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【読書日記】ブルデュー『ディスタンクシオンⅠ』

ピエール・ブルデュー著,石川洋二郎訳(1990):『ディスタンクシオンⅠ社会的判断力批判』藤原書店,501p.6,000円.

 

現代思想というくくりでは,日本の出版会にも一時期それなりの流行があり,その頃の作品の多くを日本語で読むことができる。しかし,なんとなく直感で読みたい作者と読みたくない作者がいて,ブルデューは私にとって明らかに後者だった。かつて『actes』という雑誌があり,1988年のNo.4には地理学者の間で有名なフーコーのインタビュー「空間・地理学・権力」が訳出された「現代空間論:アイデンティティと境界」という特集だったので,購入して持っている。この号にはブルデューの「アイデンティティと表象」や,マテラルト「多国籍企業の空間支配」などの重要な論文も掲載されている。1986年のNo.1は「象徴権力とプラチック」という特集でブルデュー特集号だったこともあり,おそらく私が大学院に入学した1990年代後半に古書店などで購入したものと思われる。当時はいわゆるカルチュラル・スタディーズと呼ばれる研究群は日本語であまり読めなかったので,文化の研究を志していた私にとって,ブルデューはそれなりに関心のあった思想家だったはずだ。しかし,写真研究を手掛けた頃,法政大学出版局から訳出されていたブルデューの『写真論』を読んだが,そこでブルデューへの苦手意識が宿ってしまったのかもしれない。そもそも,当時も日本語で読める写真論があまりなく,有名な著者によるこの本くらい読んでおかないと思ったのだが,私の研究は個別の写真家の作品に関するものである一方で,ブルデューのものはあくまでも社会のなかでの写真の扱い,もうその本は処分してしまって手元にないので確認はできないが,いわゆる家族写真など,日常生活における写真との扱いについて,膨大な調査結果を元に分析しているものだったと思う。そして,そういう意味ではブルデューの研究方法についてはここである程度触れていることになる。本書『ディスタンクシオン』はあまりに有名だが,意外にも地道な研究で,それこそ『写真論』と同様に綿密に計画された一般の人向けのアンケート調査に基づいた実証研究をベースにしているのだ。まあ,その辺りは数冊でもブルデューの本を読んでいる人には常識だと思うのだが,その辺りは実際に読んでみないと意外にも分からないものなのかもしれない。
ともかく,『写真論』を読んだ頃よりは,素直に読み進めることができた。

本書を読む前に――訳者まえがき
序文
第Ⅰ部 趣味判断の社会的批判
1 文化貴族の肩書と血統
第Ⅱ部 慣習行動のエコノミー
2 社会空間とその変貌
3 ハビトゥスと生活様式空間
4 場の力学
〔付録〕1調査方法について/2補足資料/3統計データ/4社会学的ゲーム

本書の原著は1979年に出されていて,『写真論』やその他の主要な著作より後に出版されている。日本では,本書は藤原書店の前に新評論から1989年に同じ訳者で出版されているが,手元にある藤原書店版には何も書いていない。最近,藤原書店から新版がソフトカバーで出たこともあり,ハードカバーのものは少し安くなったので助かった。なぜ,いまさら読もうという気になったかというと,ティム・クレスウェルという地理学者の1996年の著作『In place / out of place』を翻訳しようと思い立ち,そこで引用されている著書のうち,日本語訳のあるものについては読んでおこうと思った次第。以前にもバフチーン『フランソワ・ラブレーの作品と中世ルネッサンスの民衆文化』の読書日記を書いた際にも同じことを書いたが,同様にクリステヴァ『恐怖の権力』なども未読のままで,翻訳もまだ未着手である。
さて,ブルデューは,地理学者のグレゴリーによると,構造化理論で知られるイギリスの社会学者,アンソニー・ギデンズなどと一緒に「構造化学派」などと呼ばれている。本書を読むと,確かにブルデューは社会学者であり,フランスの社会学者の祖ともいえるエミール・デュルケームの影響下にあることが分かる。デュルケームが使用していた「社会空間」の用語を多用しているし,社会的事実のような語に対してはむしろ批判的な議論をしている。一方で,本書の副題は明らかにドイツの哲学者イマニュエル・カントを意識しているし,ある意味ではフランスの批評家,ロラン・バルトの影響下にあるようにも思う。バルトは,それまでの文芸批評が高名な文学作品しか論じるに値しないとしてきたのを,大衆文学も含め,さらには文学作品に限定せずにプロレスやシトロエン,旅行案内書など大衆文化全般にまで広げたといえる。もちろん,そうした動向はカルチュラル・スタディーズが引き受けているわけだが,ブルデューも現在いうところの文化社会学的な領域の開発に大きく寄与している。本書の主張を端的に表現することはこれまで繰り返しされていると思うし,それとは別の形で私の言葉でするというのも,意外に難しい。ともかく,私たちが世間話でしてきているような,個人の好みの問題を,いい加減な類型としてするのではなく,社会的な要因によってそうなるのだということを,きちんとアンケート調査に基づいて実証的に,一つ一つ生真面目に議論しているというのが,本書の読書から受けた印象である。
しかし,本書の魅力はそうした研究領域の拡張や,地味な実証分析によるものだけではない。本書を読めば,ブルデュー自身がいかにこうしたテーマについて共著論文で継続的に取り組んできているかもわかるし(著書も共著のものが少なくないのもブルデューの特徴であり,常にテーマに応じて共同研究者がいるというのも強みかもしれない),さまざまな文献を駆使して,この分析を思想史のなかに位置づけ,裏付けている。本書について詳しく解説してもきりがないので,気になった点のみ。ブルデューは本書で,「文化とは,あらゆる社会的闘争目標〔賭金〕がそうであるように,人がゲーム〔賭け〕に参加してそのゲームに夢中になることを前提とし,かつそうなるように強いる闘争目標のひとつである。」(p.386)と文化を定義している。そして,ここにある「闘争」という言葉は,もちろんというかマルクスの階級闘争そのものなのだが,文化を強調するブルデューにあっては,階級というのは現代においては分かりやすい経済階級ということではなく,文化的・象徴的なものであり,その闘争のあり方は,「正統的生活様式を相手に押しつけることを目標とする象徴闘争」(p.385)であるという。また,デュルケームの「社会空間」概念も多用しており,その「空間」の語はもはや地理的な意味からかなり逸脱している。そもそも地理学者が強調する人間の移動はもちろん地理空間における移動(引っ越しや移住,通勤)なわけだが,社会学者が用いる「社会的移動」といえば,個人の階級間の移動(プロレタリアートからブルジョアへ,あからさまに経済階級と結びついた職業間の移動=転職など)であり,そこに空間的な要素はない。よって,改めて地理的な要素について考える際には,「さまざまな集団〔職層〕間での生活様式の相違,なかでも特に文化に関する相違をもっと完全に説明するには,それらの集団の,社会的にヒエラルキー化された地理空間における配置を考慮に入れなければなるまい。」(p.188)などと書く必要がある。ということで,ブルデューは地理空間を完全に無視しているわけではなく,その辺りを丁寧に掬い取っていく作業も必要かもしれない。いつになるかは分からないが,下巻も読まなくては。

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