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2023年11月

【読書日記】西山 徹『ジョナサン・スウィフトと重商主義』

西山 徹(2004):『ジョナサン・スウィフトと重商主義』岡山商科大学,285p.,価格非表示.

 

本書は「岡山商科大学学術研究叢書⓺」として出版されている,著者の学位論文とのこと。なので,正直言って難しい。この手の文学研究書は書籍として出版される際に一般向けにそれなりに編集されるものだと思うが(まあ,私が文学畑の者ではないため,一般向けのものしか読んでいないということもあるとは思う),本書はその辺りの配慮はあまりない。引用文献はほとんど英語であり,日本語訳のあるものでも巻末の文献目録に情報はあるが,本文に付されている注にはない。当然のごとく学術雑誌に掲載された学術論文も多く参照されているし,そもそもが歴史的作品に関する研究であるため,一般の人では入手できない1819世紀の文献も含まれる。
本書は文学研究に作品の時代背景としてある経済状況を組み込むという経済批評を標榜するものでもある。もちろん,マルクス主義批評は文学作品を通じて当時の政治経済状況を論じてきたわけだが,本書がそういう系譜にあるわけでもないようだ。本書では「新経済批評」と表記されているので,マルクス主義とは違う流れの新しい潮流があるようだ。前にも何度か書いたように,非常勤先の授業で旅行記・ユートピア小説の話をしていて,ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』の話もしている。しかし,作品自体が内容が豊富なので,作品以外の話としては,富山太加夫『『ガリヴァー旅行記』を読む』程度しか参照しておらず,アップデートしたいとはずーっと思っていた。先日もここで紹介したように,『ロビンソン・クルーソー』のダニエル・デフォーについては一冊研究書を読んだので,同じようなスウィフトに関する本を非常勤先の大学図書館で探した結果,読むことにしたのが本書。さすがに,一般の書店で見ることのない本書に出会えたことはラッキーだったかもしれない。私は基本的にきちんと読む本は購入して手元に置いておきたい質だが,大学図書館ももっと活用したいと思った次第。なお,本書は出版から10年が経過しますが,大学図書館の閉架に入れられていたこの本は私が初めて読んだと思われるほど,きれいな状態だった。

序 拡張する近代世界と重商主義
第一部 重商主義的志向とスウィフト
 第一章 重商主義の詩学
 第二章 数字のイドラ
第二部 スウィフトとアイルランド経済
 第三章 解釈者ドレイピア
 第四章 「傷つけられた女」とその友人
 第五章 食人国家の悦び
第三部 スウィフトと市場的世界
 第六章 「スカトロジカル」詩と性愛の市場化
 第七章 『イーリアス』と胡桃の殻
第四部 スウィフトと重商主義的国家
 第八章 国家の「信用」問題
 第九章 飛行する国家
 第十章 国家と鯨
結論

重商主義はウォーラーステインの『近代世界システム』でも16世紀以降のヨーロッパ覇権の拡張において重要な意味を持つにもかかわらず,私の理解が足りていない部分もあった。『ガリヴァー旅行記』に付随する説明として加えられれば,授業に奥行きが出ると思う。とはいえ,本書を読んだ後も重商主義って結局何だったのか,冒頭の用語の解説以上の理解は深まらなかったようにも思う。なお,本書は以前紹介したダニエル・デフォー本,塩谷清人『ダニエル・デフォーの世界』と比べ,スウィフト自身の人生や全作品の見取り図的なものはあまり説明はされない。とはいえ,スウィフトが書いてきた様々なテーマをそれぞれ深掘りしている。『ガリヴァー旅行記』が随所に登場し,スウィフトの執筆生活の中でもかなり代表的で中心的なものであるかが分かる。また,デフォーと同様に政治経済に関する著作もあれば,詩作が多いことも共通している。フィクションとしては『桶物語』というものがあり,ちょうど本書を借りた大学の駅からの通学路にある古書店に立ち寄ったら岩波文庫版『桶物語:書物戦争 他一篇』を入手した。
まず,本書では重商主義を『オックスフォード英語事典』の「貨幣のみが富を構成するという原理に基づく経済理論および法的政策の体系」という定義を挙げながらも,それでは不十分とし,1995年のマグナッサンによる「重商主義とは,およそ1620年から1750年頃の「経済的状況の解釈を提示するとともにその時代の実際的な政治経済政策を扱う相互に関連した一連のテクスト群」としてとらえるべきであるとする。」(p.2)という主張を引用している。普遍的な経済理論というよりは,特定の時代に特定の国々で生まれた言説というわけだ。この定義はある意味「地政学」にも当てはまるのかもしれない。そして,その「特定の国々」というところも重要であり,当時の帝国主義諸国である,イギリス,フランス,オランダのみが行えた政策であり,スウィフトの故郷であるアイルランドは当然重商主義的政策をとれるわけもなく,逆にイギリスの重商主義的政策に飲み込まれる対象であるという点も重要である。
なかなか本書に関するまとまった意見を書くほど理解できていないので,断片的に書いていくことにしたい。まず,前半では,スウィフトの記述,そして当時の重商主義的な言説は国体=国家という政治体を,この日本語の表記のように身体のメタファーでとらえる傾向にあるという。まあ,これは国家有機体説として地理学にもなじみ深く,かなり一般的なメタファーだといえるが,ちょうどこの頃に発表された,体内の血液循環を明らかにしたハーヴィーの『動物の心臓ならびに血液の運動に関する解剖学的研究』(1628年)の影響などを論じている。人間の身体も食物の摂取という収入と,消化=消費し,栄養分が血液で体中に分配され=流通,さまざまな運動で利用され,残余分は排泄される=支出とで成り立っている。収入>支出であれば,黒字で身体は成長する=増大する。逆の場合はやせ細っていく。そんな具合。第二章はアイルランドについてで,デフォーのスコットランドとは少し事情が違うが,イングランドへの視線が斜めからであるところは興味深い。要するに,アイルランドはイングランドにとって女・子どもであり保護する存在,征服する存在であるという議論だが,第五章の食人の議論がなかなか衝撃的だった。スペインによるカリブ海植民地の議論では食人の話題は欠かせず,そのなかでもヨーロッパの伝統としての子どもを食べるという話があった記憶はある。本書に登場する,貧民における子だくさんと食糧不足を解決する方策としての食人という話は,どれだけ事実に基づくものなのか,比喩にすぎないのか,分からないがいずれにせよグロテスクだ。
第六章で登場するスカトロジーの話題は,富山さんの本でもかなり重要なものだった。それは,実際に当時のロンドンが非常に不衛生で,しかも性の乱れが横行していたという論点だったが,本書では女性に関する当時の言説を細かく紹介していてなかなか興味深いが,簡単に要約できない。ただ,本書ではこのスカトロジカルな描写を売春婦の性産業と結び付けて議論する。売春婦という職業は以前から存在するが,この時代にまさに資本主義市場にしっかりと組み込まれ,性愛産業としてその主たる商品である女性が,特にその特別な価値を持った女性は,排便と結びつくことで価値を落とす(現代では,アイドルはうんちはしない的な)。
第三部は個人的に非常に興味深かったものの,重商主義というテーマとは少し離れた気がするが,第四部でがっつりと戻ってきて,どの章にも「国家」が冠されている。第八章は「信用」がテーマだが,ここでいう「信用」はいわゆる金融用語でのクレジットだ。アブー=ルゴド『ヨーロッパ覇権以前』でも13世紀とかかなり早い時期に資本主義的な制度ができてきていたことを知ったが,そもそもが元手のない経済活動に株式という形で事前に資金を集めたり,信用という形で支払いを遅らせたりという形で,経済活動の基本である貨幣の交換を今ここから,いつか・どこかでに変更することで,貨幣が時空間を超えて移動することを可能にしたのだと思う。そういう意味でも,信用はクレジットというカナ表記では矮小化されてしまう意味合いを本書では詳しく論じている。資本主義というシステムがそもそも人間の信用=他人への信頼を奪ってきたように思える一方で,それをうまく利用してきたという矛盾が面白い。そして,個別には個人間の信用だったものが重商主義政策においては国家そのものへの信用とも繋がっているのだ。第九章はイマイチよく理解できなかったが,宮崎 駿によって日本では特に有名になった『ガリヴァー旅行記』に登場する空飛ぶ島=ラピュータが論じられる(裏表紙にもその挿絵が使われている)。ラピュータは科学技術の力で空中を浮遊する都市だが,常に地上のバルビバーニという島の上空を浮遊し,少数である科学者と軍隊,富裕層が乗り,地上の貧困層を含む大多数の一般市民の生活を脅かしている。このラピュータとバルビバーニの関係はイングランドとアイルランドの関係を揶揄したものでもあるが,ラピュータがバルビバーニの特定の地域の上空に滞在することで太陽光線を遮り,飢餓と病気で苦しめるという制裁は手の込んだものだ。最終章である第十章に持ってこられた鯨の話は私がもっとも関心を持ったものである。そもそも,世界のエネルギー事情の歴史を調べていた時に,現代では日本の捕鯨を批判する西洋諸国がかつては鯨油を採取するために,鯨の乱獲を行っていたことを知り,竹田いさみ『海の地政学』でも鯨に一章を割き,海の覇権争いに捕鯨が大きく関わっていることを知った。本書ではそれに加え,鯨が多様な意味合いを持っていたことを伝えている。まずは,『ガリヴァー旅行記』の良く知られる前半にある,小人国の海岸に巨人となったガリヴァーが打ち上げられるシーン。それは海岸に打ち上げられた鯨を想起させるという。人類ははじめから海中での鯨の存在や生態を知っていて捕鯨を行ったわけではなく,鯨は長らく西洋人にとって海獣として謎に包まれた存在だった。しかし,一方では一定の頻度で死体となって海岸に鯨が打ち上げられる。それを解体することからこの生物体の理解が始まる。本書の表紙に掲載されているのはブリューゲルが1557年に描いた「大きな魚は小さな魚を食らう」というもので,鯨の腹を裂くと,なかから魚が出てきて,その魚の腹を裂くとそこからまた小さな魚が,というもの。食物連鎖の事実とともに,人間社会の資本主義経済,そして植民地主義政治のあり方も揶揄するものでもある。いずれにせよ,海獣と思われていた鯨という存在は,さまざまな貿易で海上を存分に活用した国際市場経済と重商主義政策の中で大きな財産という位置づけに変わっていく。そもそも聖書の中で,鯨という海中の怪物はレビアタンと呼ばれるもので,後にトマス・ホッブスが『リヴァイアサン』(1651年)として書名に用いるものであり,そこではよく知られる表紙の挿絵のように,国体としての国王の身体が無数の民衆から成り立っている。鯨の腹から出てきた小魚のように,国家は民衆たちを食らって存続するのだ。まあ,ともかく大学図書館で何気なく借りてきた本でありながら多くの刺激を得た読書だった。著者のその後の研究についても調べてみたいと思った次第。

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【読書日記】クラウス・ドッズ『新しい国境 新しい地政学』

ドッズ, C.著,町田敦夫訳(2021):『新しい国境 新しい地政学』東洋経済新報社,373p.2,600円.

 

ドッズは2007年に『地政学とは何か』(NTT出版,2012年)の翻訳もある,批判地政学者である。私も以前から知っていた,地理学関係雑誌にも論文を持つ人物であり,原著も2021年に『Border Wars』のタイトルで刊行された本書が『地政学とは何か』と同じ訳者の手で翻訳された。
非常勤先の授業でイヴ・ラコスト『地図で見る国際関係』をメインで使っているが,地政学の大衆本と,最新の議論とで少しずつアップデートしていかなきゃということで,読むことにした。実のところ,読んでみると本書はもちろん本文には随所に「地政学」の語はあるのだが,地政学を前面に出した本ではない。原著タイトルにあるように,国境紛争がメインである。国境に関しては,近年国境の限定されない境界研究というのが盛んで,日本でも川久保文紀さんを中心に,地理学者,地政学研究者とも連携して議論が展開されている。本書にも言及があるが,ディーナーとヘーガンによる『境界から世界を見る:ボーダースタディーズ入門』が岩波書店から2015年に翻訳出版されているとのこと。ただ,本書はいわゆる国境の話にとどまらず,どの国の領土でもない領域,公海や宇宙空間も議論の対象にしているところが面白い。ともかく,本書を読んで,改めて世界にはまだまだ知らないことが多くあると驚愕した。サスキア・サッセン『グローバル資本主義と〈放逐〉の論理』やマイク・デイヴィス『スラムの惑星』を読んだ時と似た衝撃があった。

序章 「人新世」で激化する国境紛争
1章 国境の問題
2章 動く国境
3章 水の国境
4章 消えゆく国境
5章 ノーマンズランド
6章 承認されざる国境
7章 スマートボーダー
8章 宇宙空間
9章 ウイルスの国境
終章 迫り来る「国境紛争」の4つの類型

序章で「人新世」の議論があるが,本書には大いに関係する。私自身は人新世の議論をあまり読んでいないが,要は人類の自然改変活動が地質(地層)にまで記録されるようになった,という感じに理解している。個別の地形改編では全地球的な地質にまで影響しているとはいえないので,やはり気候変動への影響だ。そういう意味で,本書で扱われる事象には大きく関係している。氷河が拡がる国境地帯における氷河の融解。干上がる湖,河川の氾濫,海面上昇による島の消滅,果てはまさに地球を飛び出して宇宙空間までも議論の視野に入れている。
1章は現行の国境の問題。よく知られているように,山脈(分水嶺)や河川,湖沼,海洋といった自然地形が国境とされる場合が多い。米国のトランプ政権の時に話題になった,米国とメキシコの国境に壁を建設するなど,国境をめぐる警備に膨大な予算がつぎ込まれているという。今注目されているパレスチナのガザ地区においても壁の存在が知られたが,世界にはこの手のものは数多いという。この章では,インド,パキスタン,中国の国境地帯にまたがる山岳地帯の話が詳しく論じられる。かつて,日本が近代国家になる過程で,隣国との国境線の存在を意識させられ,樺太に探検団を派遣したわけだが,同時代的にロシアもシベリアから東方に調査団を派遣していた。その後,日露戦争など幾度の交渉を経て,国境線が定まるが,北方領土は決着がついていない。このように,当初は純粋な冒険,探検,学術調査のように思われる行為だが,そういう無垢な探検はありえない。本書でも南極探検の話も出てくるが,ヒマラヤ近辺の山岳探検も同様であるという。まずはお互いの国を分かつ場所がどんな場所なのかを知ることから始まるのだ。そして,この話題は第2章に引き継がれ,「動く国境」として議論される。気候変動の影響で,山岳地帯を覆っている氷河が溶ける。もちろん,山頂を覆っている氷が溶ければ表層の形状そのものが変化するのだが,氷河が溶けるというのは,氷の河が緩んで動き出すことを意味する。氷の塊が川となって移動することで,河床を削り,地形を改変するのだ。もちろん,自然物の変化は氷に覆われた山岳地帯だけではなく,同じように気候変動によって多発する豪雨災害によって河川の流路は変更され,湖沼は水位が下がって形状が変わる。
そんなことで,引き続き第3章「水の国境」が論じられる。河川と水をめぐる国境の問題は,私が翻訳に関わったフリント『現代地政学』でも議論があった。河川の上流に領土を持つ国家は,下流に領土を持つ国家に対してさまざまな影響を持つのは明らかである。まあ,ここでは河川が国境になるという議論だが,やはり中国とロシアの間に,またコスタリカとニカラグアの間にも諍いがあったという。ダムの建設に関してもさまざまな事例が示されている。ニュージーランドからは先住民が川の権利を訴えた裁判について書かれている。続いて海の話題だが,これに関しては竹田いさみ『海の地政学』に詳しいのでここでは詳しく紹介しない。この章は「水リスク」の将来と題して,やはり人新世的観点で締めている。
海の話題の続きとして,第4章「消えゆく国境」は海面上昇により国土が失われつつあるという有名な事例であるツバル,キリバス,モルディヴの話で始まる。著者のドッズは007シリーズなど映画表現の地政学分析などもしているが,本書でも『ウォーターワールド』(1995年)などの映画作品への言及がある。海面上昇で国土を失う国の国民はどうするか。国家が失われ,移民として受け入れてくれる国に離散するしかないのか。積極的にかれらに国土を提供してくれる国があるのか。その場合に,まったくこれまで誰も住んでいなかったような土地を提供するのか,あるいは国土提供によってやはりその国で故郷を追われる人が出てきてしまうのか,悩ましい問題である。
5章「ノーマンズランド」は国境問題では必ず話題にあるテーマだが,世界中のさまざまな事例が紹介され,北朝鮮-韓国や,イスラエル-シリア程度の知識しかなかった私には衝撃的な章だった。本書で話題にされているのは,クウェートとイラク,17世紀のイングランドとスコットランド,ケニアとソマリアなど。期せずしてノーマンズランドになったチェルノブイリなども話題に上る。そして,南極や北極圏,そして積極的な意味でのノーマンズランド(どの国の領域でもないという意味で)だった「公海」が現在危機に瀕しているという。水産資源や海底資源などをめぐって,各国が領有権を主張しているのだ。第6章「承認されざる国境」は国境警備の話題で,ここでも南極のことが論じられる。これまで欧米社会を中心に領土・領海のルール作りをしてきて,それを欧米以外の国際社会に押しつけようとしていることに抗うように,中国は世界各地でさまざまなことを行っている。日本周辺のことはよく知られているが,なんと南極でも活動しているそうだ。そして「世界には承認されざる国家が数多くある。」(p.236)といい,キプロス島の状況が詳しく解説される。
7章「スマートボーダー」以降はまさに現代の議論。私も長年空港の仕事をしてきて,私的な用事で飛行機に乗ることがほとんどない人間の割には空港に行った回数は多いと思う。とはいえ,国際線のターミナルビルの仕事は何度かしかない。それでも,何となく空港が国境の一つであること,そこを通過するのにかかる手間がここ数十年で大きく変化してきたことは理解している。そして,航空というものが特定の社会階層が利用するものであり,国境を越えた移動を歓迎する人にはより円滑に移動を促進し,難民として逃れてきたような歓迎されない人にはより厳重に移動を拒むという図式にあることも理解している。そういう意味でも,国境を越えることを円滑にするための技術は一方である種の人に対しては厳格に国境を閉ざすことにもつながり,デジタル技術が国境のあり方を大きく変えようとしていることも容易に想像できる。
同様に,技術発展によって新たに生じる国境問題ともいえるのは,第8章「宇宙空間」である。日本でも機動戦士ガンダムというアニメですでに「スペースコロニー」という名の宇宙植民地が登場していたし,先日観た手塚治虫映画『火の鳥』もハリウッド映画も宇宙空間は人類にとっての新たな植民地という発想は,脱植民地時代においても健在で,人間が植民地で,また植民地を争って何をしてきたのか,とても反省があるとは思えない。そして,このフィクションは現実のものになろうとしているとのこと。いやいや恐ろしい。そして第9章は新型コロナウイルスについて論じないわけにはいかないということで,2021年に原著が出されていることから執筆されている。
終章は「国際紛争の4つの類型」と題され,「1つ目は,アイデンティティ政治に根差していると言えるもの」(p.364),「2つ目の類型は,宿年の対立とその遺恨に根ざしたもの」(p.365),「3つ目の類型は,新たな一連の囲い込みと私有化に起因するもの」(p.367),「最後の類型は,“収容所群島”としての国境に対する反動だろう。」(p.368)とある。本書の原題は「Border war」であり,地政学を前面に押し出したものでもなければ,訳書タイトルにあるような「新しい地政学」が打ち出されているわけでもない。まあ,地政学本として売り出したい気持ちはわかるが,結果的に多くの人が読むことになるのならそれでもいいか。

 

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【映画日記】『映画すみっコぐらし』『正欲』『ぼくは君たちを憎まないことにした』

2023年1112日(日)

府中TOHOシネマズ 『映画すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ』
映画版のすみっコぐらしは,子ども二人といつも観に行っている。毎年ではなく,忘れた頃にやってくるところが面白い。主題歌のセンスや,ストーリーが微妙に幼い子どもに寄り添っていないところが大人としての私も面白いと思う。上の男の子はもう中学一年生だが,そういう意味でも彼が観ることを選んだ理由は分かる。前作までは,うちの近所ではイオンシネマ系でしか上映していなかったが,本作はTOHOシネマズの上映となり,最寄りの映画館で観ることになった。今回も思わぬ展開で,途中からほのぼのとした雰囲気が一転した。結局,ハッピーエンドだったのかどうかもよく分からない。映画館にはやはり幼い子どもを連れた家族が多かったが,小学生高学年くらいにも観てほしい作品だ。なお,今回の主題歌はパフュームなり。
https://sumikkogurashi-movie.com/

 

2023年1118日(土)

立川立飛TOHOシネマズ 『正欲』
わが家の書棚にはパートナーが購入した朝井リョウの原作単行本がある。本人に聞いたらまだ読んでいないということだが,映画化されたということで息子と観に行った。個人的には笑わない新垣結衣と共演の磯村勇斗が最近スクリーンで観ることの多い俳優ということで,観たいと思った。朝井リョウ原作の映画も『霧島部活やめるってよ』と『何者』を観ており,原作を読んだことはないが,斬新な作風としては一定の魅力を感じている。とはいえ,本来は原作を読むべきで,映画に対していろいろコメントするが,それは原作に向けられるべきなのか,映画化に際する脚色に向けられるべきものかは判断できない。ということで,今回もネタバレなので,注意してください。
本作で生きづらさを抱える登場人物たちは一言でいえば「水フェチ」で,いわゆる恋愛関係と性的欲望というものへの関心を得られず,水(の躍動的な動き)への執着という他人と共有できない感情を押し殺しながら生きていて,ようやくその感情を共有できる人と出会い,また常識的な人間によって引き離されるという物語。私はそういう意味では常識的な人間の側にいるので,ここでの登場人物の感情に寄り添える自信はないとはじめに断っておく。本作がどの辺りの時代を設定しているのかは分からない。映画では確かスマートフォンは完全に普及した形で登場するので,10年以上前には遡れないが,性的志向に関する日本社会の雰囲気はこの10年でかなり変化しているので,何とも言えない。また,映画で描かれるのは広島を舞台としていて一定の地方的な雰囲気を出していて,性的志向に関しては地域差(特に都会と田舎)もあるので,その時代・舞台設定はうまいこと考えられているようにも思う。この特殊な性的志向の人の生きづらさをこれだけの俳優を使って映画にしたということは喜ばしいことだが,もう少し丁寧に描いてほしいとも思う。社交の部分は描かれているが,もっと物質的なというか,些細な日常での困りごとを重なって,死を考えるまでに至るのではないかと思う。また,宇宙でひとりぼっちと感じると悩む登場人物たちの割には,同じ中学校の同じクラスですでに出会っていたとか,同じ志向を持つ人たちが何らかの形で結びついているとか,ちょっと無理があると思う。まあ,その無理を少ない登場人物で描くのが映画やドラマの世界(メロドラマ的スモール・ワールドと呼びたい)なのかもしれないが。このように,物語設定に文句ばかり言っていると,上映時間の限られている映画ではいろんなところを単純化しがちであり,原作小説ではもっと丁寧に詳細に描かれているのかもしれないと思ったりもするので,やはり原作を読まなくてはと思う次第。
https://www.bitters.co.jp/seiyoku/

 

2023年1122日(水)

立川キノシネマ 『ぼくは君たちを憎まないことにした』
現在,イスラエルによるガザ地区への軍事攻撃が続く中,本作に何かしらの希望を持って期待して観た。しかし,ある意味でその期待は裏切られ,より厳しい現実を突き付けられることになったと思う。本作を私はこの人間性の存在を疑わざるを得ない現代世界において,いくばくかの希望を描くフィクションだと思っていた。しかし,観終わった後,本作は事実の基づくものだとの確信を持った。実際にウェブサイトを読んでみると,実際にパリで起こったテロ事件で妻を亡くしたジャーナリストが自身について書いた原作があるのだという。映画ではジャーナリストかどうかは明確ではなく,売れない小説家という印象も受ける。イスラーム過激派によるライブ会場への無差別攻撃によって妻を失った主人公は,2歳にもならない息子を抱えて,犯人を憎むよりも子どもとともに未来を向いて幸せに生きていきたい,との文章をウェブで発信したところ,大きな反響を呼び,さまざまな公の場に出ることになり,一躍有名人となる。しかし,息子と二人の生活はうまくいかないことも多い。悲しみに打ちひしがれてアルコール摂取が多くなり,息子を放置する場面も多くなる。最終的にはそれでも妻の家族の助けも借りながら,息子と前を向いて生きていくしかない,そんな映画。
その描写は非常にリアルで,そして主人公もテロの犯人に復讐するような行為には出ないという意味では,タイトルは正確である。こういう事件の被害者家族の一つのあり方をリアルに描いているのは間違いないが,どうしたらそういう状況から抜け出し,テロを封じ込めるのではなくテロを起こさないような社会にしてくのか,その方向性のヒントだけでも知りたかったが,残念ながらリアルに徹した本作ではそのような大きな希望は語られなかった。先進国での,また国際社会でのイスラームの扱いがこれでいいのか,何か先進国ができることはないのか,そういう視点も少しは欲しかったと思う。
https://nikumanai.com/

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【読書日記】布留川正博『奴隷船の世界史』

布留川正博(2019):『奴隷船の世界史』岩波書店,234p.860円.

 

『ロビンソン・クルーソー』上巻を再読し,これを授業で解説するためにはその時代背景に関する知識をつけなくてはいけないと思い,参考文献を検索していたなかで発見した一冊。Amazonで購入したため,中身まできちんと吟味したわけではなかったが,やはりそれほど時間がない時に便利なのが新書ということで迷わず注文した。到着して驚いたのが,序文で『ロビンソン・クルーソー』への言及があったこと。まさに,今読むべき本だった。奴隷そのものの歴史も知りたかったが,今回は奴隷船に限定した話で十分だと思う。

はじめに――ロビンソン・クルーソーの奴隷貿易
第1章 近代世界と奴隷貿易
第2章 奴隷船を動かした者たち
第3章 奴隷貿易廃止への道
第4章 長き道のり――奴隷制廃止から現代へ
あとがき

本書は目次からも分かるように,奴隷貿易廃止の経緯から現代に至るまでも射程に入れている。以前,こちらで紹介した海賊ものの一冊である,薩摩真介『〈海賊〉の大英帝国』も海賊の衰退と法的取り締まりまでを論じていて,単に歴史へののぞき見趣味的関心だけでなく,自分事として捉える態度というのが重要だと思う。
本書の冒頭は,翻訳もあるエリック・ウィリアムズの『資本主義と奴隷制』という著作の解説から始まる。こういう著者がなぜそのテーマの研究をするようになったのかを語るような本は好き。なお,この本は知らなかったが,大学院生の頃なぜか岩波現代選書を好んで古書店で探していた時期があり,その頃ウィリアムズの『コロンブスからカストロまで』という本をよく見かけていたので,ウィリアムズの名前は知っていた。結局,そちらも購入はしていなかったが,今読みたい。
奴隷といえば,三角貿易と黒人奴隷というのは誰でも知っているが,アブー=ルゴド『ヨーロッパ覇権以前』を読んで驚いたのがエジプトにあったイスラーム国家のマムルーク朝について知ったことだった。マムルークとは元々奴隷軍人のことでその成立については詳しく調べていないが,戦闘に長けている民族ということで重宝された奴隷たちが組織だってクーデターを起こして権力についた,そんな風に想像している。それはともかく,チェルケス人などと呼ばれる中央アジアの民族が13世紀付近には奴隷として貿易の対象となり,流通していたという。本書にも第1章の「2 奴隷貿易の歴史的起源」として若干説明がある。
とはいえ,本書のメインはアフリカ大陸の黒人がアメリカ大陸の植民地における労働者として取引される奴隷貿易である。歴史上取引された奴隷の人数に関しては長い研究史の間にもさまざまな議論があったようだが,近年においてはそうした史実がデジタルアーカイブ化されており,本書ではそのアーカイブが整備される歴史的な経緯を丁寧に説明した上で,それを活用している。その情報は奴隷船一隻一隻に関する詳細なもので,積み上げ式で数値が産出される。1990年代にインターネットで公開された奴隷貿易に関するデータベースであるサイト「奴隷貿易」(https://www.slavevoyages.org/)にアクセスしたが,まだ見ることができる。本書でも,エルティスとリチャードソンというイギリスの歴史家による仕事だと書かれているが,サイトでもこの2人の2010年の著書に掲載された地図が掲載されている。本書によるとかれらによる概算では生きて上陸した輸入奴隷総数は1,070万人におよぶという。これらのデータをさらに拡張し,統合し,CD-ROMとして1999年に27,233件の航海データがTSTD1であり,それはその後データの欠損を補いTSTD2が作られたという。そこに含まれる奴隷船に関する情報は,「船舶名,船舶トン数,砲数,船主,船舶の国籍,船長の名前,船員数,出航地,出航日,アフリカの停泊地とその日付,荷揚げされた奴隷数,奴隷の死亡率,帰還港とその付などである。また,これらの情報の出所についても明らかにされている」(p.29)。このデータから,輸出奴隷総数が1,252万人と分かり,先ほどの輸入数との差,180万人は輸送の途中で亡くなった人数ということになる。率にして14.5%とのこと。本書で論じられる事項で非常に重要なところでもある。奴隷船が非常に過酷な状況で人間をモノとして輸送することは知られているが,その途中で亡くなる人も多く,また奴隷制んに載せられる前にアフリカで「捕獲」される際にも多くの人が亡くなっているということだ。奴隷船が人々を貨物のように劣悪な状態で運んだということは漠然と知られていると思うが,本書では船の大きさ,その構造,そこで過ごす人々の様子が詳しく説明されている。人を物のように扱うといっても,実際には生きて届けないと商品価値はないわけだから,必要最小限の対策は取っているという状況。今はなくなった数百年前の状況ではあるが,第二次世界大戦時の強制収容所や現在進行形のパレスチナガザ地区での状況も大きくは変わらないようにも思う。そして,本書では奴隷船の船長から水夫まで,実際に奴隷貿易に関わった人物についても解説している。当然,貿易船を扱う人だけでなく,奴隷商人についても説明があり,比較的裕福な家系がファミリー・ビジネスとしてやっていたようだ。
それはともかく,本書は第3章以降で,奴隷貿易廃止の経緯に半分を割いて,現代まで結び付けているところが魅力である。ちょっと読み終わった本がたまってきて,本書について詳しく解説することは諦めたいと思うが,奴隷貿易廃止を訴える人たちの主張を「アボリショニズム」と呼んでいたことは覚えておきたい。奴隷貿易に反対する人たちが,それを支える産業への不買運動をしていたことも重要である。現在でも,イスラエルの蛮行を批判する人たちがイスラエルの深く関係する企業の不買運動をしているように,当時も佐藤不買運動などが起こったという。そして,奴隷貿易廃止はあくまでも貿易廃止であって,奴隷制そのものの廃止はまだ先にあるということだ。現代でも核拡散防止条約が先にあって,核兵器廃止条約がそれに続いている。奴隷そのものをなくす前に,とりあえず新しい奴隷を生まないということだ。また,奴隷は核兵器と違って,かなり廃止されたといっていい段階にはあると思うが,それでも現代でも奴隷に近いものは存続している。そうした状況について考えるためにも,本書のようにその長い歴史について学ぶことはとても重要である。

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【映画日記】『ザ・キラー』『こいびとのみつけかた』『火の鳥:エデンの花』

2023年111日(水)

吉祥寺アップリンク 『ザ・キラー』
ついに禁断の予定を決行してしまった。今期,水曜日は10:30に国分寺の大学での授業を終え,14:40からの品川の大学での授業まで,移動と食事の時間を差し引いても2時間以上の空き時間があるため,その途中で映画を観るという予定だ。この日は映画サービスデーだったこともあり決行してみた(実のところは水曜日はサービスデーとしている映画館も多い)。
実際,予定としては十分に可能で,そのキツキツのタイムスケジュールで選択されたのがこの作品。観終わってblogを書こうとした時点で知ったが,本作はデヴィッド・フィンチャー監督作品とのこと。日本でも『スパイ×ファミリー』や『サカモトデイズ』,『幼稚園ウォーズ』など,暗殺・殺戮をモチーフとしたギャグ漫画が多いが,本作もなんとなくコメディテイストを感じた。全編を通してギャグ的表現はほとんどないのだが,冒頭から,主人公がいかに完璧な暗殺者なのかの能書きを立てているのに,初っ端から仕事に失敗するのだ。そして,その後はその失敗によって依頼者から命を狙われ,自宅を襲われて恋人が負傷する。それに対する報復をするわけだが,それもスマートではない。最後にはティルダ・スウェントンまで出てきてしまう。まあ,面白いけどね。とはいえ,こういう殺戮のエンタメ化はどうにも賛同できない。
https://www.netflix.com/jp/title/80234448

 

2023年115日(日)

立川キノシネマ 『こいびとのみつけかた』
私の住む日野市の広報に乗っていた作品。日野市はフィルムコミッションに熱心なようで,この手の記事がよく広報に載る。それを意識してこの作品を選んだわけではないのだが,この日は二本立てということで,時間と場所で選んだ。ちぎり絵風のチラシを見て,なんとなくミシェル・ゴンドリー監督作品『恋愛睡眠のススメ』を思い出した。作品の雰囲気はやはり何となくミシェル・ゴンドリーの影響を感じる。主演の倉 悠貴は『OUT』でも主演しているようだが,本作が初主演とのこと。相手役の芋生 悠はこの役どころに外見がフィットしない印象だったが,徐々に作品中の人となりが観る者に明らかにされていくにつれてフィットしてくるという不思議な雰囲気を持つ俳優さんかもしれない。ちょっと不可解な展開と至極まっとうな展開とが入り混じったなんとも言えない魅力を持つ作品。
http://koimitsu.com/

 

調布シアタス 『火の鳥:エデンの花』
午後に調布に移動して息子と合流。この日は娘の誕生日パーティーを友だちを読んで自宅で行っていたので,父息子で映画を観る。選んだのは,言わずと知れた手塚治虫の代表作。今更ながら映画化される。本作は,荒廃した地球を抜け出し,夫婦で誰も住まない星に移り住むという話。一組の夫婦でというのは無理のある話だと思うがまあ,漫画だからいいか。二人には一人の男の子ができるが,いろいろあって長い間この子一人で過ごさなければならなくなる。全くの無人星だったら,そこで命は途絶えてしまうのだが,火の鳥とともに(?)宇宙空間で繁殖する種族によってこの星に文明ができるという展開。手塚治虫ならではの,人間の悪の側面と善の側面,そして悪の側面は多くの場合権力に結びついているということを描いている。こういう宇宙スケールの作品は最近の日本のアニメでは少ないように思うが,現代でも十分に通用する内容のように思う。結局『君たちはどう生きるか』は観ていないが,宮崎 駿よりも多くの人に観てもらいたいと思う。そもそも,手塚治虫は私の世代でも同時代的ではないが,もう名前さえも知らない世代も多いと思うので,もう少し宣伝してこの偉大な漫画作家でありアニメーターの再評価につながればと思うが,私自身もこの映画の上映についての情報を知らなかったので,なかなか難しいのかもしれない。
https://happinet-phantom.com/hinotori-eden/

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【映画日記】『アンダーカレント』『唄う六人の女』『アイドルマスターシャイニーカラーズ第1章』

2023年109日(月)

吉祥寺アップリンク 『アンダーカレント』
この日の予定は不確定要素が大きく,『福田村事件』を観るつもりだったが,事前の予約はしなかった。映画館に到着してみると,すでに完売していて,こちらの作品を観ることにした。
真木よう子の出演映画は久し振りに観る。原作は漫画だということだが,こじんまりとした物語の完結性がなかなかよい。リリー・フランキーや江口のりこの存在感が全編を通してとてもいい雰囲気を醸し出している。ちなみに,井浦 新と永山瑛太は『福田村事件』でも共演している。本作は二人の人間の関わり合いをそこそこ深く考えさせる仕組みになっている。真木演じる女性と夫婦であった時期の永山演じる男性は言葉少なな好青年だが,再開した時に嘘ばかりを重ねて生きてきたと告白する男性を演じる永山の演技が非常に印象的だった。瑛太という俳優をそこそこ知る私にとってはやはり断片的に映る夫としての彼の姿より,無精ひげを生やした嘘を嘘という正直な彼の姿に安堵する。新もやはり自分の素性を偽りながら主人公の女性に近づき,彼女の家に住み込みで働く。最終的に自分の素性を彼女に明かす場面は描かれていないが,何も語らずに去ろうとする彼に,銭湯の常連さんが語り掛けることで,行動を変更し,彼女との生活に戻っていく。銭湯を中心とした作品ということもあるが,良い意味で日本的な映画だと思った。
https://undercurrent-movie.com/

 

2023年1028日(土)

調布シアタス 『唄う六人の女』
予告編では,タイトルでは六人の女がメインなのだが,演技としては竹野内豊と山田孝之という二人が中心になっていて,どういうことかなと思いつつ,そして予告編ではコメディタッチだと思いつつ,この日の行動上時間と場所との関係で観ることにした。
それが,意外に奥が深く,あまり論じるとネタバレになってしまうが,少しネタバレになります。竹野内演じる男性は幼い頃に別れた父親の死の知らせを受け,父親が死ぬまで住んでいた,主人公が幼い頃に過ごした山奥の一軒家を訪ねる。母に連れられて離婚した後は父親に会うこともなかったため,その地所を売却する契約をした後,売却先の会社の社員の車で駅まで送ってもらう道で事故に遭い,不思議な世界に迷い込む。そこには言葉を語らない女性6人がいて,逃げようにも逃げられない毎日を過ごす。その生活を通じて主人公は父親との思い出,そして父親が遺してきたものから,その想いを発見する。これらの女性たちはこの山に住む動物たちで,彼女たちのメッセージを受け取ろうとする竹野内と,あくまでもそれに抗い逃れようとする山田。自然環境の保全と開発・支配という人間の二側面を男たちに割りあてようとする物語。しかし,どちらにしても決定権は男性が握っているという,そのあり方はこの映画のジェンダー表現の問題ではなく,あくまでも現実社会の反映だといえるかもしれない。
https://www.six-singing-women.jp/

 

2023年1029日(日)

府中TOHOシネマズ 『アイドルマスターシャイニーカラーズ第1章』
娘は最近忙しく,10月に映画を観るのは今回が最初で最後かもしれない。そんな娘は,やっぱり一か月に一回くらい映画館で映画を観なきゃ,といっている。私が一か月に一本映画を観るようになったのは大学院に入るくらいになってからかな,と思う。ともかく,観る作品もないという実情もあるが,本作を見つけ,観ることにした。どうやらこの作品はゲームと連動しているようで,今回上映されるのはテレビアニメ的な長さのものが4本くらい連続でつなげられたもの。特別料金で前売り券はないようだし,クーポンなども使えず,子どもでも通常料金。
まあ,タイトル通りアイドル映画だが,アイカツのような学園ものではない。町の一角に小さな事務所があるプロダクションが35人組の女性アイドルグループをこつこつと育てる感じの作品。プロデューサーなる人物も出てくるので,より業界内部の話を盛り込むものかと思いきや,今のところはアイカツとそれほど変わらない(とはいえ,非現実的な描写はあまりない)。今回は第1章ということで,継続的に上映されるようです。料金も料金なので,娘が継続して観たがるかはちょっと気になるところ。
https://shinycolors-anime.idolmaster-official.jp/

 

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