« 2023年8月 | トップページ | 2023年10月 »

2023年9月

【読書日記】脇 義重『福岡が丸見えになった日――検証[福岡オリンピック]』

脇 義重(2007):『福岡が丸見えになった日――検証[福岡オリンピック]』不知火署簿,147p.1,575円.

 

福岡市は東京都とともに,2016年の夏季オリンピック大会の招致運動をしていた。私もよく認識していなかったが,本書によれば札幌市も立候補しようとしていたらしい。今,「日本における反オリンピックの系譜」という論文を書いている。1988年名古屋招致,1998年長野冬季大会,2020年東京大会に関しては書籍という形でまとめられている。2008年大阪招致に関しても,自費出版的な形で出されているが,その他は書籍という形でまとめられていないものも多い。2008年横浜招致については以前もこのブログでも書いたように,他の本に若干資料があった。招致は大抵当該の市議会で議決されているので,その年月日が分かれば市議会議事録検索でどんな議論がなされていたのか,どの会派が賛成して反対したのか,などは確認することができる。今回,福岡についても市議会議事録で確認できたのだが,Wikipediaで招致決定の年月日を調べようと思ったら,本書が原典として記載されていた。慌ててAmazonで調べると,古書で出回っていたので,早速購入した。タイトルからだけでは反対運動の本かどうかは確信がなかったが,やはり期待通り反対運動家の活動報告でした。

はじめに
1 迷走のはじまり
2 署名できてよかった
3 市民の8割は反対している
4 流用予算を市に返せ
5 福岡市落選
6 検証 福岡オリンピック

著者の脇さんは,博多湾に埋立地(人工島)が作られようとする頃(なんと1985年!)から,そのことに反対する「博多湾会議」として運動をしている人であるという。そういう意味においては,2008年の大阪オリンピック招致の反対運動の人たちと似ている。実際に本書の中では,初期の段階で大阪で招致反対運動をしていた方を招待して講演をしてもらっている。また,1998年の長野冬季オリンピックの際には江沢正雄さんが中心となった運動がされていたが,その記録がしっかりと書籍化していたこともあり,本書の著者たちも読んでいたようだ。また,JOCに福岡招致の反対の意を伝えるために上京してJOC職員と会うことになったが,その時には東京で反対運動をしていた「東京にオリンピックはいらないネット」の方と合流してJOCに向かったという。本書には上述したように,札幌市の招致撤回の話も何度か出てくる。札幌市では,開催計画がかなり詰められていて,予算の方もきちんとした額で組まれていたという。しかし,市長はそうした計画や予算を市民に提示した上で,招致の賛否を問う住民投票を実施し,反対派が多かったために招致を断念した,と説明されている。しかし,現在札幌市は2030年以降の冬季大会の招致活動をしていることもあり,この2016年夏季大会の招致に関してはネットで検索する限りは出てこない。また,Wikipediaに2016年札幌招致の記述はいくつかあるが,本書の記述のような内容は書かれていない。本書がどういう情報源に基づくものなのかは分からないが,かなり信憑性のある情報のように思う。それに対し,2008年大会の大阪招致における開催計画はかなりいい加減なもので,予算も札幌市の計画などと比較して非常に低い額に設定されていたという。そうした,比較においても福岡市の招致もかなりひどいものだと本書は説明している。
とにかく,日本におけるオリンピック招致に対する反対意見は,三つの点で大体共通している。一点目は財政的な問題。東京都はともかく,日本の地方自治体はどこも財政的には厳しく,市民の生活も良くならないなかで無駄な税金を使ってほしくない,というもの。二点目は特に横浜,大阪,福岡,そして東京にも当てはまるが,ある意味負の遺産と化した,湾岸の埋立地活用を推し進めようという強引な開催計画。そして三点目はいまだに少しも前進しない市民参加のない行政トップの強引な決定と推進。ただ,2006年前後の招致活動となった福岡は,1991年前後の長野における招致活動とは異なり,反対運動を支持する市民の反応が大きかったようだ,ということである。長野では市議会,県議会でもほとんど反対派を排除したり,反対派の選挙立候補者の惨敗という状況だったが,2008年横浜招致の際には市議会でも一定の複数人の反対派があり,福岡では市民アンケートでも7,8割の反対票を集める状態だった。それなのに,2016年の東京招致の際にも反対派が運動していたにもかかわらず,2020年東京大会の際は招致段階での反対運動は確認できておらず(おそらく「東京にオリンピックはいらないネット」は活動を続けていたと思うが),都議会でも反対の声はあったとは聞いていない。東京での開催が決まってからも,反対していた国会議員は山本太郎一人だったといわれているし,1年延期の実際の開催間際には反対の声が高まったとはいえ,コロナがなければ本当に反五輪の会などのほそぼそとした運動にとどまっていたかもしれない。
まあ,いずれにせよ,本書の存在は,日本でオリンピックを開催しようという自治体や政府,それよりむしろ財界からの圧力が大きいのかもしれないが,それに対峙する市民たちの姿が常に継続して存在してきたということがよくわかった。

| | コメント (0)

【映画日記】『ダンサーインParis』『アリスとテレスのまぼろし工場』『ほつれる』

2023年916日(土)

立川キノシネマ 『ダンサーインParis
マリオン・バルボーという1991年生まれ(作中では26歳の設定だが,32歳か!)の実在するバレエ・ダンサーを起用し,舞台上で怪我をし,治療をしながらバレエを続けるかどうか悩んでいる時期にコンテンポラリー・ダンスに出会い,恋をし,再び違う方向性で踊ることを決意する,という内容だが,そのコンテンポラリー・ダンスの演出家が,ホフェッシュ・シェクターという実在する人物が本人役で登場する。そして,マリオンは彼のプロジェクトにも参加するなど,クラシックなバレエにとどまらない活動をしているのだという。そういう意味では,半ドキュメンタリー的な作品。
このことは今,作品のウェブサイトを見て知ったことだが,なんだか久し振りにフランス映画らしい作品,そしてオーソドックスなラブストーリーを観て,非常にすがすがしい気分。映画初出演というマリオンだが,ベッドシーンもあって,やはり日本映画との格差はなかなか埋まらない。作品中で誰にでも好かれてしまうエリーズ(マリオン演じる役名)だが,そのチャーミングな魅力も堪能できる作品。
そうそう,書き忘れるところだった。監督は『スパニッシュ・アパートメント』のセドリック・クラビッシュ。その描く世界の雰囲気に納得。
https://www.dancerinparis.com/

 

2023年917日(日)

府中TOHOシネマズ 『アリスとテレスのまぼろし工場』
新しいアニメ映画があれば,娘に観るかどうか聞くようにしている。この作品も,中島みゆきが主題歌を担当するなど,幼い子ども向けのアニメではないが,観たいといった。とはいえ,この日の過ごし方をめぐっては二転三転あって,本当に出かける直前に決まった感じ。映画のサイトには詳しく書いていないが,監督の岡田磨里は1976年生まれということで,かいけつゾロリの映画を担当したことや,テレビアニメではガンダムも撮っているとのこと。残念ながら関わった映画作品を観たことはないが,本作は監督本人の手による原作小説もあるようで,その想像力溢れるストーリーに,アニメでしか描けない映像表現が合わさって,なかなか稀有なアニメ作品に仕上がっている。けっして,分かりやすいストーリーではないが,娘も気に入ったようです。
なお,佐上という工場を牛耳る人物の声を聴いた時,『北斗の拳』でナレーションなどを担当していた声優だと思ったが,調べてみると本作の声優佐藤せつじさんは1974年生まれということなので,別人物。『北斗の拳』の声優は千葉 繁さんのようです。残念。でも,千葉さんのまだ現役で声優をされているようなので,そのうち接点はあるかな。
https://maboroshi.movie/

 

2023年918日(月,祝)

立川キノシネマ 『ほつれる』
なんだかんだで三連休毎日映画を観てしまった。この日選んだのは門脇 麦さんの主演映画。門脇さんの主演映画はなんだかんだでほとんど観ていない。予告編の雰囲気から見て観たいと思ったが,監督の加藤拓也さんは1993年生まれというから30歳と若く,期待が高まる。
映画では詳細に描かれていないが,恋愛観そのものに迫る作品のようにも思う。強引にくくってしまえば不倫物語なのだが,門脇さん演じる主人公が配偶者に責められるシーンで「浮気はしていない!」と口調を荒らげ,発見された指輪についても「好きな人からもらった」という。実際に染谷将太演じる,配偶者に内緒で毎週会っていた相手だが,小田急ロマンスカーで泊まりでキャンプに出掛けた時もセックスのシーンはない。観る者にはいわゆる浮気=性的な関係ではないのではないか,ということも思わせる描き方をしている。その一方で,妻がベッドで,夫がソファで寝るような冷めきった夫婦間の描写は一方でありきたりに見えるが,何とか修復させようといろいろと会話の場を作ろうとするが,そのやり方にどこか不自然さを感じさせるこの男の描き方も面白い。
ただ,設定として不動産業界でそこそこ儲けているこの配偶者,その妻は分譲マンションに住み,一戸建てに引っ越そうとしている。専業主婦で不自由なく旅行をし,贅沢な生活をしているというのは観ていて,あまりいい気分にはなれない。とはいえ,門脇 麦さんと黒木 華さんが友人同士という設定での共演はなんだか不思議なようだが,嬉しい。ちなみに,音楽は先日観た『658km,陽子の旅』と同じ,松本英子さんとジム・オルークさんのペアだった。
https://bitters.co.jp/hotsureru/

| | コメント (0)

【読書日記】竹田いさみ『海の地政学』

竹田いさみ(2019):『海の地政学――覇権をめぐる400年史』中央公論新社,267p.900円.

 

『世界史をつくった海賊』(2011年,ちくま新書)に続いて竹田さんの本を読んだ。地政学を書名に冠したものは最近多く,素直に読むことはできないが,本書はすでに著者の類似本を読んでいたので,そういう不信感はなかった。実際に読んでみると,確かに地政学に関する記述がある。イギリスのマッキンダーによるハートランド理論と,アメリカのマハンによるシーパワー論。いずれも,「地政学」の語を用いたものではないことを断りながら,イギリスからアメリカへの覇権の推移を説明する際にちょこっとでてくるだけ。著者としても特に地政学にこだわりがあるわけではなく,おそらく当時の地政学ブームに乗りたがった編集者の意向ではないだろうか。まあ,いずれにせよ,学ぶことは多かった。

まえがき
1章 海を制した大英帝国
2章 クジラが変えた海の覇権
3章 海洋覇権の掌握へ向かうアメリカ
4章 海洋ルールの形成
5章 国際ルールに挑戦する中国
6章 海洋秩序を守る日本
あとがき

1章は前著の続き。とはいえ,2013年にも『世界を動かす海賊』という『世界史をつくった海賊』と同じちくま新書から出ているらしい。そして,前著はイギリスが覇権を握った19世紀で話が終わっていたので,本書はそれ以降の話。イギリスが19世紀後半には世界各地に海軍基地を作っていたこと,そして海底ケーブルを張り巡らせたことなどが示される。以前紹介した園田英弘『世界一周の誕生』(2003年,文春新書)にあった海洋汽船の話とも繋がる。蒸気汽船で大西洋を横断する競争も英米間でなされていた。そして,スエズ運河開墾の話。こちらは当初フランス主導で,イギリスはむしろ鉄道で地中海とアラビア海とを結ぼうとしていたのだが,最終的には協力する。そして,それが後のアメリカによるパナマ運河開墾の話とつながっていくわけだ。
さて第2章は,以前読んだエネルギー関連の書物につながる。昨今,捕鯨はクジラ肉を食べる日本人だけがまだやっている野蛮な行為とみなされて,世界からバッシングを受けているわけだが,米作家メルヴィルの『白鯨』にあるように(実は読んだことはないが),捕鯨はかつては欧米で盛んだった。しかし,かれらは食用ではなく,エネルギー=燃料としてのクジラの油を採取するためだった。まだガスや電気が発明される前,屋内で灯される明かりにはクジラの油が使われていた。油以外にも捨てるところがないくらい,多様な用途があったとのこと。それが故に乱獲が行われるわけだが,アメリカの捕鯨船が世界中を回っていたため,それなりに海におけるアメリカの存在感は徐々に大きくなる。
3章でも興味深い史実の提示が続く。第2章のおわりにマハンのシーパワー論から,海軍出身の大統領セオドア・ローズヴェルトの話へと展開するが,在位1901-1909年のこの大統領が米国の海洋パワーを目指したという。1904年にパナマ運河が着工され1914年に開通する。パナマ運河を利用して,米国の貿易を整備し,海軍の強化に向かう。ヨーロッパで始まった第一次世界大戦に,時間をおいて米国も参戦するわけだが,そこで疲弊する英国軍に対して,遠隔的な参戦になった米国は英国と肩を並べる海軍力に成長するが,第一次大戦終了後,英米が協力して一時期は軍縮に向かっていったという事実が非常に興味深い。このままドイツも日本もおとなしくしていれば,世界は大きく変わったかもしれない。ただ,軍縮を好機と思ったのかシーパワーを持ちえないドイツと,英米に告ぐシーパワーを狙っていた日本により二度目の世界規模の戦争を引き起こしてしまったことの罪は重い。そして,そのことによって今度は米国自身がそうした枢軸国を抑え込まんと世界の警察なる立場を作り上げ,それに固執するようになってしまう,というのは本当に地球にとって不運だったと思う。結局,軍縮の計画は軍拡へと転じてしまい,戦艦を用いた海上戦から航空機を用いた空中戦へと展開する中で,戦艦は空母へと置き換わられていく。その流れで太平洋戦争の日米の争いについても記述があるが,ここで興味深いのが商船の話。といっても,米軍が日本を兵糧攻めにするために,貿易船を攻撃したというわけではなく,日本はアジア太平洋各地に送り込んだ日本兵に物資を届けるために,商船を利用したのだという。軍事利用された民間の船だから攻撃対象となるのは仕方がない。著者も驚いたようだが,日本郵船歴史博物館や神戸にある「戦没した船と海員の資料館」などの資料でそうした史実の多くを知ることができるのだという。本当にこの頃の日本が犯した罪は大きすぎる。そして,現在の政権もそうしたことに全く反省もないということは呆れるほかない。
4章は,米国が海上覇権を担っていく過程で整備されていく,海洋上のルールを丁寧に解説している。当然米国の前に海洋を支配していたのは英国であり,また英国が覇権を握っていく過程でのオランダの存在は大きい。そうしてヨーロッパで海と陸上の領土との関係が議論されていくなかで,米国の時代に「公海」という考え方が変容していく。それは,エネルギー転換の歴史に対応している。すでに書いたように,かつてはクジラの油が重要で,海洋に固定されずに流動しながら存在するクジラを船によって捕獲していた。それが石炭に転換し,陸地に固定される。石油に転換してからも同様で,初期の頃は陸上の油田が重要だったが,それが徐々に臨海の,そして海域の油田へと移行する。海域油田の開発も水面からの深さの開発が徐々に可能になり,大陸棚という概念が生まれ,その開発権をめぐって権利を決めていくという次第。まずは,領海という概念が生まれ,領土の海洋への拡張が行われる。そしてそれをさらに広げたいがために接続水域という概念ができ,漁業権や通行権といったものまで管理しようと,経済的排他水域ができる。○○海里といったその距離に何の根拠もない。最終的には米国が主導して,現在日本も批准している「国連海洋法条約」ができるわけだが,それはなんと1982年のことにすぎない。しかも,当の米国は批准していないのだ。北朝鮮から弾道ミサイルの実験が行われると,いちいちわが国の経済的排他水域の外側になどといい,「誠に遺憾で断固として抗議する」などと日本政府は同じセリフを壊れたテープレコーダのように繰り返すが,そもそも北朝鮮は批准しているのだろうか。日本は自ら批准している国連の条約の数々を無視し,無数の勧告を受けているにもかかわらず,北朝鮮の他にも竹島や尖閣諸島などの問題についても「いかなり現状変更も認めない」などの決まり文句を繰り返す。まあ,私もこの国連海洋法条約なるものを絶対的に信じていたわけだが,本書の説明によると,各国の都合のよいように利用されてるにすぎないように思える,
そして,第5章で中国の問題が論じられる。話は簡単。中国もこの国連海洋法条約を批准していないのだ。では,同じく批准していない米国はどうしているのかというと,独自の法律を作っているというだけ。もちろん,もともと国連海洋法条約は米国主導で作られたと説明したように,内容的にはほぼ同じ。ただ,主張して受け入れられなかった海洋開発で自国が有利になるような大陸棚の解釈が違うだけのようです。そして,中国も同じように独自の法律を作って,それは順守している。詳しいことは本書を読んでいただきたいが,まあ極端に言えば,国連法って別に全ての国に強制されるわけではないので,われわれは独自のルールに従って行動しています,と言われればそれまで。もちろん,海洋は国と国とを結ぶ(そして分かつ)ものなので,一国で勝手に決められるものでもないのだが,ともかく人権概念なども含めて西洋世界で決めたルールをそれ以外の国に押しつけるということをこれまで続けてきたので,イスラーム諸国や中国などがそうしたものに抗おうとすることをしっかりと理解し,対話をし,今後のルールを決めていく必要があると,私は思っている。
しかし,本書は最後の第6章で,私にとっては意外なことに,中国の態度を改めさせなければならない,のような論調に収斂していくのだ。とはいえ,それは読んでいる時の印象で,こうして改めて目次を読み,本文をパラパラめくっていると,そういうわがままな米国と中国の間にあり,国際法を順守している日本が間に立ってことを収めていく役割を果たすべきだ,というとてもまっとうな意見のようにも思ってくる。ただ,ここで著者は日本の海上保安庁がいかに優れた組織であるかを論じ,有事についても論じ,本来海上保安庁は自衛隊的な業務とは一線を画すが,有事には自衛隊の管理下に置かれることを法律的に確認している。また,例の「自由で開かれたインド太平洋」概念を登場させる。私が期待した結論にはならなかったが,本書から学ぶことは多かった。

| | コメント (0)

【映画日記】『658km,陽子の旅』『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

2023年91日(金)

渋谷ユーロスペース 『658km,陽子の旅』
この日は関東大震災から100年の日。ここ最近は様々な動画で,当時起きた朝鮮人等虐殺に関して学ぶことが多かったので,各種追悼イベントに行きたいなと思って,会社の休みを入れておいた。配偶者も元々休みの予定で,彼女は知人と会う約束をしていたが,その約束がキャンセルになったということで,とりあえず午前中は一緒に映画を観ることにした。
この作品は予告編で非常に気になっていたもの。外国映画に複数本出演していて妙な評価を受けている菊地凛子だが,彼女の演技をじっくり観る機会はなかなかなかったのではないかと思う。という意味で,期待できると思った。監督も熊切和嘉だったし,期待は裏切られないだろう。冒頭のシーン,主人公は狭いアパートの一室の暗い中でPC一つで何やらサポートセンター的な仕事をしている。PCに向かいながら夕食を食べるのだが,イカ墨焼きそば的な麺を不細工にすする姿に期待が高まる。竹原ピストル演じる従姉に,主人公の父の死を知らされ,葬儀に行くために出かける準備をせかされる。予告編で,主人公はヒッチハイクで青森を目指すということは分かっていたが,そのやる気のない様子から,彼女がなぜ,そしてそこまでして青森に行こうとするのか,この時点ではさっぱりわからない。しかし,物語が進展していくたびにそのことが少しずつ明らかになっていき,この奇異に見える人物が,いたって平凡な,そして味方によっては非凡な人物に見え,それこそが人間の本質だと思えるような,本質に迫る作品だと分かり,またそんな人物を,日本の映画界において演じられる人物を他に思い浮かばない。主人公は大半がみすぼらしく,時に醜く描かれているのだが,ふとした時に美しく見える。そんな大満足な映画でした。
https://culture-pub.jp/yokotabi.movie/

 

2023年94日(月)

立川シネマシティ 『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』
この日は私が勤める会社の創立記念日ということで休みになった。私のようなアルバイト契約者にとっては迷惑な話。平日の勤務日が一日減らされて,有給休暇の対象にもならない。休めるのはいいが,減給にしかならないのだ。まあ,ともかく映画でも観ようと思って,一人で行動できるので少し遠くまで調べてみたが,これぞというのは見つからず,逆に近場の立川で2作品から選ぶことになった。選んだのは,あのクローネンバーグ監督の最新作だ。私の中にも衝撃的な記憶を刻んだ『クラッシュ』が1996年とのこと。2005年の『ヒストリー・オブ・バイオレンス』は観たような記憶はあるが,その主演が本作でも主演しているヴィゴ・モーテンセンでした。
さて,本作ですが,『クラッシュ』を彷彿とさせるような,痛みをテーマにした作品で,少し先の近未来を描いているように思う。観る者には痛みを想像させる作品ですが,その世界では多くの人間が痛みを感じなくなってしまい,そのことで,人間を切り刻むということが見世物のエンタテイメントとアートになっているという設定。非常に発想が奇抜で面白い。そして,1990年代の『クラッシュ』と同じ,数十年の時間軸では変わらないようなテーマを扱いながら,幾度の感染症を経た上での人間社会の変化をとげているものと設定している。また同時に,人間の身体自体がその社会の変化に順応する形で変容をとげたり,また手を加えることで(サイボーグという形ではなく)適応させようとしている。映画作品としてのできはさておき,その思想は非常に興味深い作品。
https://cotfmovie.com/

| | コメント (0)

【読書日記】薩摩真介『〈海賊〉の大英帝国』

薩摩真介(2018):『〈海賊〉の大英帝国――掠奪と交易の四百年史』講談社,317p.1,950円.

 

竹田いさみ『世界史をつくった海賊』(2011年,ちくま新書)に続いての海賊もの。竹田さんの本の読書日記にも書いたように,本書に竹田さんの本への言及はない。「あとがき」を読むと,海賊本の執筆を依頼された時,海賊に関する本は日本語でも数多く出版されていて,はじめは乗り気でなかったとある。これまでの本と違った観点があるとしたら,海軍による掠奪といわゆる海賊とを一緒に論じる本がなかった,ということらしい。また,前半を読むと,海賊と一口に言っても,読者の多くが想像するような違法行為をするものばかりではない,という示唆が感じられる。そういう意味では,歴史研究者ではない竹田さんの本を批判しているようにも思う。しかし,実際に書名を挙げての批判はしていないし,また竹田いさみさんもその後2019年に『海の地政学』(中公新書)を書いているが,薩摩さんの研究には一切言及はない(まあ,この本において海賊は中心的な論点ではないが)。
私の論文もなかなか他の人の文献の中で言及されることが少なく,暗に批判されているのか(取り上げる価値もない),単に読まれていないのか,一切分からない。学術界にはそういう怖さがある。直接名指しで批判することについては躊躇する心情があるようだ。それは相手を直接傷つけないという配慮なのかもしれないが,そのことの方が傷つけるということを理解した上でそうしているとしたら余計質が悪い。少なくとも,無視できる媒体に書かれた文献であれば,知らなかったですませることもできるが(それはそれで研究者としてどうかとは思うが),竹田さんの場合は大手出版社の新書で出されていたり,私の場合は主要学会誌に掲載された論文だったりするわけで,そういうものを無視するというのはどういうものかとも思う。ちょっと脱線してしまったが,とにかく読んでいこう。

まえがき
序章 海洋と掠奪
第一章 掠奪者たち,大西洋に乗り出す――中世後期からエリザベス期の掠奪行為
第二章 同期する掠奪――ジェイムズ一世期の海賊とバッカニア
第三章 グローバル化する掠奪――紅海者の活動
第四章 海賊たちの黄昏
第五章 私掠者と掠奪
第六章 海軍と掠奪
第七章 自由貿易思想の興隆と私掠の廃止
終章 第一次世界大戦の勃発とパリ宣言体制の崩壊
あとがき

すでに書いたように,本書の意義は一般的にいわれる海賊という概念を複雑化することにあると思う。海賊といった場合の北欧のバイキングとカリブ海のパイレーツの違いなどは竹田さんの本にもあったが,本書では海賊という概念よりも「掠奪」がメインのように思う(書名では海賊が主で掠奪は副だが)。本書も竹田さんの本も大英帝国と海賊との関係を議論しているので,本書の副題にあるように16世紀以降という時代を限定したものであることは共通している。そして,本書においてはいわゆる海賊行為について,掠奪(正直なところ,一般的に「りゃくだつ」と入力して変換される「略奪」と「掠奪」の違いについても,もしヨーロッパ言語での違いがあるのであればそれも併せて説明が欲しかった)の他,章のタイトルだけでも「私掠」や「バッカニア」という概念が登場する。そして,冒頭にも書いたように,時代背景としていわゆる海賊行為が全て非合法なものではないということ,そしてもちろん当時でも非合法なものはあったということ,そして海軍が掠奪行為をしているということもあるように,公=合法,私=非合法ということでもないということ,ともかく掠奪行為の複雑性を一つ一つ丁寧に解きほぐしていく,というのが本書の意義だと思う。そして,さらにいうといわゆる海賊行為は基本的に現代にはほとんどないのだが,それはやはり時代が下るにつれて,まさに現代の者が海賊=非合法と思うような思考が徐々に整備されてきて,世界から海賊行為をなくしていこうという法整備が徐々になされていって,海賊行為が世界的に取り締まられる社会になっていったという過程も本書で整理されている。
本当はもっと詳しく書きたいところだが,締め切りに間に合うかどうかという原稿などもあり,この辺にしておきたい。ちなみに,いろんな余計なことを書きましたが,私は本書そのものや,竹田さんの本に対する本書の態度を批判したいわけではない。歴史を専門としない私のような読者にとってはどちらも学ぶことの多いもので,またどちらか一方というよりは両方読んだことで知識が多元的になるようにも思う。

| | コメント (0)

« 2023年8月 | トップページ | 2023年10月 »