【読書日記】藤原辰史編『第一次世界大戦を考える』
藤原辰史編(2016):『第一次世界大戦を考える』共和国,269p.,2,000円.
ちょっと前から気になっていた出版社「共和国」。この出版社の本としてはじめに買おうと思っていたものはあったけど,たまたま本書を古書店で発見し,購入した。ちょっと変則的な版でデザインは抜群。以前ここでも紹介した『大東亜共栄圏の文化建設』で初めて読んだ藤原辰史だが,今回は編者ということで,間違いなく面白い予感。第一次世界大戦についてとりあえず少しでも知識をつけたいと思っていたが,本書では日本における第一次世界大戦研究はやはり多くはないらしい。
本書は京都大学人文科学研究所の共同研究班「第一次世界大戦の総合的研究」の研究成果の一部とのこと。ただ,目次からも分かるように,多くの文章が3ページ程度で多くても10ページ以内。『図書新聞』に掲載されたエッセイが多い。どれも非常に重要な論考だが,学術論文ではないので参考文献などもなく,さらなる学びにつなぎにくいところは一つの難点。目次を書き始めて,著者に男性が多いという印象も受けたが,それは前半男性が続いただけで,女性の著者もそこそこ多いようだ。なお,表表紙に記された言葉が魅力的なので,転載しておきたい。まずは「「現代」はここからはじまった!」というキャッチコピー的な言葉。そして,少し長い説明文。「「平和のための戦争」を大義名分にかかげ,毒ガス,戦車,戦闘機などの近代兵器とともに総力戦を繰りひろげた第一次世界大戦(1914-18)は,まさに「人類の終末」としての「現代のはじまり」を告げるものだった!のべ60余名の執筆者が多彩なテーマで語りつくす,大戦のハンディな小百科。」
はじめに:藤原辰史
第一部 大戦を考えるための十二のキーワード
[音楽]新世界の潮流:岡田暁生
[食]人間の生存条件を攻撃する「糧食戦」:藤原辰史
[徴兵制]人間の質より量を問題に:小関 隆
[書く]経験から発する言葉が「証言」に:久保昭博
[ロシア革命]世界を変革した社会主義の「実験」:王寺賢太
[技術]電信と電波で一つになる世界:瀬戸口明久
[文明]非暴力で不服従を貫くガンディー:田辺明生
[中国]国際社会に賭けた期待と失望:小野寺史郎
[ナショナリズム]民族自決のうねりと新たな火種:野村真理
[帝国主義]植民地再分割へ戦火拡大:平野千果子
[アメリカ]「民主主義の戦争」の矛盾:中野耕太郎
[民主主義]正解のない永続的追究課題:山室信一
第二部 大戦の波紋
世界性・総体性・持続性:山室信一
美の振動
大戦末期ウィーンの「歴史的演奏会」:伊藤信宏
二つのレクイエム:小関 隆
恤兵美術展覧会:高階絵里加
人と馬:石田美紀
映画史と第一次大戦:小川佐和子
カモフラージュとモダン・アート:河本真理
古典主義と出会う前衛:久保昭博
西洋音楽史の大きな切れ目:岡田暁生
刻まれた傷跡
南仏の観光地フレジュス:平野千果子
フランダースの赤いポピー:津田博司
ソンムと英仏海峡のあいだ:堀内隆行
ジャン・ノルトン・クリュ『証言者たち』: 小黒昌文
アルザスの傷:中本真生子
戦争記念碑:北村陽子
イスタンブールの英軍基地:伊藤順二
『銀の杯』:小関 隆
反戦の女:立木康介
アメリカの総力戦と反戦:中野耕太郎
戦間期を生きた哲学者の問い:田中祐理子
私的な戦争体験と歴史の断絶:酒井朋子
地球規模の戦争
オーストリア=ハンガリーの天津租界:大津留 厚
日本の文化財保護:髙木博志
東南アジアから:早瀬晋三
日中の大戦認識の相違点と共通点:小野寺史郎
異教のインド人:石井美保
紙の嵐:ヤン・シュミット
日本人抑留者の手記:奈良岡聰智
朝鮮の独立運動家,成楽馨:小野容照
欧州の深淵で
国債と公共精神:坂本優一郎
女が大戦を語るとき:林田敏子
ナイチンゲールの天使イメージ:荒木映子
社会的アウトサイダーとしてのドイツ自然療法運動:服部 伸
「西洋の没落」から「西洋の救済」へ:板橋拓己
チェコスロヴァキア軍団:林 忠行
幻のウィルソン・シティー:福田 宏
二つの帝国崩壊と国籍問題:野村真理
遺産の重み
セーブ・ザ・チルドレンの誕生:金澤周作
アメリカ海軍の未来構想:布施将夫
アトラントローパ!:遠藤 乾
ロシア十月革命の衝撃:王寺賢太
国家イスラエルは「ユダヤ人国家」を名乗りうるか:向井直己
グローカルなインド民族運動:田辺明生
第三部 いま,大戦をどうとらえるか
開戦百周年の夏に:小関 隆
ベルギーの国際シンポジウムに参加して:藤原辰史
誰が歴史を描くのか:鈴木健雄
反時代的・反同時代的考察:神尾真道
経験の断絶:藤井俊之
カピトリーノの丘で第一次大戦を想う:岡田暁生
見えるものと見えないもの:藤本淳生
空腹と言葉 あとがきにかえて:藤原辰史
第一次世界大戦 略年表
上で書いたように,私は第一次世界大戦の本など対して読んでいないので,一般的なものと比較はできないが,本書は私が抱く印象とは違った性格を持ったものだとはいえるかもしれない。まずは,戦争を題材にしているが,文化の次元に焦点を合わせているものが多いことだ。特に印象に残っているのは,複数のエッセイで書かれているのだが,いわゆるクラシック音楽は第一次世界大戦を機に消滅したということ。もちろん音楽だけでなく,映画,美術,文化財など多岐にわたる。
また,第一次世界大戦といえば,世界大戦と称された初めての戦争ではあるが,主戦場はやはりヨーロッパだった。ただ,本書ではグローバルな視点で,第一次世界大戦の影響を受けたヨーロッパ以外の地域を意識的に取り上げている。中国,アメリカという大国は前半のキーワードとして取り上げられ,「地球規模の戦争」として取り上げられるのは日本や朝鮮があるが,印象深いのはインドだった。また,当然のことながら大戦中に社会主義革命を起こしたロシアの理解は欠かせない。そして,個人的に印象深かったのは,ナイチンゲールに関するエッセイが一つ。これまでは,従軍の看護師はそれこそ変な言い方をすれば慰安婦にも近いような必要でありながらきつい仕事で誰もやりたがならないような存在だったが,ナイチンゲールがそれを聖的なものに引揚げたという話。二つ目は米国のウィルソン大統領が大戦中の1918年に発した民族自決を含む十四か条の平和原則の各国への影響に関するエッセイであった。1918年に建国されたチェコスロヴァキアでは,ウィルソンの名前を冠した「ウィルソノフ」という都市名を画策していたという。最後に「セーブ・ザ・チルドレンの誕生」というエッセイも興味深く,まさに戦時期の希望を感じるものだった。敵味方を越えて負傷者を救うというただ一つの思いから設立された組織で,それが現在まで続くという。
ともかく,学びは限りなく続く。
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