【読書日記】ヴァンダン『地図とデータで見る移民の世界ハンドブック』
ヴァンダン, C. W.著,太田佐絵子訳(2022)『新版 地図とデータで見る移民の世界ハンドブック』原書房,177p.,2,800円.
先日紹介した『地図とデータで見る気象の世界ハンドブック』と一緒に購入したもので、同様に非常勤先の授業で用いた。そこでも書いたように、通年で担当している「人文地理学」を春学期は日本地理、秋学期は世界地理でやろうとしている。基本的に日本の地理学における人口地理学は国内問題を扱っているのでどうしようかと考えたが、素直に考えたら人口地理学とは地域ごとの人口の増減、および人口移動を扱う学問なので、世界的な人口移動といったら移民となる。移民研究を人口地理学だという人はあまりいないが、素直に考えれば移民研究は人口地理学だと思う。という、個人的な理屈で、秋学期は移民問題を扱うことにした。いずれにせよ、移民問題は社会科学全般として間違いなく重要な分野であり、また地理学においても、一般的には社会地理学に含まれるが、重要であることは間違いない。
以前から読みたいと思っていたのは、本書に挙げられているそれほど多くない参考文献のなかで、さらに少ない日本語訳のある文献のひとつでもある、コーエン, R.著,小巻靖子訳『移民の世界史』東京書籍、だったがおそらく読むのもそうたやすくはないと思い、この原書房のシリーズを読むことにした。
はじめに
さまざまな移住、要因と展望
ヨーロッパ、世界のおもな移住先のひとつ
激動する途上国――アラブ世界、アフリカ、アジア
新世界――移住の地
未来に向けた政治的課題
移民の話は以前、別の大学で社会学の講義を担当した際にも取り上げていたが、その時から心がけていたことは、移民という現象はグローバル化によって登場したものではないということ。いわゆるグローバル化とはコロンブスの大西洋横断に始まる、ヨーロッパ列強による植民地支配をベースにしていると私は考えている。植民地支配もそれ以前からあったものだが、近代以降の問題としてとらえている。しかし、移民自体は民族大移動も含めて近代以前からあるもので、時間のスケールは変化したが、人類史において移動というのはかなりの規模で行われてきた。コーエンの図書は書名からして、そうした歴史も踏まえて移民を考えるものだと思うが、本書は残念ながらそうではなかった。
とはいえ、目次からも分かるように、移民地誌ともいえるような構成で、地域別の問題を丁寧に扱っている点で学ぶことが非常に多かった。まず、前半は世界的な移民の状況とその原因について説明する。国際移民の要因と題して、いくつか挙げている。まずは経済発展と政治危機、次いで人口動態と急激な都市化と題し、貧富の差と連動して人口の増減の地域的偏りがある。さらには環境要因として温暖化の影響で居住地を離れざるをえない人たちも移民となる。また、数としては限られてはいるが、人身売買や密入国斡旋の問題も一つの単元をとって説明する。難民と避難民についても一つの単元。そして、私が知りたかったことは「ディアスポラとトランスナショナルなネットワーク」と題して、中国とインドからの世界中への労働移民について一つの単元で説明している。個人的にはこの問題を「ディアスポラ」として扱うには違和感があるが、とはいえこの問題の理解は非常に浅いので何とも言えない。本書では、「中国系ディアスポラ(華僑)」と表記され、5000慢人という数字が挙げられ、「歴史の古い」(p.30)とされるが、この数字がどのくらいの歴史的期間で推計されたものかは分からない。そして「インド系ディアスポラ(印僑)」は3700万人とされる。本書ではその歴史の説明もないし、別の表現では「クーリー(苦力)」と表現されると思うが、その言葉も使われていない。なお、Wikipediaによれば、「苦力(クーリー、くりょく、タミル語: கூலி、英: coolie)は、19世紀から20世紀初頭にかけての、中国人・インド人を中心とするアジア系の移民、もしくは出稼ぎの労働者。」と説明されていて、比較的歴史の浅いものとされている。Wikipediaの参考文献では「ディアスポラ」とタイトルにあるものもあるので、私の理解が誤っているようだ。一冊くらい本格的な著書で学ぶ必要があるようだ。ともかく本書では、分布図が掲載されているので、それは頭に入れておきたい。なお、この単元の最後に、「トルコ、マグレブ地域、ロマ」についての若干の記述もある。続く単元は、留学生と頭脳流出、そして観光、巡礼、陽光を求めるシニアたち、という単元があるのも面白い。そして前半は環境移民で閉められている。
地域別の説明はヨーロッパから始まり、「世界のおもな移住先のひとつ」と表現される。ヨーロッパで移民の話と言えばEUのことを知らなければならず、その過程で定められたシェンゲン協定だが、協定を結んでいる国々のメンバーとEUのメンバーが完全に一致しているわけではないということは知らなかった。そして、この各論は国別の説明に入り、ドイツ、フランス、イギリスとアイルランド、地中海ヨーロッパ、東ヨーロッパ、ロシアとそれぞれの抱える事情が説明されている。
続いて、アラブ世界、アフリカ、アジアと移る。アラブ世界の説明で用いられている地図は、なぜかアラビア半島が一部しか含まれておらず、アフリカ大陸北半分とヨーロッパが入っている。中近東ということで別の単元があるので、ここでは移住というものが特定の地域単体の問題ではない、複雑な問題であることを意識させる。アフリカ大陸全体の難民送り出し国と受け入れ国の地図が掲載されているが、お互いに難民を出しているし受け入れてもいることが分かる。国内も地域によって安定している場所と不安定な場所があるのだろうか、この地図からは判断できない。また、東西南北それぞれ接している国との関係は異なることがよくわかる。中近東についてはクルド人やイスラム国など、国境を越えた存在が移民・難民にとって重要なので、国内の差異も意識した地図になっている。そして、トルコやイスラエルについても別単元として詳しく説明されている(データと地図は詳しいが文章はそれほどでもないのがやはりこの本全体を通じての印象で、残念ではある。)アジアについても、「中国、インド、パキスタン」、「東南アジア」と別れている。アジアにもロヒンギャという国境を越えた難民となる民族が説明される。それから、アジアで興味深いのは労働移民が本国にもたらす「仕送り」の存在だ。歴史的な移民の多くは、本国を捨て、文化や習慣は移住国でも維持するものの、本国との関係が希薄になる場合が多い。しかし、現代の東南アジアから排出される移民の多くは(日本で働く東南アジアの人々も典型的だが)本国に住む家族や親類に送金することがベースとなっている。
続いて南北アメリカ大陸とオーストラリアの章だが、「新世界――移住の地」と題されているのが興味深い。移民大国であるアメリカ合衆国については、まず全国の出身地分布が掲載されている。そして、今日の状況だが、「警察の暴力に対する抗議運動」の分布図が載っているのがすごい。今日の移民問題とは関連性は薄いと思うが、人種差別と移民排斥運動とは地続きだということか。同様に移民の国であるカナダは、英国のみならずフランスからの移民も多く、多文化主義の政策がとられていることでも知られ、また数的には思ったほど多くはないが、移民の受け入れもある国である。
続く中央アメリカもまさにコロンブスがたどり着いたという意味で移民の地域であると同時に、黒人奴隷貿易の中心でもあり、今日においても人の流れは絶えない。南米大陸の移民の流れも複雑で、経済発展も遂げながら貧富の差も激しく、移民の排出も受け入れもあり、隣国同士でも流れがあるという。オーストラリアについては、「世界の十字路にある歴史」(p.146)と表現される。ニュージーランドと人の流れの特徴は多少異なるが、よりよい住環境を求めて日本からの移住も少なくない。
最終章では、グローバル・シティの議論あり、アフリカの都市化の議論は非常に興味深い。日本の技能実習制度も基本的には二国間協定だといえるが、移民政策の主要なものとして二国間協定を挙げている。東南アジアの事例で登場した海外送金の問題も世界地図で示され、グローバルな現象として把握されている。移民政策は一つのガバナンスとして、気候危機もんだなどとともにグローバル規模で国際社会全体で取り組まなければならない課題であり、その一例として新型コロナウイルスのパンデミックの例も挙げられている。
なかなか説明文が不十分なところは否めないが、読者に対してボールが投げられたという感はある。読者は問題視式をもって、さらなる学びを進めていく必要があろう。
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