【読書日記】竹田いさみ『海の地政学』
竹田いさみ(2019):『海の地政学――覇権をめぐる400年史』中央公論新社,267p.,900円.
『世界史をつくった海賊』(2011年,ちくま新書)に続いて竹田さんの本を読んだ。地政学を書名に冠したものは最近多く,素直に読むことはできないが,本書はすでに著者の類似本を読んでいたので,そういう不信感はなかった。実際に読んでみると,確かに地政学に関する記述がある。イギリスのマッキンダーによるハートランド理論と,アメリカのマハンによるシーパワー論。いずれも,「地政学」の語を用いたものではないことを断りながら,イギリスからアメリカへの覇権の推移を説明する際にちょこっとでてくるだけ。著者としても特に地政学にこだわりがあるわけではなく,おそらく当時の地政学ブームに乗りたがった編集者の意向ではないだろうか。まあ,いずれにせよ,学ぶことは多かった。
まえがき
第1章 海を制した大英帝国
第2章 クジラが変えた海の覇権
第3章 海洋覇権の掌握へ向かうアメリカ
第4章 海洋ルールの形成
第5章 国際ルールに挑戦する中国
第6章 海洋秩序を守る日本
あとがき
第1章は前著の続き。とはいえ,2013年にも『世界を動かす海賊』という『世界史をつくった海賊』と同じちくま新書から出ているらしい。そして,前著はイギリスが覇権を握った19世紀で話が終わっていたので,本書はそれ以降の話。イギリスが19世紀後半には世界各地に海軍基地を作っていたこと,そして海底ケーブルを張り巡らせたことなどが示される。以前紹介した園田英弘『世界一周の誕生』(2003年,文春新書)にあった海洋汽船の話とも繋がる。蒸気汽船で大西洋を横断する競争も英米間でなされていた。そして,スエズ運河開墾の話。こちらは当初フランス主導で,イギリスはむしろ鉄道で地中海とアラビア海とを結ぼうとしていたのだが,最終的には協力する。そして,それが後のアメリカによるパナマ運河開墾の話とつながっていくわけだ。
さて第2章は,以前読んだエネルギー関連の書物につながる。昨今,捕鯨はクジラ肉を食べる日本人だけがまだやっている野蛮な行為とみなされて,世界からバッシングを受けているわけだが,米作家メルヴィルの『白鯨』にあるように(実は読んだことはないが),捕鯨はかつては欧米で盛んだった。しかし,かれらは食用ではなく,エネルギー=燃料としてのクジラの油を採取するためだった。まだガスや電気が発明される前,屋内で灯される明かりにはクジラの油が使われていた。油以外にも捨てるところがないくらい,多様な用途があったとのこと。それが故に乱獲が行われるわけだが,アメリカの捕鯨船が世界中を回っていたため,それなりに海におけるアメリカの存在感は徐々に大きくなる。
第3章でも興味深い史実の提示が続く。第2章のおわりにマハンのシーパワー論から,海軍出身の大統領セオドア・ローズヴェルトの話へと展開するが,在位1901-1909年のこの大統領が米国の海洋パワーを目指したという。1904年にパナマ運河が着工され1914年に開通する。パナマ運河を利用して,米国の貿易を整備し,海軍の強化に向かう。ヨーロッパで始まった第一次世界大戦に,時間をおいて米国も参戦するわけだが,そこで疲弊する英国軍に対して,遠隔的な参戦になった米国は英国と肩を並べる海軍力に成長するが,第一次大戦終了後,英米が協力して一時期は軍縮に向かっていったという事実が非常に興味深い。このままドイツも日本もおとなしくしていれば,世界は大きく変わったかもしれない。ただ,軍縮を好機と思ったのかシーパワーを持ちえないドイツと,英米に告ぐシーパワーを狙っていた日本により二度目の世界規模の戦争を引き起こしてしまったことの罪は重い。そして,そのことによって今度は米国自身がそうした枢軸国を抑え込まんと世界の警察なる立場を作り上げ,それに固執するようになってしまう,というのは本当に地球にとって不運だったと思う。結局,軍縮の計画は軍拡へと転じてしまい,戦艦を用いた海上戦から航空機を用いた空中戦へと展開する中で,戦艦は空母へと置き換わられていく。その流れで太平洋戦争の日米の争いについても記述があるが,ここで興味深いのが商船の話。といっても,米軍が日本を兵糧攻めにするために,貿易船を攻撃したというわけではなく,日本はアジア太平洋各地に送り込んだ日本兵に物資を届けるために,商船を利用したのだという。軍事利用された民間の船だから攻撃対象となるのは仕方がない。著者も驚いたようだが,日本郵船歴史博物館や神戸にある「戦没した船と海員の資料館」などの資料でそうした史実の多くを知ることができるのだという。本当にこの頃の日本が犯した罪は大きすぎる。そして,現在の政権もそうしたことに全く反省もないということは呆れるほかない。
第4章は,米国が海上覇権を担っていく過程で整備されていく,海洋上のルールを丁寧に解説している。当然米国の前に海洋を支配していたのは英国であり,また英国が覇権を握っていく過程でのオランダの存在は大きい。そうしてヨーロッパで海と陸上の領土との関係が議論されていくなかで,米国の時代に「公海」という考え方が変容していく。それは,エネルギー転換の歴史に対応している。すでに書いたように,かつてはクジラの油が重要で,海洋に固定されずに流動しながら存在するクジラを船によって捕獲していた。それが石炭に転換し,陸地に固定される。石油に転換してからも同様で,初期の頃は陸上の油田が重要だったが,それが徐々に臨海の,そして海域の油田へと移行する。海域油田の開発も水面からの深さの開発が徐々に可能になり,大陸棚という概念が生まれ,その開発権をめぐって権利を決めていくという次第。まずは,領海という概念が生まれ,領土の海洋への拡張が行われる。そしてそれをさらに広げたいがために接続水域という概念ができ,漁業権や通行権といったものまで管理しようと,経済的排他水域ができる。○○海里といったその距離に何の根拠もない。最終的には米国が主導して,現在日本も批准している「国連海洋法条約」ができるわけだが,それはなんと1982年のことにすぎない。しかも,当の米国は批准していないのだ。北朝鮮から弾道ミサイルの実験が行われると,いちいちわが国の経済的排他水域の外側になどといい,「誠に遺憾で断固として抗議する」などと日本政府は同じセリフを壊れたテープレコーダのように繰り返すが,そもそも北朝鮮は批准しているのだろうか。日本は自ら批准している国連の条約の数々を無視し,無数の勧告を受けているにもかかわらず,北朝鮮の他にも竹島や尖閣諸島などの問題についても「いかなり現状変更も認めない」などの決まり文句を繰り返す。まあ,私もこの国連海洋法条約なるものを絶対的に信じていたわけだが,本書の説明によると,各国の都合のよいように利用されてるにすぎないように思える,
そして,第5章で中国の問題が論じられる。話は簡単。中国もこの国連海洋法条約を批准していないのだ。では,同じく批准していない米国はどうしているのかというと,独自の法律を作っているというだけ。もちろん,もともと国連海洋法条約は米国主導で作られたと説明したように,内容的にはほぼ同じ。ただ,主張して受け入れられなかった海洋開発で自国が有利になるような大陸棚の解釈が違うだけのようです。そして,中国も同じように独自の法律を作って,それは順守している。詳しいことは本書を読んでいただきたいが,まあ極端に言えば,国連法って別に全ての国に強制されるわけではないので,われわれは独自のルールに従って行動しています,と言われればそれまで。もちろん,海洋は国と国とを結ぶ(そして分かつ)ものなので,一国で勝手に決められるものでもないのだが,ともかく人権概念なども含めて西洋世界で決めたルールをそれ以外の国に押しつけるということをこれまで続けてきたので,イスラーム諸国や中国などがそうしたものに抗おうとすることをしっかりと理解し,対話をし,今後のルールを決めていく必要があると,私は思っている。
しかし,本書は最後の第6章で,私にとっては意外なことに,中国の態度を改めさせなければならない,のような論調に収斂していくのだ。とはいえ,それは読んでいる時の印象で,こうして改めて目次を読み,本文をパラパラめくっていると,そういうわがままな米国と中国の間にあり,国際法を順守している日本が間に立ってことを収めていく役割を果たすべきだ,というとてもまっとうな意見のようにも思ってくる。ただ,ここで著者は日本の海上保安庁がいかに優れた組織であるかを論じ,有事についても論じ,本来海上保安庁は自衛隊的な業務とは一線を画すが,有事には自衛隊の管理下に置かれることを法律的に確認している。また,例の「自由で開かれたインド太平洋」概念を登場させる。私が期待した結論にはならなかったが,本書から学ぶことは多かった。
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