【読書日記】岡田章宏『近代イギリス地方自治制度の形成』
岡田章宏(2005):『近代イギリス地方自治制度の形成』桜井書店,280p.,5,800円.
いくつかの学会誌に投稿したものの掲載にいたらず,2020年に最終的に『空間・社会・地理思想』に掲載していただた私の論文「地名の認識論序説」では,松沢裕作『明治地方自治体制の起源』を取り上げ,日本の近代地方自治制度を概観した。今回縁あってというか,英国の地方自治制度について調べるきっかけがあり,いろいろと論文検索をしていたら本書の著者にたどり着いた。もう18年前の著作だが,高価だったので,大学図書館で検索したら所蔵していたので,借りて読むことができた。
まずちょっと驚いたのが,本書は下記のように三章構成となっているが,この3つの文章は1986~1991年の間に発表された論文であり,基本的にはそのまま掲載しているとのこと。私も単行本はいつか出そうと考えていながら着々と時間は過ぎてしまっていて,一番初めに出した論文から30年が経過してしまった。もちろん,多少手は加えようとは思っているが,基本的にはいくつかの論文を組合わせて書籍化したいと思っているので,本書のような存在には勇気づけられる。とはいえ,本書は歴史研究なので,多少時間が経っても記述内容を改める必要があまりないという事情はありますが。
それはともかく,私が最も期待していたのは第二章。とはいえ,第一章はその前史として,ほとんど知らないイギリスの地方自治制度について知る必要があるし,第三章はその後の重要な展開を論じているので,これもしっかり読まないと,ただの歴史の一時点を知ったにすぎず,現代の理解につながっていない。そもそも,私は英国が住民自治の強い地方自治がなされてきた国だという常識があったことさえ知らなかった。ただ,それは1970年代以降のサッチャー政権によって破壊されたということのようだ。本書の著者である岡田氏以外にも山下 茂という方の論文を読んだが(山下氏にも『英国の地方自治』という著書があり,こちらも並行して読んでいるので,ちょっと記述内容の混同があるかもしれない),そうした1970年までの英国の地方自治が19世紀前半にかけて形成されたというのは共通認識のようだ。その辺りをしっかりと学びたいという読書です。
第一章 前史――「名誉革命体制」気における統治構造
はじめに
第一節 「土地財産」を基礎とする社会構造
第二節 「国会主権」原理の実態――中央政府及び国会の脆弱性
第三節 「法の支配」原理の実態
小括
第二章 近代地方政府の形成――「共同利益」を実現する団体から「公共利益」を実現する団体へ
はじめに
第一節 1835年以前における都市法人の基本性格
第二節 都市法人の実態とそれに対する政治的対処
第三節 1835年都市法人法
小括
第三章 近代地方政府の始動
はじめに
第一節 1848年公衆保健法の成立とそれに対する批判――「地方の自己統治」対中央集権
第二節 1858年以降の改革動向――「自発性の原則」の成立
第三節 王立衛生委員会と1875年公衆保健法――「自発性の原則」の制度的定着
小括
あとがき
ヨーロッパの歴史については,修士課程以降そこそこ学んできたと思っているが,今思うとそれは「思想史」という側面に偏っていて,いわゆる制度史的なものに弱く,世界史の教科書レベルで教わることの中身すらおぼつかない状況だと思い知らされる。第一章でも「名誉革命」が登場するが,私はちゃんと説明できる自信がない。また,この時代の土地の制度においてはエンクロージャーという事柄も基礎的な知識として必要だが,そちらもちゃんとは理解していない。またまた先日観たYouTube動画で白井 聡さんがマルクスに関する自書の説明でごく簡単に触れていたのを聴いてなるほどと思っている程度。まあ,ともかく第二章以降で地方自治に関して論じる前段階として,第一章では当時の国の統治のあり方を説明している。国の法律,国=中央政府と地方政府の関係,そして地方自治の基礎である土地に関する考え方。
さて,私にとってもメインである第二章であるが,節のタイトルにもあるように,1835年というのが重要な年である。章や節のタイトルにはないが,1835年に都市法人法(municipal corporation act)が制定された。上記の山下氏は「都市自治体法」と訳し,他の論者やウェブ記事などでは「都市団体法」という訳もある。原語にある「municipal」とは最近「ミュニシパリズム」という語を浸透させた杉並区長,岸本聡子さんのことを思い出す。彼女は例えば水道民営化に反対し,ヨーロッパでは再公営化の流れになっているという事実を用いて,地方の自治権,公共をしっかりとやっていくことを訴えている。まさに,municipalとは,日本で地方公共団体=地方自治体という意味合いが定着していますが,手元の『リーダーズ英和辞典』では「自治都市の」という訳語が最初にきて,関連語でも「市」や「都市」という言葉が使われています。そもそもヨーロッパでは市民権(civil right)という言い方をして,政治的に与えられた権利というのは都市に住む住人に対してのみだった,という歴史があるし,そもそも国(かつては君主)の支配に対して自治を主張するような人たちはある程度の教養のある人だったので,まあ,municipal=都市と考えてもいいのかな,と納得。そしてcorporationの方だが,おそらく「法人」という訳語が適切だと思うのだが,この言葉を見るとどうしても法人≠行政と思ってしまうが,では,法人=私企業かというとそうではない。日本で法人というと,財団法人のような半分公的な団体や,学会のような社団法人もあるし,やはり法人というのは利益に資さないということなのかもしれない。Corporationで企業を意味する場合もあるがcompanyという語もあるし,いわゆるコープこと生活協同組合はco-operativeなので,少し違うが意味合い的にはやはり近いと思う。
さて,改めて1835年の都市法人法(municipal corporation act)について整理すると,municipalには都市という意味と自治という意味を含むので,都市自治体法という訳語は間違ってはいないが,corporationの意味合いが入らないし,都市団体法という訳語は一応「地方公共団体=地方自治体」という日本語の意味合いを想起すれば正しい意味合いを想起することはできるが,なかなか難しい。都市法人法という訳語は「自治」という意味合いを含まないが,まあこの法律自体が都市に法人格を与えることによって自治をもたせると考えれば,これがいいかなと思える。そして,第二章の副題にあるように,この法律によって「共同利益を実現する団体から公共利益を実現する団体へ」というのがミソのようだ。法人格を与えるからといって私的な領域が強くなるわけでなく,公共が作られるということになる。上に,現代の新自由主義的な資本主義の下で公共サービスの民営化が進み,ここ数十年で再公営化の方向性が出てきたと書いた。そういう話をすると,長い間公共が強かったのか,ということになるけど,これはおそらく先進国で経済成長が落ち着いたころに目指された福祉国家の政策として公共が強められたということであり,その歴史はせいぜい60年くらいだと理解した方がいいのかもしれない。ともかくイングランドでは(どうやら19世紀半ばの行政改革はイングランドとウェールズの組み合わせで行われ,スコットランドとアイルランドを含めたものではなかったようなので,ここではイングランドと表記します),この時代の行政改革によって,国家=中央政府から統一的に公共=行政のあり方が作られ,しかし一方でその担い手は地方の団体に与えられる=地方自治という,現代に通じる国の行政のあり方が形成されたということのようだ。本書では,1835年の都市法人法に加えて重要なのが,1834年の「救貧法改正法(Poor Law Amendment Act)」と1848年の「公衆保健法(Public Health Act)」のようだ。当時のイングランドにおける行政区分はいくつかあるのだが,ここで重要なのが,borough(バラ)というものとparish(パリッシュ)であり,後者は「教区」と訳されるもので,おそらく一つのキリスト教会に通う信者の居住範囲かと思う。キリスト教の教義としての救済ということから,救貧法というのがパリッシュの役割としてあり,貧しい者を救う→貧しい者は病気にかかりやすい→病人に医療を(保健)→居住地に衛生を(公衆衛生)という流れがあったと思う。この背景にはいわゆるエンクロージャーといわれるイングランドの歴史がある。小作農として農業を営んでいた人たちを地主が農地を囲い込んで居場所をなくし,居場所を失った農民たちが都市へ流入して,資本主義(工業)の発達が加速するというものだ。都市は人口が集中し,工業生産に伴い住環境が悪化するということも貧民を生み,衛生状態を悪化させたということにつながる。そして,本来の救貧の場であったパリッシュ=農村だけでなく,貧困や衛生状態が都市部で拡大したということにもなる。一方,バラの方は語源的には要塞都市を意味するもので,都市名の語尾にも残っている。イングランドのバラは国王から特権を与えられて市場を開催し,その使用料を徴収することなどを財政の収入源として自治に充てていたということのようだ。市長がいて裁判所があって(この裁判所というのが少し厄介で,明治期の日本もそうだが,現代的に理解する裁判というものより範囲が広いようだ),本書でもバラには「自治邑」の訳語をあてている。バラはギルドの商業的利益の保母を目的とした特権も有していいたという。まあ,つまりパリッシュの農村部とは違った共同の役割があったということだが,経済的利益の政治的介入ともいえるありかたで,腐敗も進んだようだ。それはともかく,法人格というところをもう少し理解したい。法人というと,その団体のメンバーとそれ以外とが明確に区分され,またそのメンバーの中で従うべき規則(規約)がある,ということになろうか。現代の地方公共団体は市長がいて議会があり,役所で働く役人がいて住人がいる。国の法律以外にも自治体独自の条例があり,住人は住民税を払い,住民税を収入として,住民が必要とする公共財の提供をする。そんなイメージ。本書にも「法人格の付与」という節があるが,バラにはすでに14世紀末に法人格が与えられていたという。14世紀には黒死病の流行などの危機があった。そもそも法人格というのは,個人でない団体に人格を与えるということで,当初は宗教法人などに対して考えられたもののようだ。しかし,この時代において宗教的性格のない団体としてのバラにそれを与えたというが,いわゆる自治的な性格よりも国王によって与えられるという意味合いが強かったようだ。ここでブラックストーンという研究者の法人の定義が引用されている。「普遍的継承を維持し,ある種の法的不変性を享有しうるような人為的人格」(p.105)。と,私なりの説明を進めているが,コモン・ローに関する理解など,まだまだ追いつかず,なかなか切りがないが,1835年の法律制定に先だって,「王立委員会報告」が1835年3月に内閣に提出されたという。その中身は「個々の都市に関する膨大な根拠に裏付けられつつも,急進派の視点から見たと思われる詳細な現状評価が示されている」(p.129)という。おそらく,ここで調査対象となった「都市」とはバラのことであり,この法律に基づいて,当時246あったバラのうち,178のバラの存続が認められたとされている。そして,ここでいう急進派とはホウィッグ党のことであり,保守派のトーリー党と対立していたというのはジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』に組み込まれた政治的風刺としては知っていたが,19世紀まで続いていたんですね。ともかく,この法案は急進派の目論見が強いということらしい。ともかく,本書でもこの法律の制定過程について詳しいが,なかなかきちんと記憶されていることは多くなく,またページをめくりながら説明するのも疲れてしまったので,またの機会にしたい。
第三章は1835年都市法人法以降の動向として,先ほど触れた1848年公衆保健法のことや1875年にもこの法律が改定されていること,1858年には地方政府法(Local Government Act)という形で都市法人法が昇華し,バラとパリッシュ,都市と農村の区別なく地方自治が一体化していって,現代にいたるという展開のようだ。この辺りも含め,山下 茂『英国の地方自治』の読書日記でまた詳しく解説したい。


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