学校時代は部活を終えて帰宅したら,焼き芋とか茹でたトウモロコシとかを食べて小腹を満たしていたので,夕食は父親が帰宅する時間に合わせていたのだと思う。
ともかく,朝食時も夕食時もまさにテレビを囲んでの団欒という感じで,テレビ鑑賞は遅い日は23時まで続いていたと思う。特に21時から『ザ・ベストテン』のある曜日は,続いて『世界まるごとハウマッチ』を観ていた。調べてみると,1983年から始まった番組なので,私はすでに中学生になっていたので,少し安心。22時開始時代はけっこうエッチな場面もあったんですよね。
それはともかく,『ザ・ベストテン』などの歌番組もよく観ていたので,当然異性への恋心を抱くのはブラウン管の向こうのアイドルである。1970年生まれの私にとってはキャンディーズの記憶はほとんどない。そういう意味では,一番初めにドキドキしたのはピンクレディーのミーさんかな。デビュー当時の松田聖子も驚いたものです。吉田照美のラジオも聞いていたし,とんねるずもど真ん中世代なので,おニャン子クラブはそこそこ観ていました。でも,私的にちゃんと応援していたアイドルは菊池桃子でした。控えめで,裏がなさそうで誠実そうな姿が私的にはしっくりきていたのかもしれません。すでに私は高校生でしたが,友だちと一緒に浦和までコンサートにも行きました。あともう一人,覚えているのは八木さおり。『パンダ物語』という1988年の映画で主演したが(私は観ていない),なにやらやらかしてしまったのか,その後の活動はあまりぱっとしなかった。まあ,そんなところですかね。20歳で一人暮らしを始めてからはテレビもなく,映画に出演する女優さんのなかで注目する人たちはいたが,アイドル的なものではなくなったように思います。
前置きが長くなりましたが,雑誌の紹介に移りましょう。
特集のはじめに:鈴木みのり・和田彩花
エッセイ
少女時代を通して出会った世界:菅野つかさ
「街いちばんのナイス・キッドたち」によせて:野中モモ
私はいかにしてアイドルの恋愛に一喜一憂するようになったか:藤野可織
ファンと消費:犬山紙子
論考
矛盾に満ちた「推される人」たちにかかる負荷が少しでも減ることをいつも願っている:ハン・トンヒョン
アイドルとあなたとは何も変わらない,同じ人間である:上岡磨奈
アイドルたちは何を開示しているのか?:田中東子
創作
わたしはこぶしを握りしめる:岩川ありさ
アンケート
わたしの“アイドル”――20人が語る,それぞれにとっての“アイドル”
読者アンケート:アイドルの未来のためのアンケート
インタビュー
〈自分の身体と折り合いをつける〉ために試したいエクササイズとストレッチ:竹内亜矢子
好きなことを好きでいるために,アイドルの問題を話していきたい。:寺嶋由芙
働くすべての人の「労働」が,守られるために知りたいこと:内藤 忍
編集部座談会:アイドルの未来のためには何がいる?
特集のおわりに:鈴木みのり・和田彩花
編集長フェミ日記2022年8月~9月:鈴木みのり
インタビュー
反ジェンダー,反多様性にフェミニズムは抵抗する:ジュディス・バトラー(聞き手:清水晶子)
「オープンレター女性差別的な文化を脱するために」を記録する:編集部・小林えみ
寄稿
イトー・ターリが遺したもの――追悼展示会報告記:北原 恵
FEMINIST REPORT
ブラジルの政治を先住民族の女性の手に:下郷さとみ
連載
ここは女を入れない国06最終回 炭鉱と女人禁制:伊藤春奈(花束書房)
Who id she?5 日雇で働くニコヨンの彼女:大橋由香子
ふぇみで大丈夫vol.4 ちゃんみな大好き!:ナガノハル
彼女たちが見てきた風景vol.8 LAST TIME WE MET:写真・文 宇壽山貴久子
本誌の5号は韓国ドラマの特集だった。本誌に寄稿するフェミニストの方々の多くは,テレビドラマ,映画,音楽,芸術など文化をこよなく愛する人たちであるというのも特徴である。もちろん,アクティヴィストも多いが,いわゆる政治運動家という印象は薄く,何かしら文化芸術に関わる活動であることが多いようにも思う。そういう意味でも,本号への寄稿者のアイドル愛に溢れる文章が多い。そして,そのアイドルに対する愛は,人権を基礎としたものであり,それが特集タイトルの「労働」というところに関わっている。残念ながら,私には「リップ」に込められた意味あいは理解できていない。
編者である和田彩花さんはアイドルとして10年以上活動しながら,大学院で美術を学び執筆化としても多方面で活躍しているという。鈴木みのりさんは執筆者紹介にはこれといった肩書は書かれていないが,フェミニズムの視点からの文芸批評家ということのようだ。近年の世界的なアイドルの一つが韓国のBTSだといえると思うが,やはり今回の特集でも韓国関係の文章も多い。寄稿者のなかにも日本生まれとのことだが,ハン・トンヒョンさんという社会学者が韓国アイドルに関する論考を載せている。同じく論考を寄稿している上岡磨奈さんはアイドルを経験した後,現在は慶應義塾大学の大学院で文化社会学を専攻し,アイドル研究を続けているという。彼女が執筆した『アイドル・スタディーズ』という論文集も明石書店から刊行されているとのこと。この文章で自身のアイドルの経験における素朴な疑問を吐露し,それが現在のアイドル研究につながっていることを論じているが,そこで寺嶋由芙さんによるYouTubeによる発信について紹介していて,本誌にも寺嶋由芙さんのインタビューが掲載されている。端的にいうと,アイドルは幼少のころから仕事を始め,また地下アイドルなんて言葉があるように,稼ぎにならない下層アイドルが,メディアでもてはやされる稼げる上層アイドルを目指すという階層構造があり,それを利用してアイドル産業はアイドルを労働者として搾取するということが蔓延してきた。もちろん,それはアイドルに関わらずエンタメ業界全般にみられ,経済的搾取だけでなく性暴力にもつながっていることは最近の被害者による告発によって社会に広く知られることになっている。
その『アイドル・スタディーズ』という本を私はまだ読んでいないが,アイドル研究も近年遅きに失したカルチュラル・スタディーズの一つの事例として転回しているようにも思う。確かに,アイドル研究はかつてからあった。それらは大学の教員が,本職とは別の趣味的なものとして,とても学術研究とは呼べないレベルで,要は中年のおじさんが若い女性アイドルを論評するというものだ。それらは時代に応じて,おニャン子クラブやモーニング娘。AKB48のような素人からの発掘,オーディション,会えるアイドル,グループとしての切磋琢磨的なアイドルのあり方の変化とともに,論評のあり方も変化してきたと思うが,近年のアイドル・スタディーズはより社会学的に洗練されたものとなっているのだと勝手に想像する。本誌にはカルチュラル・スタディーズの田中東子さんも寄稿していて,その辺りのことも書いているが,本人自身のアイドル観も含めて論じているところが,本誌独特な感じで面白い。
本号ではアンケートも充実している。回答者を3つ区分している。:アイドル,もしくはその経験がある人,B:アイドル業界の従事者,C:アイドルのファンなどその他。Aの回答が30人,Bの回答が31人,Cを含めた全体が1,408件の回答があったという。数は決して多くないが,Bという回答者が含まれていることも含めて貴重なアンケートである。また,Cの回答者の性別(自称)が列記されているのだが,それがとても興味深い。そもそもがこの雑誌の読者が女性中心でトランスの方も少なくないと想像できるが,シス男性,シス女性を探すのが難しいほどである。そういう意味では,アイドルに関するアンケートではありながら,いわゆるアイドルおたく的な人の回答はあまり得られていないと考えた方がいいかもしれない。
さて,私にとっての本号の一番の収穫はジュディス・バトラーのインタビューだった。これは2018年の2月にバトラーが来日した際に,清水晶子さんが聴き手となって行われたものだとのこと。私は基本的に有名な著者のインタビューってあんまり好きではありませんが,このインタビューはフェミニスト研究者としてのお二人が,世代に違いはあるものの対等な立場として,英米を拠点とするバトラーと現在は日本を拠点とする清水さんとのダイアローグだといえる。そして,テーマはジェンダー・バックラッシュ。日本での状況は米国在住の人類学者山口智美さんの仕事で最近よく知られるようになってきましたが,欧米でもすさまじい勢いでフェミニストが攻撃にあっているということは私も知らなかった。もちろん,近年は欧米諸国でも極右政党の台頭がありますが,日本と同じようにジェンダー問題を時代を逆行させるような動きがあるようです。日本では,その一部を統一協会による政治介入が推進していたので,かなり特殊な事例かと思いましたが,確かに米国に拡がる妊娠中絶禁止運動など,気になる動向もありましたが,世界的な動向のようですね。おそらく,バトラー自身も,また清水さん自身もそうした攻撃にあっているものと想像され,彼女たちの言葉には相当の重みを感じざるを得ません。
そういう意味では,このインタビューに続いて掲載されている「オープンレター女性差別的な文化を脱するために」を記録する,という文章も興味深い。こちらも,ある知識人のフェミニストたたきがウェブ上で炎上していったというものであり,私はこの件を知らなかった。企画はそのオープンレターにも関わった小林えみさんで,分倍河原にあるマルジナリア書店を経営し,よはく舎という出版社もされている人物。この件は歴史修正主義などにも関連していて,私もTwitterをしながら,日本の侵略戦争の正当化とジェンダー平等を認めようとしない人たちの類似性が気になっていましたが,地続きのようです。
ともかく,本号も特集以外の記事も連載も一つ一つコメントしたい魅力的なものばかりでした。


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