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2022年12月

【読書日記】特集「アイドル,労働,リップ」『エトセトラ』2022年8号

鈴木みのり・和田彩花特集編集「アイドル,労働,リップ」『エトセトラ』20228号,エトセトラブックス,141p.1,300円.

 

年2号のペースで発行されている雑誌『エトセトラ』(本号は「FALL/WINTER」と記載がある)は私にとって買わずにいられない雑誌になっている。アイドル特集というのはさして興味はないが,この雑誌の視点で語られるのであれば,是非読んでみたいと思う次第。内容の紹介の前に,私にとってのアイドルということも書いておこう。
わが家はかなりテレビ中毒の家族であった。今でいう都市再生機構(UR)の5階建て団地で,両親と兄の4人家族だった。父はそれほど仕事熱心な人ではなく,通勤時間は1時間以上あったが,夕食時は4人そろって食べていた。幼い頃の詳細な記憶はないが,中学校時代は部活を終えて帰宅したら,焼き芋とか茹でたトウモロコシとかを食べて小腹を満たしていたので,夕食は父親が帰宅する時間に合わせていたのだと思う。
ともかく,朝食時も夕食時もまさにテレビを囲んでの団欒という感じで,テレビ鑑賞は遅い日は23時まで続いていたと思う。特に21時から『ザ・ベストテン』のある曜日は,続いて『世界まるごとハウマッチ』を観ていた。調べてみると,1983年から始まった番組なので,私はすでに中学生になっていたので,少し安心。22時開始時代はけっこうエッチな場面もあったんですよね。
それはともかく,『ザ・ベストテン』などの歌番組もよく観ていたので,当然異性への恋心を抱くのはブラウン管の向こうのアイドルである。1970年生まれの私にとってはキャンディーズの記憶はほとんどない。そういう意味では,一番初めにドキドキしたのはピンクレディーのミーさんかな。デビュー当時の松田聖子も驚いたものです。吉田照美のラジオも聞いていたし,とんねるずもど真ん中世代なので,おニャン子クラブはそこそこ観ていました。でも,私的にちゃんと応援していたアイドルは菊池桃子でした。控えめで,裏がなさそうで誠実そうな姿が私的にはしっくりきていたのかもしれません。すでに私は高校生でしたが,友だちと一緒に浦和までコンサートにも行きました。あともう一人,覚えているのは八木さおり。『パンダ物語』という1988年の映画で主演したが(私は観ていない),なにやらやらかしてしまったのか,その後の活動はあまりぱっとしなかった。まあ,そんなところですかね。20歳で一人暮らしを始めてからはテレビもなく,映画に出演する女優さんのなかで注目する人たちはいたが,アイドル的なものではなくなったように思います。
前置きが長くなりましたが,雑誌の紹介に移りましょう。

特集のはじめに:鈴木みのり・和田彩花
エッセイ
少女時代を通して出会った世界:菅野つかさ
「街いちばんのナイス・キッドたち」によせて:野中モモ
私はいかにしてアイドルの恋愛に一喜一憂するようになったか:藤野可織
ファンと消費:犬山紙子
論考
矛盾に満ちた「推される人」たちにかかる負荷が少しでも減ることをいつも願っている:ハン・トンヒョン
アイドルとあなたとは何も変わらない,同じ人間である:上岡磨奈
アイドルたちは何を開示しているのか?:田中東子
創作
わたしはこぶしを握りしめる:岩川ありさ
アンケート
わたしの“アイドル”――20人が語る,それぞれにとっての“アイドル”
読者アンケート:アイドルの未来のためのアンケート
インタビュー
〈自分の身体と折り合いをつける〉ために試したいエクササイズとストレッチ:竹内亜矢子
好きなことを好きでいるために,アイドルの問題を話していきたい。:寺嶋由芙
働くすべての人の「労働」が,守られるために知りたいこと:内藤 忍
編集部座談会:アイドルの未来のためには何がいる?
特集のおわりに:鈴木みのり・和田彩花
編集長フェミ日記20228月~9月:鈴木みのり
インタビュー
反ジェンダー,反多様性にフェミニズムは抵抗する:ジュディス・バトラー(聞き手:清水晶子)
「オープンレター女性差別的な文化を脱するために」を記録する:編集部・小林えみ
寄稿
イトー・ターリが遺したもの――追悼展示会報告記:北原 恵
FEMINIST REPORT
ブラジルの政治を先住民族の女性の手に:下郷さとみ
連載
ここは女を入れない国06最終回 炭鉱と女人禁制:伊藤春奈(花束書房)
Who id she?5
 日雇で働くニコヨンの彼女:大橋由香子
ふぇみで大丈夫vol.4 ちゃんみな大好き!:ナガノハル
彼女たちが見てきた風景vol.8 LAST TIME WE MET:写真・文 宇壽山貴久子

本誌の5号は韓国ドラマの特集だった。本誌に寄稿するフェミニストの方々の多くは,テレビドラマ,映画,音楽,芸術など文化をこよなく愛する人たちであるというのも特徴である。もちろん,アクティヴィストも多いが,いわゆる政治運動家という印象は薄く,何かしら文化芸術に関わる活動であることが多いようにも思う。そういう意味でも,本号への寄稿者のアイドル愛に溢れる文章が多い。そして,そのアイドルに対する愛は,人権を基礎としたものであり,それが特集タイトルの「労働」というところに関わっている。残念ながら,私には「リップ」に込められた意味あいは理解できていない。
編者である和田彩花さんはアイドルとして10年以上活動しながら,大学院で美術を学び執筆化としても多方面で活躍しているという。鈴木みのりさんは執筆者紹介にはこれといった肩書は書かれていないが,フェミニズムの視点からの文芸批評家ということのようだ。近年の世界的なアイドルの一つが韓国のBTSだといえると思うが,やはり今回の特集でも韓国関係の文章も多い。寄稿者のなかにも日本生まれとのことだが,ハン・トンヒョンさんという社会学者が韓国アイドルに関する論考を載せている。同じく論考を寄稿している上岡磨奈さんはアイドルを経験した後,現在は慶應義塾大学の大学院で文化社会学を専攻し,アイドル研究を続けているという。彼女が執筆した『アイドル・スタディーズ』という論文集も明石書店から刊行されているとのこと。この文章で自身のアイドルの経験における素朴な疑問を吐露し,それが現在のアイドル研究につながっていることを論じているが,そこで寺嶋由芙さんによるYouTubeによる発信について紹介していて,本誌にも寺嶋由芙さんのインタビューが掲載されている。端的にいうと,アイドルは幼少のころから仕事を始め,また地下アイドルなんて言葉があるように,稼ぎにならない下層アイドルが,メディアでもてはやされる稼げる上層アイドルを目指すという階層構造があり,それを利用してアイドル産業はアイドルを労働者として搾取するということが蔓延してきた。もちろん,それはアイドルに関わらずエンタメ業界全般にみられ,経済的搾取だけでなく性暴力にもつながっていることは最近の被害者による告発によって社会に広く知られることになっている。
その『アイドル・スタディーズ』という本を私はまだ読んでいないが,アイドル研究も近年遅きに失したカルチュラル・スタディーズの一つの事例として転回しているようにも思う。確かに,アイドル研究はかつてからあった。それらは大学の教員が,本職とは別の趣味的なものとして,とても学術研究とは呼べないレベルで,要は中年のおじさんが若い女性アイドルを論評するというものだ。それらは時代に応じて,おニャン子クラブやモーニング娘。AKB48のような素人からの発掘,オーディション,会えるアイドル,グループとしての切磋琢磨的なアイドルのあり方の変化とともに,論評のあり方も変化してきたと思うが,近年のアイドル・スタディーズはより社会学的に洗練されたものとなっているのだと勝手に想像する。本誌にはカルチュラル・スタディーズの田中東子さんも寄稿していて,その辺りのことも書いているが,本人自身のアイドル観も含めて論じているところが,本誌独特な感じで面白い。
本号ではアンケートも充実している。回答者を3つ区分している。:アイドル,もしくはその経験がある人,B:アイドル業界の従事者,C:アイドルのファンなどその他。Aの回答が30人,Bの回答が31人,Cを含めた全体が1,408件の回答があったという。数は決して多くないが,Bという回答者が含まれていることも含めて貴重なアンケートである。また,Cの回答者の性別(自称)が列記されているのだが,それがとても興味深い。そもそもがこの雑誌の読者が女性中心でトランスの方も少なくないと想像できるが,シス男性,シス女性を探すのが難しいほどである。そういう意味では,アイドルに関するアンケートではありながら,いわゆるアイドルおたく的な人の回答はあまり得られていないと考えた方がいいかもしれない。
さて,私にとっての本号の一番の収穫はジュディス・バトラーのインタビューだった。これは2018年の2月にバトラーが来日した際に,清水晶子さんが聴き手となって行われたものだとのこと。私は基本的に有名な著者のインタビューってあんまり好きではありませんが,このインタビューはフェミニスト研究者としてのお二人が,世代に違いはあるものの対等な立場として,英米を拠点とするバトラーと現在は日本を拠点とする清水さんとのダイアローグだといえる。そして,テーマはジェンダー・バックラッシュ。日本での状況は米国在住の人類学者山口智美さんの仕事で最近よく知られるようになってきましたが,欧米でもすさまじい勢いでフェミニストが攻撃にあっているということは私も知らなかった。もちろん,近年は欧米諸国でも極右政党の台頭がありますが,日本と同じようにジェンダー問題を時代を逆行させるような動きがあるようです。日本では,その一部を統一協会による政治介入が推進していたので,かなり特殊な事例かと思いましたが,確かに米国に拡がる妊娠中絶禁止運動など,気になる動向もありましたが,世界的な動向のようですね。おそらく,バトラー自身も,また清水さん自身もそうした攻撃にあっているものと想像され,彼女たちの言葉には相当の重みを感じざるを得ません。
そういう意味では,このインタビューに続いて掲載されている「オープンレター女性差別的な文化を脱するために」を記録する,という文章も興味深い。こちらも,ある知識人のフェミニストたたきがウェブ上で炎上していったというものであり,私はこの件を知らなかった。企画はそのオープンレターにも関わった小林えみさんで,分倍河原にあるマルジナリア書店を経営し,よはく舎という出版社もされている人物。この件は歴史修正主義などにも関連していて,私もTwitterをしながら,日本の侵略戦争の正当化とジェンダー平等を認めようとしない人たちの類似性が気になっていましたが,地続きのようです。
ともかく,本号も特集以外の記事も連載も一つ一つコメントしたい魅力的なものばかりでした。

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【読書日記】『インパクション』2014年194号

『インパクション』2014194号,特集「返上有理!2020東京オリンピック徹底批判」インパクト出版,215p.1,400円.

 

2020年夏季オリンピック大会の実施都市が決定したのが2013年9月。東京は2016年大会から招致活動をしていたが,それに反対する運動はそれほど目に見える形ではなかった。反五輪の会の結成が東京での開催が決定される数か月前。開催が決まってから,雑誌のオリンピック特集は多かったが,反対の立場からのものはこの時期はほとんどなかった。そうした仮名で,2014年4月という段階で,オリンピック反対の特集を組んだこの雑誌は大きな意義を持っている。
私がオリンピックに関する共同研究に参加したのが2017年だったので,そのことは共同研究者たちの間で話に上がったが,過去の雑誌を取り寄せて読むことまではしていなかった。しかし,2020年に入り,いよいよ東京オリンピック開催年になったと思いきや,新型コロナウイルスのパンデミックが始まった。それによって,オリンピック反対の声は日に日に大きくなり,開催者側はなんとか1年延期で乗り切ったものの,その波はさらに1年間継続してさらに大きくなっていったように思う。オリンピック反対の意見は開催直前で過半数を超えるような世論調査もあったが,結局は開催されてしまった。しかし,今年に入ってオリンピックの汚職が次々と明るみになり,そのおかげで2030年の冬季オリンピックに対する札幌の招致も一旦見直されることとなった。札幌の招致活動に関しては,招致段階で市民が反対の声を上げ,デモも行うなど,徐々に高まりをみせ,現在では複数の団体が反対運動をしている。
東京大会に対する反対運動は開催決定時から反五輪の会とおことわリンクが活動をしていたが,コロナ前まで私が知るかぎり,本当に細々とした活動だった。もちろん,活動自体はスゴイ熱量なのだが,日本でそれを支える人,賛同する人の拡がりはみられなかった。しかし,日本でオリンピック反対運動は1988年の夏季大会に名古屋が招致をした時点から存在し,1998年の冬季長野オリンピックは実施されたが運動はあったし,2008年の大阪の招致に関しても反対運動が招致失敗の一因を作ったともいえる。2016年の国内立候補都市の決定に際しても横浜や福岡で,2020年に関しても広島や長崎で反対の声が上がっていたという情報もある(残念ながら記録にはたどり着いていない)。
前書きがすっかり長くなったが,ともかく日本におけるオリンピック反対の軌跡をしっかりと残された文書ベースでも辿っておく必要はあると考え,この雑誌を取り寄せて読むことにした。なお,『インパクション』はこの号が発行されて何号かで廃刊してしまったようだ。今回,オリンピック特集以外もすべて読んだが,こんなに面白い雑誌をこれまで読んだことがなかったということを少し残念に思う。ということで,この読書日記では,特集記事以外も紹介していきたいと思う。

安倍政権のNHK政治介入・報道統制の流れを許さない!放送への政治介入により番組が改ざんされた被害者当事者の立場から:西野瑠美子
原発非難の実態と「非難の権利」:早尾貴紀

特集「返上有理!2020東京オリンピック徹底批判」
何のための東京オリンピックか:杉村昌昭
東京五輪をスポーツ・ナショナリズムの「終わりの始まり」の契機に:谷口源太郎(インタビュー・鵜飼哲)
オリンピックはホルモンアンバランス!そして生身の身体は絶体絶命:過剰姉妹
パラリンピックへの展望:金滿里
法規制や天皇関係を無視する新国立競技場建設を許すな――国立競技場将来構想有識者会議の議事録を中心緯:渥美昌純
座談会:差別・排除を加速させるオリンピックはいりません。:反五輪の会 NO OLYMPICS 2020
都営霞ヶ丘アパート住民Jさんが語る「霞ヶ岡町での暮らし」
オリンピック――かくもおぞましいスペクタクル:高祖岩三郎
2020
年東京・〈棄民五輪〉にようこそ――「福島・ニッポン」を超えて世界に拡大する放射能汚染で「お・も・て・な・し」:天野恵一

沖縄・やんばる風の便り34 子どもたちの未来のために:浦島悦子
他郷雑感第12回 日式住宅再生プロジェクト:韓国暮らしの戸田郁子
アート・アクティヴィズム72 「森美術館問題」を考える――会田誠の性表現と「反米」の身振り:北原 恵
メキシコ先住民運動の再編とサパティスタの新世代――EZLN「小さな学校エスクリエータ」の経験から:佐々木 祐
シジフォスたちの陶酔――「Project FUKUSHIMA!」を批判する:矢部史郎+山の手緑
「被害経験者の家族」として「加害者家族」として生きていくこと:SO♡(supporters of heart)共同代表・真生

冒頭の特集以外の文章からしてスゴイ。慰安婦問題を扱ってきたジャーナリストである西野瑠美子さんによる文章は,ドキュメンタリー映画『愛国と教育』でも語られた,安倍元首相による歴史修正主義の流れを,最近まで話題になっているNHK会長や役員の人事と2001年に制作された番組を事例に論じている。もう20年も右傾化の一途をたどっているということだ。次の早尾貴紀さんの福島原発をめぐる問題も説得力がある。私の身近にも東日本大震災を機に東京から九州へと移転した人がいた。国が定める原発避難者を都道府県単位で考えることの愚かさよ。
さて,オリンピック特集だが,序文を鵜飼哲さんが書いていて,最後の論文を天野恵一さんが執筆している。この二人は2019年に『で,オリンピックやめませんか?』という編著を出しているし,天野恵一さんは1998年に長野オリンピック批判本の編者であり,鵜飼さんは2016年の『反東京オリンピック宣言』の巻頭言も書いている。そういう二人が中心となった特集であるといえる。巻頭論文の執筆者,杉村昌昭さんは,この雑誌の編集顧問という立場の現代思想研究家ということだが,新自由主義グローバリゼーションという大きな枠組みで近年のオリンピックを考察している。続いては,谷口源太郎というスポーツ・ジャーナリストへのインタビュー。1997年に『日の丸とオリンピック』という著書を出しているので,買ってみた。ここでも長野オリンピック批判がされているし,先ほど挙げた長野オリンピック批判本『君はオリンピックを見たか』でも天皇制批判の観点からのオリンピック批判があった。2020年大会の東京開催決定に際しても安倍元首相のアンダーコントロール発言など酷いことは既に色々あったが,過去の大会も含めてオリンピック大会の功罪を総括している。
この特集に続く本格的な東京オリンピック批判は2016年の『反東京オリンピック宣言』をまたねばならないが,そちらが主に学術界からの批判だったのに対し,本誌では反五輪の会を含む弱い立場からの意見が多い。続く「過剰姉妹」と名乗る二人の女性の文章もなかなか興味深い。オリンピックは確かにエンタテイメントとしての側面がある。しかし,「子どもたちに夢を」などというスローガンは欺瞞にすぎない。オリンピックに出場できるような選手は本当に一握りであり,しかも幼いころからのトレーニングが欠かせなく,保護者がそれを手強できる財力がなければならない。もちろん,そうした鍛錬に耐えられる強靭な肉体と精神力を必要とするため,ただ普通に生活するほとんどの人には無縁の世界である。劇団変態を主宰する金滿里さんによる文章も短いながらパラリンピックに言及していて,興味深い。私はオリンピック研究に関して文献調査をしたものの,パラリンピック研究までは手が回らなかったが,基本的にパラリンピック批判というのはオリンピック批判以上に難しい雰囲気があり,この時期に根本的な批判がされているのは貴重である。
渥美昌純という方は「東京にオリンピックはいらないネット」という団体の所属と記されているが,この団体は知らなかった。本誌では新国立競技場の計画について寄稿しているが,こちらも非常に重要な指摘がされている。新国立競技場問題は今でも続いていて,外苑前の全体計画で多くの立木が伐採されるということが,多くの市民から批判され,計画の見直しが求められている。その根本的な問題が2014年の時点できちんと論じられている。
反五輪の会による座談会は,2021年に出版されたかれらの活動の総括本『オリンピック・パラリンピックはどこにもいらない』にも採録されている。東京都渋谷区では,ちょうど今でも美竹公園の再開発が進められている。オリンピックより前では,宮下公園が数度にわたって再開発され,それ以前は山手線沿いの人気のない公園として野宿者たちの集まる場所であると同時に,公園通りから代々木公園を目指すデモ行進の出発点・集合場所としても使われていたという。そんな公園から野宿者たちを立ち退かせ,まさにジェントリフィケーションの典型といえるような開発で宮下公園は商業ビルの屋上の,とても公共広場とはいえないものになってしまった。当然こんなことをしても野宿者がいなくなるわけではなく,かれらを支援する方々の炊き出しが行われていたのが,再開発に向けて現在閉鎖中の美竹公園である。ここにも野宿者の方がいて,かれらを追い出した上にかれらの支援の場も奪うという行政。前置きが長くなりましたが,そうして長い間排除の目に遭っている野宿者たちは自らを守るために支援者も含めてネットワークを組み,活動をしてきている。国立競技場の建て替えにあたっても近隣の明治公園で同様の野宿者排除が行われたこともあり,反五輪の会のメンバーはそうした野宿者当事者及び支援者のネットワークのメンバーとの重なりがある。新国立競技場建設をめぐっては,野宿者だけでなく,近隣の都営霞ヶ丘アパートも取り壊され,そこに住む高齢者を中心とする住民の立ち退きもあった。そんなアパート居住者Jさんのお話も本誌には収録されていて,とても貴重である。
アナーキズム関連の著書と訳書を持つ高祖岩三郎さんによる文章は,杉村さんとは違った観点ではあるが,世界の状況を踏まえた,自らの専門分野からの提言である。特に社会闘争として反オリンピックを掲げているところは学ぶことが多い。特集最後の文章である天野恵一さんは,復興五輪に関する論考だが,本誌の裏表紙に彼の近著の広告が出ている。同じインパクト出版会から出る『災後論――核(原爆・原発)責任論へ』という本を単著として出しているように,最近は原子力に関する議論の注力していたようであり,非常に説得力がある。

さて,特集以外の論考も充実している。「論考」では,メキシコの先住民運動について,また福島原発事故以降に音楽家の大友良英たちが立ち上げた「Project FUKUSHIMA!」の活動を批判している。そして,3本目は娘がレイプ被害に遭った方の貴重な言葉。連載も,沖縄から,韓国から,そしてアート・アクティヴィストが。
「インパクト・レヴュー Culture & Critique文化情報」で紹介されている書籍や映画,展覧会などもいちいち刺激的である。この雑誌『インパクション』は197号をもって廃刊してしまったが,時折思い出して,興味のある特集は買って読んでみたいと思う。

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【映画日記】『あのこと』『戦場記者』『映画かいけつゾロリ』

2022年128日(水)

立川キノシネマ 『あのこと』
今年ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家,アニー・エルノーの自伝的小説『事件』を映画化したもの。主演のアナマリア・ヴァルトロメイはルーマニア生まれとのこと。作者のエルノーが1940年生まれとあり,映画のなかでも主人公は1940年生まれとされているので,かなり実体験を基にしているようだ。大学の1年生か2年生くらいを描いているので,1950年代末のフランスが舞台。文学部で成績もよく,いつもつるんでいる女友だち2人もいて,クラスには男友達もいる。映画に主演する女優さんだから鑑賞者からすれば,それだけで美人なのだが,作品中でも主人公をほめそやす場面があるので設定としても外見でも目立つ存在。しばしば女3人連れ立って,ダンスパーティに繰り出しており,お互いいつ処女を喪失できるかなどを競い合うような好奇心旺盛の年代。しかし,本人はすでに経験済みで,ある日妊娠が発覚してしまう。しかし,フランスでもこの時代は妊娠中絶は法律で禁じられている。産む気のない妊娠が分かっただけで周囲からはのけ者にされてしまうような社会。とはいえ,この主人公の意志の強さといったらない。まあ,そういう人物だからノーベル文学賞を獲得する作家となり,またその自伝が高い評価を得る作品になるのだろう。何となくだが,瀬戸内寂聴のことを思い出した。といっても,彼女の作品は『場所』というものしか読んでいないのだが。常に自分をさらけ出し,世間的には後ろめたいようなことをしてもそこに後悔はない。誹謗中傷を受けても常に前を向いて突き進む,そういう女性がそういう女性を描く作家。機会があれば他の作品も含め,原作を読んでみたい。
https://gaga.ne.jp/anokoto/

 

2022年1217日(土)

立川キノシネマ 『戦場記者』
この日の自分と家族の予定から観られる映画を決める。この日は事前に全くチェックしていない映画になった。この作品はTBSテレビの記者である須賀川拓氏の取材を追いかけたものであり,監督も彼自身ということになっている。今年の3月にドキュメンタリー映画祭で上映されたものを拡大して劇場版にしたようだ。この記者は色々な発信をしていて,そこそこ有名だったようだが,私は知らなかった。タイトルは「戦場」となっているが,いわゆる戦闘の様子を伝えるようなものではなく,彼自身は長らくイスラエル・パレスチナの「ガザ」を取材し続けており,その他本作ではウクライナとアフガニスタンが含まれている。イスラエルやウクライナを頻繁に訪れているフリーのジャーナリストが結構いることはTwitterをやるようになってから知ったが,フリーのジャーナリストは基本的に弱者の立場に立っているという特徴があるように思う。イスラエルであればパレスチナ側に,ウクライナであればウクライナ側に。しかし,日本の主要メディアであるTBSの記者であることが本作の特徴であり,イスラエル側とパレスチナ側と,そして軍本部と住民の双方を取材しているところが本作を興味深いものとしている。イスラエルの取材では,まずイスラエル側の住民の姿を追う。パレスチナのハマスによるロケット弾は精度が低く,かなり無差別攻撃になる。イスラエル軍はそのロケット弾をかなりの制度で空中で迎撃するミサイルシステムを有しているので,イスラエルの住民はシェルターに逃げ込むものの,それが日常と化している。ハマスがロケット弾を打つと,今度はイスラエル側が正確なロケット弾を撃ち込む。イスラエル側は事前の情報に基づき,ハマスの戦闘員の潜伏場所をピンポイントで攻撃する。しかし,攻撃された現場の取材では,民間人が亡くなっており,ハマスの影はない。子ども4人と妻を亡くした男性への取材。攻撃によって死体や負傷者が運ばれた医師への取材,そうしたものからイスラエルの攻撃のおかしさを観る者に伝えるが,その攻撃についてのイスラエル軍報道官の話も取材している。また,イスラエルが使用した米国ボーイング社のロケット弾の威力についても伝えている。
ウクライナについては開戦等時に標的となったホテルや病院を訪れている。チェルノブイリ原発の取材を行っている。ここではロシア軍への取材はない。アフガニスタンでは米軍撤退後の状況を伝えている。現在はタリバン暫定政権が統治しているわけだが,女性への行動制限が強くなったと報道されている。本作ではあるテレビ局を取材していて,そこでは女性の雇用が多いが,女性キャスターはヒジャブだけでなく,マスクも着用しなくてはならないなど制約が強くなっている。そうしたことについて,タリバンの政府要職にもインタビューしている。なんだかんだでそれらしい回答を表情も変えずに伝えるのは日本政府とよく似ている。そして,後半の非常に衝撃的な取材が,アフガニスタンにおける薬物中毒者の映像である。ほとんどの中毒者が男性なのだが,水量の少ない河川敷に中毒者が集中しているのだ。しかも,雨露をしのげる川の下は中毒者が密集していて,ひどい悪臭を放っているようだが,橋を渡る人などは見向きもしない。タリバンの役人は対策について語っていたが,ほとんど棄民という感じだ。
最後のインタビューが印象的である。須賀川氏のオフィスはTBSロンドン支局にあり,生活の基盤(小さなお子さんもいます)はロンドンにある。自分が一番大事にしているのは家族であり,自分の身の危険を冒してまで取材にのめり込むことはしない。とはいえ,銃弾やロケット弾の飛び交う現場にいくことはあるが,安全第一での取材であることは映像を見ても分かる。自分にできることは取材をしてその事実を観る者に伝えるだけで,現場にいる人に何もできていないという。そういう現場は好きで,取材も好きだが,それは仕事としてであって,そこから得る収入で自分の家族の生活を支えていることを自覚している。とはいえ,誰にでもできる仕事ではないが,自分の背丈にあった今の自分のできる仕事をしているということを公言していることに好感を覚える。
https://eiga.com/movie/96655/

 

2022年1218日(日)

多摩センターイオンシネマ 『映画かいけつゾロリ ラララ♪スター誕生』
かいけつゾロリの劇場版はそれほど頻繁には作られない。前回の映画は子ども2人と観に行ったが,今回は小学6年生の長男が脱落した。大人の私が観ても面白いので,観ればいいのにと思いながらも,そうやっていろんなものを卒業して成長するのだ。ということで,小学2年生の娘と2人で観に行った。
今回はカバのヒポポという少女が歌手を目指すという物語。ヒポポの声を演じるのは,今TOHOシネマズの上映開始前の幕間のナビゲーターを担当している生田絵梨花さん。鑑賞中彼女の顔は全く思い浮かばなかったので,声優としては成功だと思う。歌声もなかなか素敵だった。この物語の原作は読んでいないが,原作特有のゾロリのドジ加減はあまり描かれていないが,妖怪学校の面々が登場するなど,久し振りのゾロリワールドという感じで十分に楽しめました。
http://www.zorori-movie.jp/

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【読書日記】安田菜津紀『隣人のあなた』

安田菜津紀(2022):『隣人のあなた――「移民社会」日本でいま起きていること』岩波書店,71p.580円.

 

岩波ブックレットの1冊。安田菜津紀さんは,ご自身で夫婦(夫婦別姓を貫くため,法的な婚姻はしていない)でNPO法人「Dialogue for People」立ち上げ,毎週さまざまなトピックでYouTubeチャンネルでラジオ形式の発信をしており,私もよく聞いている。彼女の存在を知ったのは,同じようにYouTubeを通して知るようになった安田浩一さんというジャーナリストを通じてである。同じ安田姓で共著を出しており(『外国人差別の現場』朝日選書),その著者へのインタビューということで,デモクラシータイムズというYouTube番組に出演した時に初めて知った。とはいえ,テレビの『サンデーモーニング』などにも出演しているようで,有名ではあるらしい。フォトジャーナリストとのこと。

はじめに
1 ウクライナ難民の受け入れと,認定の壁
2 日本はアフガニスタンからの難民にどう向き合ってきたのか
3 入管法は今後どう変わるべきか
4 ウィシュマ・サンダマリさんの死――検証を阻むものは何か
5 仮放免者として生きること
6 孤立出産した技能実習生は,なぜ「罪」に問われたのか
7 「外国人だからアプリで監視」は許されるのか
8 公権力による差別と,求められる法整備
おわりに

ご自身の著書もいくつかあるが,最近出版された読みやすい一冊から読むことにした。短いながら8つのトピックが含まれていて,その多くはこれまで彼女がラジオで取り上げてきたものである。
日本という国は島国ではあるが,旧来から中国大陸,朝鮮半島と強い結びつきを持っていた。また,北海道から沖縄までの国土が画定される過程で,アイヌや琉球民族という先住民族を包含し,また植民地支配の過程により国内に出自の違う人々が居住することで現代にいたっている。しかし,そういう史実にはできるだけ目を向けないようにして単一民族国家を謳い,戦後の政府は外国人を移民として受け入れる政策を基本的にはしてこなかったといえる。先住民や植民地からの移民を含む国家というのは,そういう歴史を有する国であれば数多くあるが,その多くが移民を受け入れてきたと思う。とはいえ,外国人に対する差別がなかったわけではないし,また近年は排外主義的な政策によって移民政策を縮小するところもあるかと思う。しかし,技能実習生や研修生,留学生という形で,外国人をあくまでも一時滞在者として,頑なに移民とみなそうとはしない。そういう政府の態度が現われているのが,本書で取り上げられる事例である。
私も入管の問題は以前は全く知らなかった。ウィシュマさんの事件が明るみになる前,たまたま知り合いの研究者が入管に入れられた外国人を支援する団体にボランティアとして調査に入っている人がいて,その研究発表を聞いて知った。あくまでも20分程度の発表で,その際は仮放免中の人が労働を禁止され,社会保障が得られず,都道府県境界を越える移動も許可がないとできないという基本的な情報だけだった。その後,ドキュメンタリー映画の『牛久』を観たり,そしてDialogue for Peopleのラジオを聴いたりして,その人権侵害の実態を知ることとなった。技能実習生など,労働者として来日している外国人についてもいくつかフィクション,ノンフィクションを問わず作品が作られているが,あまり観ることができていない。唯一観たのは想田和弘監督の『牡蠣工場』のみだ。こちらは密着取材として一つの企業を対象としているので,当然というか優良企業の一つであり,人権侵害に当たるものはほとんどない。
著者はそういう日本でも報じられる事柄について,さらに突き詰めて考え続ける,そういう姿勢を持つジャーナリストだと思う。ウィシュマさんについては,家族に会いにスリランカまで行っているし,来日して裁判を戦っている妹さんなどにも寄り添って支援をしている。技能実習生について,本書で取り上げられているのは,誰にも知らせず双子を死産したベトナム人女性のことである。裁判では,この女性に対して死体遺棄による有罪が言い渡されたという。なぜ彼女が誰にも相談できずに出産したのかということは考慮されず,しかも遺体の扱いを日本の社会的通念に反するものとして捉えていることもおかしいと思う。
ともかく,こうした個別の事例について論じつつ,それらの事例の背後にある大きな問題を考える姿勢がある。ウクライナからの避難民については,日本でも一定数受け入れることが決まった際に,既に難民申請中の人の扱いがどうなるのかということは多くの人が論じていたが,結局「難民」ではなく「避難民」と言い換えることによって特別な扱いとなった(国葬を国葬儀と言い換える,敵基地攻撃能力を反撃能力と言い換える,ということを最近でも何度も私たちは見てきた)。著者はウクライナも含め,ウクライナから近隣諸国に避難している人々を訪ねてもいる。
日本の政治の状況は非常に悲観的にならざるを得ないが,こうしたジャーナリストが多くいて,日々取材と発信を続けていることを心強く思う。そして,そうした発信を日本に住む多くの人が受け入れるようになっていってほしいと願う。

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【読書日記】菊地夏野・堀江有里・飯野由里子編『クィア・スタディーズをひらく2』

菊地夏野・堀江有里・飯野由里子編(2022):『クィア・スタディーズをひらく2――結婚,家族,労働』晃洋書房,234p.2,300円.

 

『クィア・スタディーズをひらく1』は副題が「アイデンティティ・コミュニティ・スペース」であり,空間の語が入っていたので興味深く読んだが,地理学的な関心以外の収穫がたくさんあった。そんなことで,2巻も楽しみにしていたのだが,思いの外地理学的な要素が入っていたというのが思わぬ収穫。

はじめに:菊地夏野・堀江有里・飯野由里子
第一章 国勢調査と同性カップル世帯――排除と可視化のはざまで:釜野さおり
Column
 人権を守るのは誰か:谷口洋幸
第二章 ようこそ,ゲイ・フレンドリーな街へ――スペースとセクシュアル・マイノリティ:清水晶子
Column
 アジアにおけるクィア・スタディーズの発展とその背景――台湾の事例から:福永玄弥
第三章 女性同士の《結婚》:赤枝香奈子
第四章 忘れられた欲望と生存――同性婚がおきざりにするもの:志田哲之
Column
 セックスワークとクィア:宮田りりぃ
第五章 結婚制度の政治性と同性婚――同性婚によって正当化される結婚制度:菊地夏野
第六章 天皇制とジェンダー/セクシュアリティ――国家のイデオロギー装置とクィアな読解可能性:堀江有里
Column
 クィアコミュニティと性暴力:岡田実穂
第七章 家族の物語からのクィアな逸脱――角田光代『八日目の蝉』にみる時間と空間:長山智香子
Column
 セクシュアル・マイノリティと地域:宇佐美翔子

第二章の清水晶子さんの文章は2015年に『現代思想』に掲載された論文の再録ということだが,知らなかった。この文章は英語圏の地理学文献を多く紹介していて,先日紹介したレスリー・カーン『フェミニスト・シティ』が女性全般の話であったので,そのセクシュアル・マイノリティ版といった感じ。ただ,少なからず日本の地理学にもゲイ研究があるので,言及くらいはしてほしかった(2015年時点では無理か)。
第一章には,日本の地理学文献が言及されている。埴淵知哉さんは国勢調査の欠損データに関する論文をいくつか書いていますが,山内昌和さんとの『E-journal GEO』に掲載された2019年の論文に言及があります。第一章は国勢調査で同性愛カップルをいかに把握できるのか,また当事者たちはどのように回答するのかを確認する研究。外国ではどうなのかを含めて議論しています。人権に配慮した統計調査のあり方や,マイノリティの存在を国勢調査という全数調査でいかに把握できるのかという,非常に重要な研究のように思う。第一章の後の短いコラムもとても重要。日本では人権を,日本に住む人がお互いを思いやる個々人の道徳的責任として押し付ける傾向にあるが,世界的には人権は国家がそこに住む人に対して守らなければいけないものだという。まさに,日本政府にはその観点が欠如している。
全国では,同性愛のカップルが,法的な婚姻によって得られる権利を受けられないということで裁判が起こされている。ちょうど先日東京地裁の判決が下され,話題になっていた。第三章は女性同士の《結婚》について,メディアの報道の仕方を歴史的に辿っている。全国で初のパートナーシップ条例ができたのが2015年3月。その登録第一号として元宝塚歌劇団の東 小雪さん(私が最近よく視聴しているDialogue for PeopleのYouTubeチャンネルにも何度か出演しています)の結婚式の様子から分析され,女性二人がウェディングドレスを着る様子が報道された。第三章ではそれ以前の,女性同士のカップルについての報道を遡り,その実態と併せて分析している。パートナーシップ条例というものができる前と後で女性カップルがどのような形で同じ生活を営んできたのか,女性カップルに向けられた社会の目,そういうものはやはりそれぞれの時代背景で一定の傾向がみてとれる。
第三章自体は同性愛カップルに結婚という制度を認めるべきか否かというところには踏み込んでいないが,一般的な人権という観点では,かれらにも法的な婚姻によって得られる権利を与えられるべきだ,と認識されている(私もそう認識していた)。しかし,そこから一歩踏み込んで議論しているのが,第四章と第五章である。第四章は性的少数者がこれまで社会で生活するマイノリティとして,その権利を主張する社会運動の意義を考えるべきだという。結婚という制度はこれまでマジョリティの側の論理で作られたもので,同性愛カップルの存在はそういう制度のあり方自体を問い直すべきであり,そこに回収されるべきではないという。そして,改修されることによって,そのマイノリティのなかの多様性を見えなくしてしまうという側面もある。第四章に続くコラムは,自身がセックスワーカーという宮田りりぃさんによる文章。セックスワークの問題はなかなか厄介である。最近議論されたAV新法と同様に,そもそも性の商品化に反対してきたフェミニストと,風俗やAVも産業として多くの社会が持っており,そういう産業であるがゆえに労働環境はとても悪い。その労働者の人権を守ることも重要であるという話もあるからだ。宮田さんの話はさらに複雑で,セックスワークの現場でもやはりマジョリティはシス女性であり,トランス女性の存在はその労働環境をさらに劣悪なものにする。
続く第五章も,同性婚を結婚という制度から問い直すという意味で批判している。ここでは,結婚という制度を資本主義社会の構造そのものに求め,さらに言えば新自由主義の進展と日本の結婚制度は切り離せないことを論じる。結婚制度,そして夫婦同姓を強いるというものが,女性を家庭に縛り付け,婚姻によってえられる税制優遇といいながら,女性の労働を規制し,妊娠・出産・育児によって女性の労働キャリアを寸断し,パート内務という形で安価で切りすてやすい労働者としてきたのが日本の結婚制度だという。そうした家父長的な社会構造を突き崩す可能性を有する存在である性的マイノリティを,同性婚は飼い慣らしてしまうのではないだろうか。
編者の一人による第六章は天皇制を扱うという意味では,本書においては少し浮いているような印象があったが,戦後日本の家族像の形成において天皇家が大きな役割を果たすと同時に,それは国民の家族と絶対に一致するものではないというものも含め,やはりこの章のテーマは本書の中心にも位置付けることができるものだと納得する。天皇となれるのは天皇家の男子が作る家族に生まれた男子でなくてはならない,という点(長い天皇の歴史においては女性天皇もいたので,この規定は比較的新しいものである)で,今日の天皇家は危機に瀕している。そういう意味では,この制度を改める時期にきているといえる。天皇家の存続とは全く相容れないレズビアンという存在が天皇家に現れたら,その制度の在り方を根本的に見直すきっかけになるのではないだろうか。第六章の後のコラムは性暴力とトランス・ジェンダーがテーマだが,ここも難しい。ともかく,トランス・ジェンダーの生きづらさはどんな場面でもつきまとう。
最終章である第七章は文学研究である。角田光代の『八日目の蝉』は私も映画版だけは観た。とはいえ,詳細は覚えておらず,この詳細な分析には原作を読むことが必要だ。フェミニズムの観点からの文学研究は実のところはあまり読んでいないような気がして,とても新鮮だった。とはいえ,この論文はクィアな観点なので少し特別だが。また,副題に「時間と空間」と入っているのも地理学者としては嬉しい。
最後のコラムも地理学的テーマを含んでいて,身近ながら考えさせられることが多かった。著者は校正前に亡くなってしまったということだが,青森を故郷とする著者はレズビアンであるがゆえに閉鎖的な故郷から離れて人生を歩んできた。その過程で,自身の経験を活かしてセクシュアル・マイノリティの居場所をつくる活動をしてきたのだが,再び故郷に戻りその活動を始めたという。セクシュアル・マイノリティに不寛容な土地であるから自身は離れたが,離れることができない人たちはそこで苦しんでいるに違いない。そういう思いから,故郷でそうした活動を行う意義は大きい。単に苦しんでいる人を救うという意味だけではなく,その活動がマジョリティの人たちへの訴えにもなり,理解を促す。そういう強い意志を感じる文章だった。

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【映画日記】『わたしのお母さん』『窓辺にて』

2022年1130日(水)

立川キノシネマ 『わたしのお母さん』
この日は大学の授業後,立川に移動し,映画を観ることにした。上映開始は11時ちょうどで,私が着いたのは113分くらいだった。すでに受付の掲示板には「わたしのお母さん」の文字はなく,劇場を間違ったと思いつつも,受付に置いてあった紙のスケジュール表を確認して受付にチケット購入を伝える。なお,掲示板を見て迷っていた時,受付のスタッフは私に声もかけずに後ろの方に下がってしまった。対応してくれたスタッフも,「もう始まっていますけどいいですか?」ともうお客を入れたくない感じ。私がそれでも観たいと伝えると,「では,出入り口に近いこの席でよろしいですか?」といってくる。私は基本一番前の席で観ているので,「まだ本編は始まっていないですよね」と確認し,一番前の空席でお願いする。スタッフはしぶしぶ承諾し,何とか希望の席で観ることができた。
さて,映画だが,ネタバレを含むのでご注意ください。私は別に井上真央のファンではない。とはいえ,ここのところ公の場に出ることが少なくなってしまったこの女優さんのことは気にかけていた。テレビドラマを中心に活躍してきた俳優が,久し振りの場として映画を選ぶというのはとても応援したい(とはいえ,作品ウェブサイトのプロフィール欄を見ると,ちょこちょこ出演はしていたようです)。そして,その主人公の母親を演じるのが石田えり。石田えりさんは私がテレビを見てた時代によく出ていた女優さんなので,やはりその円熟した演技(当時から円熟していたが)には期待する。本作は何気ないことを描く映画だ。いわゆるメディアを賑わす社会問題的なことをほとんど扱っていない。端的にいうと母娘間の不和をテーマにしているが,夫を早くに亡くし,幼い子ども三人を育てた母親の話だが,そういう家族は特に珍しくはないだろう。家庭内の虐待があったわけでもなく,貧困に苦しんでいるわけでもない。次女は結婚していないが,性的マイノリティというわけでもない。皆がそこそこ幸せに暮らしていて,ちょっとしたボヤや,突然の死,ということも物語上で起こるが,それらも日常の延長線上として描かれる。どこにでもありそうな家族で,おそらくこういうのは他人から見るといわゆる幸せな家族として映るのだが,実は本人たちはそう思っていない,ということを丁寧に描いている。しかし,丁寧にというのは各人の心情をセリフや独白による言葉で説明するという意味ではない。明確に原因がある不和ではないが故に,そうした本人ですら言葉に言い表すことができない感情を,さりげないしぐさや表情,全体的な生活の振る舞いによって描こうとするいかにも映画的な作品。共同脚本と監督を務める杉田真一という名前は知らなかったが,今後は注目したい。
なお,井上真央演じる女性が第一子の長女,その下に妹と弟がいる。弟は結婚してまだ幼い子どもがいて石田えり演じる母親の家で同居しているという設定。弟は前半でほとんど登場せず,わがままな嫁に母親は振り回されるだのが,母親の死後,出番が多くなる。葬式では涙を見せずにしっかりと長男の役目を果たしている。自宅で執り行われる葬儀と葬儀後の食事のシーンにはよくある家父長制の姿が描かれるが,これだけしっかりしている男ならもっと早くやるべきことをやれと思う。
https://www.watahaha-movie.jp/

 

2022年121日(木)

府中TOHOシネマズ 『窓辺にて』
この日は子どもの小学校の保護者会があり,映画サービスデーということもあり,会社は有給休暇を取り,朝から映画を観ることにした。『しんぶん赤旗』にも紹介記事が掲載されていた作品でこの映画館では上映最終日だった。稲垣吾郎が出演しているというのは知っていたが,そんなにガッツリ出演しているとは知らず,特に期待もしていなかったのだが,ここ最近ではとてもお気に入りの一本になった。とはいえ,観終わった後,ストーリーを思い返してみると,二組の夫婦の不倫だとか,若い二人の恋沙汰とか,陳腐な設定に溢れている作品といってしまえばそれまで。
ただ,稲垣吾郎が主人公で,かつて小説を書いたフリーライター。ある文学賞の授賞式で記者として質問をした高校生作家の女性と距離を縮めていくという展開。妻は編集者で,この女性作家と章を争った人気作家の男性の担当をしている。そんな設定であるがゆえに,作品自体が文学的な雰囲気を醸し出している。恋沙汰が中心テーマであることもあり,この女性作家が作品中で描いた,何かを掴もうと追い求めること,手に入れたものを手放すこと,そんなことをめぐっての各人の想いが張り巡らされている作品。2日続けてみた2つの作品はいずれも東京テアトルの配給だが,『わたしのお母さん』が言葉をなるべく使わず,『窓辺にて』が言葉にこだわった作品という対照性も面白い。
稲垣吾郎演じる男性は嘘が苦手でとことん自然体でどこまでも正直。そんな役どころなので,稲垣吾郎という俳優自身が素のままのように私には見えた。彼の姿はテレビを通してもそんなに多くみてきたわけではないが,なんとなくその不自然さが気になってはいたのだ。この人は俳優向きではないなと。しかし,本作を観ると,その彼のテレビ向けの姿よりも,映画のスクリーン上での生き生きとした姿に魅力を感じる。配偶者役を演じた中村ゆりの存在も大きい。この俳優の出演映画はそこそこ観ているが,年齢,性格など役どころによって幅が大きく,いずれも説得力を持つ演技。彼女が多数の出演者のなかに混じると画面が引き締まりますね。玉城ティナの演技を観るのは初めてだったが,稲垣氏との関係性が面白い。志田未来が出演しているのも嬉しい。登場人物一人ひとりが愛おしく感じる作品です。今泉力哉監督の作品は『アイネクライネナハトムジーク』しか観ていないが,いい監督ですね。これからはもっと積極的に彼の作品を観ていきたい。
https://www.madobenite.com/#

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【映画日記】『ONE PIECE FILM RED』『ミス・ハリス,パリへ行く』『転生したらスライムだった件』

2022年1113日(日)

府中TOHOシネマズ 『ONE PIECE FILM RED
娘にせがまれて二回目を観に行ったワンピース映画。二回目でも十分に楽しめるが,冒頭のシーンだけはやはりいただけない。海賊たちにさまざまなものを奪われて喘いでいる市民たちを描くのだが,このリアリティのなさったらありゃしない。そして,そういう弱者たちがグッズをもってライブ会場に足を運ぶという設定も,チケット代・グッズ無料,交通費支給ということなのでしょうか。まあ,エンタメ漫画にリアリティを要求するのもあれですが。二回目なのでこの辺で。

 

2022年1126日(日)

立川キノシネマ 『ミセス・ハリス,パリへ行く』
クリスチャン・ディオールが実名で登場し,オートクチュールへのこだわりから,大衆化への転機が描かれているが,なんと本作は「ミセス・ハリス,○○へ行く」というシリーズのアメリカ作家の原作があるとのこと。ハリス氏はロンドン在住なのに,米文学か。それはともかく,第二次世界大戦で夫を失ったハリス氏は,黒人の友人もいる家政婦。仕事先の婦人が持つディオールのドレスに魅了され,いくつかの偶然によって手に入った大金でパリにドレスを買いに行く。これまたいくつかの偶然でオートクチュールのドレスを仕立ててもらうこととなり,数週間パリに滞在するのだが,その顛末を描く。出演女優のアルバ・バチスタをウェブ検索してみたら,ポルトガル人とのことで,米俳優クリス・エヴァンスの恋人と出てくる。本作では演技のほどはあまり計れないがちょっと注目したい。
https://eiga.com/movie/97541/

 

2022年1128日(月)

府中TOHOシネマズ 『劇場版 転生したらスライムだった件~紅蓮の絆』
子どもたち,特に長男が好きになったいわゆる転スラ。最近のこの種の作品は複雑でよく分からない。内容もそうだが,原作者がいて,小説的なものがあるのと並行して別の人が漫画を描いた作品や,また別の人が描いたスピンオフなど。息子も各種持っているが,内容も難しい。アニメに関しては,Netflixで配信されていて娘と一緒に観ていた。ということもあり,映画化が決まるときょうだい揃って喜び,早速前売り券を3枚購入した次第。公開したばかりなので,学校の振替休日の月曜日に観ることにした。とはいえ,数日前に小学六年生の長男は友達4人で観ることになり,私は娘と2人で観ることとなった。
劇場版一作目だが,主人公がどのようにスライムになって異世界に転生したのかという説明はない。転生した後の顛末の説明もなし。異世界は戦国時代の日本をある程度意識したような設定になっていて,各地の王国が出てくるが,劇場版オリジナルストーリーという感じです。私はある程度前提となる設定は知っていたので,十分に楽しめる内容だったが,2時間しっかり上映時間があったので,娘は2度トイレに立った。でも,そこそこは楽しんでいたようです。
https://movie.ten-sura.com/

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