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2024年5月

【読書日記】チョーカー, J.『歴史和解と泰緬鉄道』

チョーカー, J.著,根本尚美訳(2008):『歴史和解と泰緬鉄道――英国捕虜が描いた収容所の真実』朝日新聞出版,295p.1,500円.

 

1年前に買って読んだ本だが,読書日記を書くのを忘れていた。授業で使おうと思って自分の読書日記を読もうと思ったらなかった。今回は気づいたけど,けっこうこういうのあるのかもしれない。ただ,本書についてはあまりにもインパクトが強かったので,読み直さなくても書けそうだ。
なお,私が泰緬鉄道について知ったのはつい最近。安田浩一さんと金井真紀さんの『戦争とバスタオル』(亜紀書房,2021年)で登場した。泰緬鉄道は第二次世界大戦中に日本が侵出した東南アジアで,タイとビルマ(現ミャンマー)の国境付近に建設しようとした鉄道であり,現在でも一部は使われているそうだ。安田さんたちの本では,その沿線に日本人がつくった温泉もあり,それに入りに行くことを口実に泰緬鉄道を観に行くたびだった。
本書は,日本軍のシンガポール侵攻の際に捕虜になった英国人による捕虜生活の記録である。しかも,この著者であるチョーカーは画家でもあったということで,当時の様子が絵画として生々しくも記録されている。そして,その記録だけでは現代日本の読者には不親切なので,巻頭に解説が,そして巻末には『帝国の慰安婦』の著者である朴裕河氏を含む座談会が収録されていて,なかなか貴重な本である。

解説 泰緬鉄道から歴史和解へ:小菅信子
手記 英国人捕虜が描いた収容所の真実:ジャック・チョーカー/根本尚美訳
 日本の読者の皆様へ
 序章
 第1章 19421月~2月 シンガポールの陥落
 第2章 19422月~10月 チャンギとシンガポールの労働収容所
 第3章 194210月 タイへの列車旅行と北部への行進
 第4章 194210月~19433月 カンユー鉄道建設収容所
 第5章 19433月~19446月 チュンカイ
 第6章 19446月~19458月 ナコーンパトム「病院」収容所
 第7章 「地獄」と「天国」の中間で
 第8章 バンコク,ラングーン,そして故郷へ
 訳者あとがき
鼎談 泰緬鉄道とアジア 小菅信子/朴裕河/根本敬

チョーカー氏による手記は年代順に整理されていて,シンガポールで捕虜になってから,泰緬鉄道の建設現場に行くまでの様子をしっかりとたどることができる。現地で描いたスケッチにもしっかりと描いた年が記録されている。戦争末期に日本に強制連行された朝鮮人労働者の話は,ここのところいろいろと情報を得ることがあるが,それと比べると著者たちの扱いのひどさはそれほどでもないように感じてしまう。もちろん,著者が白人だということ,朝鮮人労働者のことは実際の朝鮮人の視点で書かれたこと,語られたことを私が見たことはないということ(飯場の近くに住んでいた日本人の孫が聞き及んだ証言など),監督者が日本人ではなく朝鮮人という場合も多い,といった違った状況はあるが。とはいえ,もちろん待遇が良かったわけではない。そもそもが居住環境として,亜熱帯に位置するこの場所で,居住地に適しない建設現場の近くに掘っ立て小屋を建てて労働者たちを住まわせているわけだからひどい待遇だ。もちろん,十分な食糧はない。描かれる労働者たちはやせ細って皆うなだれている。一方で,小太りの監督官たち。
そして,本書で何よりも印象的なのは労働者たちの健康状態だ。飢餓や熱帯性潰瘍。特に潰瘍についてはそれによって腕や足の肉が削れ,重症の場合は骨が出てしまう。そうした様子を数多くスケッチし,また現地で手術もしていたようで,その様子も描かれている。1943年にはコレラも発症したようだ。過酷な労働をさせていた捕虜に対してであっても,一定程度の治療をしていたことはある意味で驚かされる。義足も作られていて,そうしたものも丁寧にスケッチされている。1944年に著者はバンコクに近いナコーンパトムの病院収容所に送れらているが,そこで著者が目撃した事実もなかなか興味深い。そこはイギリス人将校の指導下にあり,オーストラリア人も含む複数の医者がそこで得られる資材でできうる限りの医療を行っている。
泰緬鉄道は映画『明日にかける橋』で史実とかけ離れた描写がなされていたと書かれているが,私はこの有名な映画を観たことがないので,観ておきたい。また,幼い頃テレビで観て以来,ちゃんと見直していない『ビルマの竪琴』も見直したい。

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【映画日記】『マンティコア 怪物』『ペナルティループ』『マリウポリの20日間』

2024年430日(日)

今年のゴールデンウィークは会社の休みがかなり長い。とはいえ,水曜日と木曜日は祝日に当たらないので,大学は休みではない。私のパートナーが転勤して,基本土日がお休みになったので,とりあえず,ゴールデンウィーク前半に一本映画を観させてもらうことになった。

立川キノシネマ 『マンティコア 怪物』
選んだのはスペイン映画。ゲーム会社のキャラクターデザインを担当している3Dコンピュータ・グラフィック・デザイナーの男性が主人公。自宅で作業をしていることが多いが,マンションの隣室でボヤがあり,一人で閉じ込められてしまっていた子どもを救出するところから物語は進展する。これまで一人として恋人はいなかったという主人公だが,ふとした気まぐれで救出した男児に惹かれ,普段はモンスター・キャラクターを作成している会社のソフトを使ってVRで男児の複製を作ってしまう。一方,急速に仲を深めた女性がいて,もうすでにデータも削除したそのVR男児のことは忘れてしまうが,会社に呼び出されて,という展開。
副題に「怪物」とある割には,衝撃的な内容は少なかったように感じた。むしろ,終盤で八方ふさがりになってしまった主人公の行動が唐突に思え,あまり理解できなかったし,また男性に対する女性の反応も少し分からなかった。人間の不可思議という理解でよいのか。
https://www.bitters.co.jp/manticore/

 

2024年51日(水)

新宿武蔵野館 『ペナルティループ』
前作である長編デビュー作『人数の町』で度肝を抜かれた荒木伸二監督作品第二段。予告編を観る限りでは面白い設定だが,それで2時間持つのかという素朴な疑問もあり,なかなか観る機会を作れないでいたが,パートナーが主演の若葉竜也が好きだということで,観る機会を作ってもらった。ちなみに私は山下リオさんが好きだが,予告編を観た限りでは冒頭で殺されてしまい,あまり出番がなさそうという感じもしていた。この日は高田馬場で14:50に授業が終り,その後新宿の献血ルームで全血400ml献血を予約していたものの,19:05からの映画までにはかなり時間があった。新宿で一人で時間をつぶすということがこんなに苦痛になるとは思わず,かなり疲れての鑑賞になったが,疲れも吹き飛ばす内容で,大満足だった。
ネタバレになってしまいますが,公開が322日からだったので,もういいですかね。設定としては,犯罪被害者遺族に対して,民間団体が提供する立ち直りのプログラム。それはVRで何度も加害者に復讐をするというもの。復讐を何度も強制させられることで馬鹿らしくなってしまうというのが一点。二点目は加害者との間に何らかのシンパシーが生まれ,加害の動機についても一定の理解にたどり着くということ。ちなみに,本作での加害者役は伊勢谷友介。今回はとてもいい役どころです。その経験を通じて被害者に対する理解がさらに深まるという仕組みになっている。もちろん,本作で描かれるのは一つの事例であり,全ての場合にこのプログラムがうまくいくかどうかは分からないのだが,VRの製作者が,VR上での出来事の展開をある程度操作するのかもしれない。ただいずれにせよ,多くの経験を積まないとより優れたプログラムにはならないような気もする。荒木監督の作品は前作も今作も,観終わった感じがいいんですよね。始まりは社会や人間に対する否定的な感情からなのですが,最後にはすがすがしい気持ちになります。
https://penalty-loop.jp/

 

2024年57日(火)

立川キノシネマ 『マリウポリの20日間』
立川キノシネマは3スクリーンあるが,そのうち一つは贅沢シート。全部で6列くらいしかないんだけど,そのうち2列が特別料金。ちょっと座席が少なすぎます。しかも,会員がスマホ登録になってしまって,私が入れるのは半年有効の紙の会員証。当日窓口で受け付けしないと割引されない。当日受付に行くと,特別料金席以外は2席しか空いておらず,しかも最後列しか空いてなかったが,やむを得ず購入(いつもはほとんど最前列)。
このドキュメンタリー映画は,2022224日にロシアがウクライナに侵攻してから,ウクライナ東南部に位置する都市マリウポリで20日間取材を続けた一人の記者(単独ではないようだが)による記録映像。現在,ウクライナ戦争の戦況は日本にあまり伝わってこなくなってしまったが,この戦争で日本に住む私にも知られるようになったこのマリウポリという都市は,この20日間だけで2万人以上の死者を出したというのは今更ながら驚くべきことである。そして,ガザの惨状にはそれなりに注意を払っている私でも,現在のマリウポリがどうなっているかは知らない。その後,この戦争は2年以上続いていて,ウクライナの抗戦がそれなりにロシア軍を押しとどめていて,どちらの軍も疲弊しながら諸外国の支援を受けながら続いているということは知っていたが,マリウポリはどうなったのだろうか。
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年前のマリウポリで起こっていたこともまさしくジェノサイドだ。少なくともこの街では,ロシア軍とウクライナ軍は全くの不均衡である。ウクライナ兵士はごくわずかな民間人を守ることくらいしかできておらず,ロシア軍はミサイルと戦闘機からの空爆で無差別的に,あるいは意図的に病院や大学を狙うこともある,という具合に街を破壊し,その後戦車で侵攻し,近距離の地上からも砲撃をする。この街で何が起こっているのか,街の外に知らせないためにネットを遮断する。この映画の監督は密かに映像を撮りため,街に一ヵ所しかない(徐々に少なくなっていった)ネットがつながるスポットへ行き,映像を断片化して送付していたという。それらはAP通信社から全世界へと流されたが,ある時からはそれがフェイクニュースだというロシア側からのある種のサイバー攻撃をかけられる。そのようにして出来上がった映画。戦争なんて意味がないとは以前から思ってはいたが,本当に無意味さを感じるどころか人類が築き上げてきたものを無化し後退させるものでしかないと強く感じさせる映画鑑賞だった。
https://synca.jp/20daysmariupol/

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