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【読書日記】『セーファースペース』

皆本夏樹+gasi editorial編著(2023)『セーファースペース』gasi editorial59p.1,000円.

 

本書は先日ここで紹介した『SPECTATOR』と一緒に書店のネット通販で購入した一冊。注文するときは気づかなかったが,私が持っている『反「女性差別カルチャー」読本』と『フェミサイドは,ある』と同じ,発行元がgasi editorialで,発売元がタバブックスになっている。しかも,編著に名前を載せている皆本夏樹さんは『フェミサイドは,ある』の著者でもある。皆本さんは『フェミサイドは,ある』でちょっとしたきっかけから社会運動を始めた人でもあるが,最近では伊藤忠にイスラエルの武器製造企業との取引をやめさせる運動の先頭に立っていて,すっかりアクティビストに成長している。そんなことから,目次にも書いたように本書でも本人名義で執筆はしていないものの,パレスチナ連帯イベントに関するコラムがある。
巻頭は日本のフェミニズムにおける代表的な論者が寄稿しているように,本書はフェミニズムをベースにしている。よって,本書タイトルに用いられている「スペース」には特定の意味が込められているように思う。思い浮かぶのは「女性スペースを守る会」がスペースという語を用いていることである。この団体は端的にいえばトランスジェンダー差別を公然と行う団体である。女性トイレや銭湯という「スペース」を女性が安心に使えるようにという名目で,男性から女性に移行したような人物を排除しようとしている。本書はそうしたトランスヘイトを批判しながらも,女性にとって安心できるスペースを確保するという,この団体の目的も果たそうとすることで,ある意味でトランスヘイトによって女性が分断させられるということにも抗っていこうとしているともいえる。私たちに必要なのは誰にとっても安心できる場所をつくることである。
そう,ここであえて「場所=プレイス」という語を用いたが,かつて人文主義地理学は,場所=プレイス概念を中心に置き,空間=スペースをその対抗軸においた議論を展開した。空間は誰もが利用できる開かれたものであり,場所はある程度閉じられたものであるがゆえに安心を与えるものである。それが故に,空間は可変的な可能性を有するが,場所は固定的である。よって,安心できる場所に対して,そこに帰属意識を持つ者は特定の意味(思い入れ)を与える(場所愛)。この考え自体はその後,さまざまな立場から批判を浴びたが,特に重要なのはフェミニスト地理学からの批判である。人文主義地理学のいう場所は家父長制における家庭を彷彿とさせ,そこを守るのは女性であり,安心した居心地の良さを感じることができる特権を有するのは男性であるという意識の現れである。
ちょっと概念にこだわった議論をしてしまったが,ちょっと学術っぽいサード・プレイスという概念や,日常語としてのキッズ・スペースなんて語もあるので,一般社会では場所と空間という言葉の使い分けはそれほど明確ではないとは思うが,やはり何となく使い分けをするというところも重要だとは思う。とはいえ,キッズ・スペースも今回のセーファースペースにしても,特定の個人がその場所に対して特定の思い入れをしたり所属意識を持ったりするのではなく,ある程度の不特定ということで,やはり表現としては空間が相応しいのかなとは思ったりする。

セーファースペースとは:樫田香緒里
集合的なスナップとセイファー・スペース:清水晶子
コラム1:セーファースペースステッカーアクション
セーファースペースをつくる
 本屋lighthouse
 本屋メガホン
 ケルベロス・セオリー
 本と喫茶 サッフォー
 集まるクィアの会
 Chosen Family Shobara
 NAMNAMスペース
コラム2:「読む」から始めるセーファースペース
コラム3:セーファースペースでのパレスチナ連帯イベント
クラブカルチャーとセーファースペース
 WAIFU@SUPER DOMMUNE #4イベントレポート

さて内容ですが,冒頭の寄稿者である樫田さんは『生きるためのフェミニズム――パンとバラの反資本主義』の著者であり,そこから本書タイトルの用語解説をしている。「セーファースペースとは,差別や抑圧,あるいはハラスメントや暴力といった問題を,可能な限り最小化するためのアイディアの一つで,「より安全な空間」をつくる試みのことを指す」(p.4)。セーファーという比較級を使っているのは,絶対的な安全を確保できることを保証するのではなく,より安全なという意味あいである。本書の「セーファースペースをつくる」でその実例がいくつかあり,本屋が目立つが,施設を有するものだけでもない。もちろん本屋は不特定多数の人が入れる空間なわけだが,上記の用語解説にあるように,差別をする人,暴力を振るう人が入れる空間ではなく,場合によってはそうした人の入場を拒否することができる。警察のキャラクターを使った「ピーポ君の家」なんてものもあり,それを貼りだしているお店もあったりするが,ここで紹介されるのは店主が,差別や抑圧の対象となりがちな少数者に対して理解を示している,というところが大きい。本屋にはさまざまな書籍という商品があるが,それ自体が差別や抑圧を引き起こす場合がある。物質的な施設としての本屋という空間がいくら安全であっても,精神的な安心を得られないのであれば,セーファースペースとはいえない。本屋の他にもイベントの主宰者や緩やかなコミュニティなどもある。
裏表紙の言葉を引用して終わりたい。「書店やアート・音楽空間などを「セーファースペース」にしようとする動きが増え,そうした場が注目されている。ジェンダー,セクシュアリティ,障害の有無,人種,国籍,階級,年齢,能力などに基づく差別や抑圧,ハラスメントや暴力をできるだけゼロに近づけ,さまざまな属性を持つ人がお互いを尊重し合える空間をつくる試みを紹介。あらゆる空間をより安全にしていくための一冊です。」

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