【読書日記】塩谷清人『ダニエル・デフォーの世界』
塩谷清人(2011):『ダニエル・デフォーの世界』世界思想社,422+55p.,4,600円.
非常勤先でやっている授業。『旧約聖書 創世記』から始めて,マルコ・ポーロ『東方見聞録』,コロンブス航海誌,トマス・モア『ユートピア』,ジョナサン・スウィフト『ガリヴァー旅行記』など,旅行記・ユートピア文学を通じて,ヨーロッパの世界観を歴史的に辿り,地理学者ともされるアレクサンダー・フォン・フンボルトの南米旅行とその博物学・地理学的仕事までを題材とした授業を,かなり長くやってきた。今年,とある大学で半期のみ教えることになり,少しアレンジしようと思い,ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』とスティーヴンスン『宝島』を追加する予定。
文学の授業ではないので,作品をより広い歴史的文脈に,そして地理的な含意を論じる必要があるので,補足的に文献を読み込まなければならない。ジョナサン・スウィフトについてはこれまで作者に関する文献は読んでこなかったが,今回は読んでおこうと思い,大学図書館で検索した。デフォーについては何冊か所蔵があったが,どれもそれなりに分量があり,複数冊読むのは諦めた。本書は書名や目次からも分かるように,かなり本格的に伝記的な内容を含むもので,第六章だけ読もうかとも思ったが,単著を部分だけ読むということができない質であることもあり,普段ではなかなか手を出せない分量の読書に手を出した。
とはいえ,モアやスウィフトもそうだが,これらの著者は現代の感覚で小説家や文学者とはいえない多岐にわたる活動や執筆をしていることは知っていたが,かれらがどのように生計を立てていたのかなど,私自身知識不足な点が多く,学生に対してもうまく説明ができなかったので,ひとまずデフォーについては生い立ちから知っておいても良いと思った次第。
はじめに
序章 デフォーの時代
第一章 幼少期から青年になるまで,王政復古期の状況(1660年から)
第二章 結婚,反乱軍への参加,商売の失敗,著作活動へ(1678年から)
第三章 アン王女の治世:政争と宗派対立の波(1702年から)
第四章 政治の世界,変節者か?(1708年から)
第五章 新しい時代,しかし最悪の時期(1714年から)
第六章 小説家デフォーの誕生(1719年から)
第七章 最後の奮闘,そして死(1724年から)
あとがき
ダニエル・デフォーは1660年のロンドン生まれ。本書によれば,「30歳までの資料はあまり多くない。」(p.28)とのこと。世界史では,この頃のイギリスについて,ピューリタン革命(1642-49)や王政復古(1660-)などを習うわけだが,その内実までは理解していない。本書にもたびたび登場するトーリー党とホイッグ党は,スウィフト『ガリヴァー旅行記』のリリパットとブレフスキュで揶揄されたものだということで知ったが,本書でもたびたび登場する。以前,イギリスの地方自治制度についていくつか文献を読んだ時に少し理解が進んだような気がしていたが,本書では,政治的対立軸としてのトーリーとホイッグという軸が,議会派と国王派,都市派と農村派というさまざまな軸とも交差することを知り,より複雑でまた分からなくなった。
それはともかく,ダニエル・デフォーという人物は,若い頃はさまざまな商売に手を出しては倒産してを繰り返し,若くして結婚して子どもも多く,という人生を送っていたが,1681年頃から執筆活動を始めており,「著作活動が目立ってくるのは1690年代後半からである。」(p.59)という。この頃はスペイン継承戦争というものもあり,各国の国王が他国出身のものとなったりと,現代の感覚ではよく理解できないが,とにかくヨーロッパ内部で国と国との交流というか競争というか,そういう関係性が深まっていく時期のようで,デフォーのような著作家が書くテーマは必然的に政治的情勢に関わるものであったのかもしれない。1701年には『生粋のイギリス人(イングランド人)』という本を書く。タイトルからするとナショナリスティックなものを想起するが,「狭量な愛国心批判をしている。」(p.79)とのこと。そうしたパンフレットをいくつか書きながら(本書ではデフォーの作品の多くを「詩」と表現している),1704年からは『レヴュー』という雑誌をほぼ一人で執筆するものとして発行し,それが1713年まで続いたという。本書はすなわち,その雑誌を中心として,デフォーが遺した言葉を,当時の時代背景の下で丁寧に整理したものだといえる。
デフォーは長らくロバート・ハーリーという政治家と共依存関係にあった。本書にも詳しい記述があるが,断片的でなかなか整理できないのでWikipedia(日本語版では「ハーレー」と表記)に頼ってもかなりの分量である。最終的には議会の長にもなった人物で,1713年にユトレヒト条約を結ぶなど,歴史的にも名を残した人物で,Wikiの冒頭には「デフォーとスウィフトのパトロン」とも書いてある。ともかく,デフォーはハーリーの政治的主張を代弁し,ハーリーは苦境に陥った際にデフォーを財政的に支援するという関係だったようだ。本書のそうした英国の複雑な政治状況とそのデフォーの関りについての記載はなかなか読む進めるのが大変だったが,前半にジャーナリズムに関する説明があり,デフォーが刊行していた「レビュー」という雑誌の位置付けなどの記述は興味深く読めた。今日のジャーナリズムの大半は目先の事象に囚われて,「ニュース」という言葉に象徴されるよう新しさの価値が優先され,その事象の理解を時間をかけて追及するということがなかなかできない(この辺りはブーアスティン『幻影の時代』の分析はまだまだ有効だと思う)。世界の出来事が伝えられる速度が速くなればそれだけそういう傾向になるのは仕方がないので,速度が遅かったこの時代には人々は社会のありよう,あり方についてじっくり考える余裕があったのだと思う。そして,中盤も政治的な記述が多く,理解が及んでいないが,後半に入ってくると,政治的な内容といっても,イングランドの併合に関する記述があり,地理学者として興味を引かれていく。イングランドとウェールズに加え,1707年にスコットランドが併合されることで,「ブリテン」という名称が使われるようになり,デフォーもその時期にスコットランドに派遣され,現地の様子をレポートするなどの活動をし,排除ではなく包摂の論理を訴える。非常に今日的な感覚を持った政治理論家だったといえる。とはいえ,論壇では大学出の知的エリートでもあったスウィフトに対して,デフォーは学のない論者という位置づけだったようだ。
そして,徐々に『ロビンソン・クルーソー』が1719年にデフォーが59歳に時に書かれる時代背景へと話は展開していく。先にユトレヒト条約について書いたが,これはスペイン継承戦争を終結させるものであり,複雑でまだ理解は及んでいないが,スペインとイギリス,そしてスペイン王国の継承者をフランスから(ルイ14世の孫フィリップがフィリペ五世に)とオランダ,と覇権を争う4国関係の問題が論じられる。そして,この4国は東インドと西インドと双方において植民地競争もしており,この地理的問題はヨーロッパのみならず,すでにグローバルな問題になっていた。南北アメリカの植民地をめぐっては三角貿易が形成されるなかで,アフリカを巻き込んだ奴隷貿易が問題となり,三角貿易の展開に伴って,英国のインド関係が変化していく。英国の産業といえば毛織物だが,インドでは綿織物が盛んで,気候的にも毛織物は売れない。一方で,英国が欲しがるインド産物は多く,その貿易においてヨーロッパの金銀が流出するという状況。むしろ,逆にインドの綿製品(キャラコと呼ぶらしい)が英国に流入して,流行し,英国はキャラコ着用禁止令まで出す始末。しかし,その後北米植民地で黒人奴隷を用いて綿花を栽培し,英国で綿製品を生産するようになる。また,熱帯地方のプランテーションではサトウキビを栽培し砂糖を生産する。
そんな背景を存分に取り込んだフィクションとして,『ロビンソン・クルーソー』が出版される。私が持っている岩波文庫版は,上下巻だが,原作は三部作だとのこと。岩波文庫版の上巻が第一部で,正式なタイトルは『ロビンソン・クルーソーの生涯と不思議な冒険』で1719年に出版された。皆が知っている無人島でのサバイバル生活を描いた作品。下巻が第二部で『ロビンソン・クルーソーおさらなる冒険』も同じ年に出されている。無人島から帰国した後,また航海に出て自分の島に戻ってから漂流し,「ブラジルから南アフリカ,マダガスカル,ペルシャ湾,さらには極東の中国まで来てアジア大陸,シベリアを横断し,モスクワ経由で帰国するという大旅行」(pp.305-306)である。第三部は『ロビンソン・クルーソーの生涯と不思議な冒険中の真面目な省察』としてよくとしの1720年に出され,「敬虔,敬神といった精神論」(p.306)だという。私も今回とりあえず上巻を再読したが,なかなか興味深い。ロビンソンは家族から離れるように航海に出るが,何度も船で難破に遭う。アフリカのギニア商船に乗り,砂金を持ち帰り,一儲けする。その後,トルコ海賊船に襲われ奴隷生活を二年過ごす。主人の親戚のムーア人と同じ奴隷の少年と魚釣りに何度か出ていたが,その機会を使って逃亡を図る。ムーア人を海に投げ出し,奴隷の少年とともにアフリカ北西部の海へと逃げる。ここでライオンと格闘したりしながら漂流していると,ポルトガル船に助けられる。その後,ポルトガル領のブラジルに到着し,ブラジルでしばらく農園の経営をして生活する。煙草や甘蔗(サトウキビ)といったいかにも植民地の商品作物のプランテーションだ。そこではヨーロッパ人の召使まで雇っている。その後,黒人の奴隷貿易に手を出し,その航海の途中に難破して無人島に一人たどり着く。その後のことはよく知られているように,サバイバル物語。自分が乗っていた船も同じ船に座礁していたため,物資を少しずつ島に運び,自分だけの住処を作り,畑を耕し家畜を飼い,生活の基盤を作り上げる。その闘いは単なる自然の中を生き延びるものではなく,あくまで人間が創り出した文明を維持するものであり,また中盤からは防衛も含むことになる。その島には多くの人間が時折上陸していたことが分かる。それはカヌーでやってくることができる人たちで,捕らえられた数人を,捉えた多数の人間が殺して食べるという儀式を行うためにその島を利用していたのだ。コロンブスの時代からカリブ海やキューバと名付けられたこの付近には,ヨーロッパで伝えられたカニバリズム=食人の言説になぞらえられて,食人種が住むと信じられていた。コロンブスの時代から200年以上が建っているが,その場面が目の前で展開されるというフィクションが描かれている。まあ,随分文字数を使ってこの物語を説明してしまったが,とにかくロビンソンが過ごしたその島は架空の島ではあるが,現在のベネズエラに位置するオリノコ川の沖に浮かぶ島とされている。まあ,要は当時の植民地貿易の状況を色濃く反映し,まさにその地域を舞台にした小説だということである。本書には第二部の分析はあまりないが,「この小説の後半は冒険譚の色合いが濃い。当時に評判は第一部ほどではなかったが,18世紀中は第一部,第二部併せて出版されることが多かった。これらの版にはクルーソーの行路を示す世界地図もつけられ,世界を視野に収めるイギリス人の気概も感じさせた。」(p.306)とある。
デフォーの作品は『ロビンソン・クルーソー』以外にも『ペスト』が中公文庫から出ているが,本書で知った他の作品もけっこう翻訳があるようだ。上述した『生粋のイングランド人』は2020年に音羽書房鶴見書店から出ている。2015年にユニオンプレスから出ている『名高き海賊船長シングルトンの冒険一代記』は本書では『キャプテン・シングルトン』で原著出版年は1720年とのこと。『疫病流行記』は2020年にオンデマンド版として復刻した現代思潮新社であり,『ペスト』と同書か。本書では『疫病の年の記録』という1722年の作品がある。『ヴィール夫人の亡霊』というのも世界怪談名作集として1929年に改造社から出ているとのこと。『モル・フランダーズ』(1722年)は上下巻で岩波文庫から1968年に出ている。『イギリス通商案――植民地拡充の政策』は2010年に法政大学出版局から出ているが,本書の『完璧なイギリス商人』(1725年)のことだろうか。『イギリス経済の構図』という本も1975年に東京大学出版会から出ている。これは本書にも同じタイトルで言及がある(1728年刊)。本書では最後の小説とされる『ロクサナ』(1724年)も『ロクサーナ』として1980年に槐書房から出ている。Amazonで調べるだけでも,けっこう日本語訳があることが分かる。
本書ではその他にも,『信仰に基づいた求愛』(1722年)『夫婦間の淫猥』(1727年)『ジャック大佐』(1722年)という小説があることが分かる。特に1722年には集中して執筆・出版をし,本書では「奇跡の年」と呼んでいる。そして,第7章では小説以外の晩年の作品が紹介され,上述した『完璧なイギリス商人』や『イギリス経済の構図』といった貿易・経済論が展開される。デフォーは若かりし頃にさまざまな事業を起こしているし,執筆業で多くの収入を得た時期にもさまざまな商売に手をかけていたようで,当時としてはかなり先駆的な経済感覚を持っているし,また女性や奴隷などの人権問題についてもなかなかバランスの取れた感覚を持っていた。しかし,ジョナサン・スウィフトなどと比較される際には学のなさ(教育水準の低さ)を揶揄されることが多かったようだ。
この最終章で,地理学的に興味深いのは『グレイトブリテン全島周遊記』(1724年)や『世界新航海記』(1724年)を出していることだ。「『周遊記』はイギリス国内の繁栄を称える旅行記であるが,『世界新航海記』はイギリス貿易のための新航路,ならびに新植民地発見の旅である。」(p.367)と本書では紹介されている。純粋な地誌書ではなく,イギリス本位に立ったものではあるが,地理的なものに大いなる関心を持っていたことは興味深い。また,『ロビンソン・クルーソー』の第二部はそうした彼の関心が反映したものだといえる。ともかく,デフォーの著作は多く,多いときは年に何冊も執筆している。とはいえ,現代とは著作権の状況などは異なるため,実名で発表していないものも多く,どの文章がデフォーの手によるものなのかを特定するところからの時代考証がベースにあるようで,本書はそこまで踏み込んだものではない。とはいえ,それらに目を通して一冊の本にまとめるという著者の労力には敬意を表したい。いずれにせよ,こうしてデフォーという17世紀から18世紀を主に執筆家として生きた人間のあり方を学ぶ貴重な読書だった。


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