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2023年12月

【読書日記】佐藤次高『イスラーム世界の興隆』

佐藤次高(1997):『〈世界の歴史8〉イスラーム世界の興隆』中央公論社,382p.2,524円.

 

以前からイスラームについてはしっかり学ばないといけないと思っていた。読むべき本の目星はつけていたのだが,かなり高価で古書店でもなかなか見つけられなかった。アブー=ルゴドの『ヨーロッパ覇権以前』はイスラームについてもかなり説明をしているが,本書の著者佐藤次高氏は訳者の一人である。また,大学の授業用に買っていた山川出版社の高校の世界史の教科書の筆頭著者にも佐藤氏は名を連ねている。たまたま調布のブックオフで本書を見つけ,著者が佐藤氏であることから,しかもかなり値引きをされていたので,購入することにした。読んでみると,今私が知りたい情報がほとんど詰まっていた。なお,こうして改めて目次を入力していると,その理由も分かる。イスラーム世界自体がアラブ世界を中心に流動的に「興隆」していることもあり,本書は各時代で中心となる都市を各章の副題としているのだ。地理学者にとってこれほど魅力的なイスラーム史はない。なお,後で書くように,本書には地理学者が多数登場する。

1 世界を変えるイスラーム
2 イスラームの誕生――メッカ
3 ムハンマドの後継者たち――メディナ
4 分裂と統一――ダマスクス
5 繁栄の二世紀――バグダード
6 変革と激動の時代――バグダードからカイロへ
7 西方イスラーム世界の輝き――コルドバ
8 十字軍とイスラーム世界
9 マムルークの活躍――カイロ
10 大航海時代前夜のイスラーム世界

実のところは本書を読み終えてからずっと非常勤先のレポートの採点に追われていて(A4で2枚と制限をつけたものの,136人分もあった),なかなか読書日記が書けず,かなり時間が経ってしまって詳細な日記は書けません。とはいえ,本書で学んだイスラームの歴史についてはしっかりと頭に入れておきたいので,今後も継続的にイスラームものの読書は続けたい。本書で知りたかったことの一つ。例えば,現エジプトのアレキサンドリアで1世紀頃に活躍したというプトレマイオスという人物がいる。彼は天動説の宇宙体系の提唱者として,コペルニクスの地動説が登場するまで,天動説の代表的な論者であったが,そうした天文学の知識を使って緯度経度に基づく世界地図を描いたことで知られている。その書『地理学』は東海大学出版会から翻訳もある。そのプトレマイオスの著書と地図は,ヨーロッパでは中世には忘れ去られてしまい,ルネサンス期に再発見される。どうやって再発見されたかというと,ルネサンス期にヨーロッパ人が関心を持ったアラブ世界にアプローチするなかで,アラブ人がプトレマイオスを含む,古代ギリシア時代のさまざまな知見をイスラーム圏の人々が継承していたというのだ。このことについては5章に記載がある。「イスラーム社会の知識人」と題された節では,「ギリシア学術の導入」(p.165)について,「カリフ・ハールーン・アッラシード(766-809年)は,バグダードにギリシア語文献を中心とする図書館を建設し,これを「知の宝庫」(ヒザーナト・アルヒクマ)と名づけた。その息子マームーンは,父の残した「知の宝庫」を拡充して「知恵の館」(バイト・アルヒクマ)と改め,魏シリア語文献の組織的な翻訳を開始した。」(p.166)と解説されている。ギリシア語,シリア語,アラビア語に堪能なキリスト教徒が主任翻訳官に命じられ,アリストテレス『命題論』『形而上学』『自然学』,プラトンン『国家論』,ギリシア語の旧約聖書などがアラビア語に翻訳されたという。もちろん,それらを含む「外来の学問」だけでなく,自らのアラブの学問についても体系だって研究されていたという。こういうところで驚いてしまう私自身が,いかにヨーロッパの科学技術が過去においても最も進んでいたと信じ込んでいる証拠だが,アラブ世界は中国から輸入した紙を使った書物がヨーロッパよりもはるかに早い段階で作られていたという事実を知ることになる。
続いては都市のあり方についてである。極めて有名なのに(高校の世界史の教科書にも登場する),『ヨーロッパ覇権以前』を読むまで知らなかったイブン・バットゥータは本書にもたびたび登場する。バットゥータは14世紀のモロッコ人であり,イスラーム圏の西の端から30年かけて横断旅行を行い,東の端まで,すなわちほとんどのイスラーム圏を旅した人物である。バットゥータなど当時のイスラーム世界を旅した人の記録によると,その中心都市であったバグダードは世界で他に類を見ない規模の都市であり,しかも13世紀には繁栄のピークを過ぎており,10,11世紀にはもっと巨大だったという。まあ,そう書かれてもイマイチピンとこないのだが,本書には多くの写真や地図が掲載されている。もちろん写真は現代でないと撮影されないわけだが,それでも多くの建築物は現代まで保存されたもので,数世紀を超えて同じ姿かどうかは分からないが,いずれにせよ精巧なデザインのそこそこの規模がある建築物(多くはモスク)の存在を知ることができる。バグダードについては中央の黄金門宮を中心に円形の城門が配置された復元図や,中国の長安城と日本の平城京との比較図も掲載されており,長安城の規模にはかなわないものの,平城京と同規模の拡がりを持つ都市だったことが示されている。
本書で新たに知った知識は現在スペインとポルトガルがあるヨーロッパのイベリア半島へのイスラーム勢力の拡大についてである。このこと自体はもちろん知っていて,コロンブスが大西洋航海に出る年として覚えさせられた1492年にスペインからイスラーム勢力を追い出すレコンキスタが行われたということまでは知っていた。しかし,私の知識のイメージでは,ヨーロッパ世界にムスリムたちが一定の数移住し,キリスト教社会のなかで共生していたのかと勝手に理解していた。sかし,スペインのアンダルシア地方は,もともとイスラームによって建設されたアンダルスの都の名残だという。7章の冒頭を引用すれば,「711年の春,ジブラルタル海峡を渡ってイベリア半島に進出した1万2000のアラブ軍は,ベルベル人の将軍ターリク・ズィヤード(720年没)の指揮のもとに破竹の進撃をつづけた。」(p.210)とあるように,かなり早い段階で,しかも軍隊による侵攻という形で領土を獲得していったことが分かる。なかでもコルドバというイスラームが建設した年は「世界の宝石」とたたえられたほどの都市だったという。この地方では革製品や織物業,陶器や刀剣などの工業の他,農業生産でも灌漑技術を用いて果実を中心に商品作物を栽培し,発達していた商業によって各地と貿易もされていたという。
続いて私が知りたかったのは,1382~1517年という長きにわたるマムルーク朝の存在である。こちらもやはり『ヨーロッパ覇権以前』で知ったのだが,マムルークというのは奴隷軍人のことであり,マムルーク朝というのはそうした奴隷軍人が政権を取ってしまったということで,私は非常に驚いた。それと同時に,『ヨーロッパ覇権以前』ではアラブ世界を中心に奴隷貿易が行われていたということも知った。大航海時代後のヨーロッパによる黒人奴隷貿易が盛んになる前の時代の話である。中央アジアのチェルケス人やベルベル人といわれる人が奴隷とされ,ヨーロッパの使用人などにもなっていたようだが,イスラーム世界では軍人として利用された。トマス・モアが1516年に書いた『ユートピア』では,基本的に国内では貨幣は使われていないのだが,貿易はしていて,外貨は獲得している。その外貨をいつ使用するかというと有事の際であり,戦争に対しては国民は戦わず,外国から軍人を購入するという。まあ,イスラーム社会が同じ論理で軍人に奴隷を充てていたのかは分からないが,なかなか興味深い。しかし,奴隷と一概に言っても近代期の黒人奴隷と違って,購入した若者に対して軍事訓練だけでなくイスラーム社会に馴染むための言語教育や文化教育などを含めてさまざまな投資がなされていたという。そういう余裕がなくなってきてこの制度が破城したところまでが説明されている。それだけしっかりと教育がされていれば,軍人奴隷たちが集団となって力をつけた時,かれらが政権をとることになるということも納得できる。
またまた『ヨーロッパ覇権以前』情報だが,この本は13世紀を中心に論じられていて,この時代と言えばモンゴル帝国が勢力を拡大した時代であり,イスラーム社会もその被害を受けている。イスラームの中心都市であったバグダードはモンゴル軍に陥落され,いくつかのイスラーム王朝はモンゴルの支配下に置かれた。本書にもそのことに関して記述があるが,鮮明に記憶には残っていない。モンゴルがイスラーム世界においてどんな支配を行ったのか,今後も気にかけておきたい。
さて,最後に本書に登場した地理学者の名前を列記しておきたい。「ギリシア奴隷出身の地理学者ヤークート(1179-1229年)」(p.44),「アラブの地理学者ムカッダスィー(生没年不明)」(p.95),「十世紀の地理学者イスタフリー」(p.177),「十世紀のアラブの地理学者イブン・ハウカル(生没年不明)」(p.220)。イスラーム世界の地理学者については今後も調べていきたい。

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【映画日記】『アダミアニ 祈りの谷』『ヤジと民主主義』『PERFECT DAYS』

2023年124日(月)

立川キノシネマ 『アダミアニ 祈りの谷』
ジョージアのドキュメンタリー映画。少し日が経ってしまい,正確なところは覚えていないが,主人公が住む町,表題にある谷であるパンキシ渓谷は,チェチェン紛争から逃れてきたキストと呼ばれる人たちが住み着いた過去がある。単なる戦争避難民だけでなく,戦闘員も多く身を潜めていたという。イスラーム教徒であるかれらたちは,シリアにあるイスラーム過激派組織との関りを持ち,この渓谷はチェチェンを抑圧していたロシアから「テロリストの巣窟」と名指して非難されたことから,国際的にも負のイメージが付きまとい,現在この地に住むキストの人たちの暮らしにも影響が大きい。そんななか,女性たちが立ち上がり,この地を目的地とした観光産業を活性化しようと祭りを企画・運営する。また,個人としてもポーランド人女性が,かつて戦士であったこの地の男性と組んでヨーロッパからの団体客を呼び寄せる。この地の女性たちはそうした客をホームステイで迎え入れる。
なんとこの作品,監督は1984年生まれの日本人で,竹岡寛俊という。オーストリアやフランス,オランダのスタッフとの共同で作り上げた作品だという。若い人たちによるこうした映画制作に大きな希望を感じる。
https://inorinotani.com/

 

2023年1217日(日)

東中野ポレポレ 『ヤジと民主主義』
またまた息子とともに訪れたポレポレ東中野。この問題は大きな話題にもなったが,20197月の選挙の際,札幌に応援演説に来た安倍元首相に対して,ヤジを飛ばした男性と女性が瞬間的に北海道警察によって排除された。本作はそのことを追ったドキュメンタリーで,テレビ番組から今回劇場版へと発展した。この二人は無関係ではなく,はじめに「安倍やめろ」と声を上げた大杉さんの姿を録画していた女性の知人は,それに続いて「増税反対」と訴えた桃井さんと知り合いだったという。また,桃井さんも大杉さんの行動を踏まえての行動であった(連帯を示すという意味)という。また,大杉さんも,過去の秋葉原での安倍政権反対を訴えていた人たちに連帯するつもりで,この場に向かったが,ことのほか誰も声を上げないので,自分が第一声になっただけという。しかし,多くの記録映像を見ても札幌という土地では,自民党政権への反対の意思を持ってかれらに連帯する人の姿は周囲に見受けられない。しかし,実はそうではなかった。実際には密かにプラカードを掲げようとしていた年配の女性たちがいて,彼女たちのことを本作の取材チームはしっかりと捉えている。なかにはかつて市議会議員をしていたような女性もいた。
この件は裁判で争われていて,映画のなかでは高裁までしかいっていない。観る者に今後のゆくえも中止してほしいと訴えている。
https://yajimin.jp/

 

2023年1224日(日)

府中TOHOシネマズ 『PERFECT DAYS
ヴィム・ヴェンダース監督による日本を舞台にした映画ということで,観に行った。クリスマス・イヴではあったが,年配のお客さんを中心にほぼ満席だった。皆さん役所広司がお好きなのだろうか。私個人としては嫌いではないが,出すぎだと思ってしまう。同じ年代の俳優はもっといるので,本作は外国の監督なので,外国でもよく知られている役所さんを使うというのは理解できるが(なお,役所さんは本作の共同プロデューサーでもあるようだ)。東京都渋谷区の公衆トイレの清掃を請け負う会社の社員として,慎ましいが規則正しい生活を送る一人の高齢男性を捉えた作品。朝,近所の掃除をする箒の音で目覚め,朝食は取らずに缶コーヒーを飲みながら車でトイレに直行する。お昼は決まった神社でコンビニのサンドイッチにパック牛乳。決まって木々の写真をフィルムで撮り,時折苗木を見つけては自宅に持ち帰り育てる。仕事が終わると開いたばかりの銭湯に入り,浅草駅地下の飲み屋で一杯。就寝前に読書を限界までして寝る。その繰り返し。休日の過ごし方もルーティーンがあるが,そこまで書くとネタバレっぽいのでやめておく(ここまででも十分ネタバレか)。
この映画には冒頭から驚かされる。主人公が住むかなり古いアパートはスカイツリーが見え,主人公が乗る車のナンバーに「足立」にあり,頻繁に浅草駅が登場するように,いわゆる下町である。しかし,主人公が車で向かう職場である公衆トイレは渋谷区のトイレなのだ。その奇抜というかデザイン性のあるトイレに驚くのだ。柄本時生演じる仕事仲間が「朝一のシフトは必ずゲロ吐かれているのでやなんっすよね」というセリフを吐くがそうした汚れたトイレは登場しない。外観のキレイさだけでなく,トイレそのものがキレイなのだ。あらかじめ掃除されたトイレを撮影用に掃除している,そんな感じ。確かに映画ということであれば,あらかじめきれいにしたトイレをわざと汚して撮影用にキレイにする,という手法も考えられるが,せっかく掃除するのであれば,実際に使われて汚いトイレを,渋谷区以外のよくある,多くの人が使いたがらない公衆トイレにしてほしい。ヴィム・ヴェンダース作品ということで外国の鑑賞者も多いと思うが,東京のトイレはこんなにきれいなんですよという渋谷区宣伝用映画になってしまってはたまらない。特に,近年の渋谷区は公立公園のジェントリフィケーションを進めていて,野宿者を排除して「儲かる公園」にしようとしている。この映画に登場するデザイン化されたトイレはその一環だと思う。世界の大監督が描くべきはここではない。
https://www.perfectdays-movie.jp/

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【読書日記】マシューズ&ハーバート『地理学のすすめ』

マシューズ, J. A.・ハーバート, D. T.著,森島 済・赤坂郁美・羽田麻美・両角政彦訳(2015):『地理学のすすめ』丸善出版,180p.1,900円.

 

来年度,とある大学で「地理学概論」という授業を通年で担当することになった。以前も「地理学」という名の授業を担当したこともあったが,なぜか自然地理学を含めなければいけないという頭はなく,ほとんど人文地理学の内容で授業をしていた。それが,今回はなぜかなんとなくそれではいけないということに気づき,自然地理学的な内容も含めようと考えている。そこで,何かしらのヒントをもらおうと,かなり精力的に自然と人文を含めた地理学を意識した本を次々と出版している自然地理学者,水野一晴さんの本を読もうと思っていた。水野さんは大学に職を得る前に私が在籍していた東京都立大学の地理学教室に研究生として籍を置いていて,直接関わることはあまりなかったが,接する機会はそれなりにあった。彼も大学に常勤職を得るまでは苦労していて,確か予備校の講師もしていたはずだ。それが今では京都大学尾名誉教授になっていて,今年度の人文地理学会では特別研究発表として,「自然地理学と人文地理学の架橋に向けて」という表題で講演をしている。
そんな感じで,水野さんの本をどれにしようか検討する前に,古書店(しかもブックオフ)で本書を見つけた。この訳書のことは知っていたが,入手はしていなかった。前半にマーカーで線が引いてあったが,薄い本だし安かったので,とりあえず購入。筆頭訳者の自然地理学者である森島さんも同じ大学に私と同じ時期に在籍していて,少しだけ交流があった。数年前に『現代人文地理学の理論と実践』という本訳書が出版され,その筆頭著者がハバードだったので,本書著者と同一人物かと思いきや,まったくの別人(ハーバートとハバード)だった。まあ,ともかく森島さんが見つけた本ならば信頼はできるだろう。

第1章 地理学――世界が舞台
第2章 自然的側面――我々の自然環境
第3章 人文的側面――場所の中の人間
第4章 全体としての地理学――共通基盤
第5章 地理学者の研究法
第6章 地理学の現在と将来
参考文献
さらなる学びのために
図の出典
事項索引/人名索引

本書には巻頭に「訳者まえがき」があり,森島氏は次のように書いている。「新入生に対する地理学の導入科目の内容として,地理学全体をどのようなものとして説明することが適切であるのか改めて考える機会があった…地理学の教科書としては,海外のものとしてもあまりにも薄く,逆にこれだけの厚さで地理学という分野をどのように表現しているのかということに興味を惹かれた。」(p.v)確かに,自然分野と人文分野を含む地理学は,確かに日本地理学会という学会は両分野の研究者も含んでいるが,上記の講演で水野氏も憂いているようにほとんど交流はなく,相互理解の努力もないまま何十年も共存している。逆に昨今においては,一般書としての地理関係書の類が人気で,そうしたものを執筆するのは予備校の講師だったりする(一部教育学系の地理学者もいる)。あるいは地政学ブームの中で自然地理に言及しながら国際関係を論じるものも多い。その一方でアカデミアについてはなかなか議論も成熟していかないし,そもそも自然地理学にも人文地理学にも下位分野が多数あり,その下位分野一つとってみても網羅的に把握するのが困難で,より上位の総合的な地理学を論じる余裕が個々の研究者にはなく,ましてや共同で議論する時間を割くことができないという状況ともいえよう。著者の二人についてはほとんど説明がないが,マシューズが自然地理学専攻とあるので,地理学としかないハーバートが人文地理学者か。いずれにせよ,恐らく,自然と人文とである程度分担しながら議論して書き進めた教科書だといえよう。
本書では「地理学の中心概念」を場所,空間,環境の三つとしている。人文地理学であれば,「環境」の代わりに「景観」とするだろうが,自然環境を意識してこの語にしていると思われる。また,この著者二人は『環境変動事典』にも共著で「地理学」の項目を執筆しているようで,そこでの地理学の定義を引用している。「地理学は,地球表面の科学である。それは,局所的なものからグローバルな規模での,地球上の自然的・人間的環境および景観における諸現(象が抜けているか?)と諸過程を含んでいる。」(p.15)そして,理念的な地理学史を概観し,フェーズ1:世界の探検(発見,地図化,目録作成:19世紀中頃まで),フェーズ2:学問分野の確率(自然と社会の架け橋,初期の環境決定論:19世紀後半),フェーズ3:地誌学の優位性(地域の詳細な記述,分類,説明:20世紀前半),フェーズ4:自然地理学・人文地理学の出現(系統地理学の発展,地理学の科学的基礎に対する問いかけ:20世紀中頃),フェーズ5:自然地理学,総合地理学,人文地理学(現代的学問分野内での多様な興味と専門家:20世紀後半以降)という流れが図式化されている(図3,p.19)。
第2章「自然的側面」では前半でフンボルトの話があり,デイヴィスの地形輪廻説の紹介といった歴史を通じて,現代の生態系,システム論,グローバルな長期的気候変動へと展開し,人新世までを論じる。最後に図9(p.45)として,自然地理学を学際的観点として,景観科学,地球システム科学,第四紀学,地考古学,地球環境変化と,また系統地理学として地形学,地雪氷学,水文学,土壌地理学,生物地理学,気候学と分類している。
第3章「人文的側面」にも20世紀以降の人文地理学の発展が図式化されている(図10,p.53)。これがなかなか面白い。古いところから,環境決定論(環境と人間)+地誌学(特異地と場所)+文化地理学(文化景観)+計量地理学(位置分析とモデル)+行動地理学(意思決定と認知)+応用地理学(現実世界との関連)+構造主義(隠された影響力とメタ物語)+ポストモダニズム(意味の多様性)+ポスト構造主義(差異の称賛)。まあ,いかにも米国的な説明で,地誌学=ハーツホーン,文化地理学=サウアーの存在はやはり大きいようだ。人文地理学にも下位分野の図式が示され(図12,p.64),関連学問分野と系統的分野について下位分野が分類されている。このような人文地理学の展開の経緯は大学院時代にゼミで読んだいくつかの書籍に共通したものだが,今となってはこういう人文地理学総論の流れよりも,経済地理学や政治地理学といった個別の下位分野の状況をもっと詳しく論じるべきだと思うようになった。
第4章は「全体としての地理学」と題されているが,地誌学や歴史地理学,人間―環境相互作用の地理学という項目で議論が展開し,「グローバルチェンジの地理学」として,環境危機が人類の存続を脅かすこの人新世にあって,自然と人文とを包含してきた地理学という分野が果たせる役割を模索している。続いて第5章は「地理学者の方法」と題し,自然地理学,人文地理学の双方が得意としてきた調査研究方法を列挙することで,それらを複合的に駆使して上記役割をどのように果たすか,そして最終章である第6章「地理学の現在と将来」へと続いている。ここでは「ハイブリッド地理学」というコラムを加え,近年の「自然の地理学」の試みを踏まえた上で,まさに環境危機に立ち向かう人類というテーマが人文・社会科学のどの分野でも無視できないものであり,そういう意味では地理学という枠組みさえ無効になるような状況で,科学者が社会的実践も含めてなにができるかと問われてくる時代であるともいえるのかもしれない。

 

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【映画日記】『NO選挙,NO LIFE』『ゴースト・ワールド』『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』

2023年1123日(木,祝)

東中野ポレポレ 『NO選挙,NO LIFE
この手のドキュメンタリーは息子と観に行くようになった。YouTubeの「デモクラシータイムス」で池田香代子さんがやっている「選挙男がいく」というコーナーがある。これは選挙男こと,フリージャーナリストの畠山理仁さんと一緒にやっている番組だ。私が真面目に選挙に行くようになったのはここ15年くらいのことだが,ここ数年に至っては最終的に政党に入党するくらいだから,選挙の動向は気になっていた。そうなると必然的に畠山さんの姿を見ることになる(実際にお会いしたことはない)のだが,まさか彼が25年も同じスタイルで選挙の取材をしているとは知らなかった。今回は,こうした政治ものドキュメンタリーの中心的な制作会社であるネツゲンによるもので,前田亜紀さんによる監督作品である。主たる舞台は昨年行われた参議院選挙の東京選挙区。私もこの選挙区の有権者だが,何となくその顔触れは選挙ポスターや選挙公報で見るものの,実際候補者の顔を肉眼で見たのは,近所の高幡不動駅前に街宣にきていた生稲晃子をたまたま見かけたと,立ち寄った立川駅前で街宣をやっていた朝日健太郎,そしてはじめから投票することに決めていた日本共産党の山添 拓さんは,私がまだ入党する前にボランティアとして街宣のお手伝いに行きました。
最近こそ選挙自体に興味を持って,街宣をやっていれば少しは足を止めるようになりましたが,以前はほとんどがポスターと広報,あるいは政党で投票先は決めていた。しかし,畠山さんは選挙というのは候補者本人の姿を見ることができ,肉声を聞くことができる貴重な機会だという。奇しくもこの選挙の際に安倍元首相が演説中に襲撃されなくなるという事件があり,その一報を聞いて,畠山さんはこれからは街宣のなくなるカタログ選挙になり,自分のような全候補者に会いに行くという取材はなくなるのかな,といっていた。
確かに,この映画で出てくる候補者たちは,私も選挙ポスターで知っていた奇異な人たち(なぜこの人たちは立候補するのか,落選して供託金を没収されるのが目に見えている)も個人としてはしっかりとした政治的信念を持った魅力的な人たちだということが分かる。また,今回NHK党が,そうした個人で政党を立ち上げているような候補者と連携し,後援することで,一定の得票数を(2%以上かな)集めると政党助成金が支払われ,それを落選した候補者にある程度分配することで供託金のマイナスを減らすことができるということをやっていたということは,この映画で初めて知った。
畠山さんはこの取材を終えた後,こうしたジャーナリスト人生には終止符を打とうと(毎回やめるといっているらしい)卒業旅行として,一人で沖縄へと出かける。といっても,当然観光旅行ではなく,その後行われた沖縄県知事選挙の取材である。そこでも面白い事実がいろいろあり,その一つが,告示後は候補者名を書いたのぼりなどを立ててはいけないという公職選挙法が沖縄では全く守られていないとのこと。しかし,それには理由があって,詳しいことは忘れてしまいましたが,沖縄県は1972年まで米国の統治下にあったのだが,沖縄県の選挙にはある程度米国方式が引き継がれているのだという。その他,畠山さんのご家族も登場し,非常に寛大な奥様と,男の子二人,家ではできの悪い父親を暖かく包み込む家庭がの姿がありました。
https://nosenkyo.jp/#modal

 

2023年1126日(日)

立川シネマシティ 『ゴースト・ワールド』
2001
年の作品。確か,恵比寿のガーデンシネマで上映していたと思うが,どういうわけか観なかった。当時,ガーデンシネマは作品によってはすごい人気で,事前予約などなかった時代,観客は直接映画館に行って並ばなければならなかった。ガーデンシネマは当時でいえばミニシアターで,立ち見はなかった。そもそも,映画館で立ち見なんてことは今日ではありえないが,当時はあったのだ。ミニシアターというくらいで席数は限られていたので,映画館まで行っても見られないということもあった。そんなことで敬遠したのか,よく分からないが,自分としても観るべき作品と分かっていたのに見逃してしまった。主演のソーラ・バーチは当時アカデミー作品賞を受賞した『アメリカン・ビューティ』で注目を浴びていたし,スカーレット・ヨハンソンは今では誰もが知る大女優。おそらく,日本で公開された映画としては初めて出演したものではないだろうか(調べるとそうでもなさそうだ)。映画館で本作の予告編を観ただけでその美貌にうっとりしたものだが(当時15歳),あれよあれよという間に人気女優になって,本作を観逃したことを後悔したものだ。
その後も,レンタルビデオや配信などでも観ようとはせず,映画館で上映されることを心待ちにしていたのだが,なんと22年の時を経て,それが現実となったのだ。なんとかこの機会を逃したくなかったので,息子をかなり強引に連れて観に行った。少し予想はしたものの中学生に見せるにはちょっときわどいシーンもあったが,息子もそこそこ気に入った様子。こういうとりとめもない映画は初めてで新鮮だった様子。私も観ていないのだから,息子に勧める理由もなかったのだが,まあ期待した通りの展開で大満足。2000年代に入った作品ではあるが,こういう手作り感満載の映画,今でも作ってほしい。ともかく,携帯電話がなく,家の固定電話が大活躍する映画って安心します。
https://senlisfilms.jp/ghostworld/

 

2023年122日(土)

府中TOHOシネマズ 『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』
こちらは娘と観に行ったアニメ作品。このシリーズは何となく知っていましたが,前作の劇場版を娘となんの前情報もなく観に行った。前作の最後に本作の予告もあったが,娘はその時点で見たいといっていた。その後,娘はNetflixでアニメシリーズを観られるだけ観て臨んだ。本シリーズのタイトルの意味を調べたことはないし,前作ではこのシリーズの肝となる「思春期症候群」については言葉しか出てこなかった。本作では,主人公の咲太がその思春期症候群を発祥する設定となっている。おへその辺りに傷跡ができ,そのうち誰からも見えなく,聞こえなくなるという現象。恋人である俳優の麻衣さんになんとか気づいてもらって解決にたどり着くまでが本作。前作では,咲太の妹のかえでの葛藤を描いたが,本作ではなぜかえでがそういう状態に陥ったのか,そして咲太とかえでの両親がなぜ別居しているのか,その辺りがなんとなく明らかにされていく(といっても,シリーズとしては既にその辺りが描かれているのかもしれないが)。ともかく,よく練られた脚本で,まあそういうファンタジックな部分には現実との矛盾を感じる部分もないわけではないが,十分に楽しめる内容。今回も次なる予告が告知されましたが,その【大学生編】は劇場版ではなく,テレビアニメ版だとのこと。
https://ao-buta.com/knapsack/

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