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【読書日記】カント『自然地理学』(岩波書店)

カント, I.著,宮島光志訳(2001):『カント全集16 自然地理学』岩波書,497+72p.

 

今期から始まったとある大学の授業「地理学概論」では,教職免許取得のために必要な単位ということで,人文地理に偏った授業内容にならないように指示されている。ということで,前期は地理学史的な話で自然地理学を含むようなものを考えている。近代地理学の話はフンボルトから話すつもりだが,前近代の代表として,カントの『自然地理学』を取り上げようと考えた。カントの地理学に関しては,メイ『カントと地理学』を参考にすればよいが,一度現物もさらっと見ておきたいと思い,大学図書館で借りてみた。読み始めるとけっこう面白く,分厚い本ではあったが,一週間ほどで読み終えた。

第一巻
 編者の序
 自然地誌 序論
 数学的予備概念
自然地理学序説
 第一部
  第一編 水について
  第二編 陸について
  第三編 大気圏
  第四編 地球がかつて被り,いまでも被っている大変動の話
  付録 航海について
第二巻
 第二部 地球上に分布するものに関する個別的な観察
  第一編 人間について
  第二編 動物界
   第一章 有蹄動物
   第二章 有趾動物
   第三章 鰭脚動物
   第四章 卵生四足動物
   第五章 〔海棲どうっ物と魚介類〕
   第六章 何種類かの注目すべき昆虫
   第七章 その他の地を這う動物について
   第八章 鳥類
  第三編 植物界
  第四編 鉱物界
   第一章 金属
   第二章 塩類について
   第三章 石類について
   第四章 土について
   第五章 化石について
   第六章 鉱物の起源について
 第三部 世界各地の自然的特徴に関する地理学的概括
   第一の大陸 アジア
   第二の大陸 アフリカ
   第三の大陸 ヨーロッパ
   第四の大陸 アメリカ
やはりこういうのは,読むのと読まないのとは大きく違う。メイ『カントと地理学』もある程度読み直さなくてはいけないが,以前読んだ記憶としては,その本はそこにも収録されている「『自然地理学』序論」というカント自身による文章を深く考察するもので,学生の講義ノートから構成された『自然地理学』そのものの内容については特に検討されていない。一般的にはカントが長らく大学で教えていたという『自然地理学』はやはり前近代的な地理学,すなわち個性記述的な地誌学の性質の色濃いものだとされていた。実際,目次に書いた第三部の内容はまさに地誌学的なもので,しかも「自然地理学」の名にふさわしくはない,人文地理学の内容も含むものであった。
また,カントはゲッチンゲン大学に長らく勤め,その間は毎日規則正しい生活を送り,旅行などをする人間ではなかったといわれている。それこそ,カントがある角を曲がるのを見て,街の人は時間を把握したという逸話があるという。ともかく,カントの講義内容は自らが観察した経験に基づくものではなく,多くの書籍から得た知識を整理したものだといわれていた。ということで,とりあえず本書の巻末にある人名・文献索引のなかから,地理学・地誌学に関するものを以下に列挙した。カントの地理学講義がワレニウスの影響下にあることはよく指摘されているが,フンボルトとも交流のあったフォルスターが本書に出てくるのは少し驚いた。なお,フンボルトの名前も登場する。イドリーシーという名は佐藤次高『イスラーム世界の興隆』で出てきたような記憶があるが,アラブ系の地理学者も登場するとは。
アンヴィル(仏,1697-1782)『古代および中世の地誌学』,イドリーシー(1099-1164):モロッコ生まれのアラブ系地理学者,ヴァルヒ『数理地理学紹介』(独,1794年),ウッドワード(英,1665-1728)『地球の自然史について』,ガスパリ(独,1752-1830)『一般地理学天文暦』,ガッテラー(独,1727-99)『地理学概説』,ゲオルギー(独,1738-1802)『ロシア帝国の自然史的,自然学的,および地理学的記述』,ケストナー(独,1719-1800)『数理地理学詳説・続編』,シャルバンティエ(独,1728-1805)『クーアザクセン地方の鉱物地理学』,ツィンマーマン(独,1743-1815)『地理学的動物誌』,ハルトマン(独,1764-1827)『アフリカの地誌と歴史』,ビュッシング(独,1724-93)『新しい地誌』,ファブリ(独,1755-1825)『地誌学』,フォルスター(独,1729-98)『自然地誌学など諸対象に関する覚書』,ブルンス(独,?-1814)『アフリカの地誌』,マンテル(仏,1730-1851)『比較地誌学』,マンネルト(独,1788-1851)『ギリシア人およびローマ人の地理学』,ミッターパッハー(独,1734-1814)『自然学的地誌学』,モロー(伊)『大地の変動に関する諸研究』(1740),ワレニウス(蘭,1622-50)『一般地理学』。
さて,目次を見て分かるように,第一部は今日でいうところの「地球科学」とでもいうべき内容。第二部は博物誌になっている。博物誌に関しては本書でもビュフォンの名前が出てくるが,ビュフォンの『一般と個別の博物誌』でも,鉱物や化石,地球科学的な内容(大陸の形状や地質)も含んでいる。少しわき道にそれるが,私は大学院に入って地理学史に興味を持ち始めた。そこでいう地理学史は当然のようにヨーロッパの地理学なわけだが,19世紀,18世紀と時代を遡るにつれてその時代のことが分からなくてはならなくなって,とりあえずその時代の名前を知っている学者の著作を読もうと思って,カントやヘーゲルもその対象になったが,分厚い哲学書を読む気にはならず,いずれも初期の薄い本を読んでみた。カントについては『地震の原因他五編』(2000年,内田老鶴圃),ヘーゲルに関しては『惑星軌道論』(法政大学出版局,1991年)を読んだ。カントはそこに収録された論文で,地震の原因の他,地球の老化について,風の理論なども含んでいた。つまり,『自然地理学』第一部に含まれているような内容は自ら初期の論文として議論していたものだった。そう考えると,この時代に「地球科学」という分野の名称はなく,天文学はあったし,地質学もそろそろ出てくるとは思うが,地球科学的な分野を「自然地理学」に含めるのは無理なものではないように思う。
そもそも,カントは「自然地誌 序論」(これはメイ『カントと地理学』に収録された「『自然地理学』序論」と同じもの)で,世界の知識の二部門を人間学と自然地理学としているので,自然地理学とは人間学=形而上学としての(第一)哲学以外のもの,すなわち形而下学ともいえるようなもの,現代でいうところの前者が人文・社会科学で後者が自然科学と大まかな区分にも対応するともいえるかもしれない。とはいえ,私は「カント全集」収録のものを全て確認したわけではないので,カントの学問体系がどのようなものかは分からないのだが。
まあ,いずれにせよ第一部と第二部は自然科学全般について整理され,第二部はまさに地誌学的な内容である。しかも,自然地誌学的なものではなく,人文地誌学(現代において地誌学に自然と人文の区別はあまりしないが)をも含むものである。自然物を記載する場合にも人間にとってどのようなものであるのかということが強く意識されているといえる。なお,子の頃までの地理学的な知を示す言葉には,英語として地理学geographyと地誌学chorography,そして地勢学topographyがある。ドイツ語では地理学Geographieだが,この訳書で地誌学とされているのはErdbeschreibung。またそれとは別にErdkundeという語もあるが(現代の雑誌名にもなっている),これにも地誌学の訳語が充てられている。その後,ドイツの地理学ではChorographieTopographieに関する議論も出てくるので,その辺も後々調べたい。なお,ドイツ語でErdeが土地を意味し,Kundeは学を意味するそうだ。なので,Erdkundeは地理学でもよい。Beschreibungは気記述するという意味だから,Erdbeschreibungはまさにgeographyと対応する。そうなると,Erdkundeは地質学geologyか?

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